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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
146/209

menu129 ゼロスキルブーストの正体と問題点

しばらく実食回がないですが、

今日もどうぞ召し上がれ!

 他の竜騎士たちがグリュンとその愛騎ホーデンを称賛する。

 その中で当の本人たちは必死だった。

 ホーデンが明らかに速くなっている。

 それはわかっているのだが、速すぎるのだ。


 だが、決してグリュンは手綱を緩めない。

 いくらホーデンが速くなったとはいえ、今制動をかければ前を行くスカイドラゴンに追いつく機会は、2度とないとさえ思えた。


 後ろにしがみついたディッシュに聞きたいことが、山ほどある。

 しかし、グリュンはその全てを飲み込み、スカイドラゴン追跡に集中した。

 すると、ディッシュがグリュンの腹の辺りを軽く叩く。

 ちらりと後ろを見ると、ディッシュが口を閉じたまま大きく頷いた。


 行け――――。


 そう言っているように思えた。

 その合図にグリュンも頷き返す。

 フェイスガードを下ろし、いよいよ最高戦闘速度を命じる。


「(行くぞ、ホーデン!!)」


 手綱越しに命令を伝える。

 主命を聞いたホーデンは大きく嘶いた。

 首を進行方向に向ける。

 なるべく身体を水平に保ち、2本の足はやや立てた。


 高速度になると、問題は向かってくる空気だ。

 いくら飛竜でも羽を動かし、細かい調整をするのは難しい。

 だから脚を、左右に振ったり、畳んだりしながら、方向を変えるのだ。


 いよいよホーデンは加速をかける。

 強く羽ばたくと、さらに速度を上げた。


「(ぐぬっ!!)」


 グリュンはホーデンにしがみつくように態勢を低くする。

 最初は後ろのディッシュを心配した。

 だが、ここまでの加速となると、自分の身さえ危うい。


 恐ろしいほどの空圧を感じる。

 怖くて顔を上げることができなかった。

 だが、それとともに幸運も訪れる。

 高速度で飛行するスカイドラゴンの姿が、徐々に近づいてきていたのだ。


「(いける!!)」


 グリュンは確信する。

 手綱はそのまま、あとはホーデンに無言のエールを送った。


 そして、ついにスカイドラゴンの全形を目に捉える。

 というか、横にいた。

 ホーデンとスカイドラゴンが併走していたのだ。


「(よくやった、ホーデン!!)」


 気持ちの中で、愛騎ホーデンを褒める。


 間近で見る、スカイドラゴンは大きかった。

 他のドラゴン種と比べれば身体は薄く、平べったい。

 まるでピザ生地のように丸く広がり、その体色は薄らとだが緑っぽくなっていた。

 薄い膜のようなものをヒラヒラさせ、揚力を稼いでいる。


 すると、頭付近の黒い点が動いた。

 おそらく目だろう。 

 明らかにホーデンとグリュンの方を向いていた。


「(ここからは私の出番だな)」


 グリュンは(もり)が差し込まれた銃を取り出す。

 中に【爆発】のスキルが込められた小さな魔石が入っていて、その衝撃で銛を撃ち出すのだ。

 かなり強力で、硬いドラゴン種の皮膚すら貫通する。


 銛を撃ち込み、スカイドラゴンの動きを封じる。

 典型的な竜狩りの方法である。

 押し寄せてくる空気の圧力に耐えながら、グリュンは顔を上げた。

 なるべく身を屈め、速度を維持するホーデンを気遣う。

 愛騎に密着するような形で、スカイドラゴンに銃口を向けた。


 その瞬間だった。


 まるでグリュンが何をするのかわかっていたかのように、スカイドラゴンは翻る。

 突如、転進し、地上へと降下を始めた。


「(逃がすものか!!)」


 グリュンは叫ぶ。

 一旦銃を収めると、手綱を引いた。

 ホーデンに転進を促すと、愛騎は主命に応える。

 やや1歩遅かったが、スカイドラゴンに追随し、急降下を始めた。


 当然、落ちるとなれば速度が上がる。

 垂直落下の速度は、水平飛行のその比ではない。

 凄まじい大気が押し寄せてくる。

 だが、その速度を維持しなければ、あっという間にスカイドラゴンに振り切られてしまう。


 それにヤツが向かったのは地上だ。

 このまま再びルルイエ王家領の外市街を破壊するつもりなのかもしれない。


「(これ以上、外の街並みを壊させはしないぞ!!)」


 人の営みは、確かに地下へと移った。

 しかし、誰もが望んでいる訳ではない。

 朝に陽の光を浴びて、夜に月を望み、ドラゴンの襲撃に怯えない暮らしを希望する者がほとんどだ。


 だから、グリュンは戦っている。

 子どもたちの未来のために。

 愛する人のために!


 その想いが伝わったのか。

 ホーデンは翼を畳む。

 なるべく空気の抵抗を抑えるためだろう。

 大気を切り裂き、1弾の砲弾となったホーデンはスカイドラゴンに迫る。

 そしてまたあの巨体を捉えた。


「(よし!!)」


 グリュンは再び銃を構える。

 空気の圧力を真っ正面に受けながら、狙いを定めた。


「(大人しくしててくれよ……)」


 グリュンは敵スカイドラゴンに向かって祈る。

 その時だった。

 再びスカイドラゴンの身体がねじれる。

 急激に方向を変えたのだ。

 かなり無理やり身を捻ったからだろう。

 スカイドラゴンに付着していた何かが剥がれ、グリュンの目に当たる。


 一瞬、視界が真っ暗になった。

 排泄物だろうか。

 少し匂う。


「(やってくれたな!!)」


 グリュンは手で払った。

 同時に、しがみついたディッシュが何やら手で合図している。

 はっと目を開けた瞬間、地上が迫っている事に気付いた。


 慌ててグリュンは手綱を引く。

 とにかく思いっきりにだ。

 ホーデンの長い首を上げる。

 驚いたホーデンは大きく翼を広げて、とにかく制動をかけた。


 間一髪――。


 地上スレスレのところで、ホーデンは止まる。

 あと一瞬遅かったら、もしかしたらホーデンとともに地上に激突していたかもしれない。

 グリュンはもちろん、ディッシュも大怪我を負っていただろう。

 そうなれば、自分を信じて託してくれたアセルスに申し訳が立たない。


 ふう、と一息吐いたのは、後ろのディッシュだった。


「危なかったな……」


「怪我はありませんか、ディッシュさん」


「ああ。なんとかな」


 ディッシュは空を見上げる。

 スカイドラゴンが頭の上の遥か向こうで、縦横無尽に飛び回っていた。

 まるで「やーい。やーい」と小馬鹿にしているように見える。


「すげぇなあ、あいつ。あんな速度がかかっている状態から急速旋回できるなんて。空の王者っていう名前は伊達じゃねぇなあ」


 ディッシュは賛辞を贈る。

 悪気はないのだろうが、グリュンにとっては痛い言葉だ。

 高速度では追いつけるようにはなったが、旋回速度の差で1歩負けてしまう。

 グリュンの技術もそうだが、やはり飛竜の形状にも依るのだろう。

 あまりにスカイドラゴンは、空を飛ぶことに特化しすぎているのだ。


 だがわかっていても、グリュンは諦めなかった。


「もう1度――」


 やりましょう、と言いかけた時、仲間の竜騎士たちがやってくる。

 その数を見て、さしものスカイドラゴンもびびったのか、ディッシュたちがいる上空から消えていってしまった。


「すごいじゃないか、グリュン!!」


 若い竜騎士がグリュン、さらにホーデンを労う。


「凄い速さだった」

「あのスカイドラゴンに追いつくなんて」

「でも、惜しかったな……」

「さすがはグリュンとホーデンだ!」


 他の竜騎士たちも次々と賛辞を贈った。

 だが、己に厳しいグリュンの表情は硬い。

 いくら速くなっても、スカイドラゴンを討伐できなければ意味がない。


「ところで、なんであんなに速くなったんだ?」


 1人の竜騎士の疑問に、グリュンはハッと顔を上げる。

 ディッシュの方を見つめた。

 グリュンは特別何もしていない。

 ホーデンにしたってそうだ。

 自分の知らない間に、山に籠もって修行していたなんてことはないはずである。


 グリュン以外に、ホーデンと接触して、かつこんな不可思議なことができるとしたら、ディッシュしか思い浮かばなかった。


「ディッシュさん、ホーデンに何かしたのですか?」


「そうだな。そろそろ種明かしをするか。ホーデンに食べさせたあの豆はな。スピッドの豆だ」



 スピッドの豆ぇぇぇえええぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえ!!



 グリュンだけではない。

 聞いていた竜騎士全員が驚いていた。

 とりわけグリュンは声を震わせながら、ディッシュに確認する。


「た、確か1粒食べると、【素早さ】がアップするという豆ですよね。すごく高価なのに、あの壺の中には50粒以上は入っていたような……。ディッシュさんって、もしかしてお金持ちなんですか?」


「あははは。この姿がお金持ちみたいななりに見えるか?」


 ディッシュは修繕跡だらけの服を引っ張る。

 すると、いつも通り「にしし」と笑った。


「うちで育ててるんだよ。スピッドの豆を」


「「「「そそそそ、育ててるぅぅうううう!!」」」」


 竜騎士たちはまた声を揃える。

 分断が噂される――いや、事実分断されていた団員たちとは思えないほど、息が合っていた。


「俺の話はまた今度ゆっくり飯を食いながらでも聞かせてやるよ。それよりもだ」


「そうですね。スカイドラゴンを討つ方を優先しなければ。すみません、ディッシュさん。今度は降りてもらえませんか? 軽くすれば、今度こそ――」


 グリュンが言い終わらぬうちに、ディッシュは首を横に振った。


「グリュン、そりゃ駄目だ。空ではあいつには勝てねぇよ」


「なんだと!」

「どういうことだ!」


 ディッシュの意見に他の竜騎士たちも目くじらを立てた。

 グリュンもまた険しい顔をしている。


「どういうことか、ご説明いただけますか?」


「グリュンもわかってるだろ? 確かにホーデンは速くなったけどよ。だけど、旋回速度の差でどうしても逃げられちまう。直線が速くても、あいつには追いつけない。これは速度どうのこうのという問題じゃなくて、基本的な身体構造の問題だ。スカイドラゴンは根っから速くなるために生まれてきた生物だからな」


 さらにディッシュは問題点を指摘する。

 それは狩りの方法だ。


「銛の銃は強力だけど、多分高速度域のスカイドラゴンにはあたらねぇよ。前に回り込む以外にはな」


「どういうことだ?」


 他の竜騎士が尋ねる。


「あれだけの高速度域になると、流れていく空気が膜のように覆って、銛を弾いちまうと思う。狙いを付けるには、もっと前に出る必要があるんだ」


「では、我々は手をこまねいてみていることしかできないのですか!」


 珍しくグリュンが声を荒らげた。


 竜騎士たちは下を向くことしかできない。

 ディッシュの話はもっともだ。

 スカイドラゴンを討伐するために速さを求めた。

 だが、基本的な身体構造の違いによって、旋回速度で優劣が付き、しかも速くなったことによって、さらなる問題が浮上してしまった。


 もはや万策尽きた……。


 竜騎士たち、そしてグリュンの目に涙が浮かびそうになる。

 しかし、それを拾ったのも、グリュンの疑問に応えたのも、ディッシュだった。


「心配するな、グリュン」


 ディッシュはグリュンの頬を拭う。

 わざわざ男の涙を拭ってくれたのかと思ったが、違う。

 ディッシュが興味があったのは、グリュンの顔に付着したものだった。


 何か緑色をした苔のようなものだ。


「ディッシュ殿、それは?」


「苔だな」


「え? 本当に苔なんですか?」


「ああ……。にししし」


 ディッシュは突然笑い出す。


「心配するなよ、グリュン。これで俺が知りたいことは揃った」



 スカイドラゴン、狩ってやろうぜ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 スカイドラゴンの生態がなかなか面白いですね。 ディッシュは、やはりさすがの観察力と驚異の動体視力ですね。あの早さで眼で追えるとは! さてさて、ディッシュは…
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