menu128 ゼロスキルブースト
いよいよスカイドラゴン狩りの前哨戦の始まりです。
今日もどうぞ召し上がれ!
ドン! ドン!
2つの轟音に驚き、ディッシュは目が覚めた。
慣れない宿屋のベッドから落ちてしまう。
気を取り直し、窓から外を眺めた。
強い朝日の光ではなく、現れたのは青白い光に覆われた地下世界だ。
その音を聞いた街行く人は、大慌てで建物の中に入っていく。
今さっき張ったばかりの露店のテントを畳まず、比較的頑丈な建物の中に逃げ込んでいった。
「ディッシュ、無事か?」
部屋の扉を荒々しく開けて、アセルスが入ってくる。
よほど慌てていたのだろう。
頭に寝癖がついて、いつも1本飛び出ている髪が、今日は3本になっていた。
その後ろで、まだ眠そうなロドンが欠伸をかみ殺している。
年の功というヤツだろう。
アセルスとは違って、落ち着いていた。
「ああ。大丈夫だぞ。しかし、この騒ぎはなんだ?」
「私にもわからん。ただ何か大事が起こっているとしか……」
2人で首を傾げていると、1騎の飛竜が宿の前に降り立つ。
長い首を動かし、顎を上げると鋭く嘶いた。
「ありゃ。ホーデンだな」
「わかるのか、ディッシュ?」
アセルスには一目見てわからなかった。
昨日、ずっと背に乗っていたのにもかかわらずだ。
飛竜というのは、割と似たような見た目をしている。
それをディッシュは一目見て言い当ててしまった。
「3人ともご無事でしたか?」
やって来たのは、グリュンだ。
支度をしていて、遅れたのだろう。
すでに鎧を纏い、戦う準備を整えていた。
「何が起こっているのだ、グリュン。それにその恰好……」
「さっきのはドラゴンが現れたことを知らせる空砲です。ドラゴンが地上で暴れると、多少天井の岩盤が剥げたりするので。そのための用心です。ご心配なく、ここにいる分には安全ですから」
「グリュン殿も今から迎撃に?」
「はい。空砲が2つ鳴らされました。あれはスカイドラゴンが現れたという合図です」
「なるほどな。じゃあ、俺も連れてってくれよ」
「危険ですよ、ディッシュさん」
「グリュンの言うとおりだ。万が一のこともあるぞ」
グリュンとアセルスは同時に反対する。
心配しているというよりは、ちょっと怒り顔の2人を見て、ディッシュはまあまあと両手を上げた。
「危険なのはわかってるって。ただもっとスカイドラゴンを近くで観察したいんだ」
「観察?」
グリュンが眉間に皺を寄せた。
すると、ディッシュは料理を思いついた時のように「にしし」と笑う。
「実はよ。俺の中ですでに、スカイドラゴンを狩るプランは出来上がりつつあるんだよ」
「「「な――――ッ!!」」」
ディッシュ以外の3人が絶句する。
スカイドラゴンを狩るプランがある。
それはまさしく先勝宣言のように3人の脳裏に響いた。
ディッシュがルデニア連邦に来たのは、昨日である。
さほど何か重要なことを調べたわけでもないのに、もうすでに狩りを成功させる計画があるという。
ディッシュをずっと見てきたアセルスですら信じられなかった。
だが、ディッシュがこの状況で嘘を吐くとは思えない。
皆から疑惑の眼差しを向けられながら、ディッシュは説明を続けた。
「けどな。スカイドラゴンを狩るためには、色々と確認しなきゃならねぇことがある。その1つが、スカイドラゴンの特徴をちゃんと把握することだ」
「敵を知るにはまず味方からっていうが……。まあ、オレたちはその敵の正体すら知らねぇもんな」
ロドンは顎髭を触りながら、うんと1つ頷く。
「頼むよ、グリュン、アセルス。俺のわがままを聞いてくれ。一生のお願いだ」
「そこまでディッシュ殿が言うのであれば……。ただ――戦闘加速となると、昨日よりも早く動くことになりますよ」
「ホーデンには悪いけど、縄か何かをくくりつけてくれれば、最悪落下はしないと思う。それに本気になったウォンの速度だって、ホーデンに負けてねぇぞ。荒っぽいものには乗り慣れてるから平気だ」
「わかりました。よろしいでしょうか、アセルス様」
「……駄目だといっても、ディッシュは乗り込むヤツだ。だから、私も行く」
「駄目だ、アセルス」
今度はディッシュの方から乗車をお断りされる。
「な、何故だ、ディッシュ?」
「これ以上、人を乗せるとホーデンの速度がでねぇ。――だろ、グリュン?」
「仰る通りかと……。ディッシュさん、1人乗せるだけでも随分なハンデなのです。2人となると……」
「しかし――――」
「行かせてやんな、アセルスお嬢ちゃん」
「ろ、ロドン殿まで」
「こんな目をした時のディッシュは、そう簡単に覆せねぇよ」
心配げに俯いていたアセルスは顔を上げる。
すると、ディッシュと目が合った。
ディッシュの目の虹彩は黒い。
陽が落ちた山の闇よりも黒いのに、朝日よりも輝いていた。
こっちは心配しているのに、当の本人はというと、ワクワクが抑えられないらしい。
確かに――こういう時のディッシュを抑えられる自信など、いくらアセルスが辺境の最強騎士と言われていようと難しく思えた。
それでも心配だ。
何か言葉をかけようとするのだが、その前にアセルスの頭の上に、ディッシュの手が乗った。
「大丈夫、アセルス。俺は必ず戻ってくっから」
「ディッシュ……。絶対! 絶対だからな!!」
「ああ。あとで、お前にも手伝ってもらうからな」
「手伝う?」
「そうしたら、スカイドラゴンでうまい飯を作ろうぜ」
「全く……。お前と来たら…………。料理のことしか頭にないのだから」
アセルスは言うまでもなく本気で心配している。
「飯」という単語を聞いても、お腹も鳴ることもなく、涎が溢れることもない。
今ならきっと朝ご飯すら喉を通らないだろう。
「(こんなにもこっちは心配しているというのに……)」
なのに、ディッシュは凄く嬉しそうに笑っていた。
強がりではない。
単なる好奇心だ。
猫をも殺すという言葉があるが、ディッシュのブレーキはすでに潰れている。
彼はずっと危険な山で生きてきた。
そう誓った時から、ディッシュは好奇心のお化けと化したのかもしれない。
アセルスは小指を差し出す。
「指切りだ、ディッシュ」
「うん。ああ、いいぜ」
ディッシュも小指を差し出す。
そっと2人の指が重なり、絡まる。
静かに誓いの儀式が続いた。
それは互いに抱擁しているようであった。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「気を付けろよ、ディッシュ」
「ああ。帰ってきたら、ロドンのおっさんにも手伝ってもらうからな」
「わかった。じゃあ、それまでおいしい地酒でも探しておくよ」
大きな拳をディッシュの方に突き出す。
アセルスに誓った時と同じように、ディッシュも拳を突きだし、グータッチする。
「では、ディッシュ殿。支度はよろしいですか?」
「ああ。これでいい。なるべく軽装の方がいいだろうしな。あ――そうだ。あれを持っていかなくちゃ」
ディッシュは持ってきていた背嚢から小壺を取りだした。
それを持って、外に行く。
小壺の蓋を開けると、豆が入っていた。
「あ! ディッシュ、その豆もしかして――――」
アセルスが気付く。
それは彼女もよく知るあの豆だった。
正体を知らないグリュンは小首を傾げるだけだ。
その竜の主の横で、ディッシュは豆を手の平に数粒載せると、外で待っていたホーデンに差し出した。
ホーデンは長い舌を伸ばして、ムシャムシャと食べ始める。
味が気に入ったわけでもないだろうが、お腹は空いていたのだろう。
小壺の中に入っていた豆を、全部平らげてしまった。
「よし。これでいいな」
「ディッシュ殿、今の豆は?」
「にししし……。ブーストだ」
「ブースト?」
「空に昇ればわかるよ」
ディッシュは支度する。
縄でホーデンと繋ぎ、厳重に縛った。
そして先に乗り込んだグリュンの後ろに乗る。
「じゃあ、行ってくるぜ、アセルス」
「ああ……。くれぐれも無茶するなよ、ディッシュ」
「わかってるよ」
ホーデンは大きく翼を上下に動かし始めた。
大きく大気が動き、風が荒れ狂う。
飛竜の巨体がゆっくりと上昇していった。
ディッシュはアセルスに手を振ると、アセルスも手を振り返した。
「行きます!!」
グリュンはホーデンの腹を蹴る。
地下世界の小さな空を滑るように飛んでいった。
横穴から飛び出すと、一気にルルイエ王家の領空へと上昇していく。
「眩しい!!」
地下世界はいつでも明るいのだが、やはり外の光は強烈だ。
いつもなら大気が不安定で、鼠色の雲が浮かんでいるのが常なルルイエ王家領地だが、今日は少し晴れ間も見えていた。
雲間から陽光が射し込み、ドラゴンに荒らされたルルイエ王家領地が、幻想的に照らされている。
その上空に、先に出撃していた竜騎士たちが集まってきた。
さらに進行方向では、スカイドラゴンとおぼしき姿がある。
竜騎士たちが飛竜を巧みに操って、スカイドラゴンを包囲しようとしているが、うまく行っていないようだ。
「ディッシュ殿!」
「ああ……。俺のことは気にするな。派手に飛ばせ」
ディッシュはグリュンの背後から手を伸ばし、密着する。
それを確認すると、グリュンは手綱を引いた。
1度ホーデンの頭を上げる。
その頭が前に倒れる瞬間、腹を蹴った。
ホーデンが飛び出す。
徐々にスピードを上げていき、ついには最大速度に達する。
一瞬で景色が流れていく。
その速度は、最初体験した時よりも遥かに速かった。
「――――っっっっっっ!!」
速すぎて口が開けられないほどだ。
だが、戸惑っていたのはディッシュだけではない。
グリュンも同じだった。
「(あれ? いつもよりホーデンの速度が速い?!)」
ホーデンの速度の変化に気付く。
すると、前の方で全速でスカイドラゴンを追いかけていた飛竜をあっさりと抜き去ってしまった。
その速さに、仲間の竜騎士も呆然とする。
「は、はえぇ~」
「……な、なんだ、今のは? もう1匹スカイドラゴンが現れたのか?」
「一瞬見えた。あれはホーデンだ」
「グリュンか……? だが――」
「前よりも速くなってないか?」
仲間たちは手綱を緩め、縦横無尽に空を駆けるホーデンと、それに乗ったグリュンとディッシュの背中を眺めることしかできなかった。
『ゼロスキルの料理番』1巻の電子書籍版が、
各電子書籍販売サイトで半額となっております。
まだ書籍版を読んだことがない方は、お手頃値段となっておりますので、
是非ご堪能下さい!







