menu126 鶏竜の丸焼き?!
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今日もどうぞ召し上がれ!
「「「おおおおおお!!」」」
ディッシュ、アセルス、ロドンは目を丸くした。
3人の目に映ったのは、たくさんの人の波だ。
喧騒に加えて、商人の威勢のいいかけ声と、子どもたちの明るい声が聞こえる。
どこからか陽気な音楽も流れてきた。
竜の被害を受けている国とは思えないほど、民衆の明るい声に溢れていた。
それもそのはずである。
ここはルルイエ王家が統治する上の市街ではなく、下の市街なのだ。
つまり、大きな地下街だった。
「竜の被害に度々遭遇する我々にとって、地上で暮らすのはリスクがあります。だから、ルルイエ王家をはじめルデニア連邦の5割以上の国が、地下に生活の拠点を移して暮らしているのです」
「へぇ……」
ディッシュは天井を臨んだ。
暗いかといえば、そうではない。
土に多くの魔石の欠片が含まれている地層らしい。
人間から漏れる魔力に反応して、青白い光を常時放っていた。
視界はかなりクリアで、昼間地上を歩いているのとなんら遜色はない。
困るのは、昼夜関係なく明るいことぐらいだろう。
「それよりすみません。……本来なら王家をあげて、歓迎するべきなのですが」
「気にはしていないよ、グリュン殿。急な訪問であったし、今は有事だ。王も家臣も、多忙なのは理解している」
忙しいという理由も、急な訪問というのも理由の1つだろう。
だが、アセルスは見てしまった。
ルルイエ王家の中にある不和を。
おそらく客人であるアセルスたちに、寝床や食事をルルイエ王家が用意しなかったのは、別の勢力にデラン王が配慮した結果なのかもしれない。
国をまとめるために、デラン王も必死なのだ。
「それよりもグリュン殿。……鶏竜という種を使ったドラゴン料理を出してくれる店は、どこなのだ?」
真剣な表情になったと思ったら、途端アセルスの顔は大好きな料理を待つ子どものように輝く。
低くお腹は唸りを上げ、涎を飲み込んだ。
「もうすぐですよ。ほら、あそこです」
指差したのは、『竜の住処』という勇ましい名前を持った定食屋だった。
如何にもドラゴン料理がありそうなネーミングである。
かかった看板のドラゴンも、口から火を噴き、客を歓迎していた。
中に入ると、割と屈強な男たちと視線が合う。
グリュンと同じ竜騎士であったり、冒険者の姿も多い。
ともかくむさ苦しい空間であることは間違いなかった。
「あら、グリュン!」
その暑苦しい空気の中で、一際目立っていたのが、トレーを持った女性店員だ。
亜麻色の長い髪に、パッチリとした大きな瞳。
線は細く、肩幅は小さいが、決して女性的な魅力が乏しいというわけでもない。
色白の肌と薄い桃色の唇には、どこかしら気品のようなものを感じた。
店員は持っていた麦酒の杯を客のテーブルに置くと、グリュンの元に走り寄ってくる。
営業スマイルではない、自然な笑みを浮かべて歓迎した。
「やあ、ファナ」
「いらっしゃい、グリュン。いつ戻ったの?」
「さっきだ」
「そう。……無事でよかった。遠くへ行くと聞いていたから」
「心配をかけてすまない。この通り無事だ。ホーデンも一緒だったしね」
「そう! ホーデンがいたなら安心ね」
「それはどういう意味だ、ファナ」
グリュンは頭を掻くと、ファナはクスクスと笑った。
いいムードである。
何か他の者が近寄りがたい空気を醸し出していた。
ニヤニヤしながら、ロドンが「青春だねぇ」と目を細める。
ディッシュは何とも思っていないような表情であったが、横のアセルスはグリュンとファナを少し羨ましそうに見つめていた。
すると、ファナがアセルスたちに気付く。
「グリュン、こちらの方は? 見かけない顔だけど、お友達?」
「ああ。紹介が遅れた。この方たちは――」
グリュンは順番に紹介していく。
「まあまあ、カルバニア王国からわざわざ……。私たちの国のために力を貸していただきありがとうございます。さあさあ、お席はこちらですよ」
ファナは丁寧に頭を下げる。
そして一行を席に通した。
大きな円テーブルに通される。
他のテーブルと違って豪奢だが、他意はないだろう。
単純にここしか空いていなかったのだ。
「さあ、料理は何になさいます?」
「なあ、ドラゴンを食えるって本当か?」
目を輝かせながら、ディッシュは尋ねた。
食べるのも大変楽しみだが、料理人のディッシュにとっては、食材にドラゴンが使われていること自体、興味の対象なのだろう。
ドラゴンは間違いなく魔獣の一種である。
その魔獣の名を冠した料理なのだ。
自分とは違う他の人間が作った魔獣料理に、興味津々といった様子だった。
「えっと……。ディッシュさんだったかしら。その誤解がないように先に言っておくと、ドラゴン料理はその…………観光客向けに謳っているだけで」
「でも、鶏竜って――ドラゴンの一種じゃないのか?」
「ああ。その……期待を裏切るようでごめんなさい。鶏竜って、合鴨のことなの」
「「「「合鴨!?」」」」
4人は素っ頓狂な声を上げる。
「他の三人はともかく、なんでグリュンまで驚いているのよ」
ルデニア連邦は、常にドラゴンの脅威にさらされている。
だが、翻せばドラゴンを確認できる唯一の国ということでもある。
危険とわかっていながら、毎年多くの観光客が訪れていた。
鉱物資源以外に、目立った外貨獲得手段がなかったルデニア連邦は、ドラゴンの脅威にありながらも、ドラゴンを使った観光事業を推進してきたのである。
名物ドラゴン料理というのも、いわば当てつけみたいなものだった。
昔ドラゴンを食べた人間が、この食べ物と食感が同じだったとか。
鶏竜にしてもドラゴンの怒りを鎮めるために合鴨を差し出したところ、ドラゴンが涎を垂らして喜んだ際、その涎が合鴨に落ちて、羽根が黒くなったという逸話が残されている。
こうした本当の様で嘘みたいな話が、ルデニア連邦の観光資源を中心に、ごまんと存在するのだ。
「いや、私は昔祖父から、鶏竜というのは鶏とドラゴンを交配させたものだと聞いていたぞ」
「それは完全に嘘よ」
ファナに全否定される。
グリュンはがっくりと項垂れると、ファナはクスクスと笑った。
「すみません、みなさん。折角楽しみにしてくださったのに。不覚でした」
「いいですよ。……味はおいしいんでしょ」
「それはもう――」
グリュンは何か評価を取り返すように、食い気味にアセルスに迫った。
ちょっとその勢いに押されながら、アセルスは注文する。
「じゃ、じゃあ、鶏竜を1匹」
「ご注文ありがとうございます」
ファナは笑顔で感謝する。
キッチンに向かって、オーダーを通した。
一方、ディッシュも落ち込んでいるかといえばそうではない。
ファナに質問した。
「なあ、ここの合鴨は羽根が黒いのか?」
「そう。真っ黒なんですよ」
「へぇ……」
カルバニア王国で使われている合鴨は総じて白、灰色、茶など様々だ。
だが、少なくとも、ディッシュのこれまでの人生で黒い合鴨などは見たことがなかった。
「なあなあ……。厨房を覗かせてもらってもいいかな?」
「え? ええ?」
唐突な申し出にファナは慌てた。
そんな彼女にアセルスが説明する。
「彼は料理人なんです。カルバニア王国の王宮で料理した経験もあって……。珍しい料理には目がないんですよ」
「カルバニアの王宮で? えっと……。確かあそこって、とっても味にうるさいお姫様がいるって」
どうやら、あの我がまま美食家王女の名前もまた、国境を通り越してこんな街中にある食堂まで届いているらしい。
「彼は、そのアリエステル王女お墨付きの料理人なんです」
「すごい……。いや、でも――そんな料理人さんがうちみたいな下町の定食屋で見るものなんてないと思いますけど……」
「何を言ってんだ。厨房の方からいい匂いがしてきてるぜ」
ディッシュの言うとおり、先ほどから厨房の方から香ばしい匂いが漂ってくる。
すると、厨房の方から声が上がった。
「ファナ! 鶏竜1人前あがったよ」
ドンッ! という音とともに取り口に置かれたのは、丸々1匹炙られた鳥だった。
「「「おおおおおお!!」」」
ディッシュとアセルス、ロドンが一斉に反応する。
黒羽根と聞いていたから、食べ物のイメージがあまり付きにくかったが、皿に盛られた鶏竜は、黄金色をし、1匹丸々炙られた合鴨の姿はまさしくドラゴン並のインパクトを持っていた。
白い湯気を吐き、今まさにファナの手によって目の前を通り過ぎて、他の客の元へと届けられる。
先ほどからずっと視界にチラチラと映っていたのだが、ほとんどの客のテーブルの上には、鶏竜が置かれていた。
名物料理であることは間違いなさそうだ。
この盛況ぶりからみても、食べて損はないだろう。
それに鼻を衝く香ばしい香りと、かすかな獣臭が、もうすでに堪らない。
決して魔獣料理というわけではないが、異国の名物料理なればそれに匹敵するほどのインパクトがあった。
戻ってきたファナに、ディッシュはもう1度頼み込む。
「覗くだけだ。頼む!」
ディッシュは手を合わせ食い下がる。
普段、料理以外のことではぼうっとしている感じだが、料理のこととなると途端に飢えた狼みたいに、押しが強くなる。
この飽くなき探求心が、あの魅惑の料理に繋がっているのだろう。
「わかったわ。うちのシェフに聞いてみるわ」
ファナは声をかけると、厨房から現れたのは長鷲族の獣人だった。
なんと獣人が鳥1匹を使った炙り料理を作っているらしい。
その料理人は「いいよ」とあっさりOKしてくれた。
ディッシュは思いっきり跳び上がって喜ぶ。
「ちょうど黒鴨も届いたし。見るかい?」
そう言って料理人は店の裏に案内してくれた。
そこにあったのは、籠に入り丸々と太った黒鴨だった。
「お、大きいな。こりゃあ、確かにドラゴンみたいだ」
感心したのは、ロドンである。
顎髭を撫でながら、籠に入った黒羽根の合鴨を見つめている。
確かに普通の合鴨よりも大きい。
まるで鴨の魔獣ようである。
グリュンも初めて見たらしく、驚いていた。
「黒鴨は普通の鴨とは違って、一切運動させずに飯だけを食わせて育てるんだ」
「なるほど。それなら脂がよく載った、肉質の柔らかい肉ができるんだな」
「よくわかってるじゃねぇか、兄ちゃん」
料理人は嬉しそうに嘴をくわっと開けた。
やはり料理人同士、気が合うのだろう。
「こいつを今からさばくのか?」
「こいつらは明日の分だ。血抜きしねぇといけないからな。今日のうちにやって、明日の料理に出すんだ」
「なるほどな」
「調理の方も見るかい?」
「いいのか?」
「かまわねぇよ」
長鷲族の料理人は嬉しそうに答えるのだった。
所謂、〇〇ダック……!
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