menu124 空飛ぶ魚
今日もどうぞ召し上がれ!
スカイドラゴンは、竜種の中でも空を飛ぶことに特化したドラゴンである。
それがルデニア連邦の空に現れ、各都市を襲い始めたのは、数週間前の事だ。
竜騎士総出でその討伐に当たったが、誰もスカイドラゴンに追いつくことはできなかった。
現状、ルルイエ竜騎士団の中で最速を誇るホーデンですら、太刀打ちできなかったらしい。
その後も、何度か挑戦したが、追い払うだけで精一杯だったという
そこでグリュンを含めて、各国の猛者に助力を願ったのだが、色よい返事はなく、必死になって探してるうちに、ホーデンの体力が尽きたというわけだった。
「アセルス殿、【光速】の聖騎士と見込んでお頼みする。どうか助太刀いただけないだろうか?」
グリュンは頭を下げる。
【光速】のスキルを持つアセルスならば、如何にスカイドラゴンが速かろうと追いつくことができるだろう。
だが、問題がないわけではない。
「頭を上げてくれ、グリュン殿。勿論、請われれば私はどこにでも行こう。助太刀を惜しむことはない」
「あ――ありがとうございます!」
グリュンの顔が輝く。
竜騎士の目には、涙すら浮かんでいた。
横で聞いていたキャリルは、「さすがはアセルス様ですわ」と誇らしげに主を見つめる。
しかし、肝心のアセルスの表情は曇ったままだ。
「だが、私の【光速】のスキルは空を飛ぶことができない。……具体的に説明すると、光の速さになるまで、ある程度の助走距離が必要なのだ」
「助走距離ですか?」
「今のところ、空を飛ぶ手段はあの竜しかないのだな」
「はい……」
「なら難しい。竜の背の上だけでは、助走距離がどうしても足りない」
「そうですか」
グリュンは肩を落とす。
まさしく光明が見えたと思ったが、別の問題に当たってしまった。
やはり、竜騎士以外に空を守る事ができる者はいないのだろうか。
そんな絶望感が、じくじくと皮膚から噴き出してくるような感覚を感じた。
「いや、方法まだあるぞ、グリュン殿」
「え?」
「1人、心当たりがある。獲物を狙うなら、最適な人間を私は知っている」
アセルスはニヤリと笑った。
◆◇◆◇◆
「え? オレ――――?」
自分を指差したのは、ロドンだった。
アセルスたちがやってきたのは、ウルベン城塞街と接した港町だ。
潮風が香り、白波が浜辺に打ち寄せている。
南方の異変とは違って、こっちの海はとても穏やかだった。
船の舳先で漁具の補修をしていたロドンは、やってきたアセルスたちからグリュンの紹介を受けると、ルデニア連邦の今の状況を聞いた。
そして、アセルスは最後にスカイドラゴンの討伐に力を貸して欲しいと頼む。
もちろん、ロドンにだ。
「いやぁ…………俺は――――」
ロドンはどう答えたらいいかわからず、手を止めて、黒々とした蓬髪を撫でた。
アセルスはともかく、ロドンは単なる漁師である。
なのに竜騎士でも手こずるようなドラゴンの討伐に、力を貸してくれと言われても、ただただ戸惑うより他なかった。
「あの……。アセルス殿、こちらの御仁は?」
「こちらは、ロドン・ドム殿。聞き覚えがない名前だと思うが、こう言えばわかるはずだ」
【白鯨討ち】……。
「まさか……。あの伝説の魔獣白鯨を討ったという」
グリュンは一瞬呆然とするほど驚く。
対するロドンは珍しく照れていた。
「まさか自分の噂が他国まで響いてるとはな。照れるぜ」
「すごい……。こんなところにも有名人がいるとは。……どうかお頼み申す。その【必中】のスキルを、我が国でも振るってくれないでしょうか?」
ロドンのスキルは【必中】だ。
槍、銛、あるいは弓矢。
投げたり、放ったりするものであれば、ほぼ10割射貫くことができる。
その能力を使い、漁師でありながら白鯨という海を荒らし回っていた魔獣を倒した話は、カルバニア王国だけではなく、他国にも轟いていた。
「話はわかった。国境を跨いでここまでやってきたんだ。無下には断るわけにはいかねぇな」
「ありがとうございます、ロドン殿」
「ただし報酬はきっちり貰うぜ。その間、漁に出られないんだからな」
「勿論です!」
「良かったな、グリュン、ホーデン」
ディッシュがグリュンとホーデンに声を掛ける。
そのグリュンはディッシュの手を取った。
「ありがとうございます。これも、ディッシュ殿が紹介してくれたおかげです」
「そうか。うーん、じゃあ俺も褒美を貰おうかな」
「おいおい。ディッシュ、どさくさに紛れてせがんでんじゃねぇよ」
「構いません、ロドン殿。それでディッシュ殿、褒賞は何がいいでしょうか?」
「俺もさ。お前の国に連れてってくれよ」
「ルデニア連邦にですか?」
グリュンはキョトンとする。
今、ルデニア連邦は危険地帯だ。
好んで、訪れるものはいない。
すでに一部の国民は、国を脱出して安全な場所に避難しているほどだった。
「ディッシュ。こういうのも何だが、お前が来ても……その……」
「足手まといなのは重々承知だ。でも、俺はちょっとばかし魔獣のことが他の人間よりも詳しいらしいし。アセルスやロドンおっさんには気づけないようなことに気づくことができるかもしれない」
「お前……。そんなこと言って、スカイドラゴンに会いたいだけじゃないのか?」
「にしし……。バレたか!」
「――ったく。この魔獣馬鹿め」
やれやれとロドンは首を振った。
一方、アセルスは悩んでいた。
確かにディッシュの言う通りだ。
ディッシュよりも魔獣に詳しい人物を、アセルスは他に知らない。
それにアセルスやウォンと出会う前は、スキルも何もないのに、たった1人で魔獣を狩っていたという。
その創意工夫、知識と経験は、スカイドラゴン討伐に役立つかもしれない。
「グリュン殿……」
アセルスが口を開くと、その前にグリュンは首を振った。
「皆まで言わなくてもわかっております。あなたが良ければ――」
「かたじけない。……ディッシュ」
「なんだ、アセルス?」
「約束してくれ。勝手な行動はしないと。私の側にいてくれると」
「…………」
ディッシュは黙り込んだ。
それは否定の意味ではない。
珍しく顔を赤くし、アセルスから目をそらす。
横でロドンは「ぐははは」と笑う。
「まるで愛の告白みたいだな」
そこでようやくアセルスも、自分が口走った言葉の意味に気付いた。
溶岩みたいに羞恥心がこみ上げてくる。
慌てて否定した。
「い、いや……。そそそそそ、そういう意味じゃなくて、だだ、だな」
「わ、わかってるって……。大丈夫。俺はお前の側から離れない」
「ううう、うむ。わ、わかって……わかっていればいいのだ」
お互い顔を背け、顔を赤くする。
そのお熱いご両人の肩に手を置いたのは、ロドンである。
「よっしゃ! 決まりだ! 行くぞ!!」
「はい。行きましょう」
『ぎぇぇええええ!!』
ホーデンも首を上げて、勇ましく吠える。
その様を見て、アセルスはディッシュに質問した。
「ディッシュ、そう言えばウォンは?」
「今日はお留守番だ。どうも竜の背中は気にくわないらしい」
「そうか」
グリュン、アセルス、ロドン、そしてディッシュ。
4人はホーデンの上に跨がる。
大人が4人乗っても、ホーデンは力強く羽ばたくと、ゆっくりと上昇していった。
「お、お、おおおおおおお!!」
声を上げたのは、ロドンである。
「飛んでる! 飛んでるぞ!!」
「あははは。ロドン殿、これは飛竜ですぞ」
「何を得意げな顔をしてるんだよ。アセルスだって、さっき同じこと言ってたぞ」
「でぃ、ディッシュ! それは――――」
「では行きます。ルデニア連邦までひとっ飛びですから。みなさん、しっかり摑まっててくださいね」
グリュンは手綱を使って、ホーデンに合図を送る。
ここまでディッシュやアセルスを運んできたホーデンだが、その能力をずっと隠して移動していたらしい。
首を地面と水平に伸ばし、さらに強く羽ばたいた。
すると、一気に加速を始める。
「「「う、うわああああああ!!」」」
その凄まじい加速に、ディッシュ、アセルス、ロドンがおののく。
空気が壁となって襲いかかり、グリュンにしがみついていないと、今にも吹き飛んでいってしまいそうだった。
「こ、これが竜の加速……」
「すっっっげぇ!!」
「お、お、お、おおおおおおおお!!」
側の景色が吹き飛んでいく。
気付けば、カルバニア王国の特徴的な弓形の湾が遠くに見えた。
森を抜け、山を越え、河川を渡る。
「これでも7割の速度ですよ」
「な、7割!」
アセルスは素っ頓狂な声を上げる。
他の男達も、唖然としていた。
「戦闘加速となれば、これよりもさらに速いです。ですが――――」
「スカイドラゴンはもっと速いんですね」
アセルスの言葉に、グリュンは慎重に頷く。
「そうです」
「なるほど。その速さを知ってもらいたくて、グリュン殿は加速したのだな」
「はい。驚かせてすみません」
グリュンは少し加速を緩める。
空気の圧迫がなくなり、安心してホーデンの背中に乗っていられる速度になった。
しかし、予想以上の速さだ。
普段、速い速度になれているアセルスですら、目を回すほどだった。
果たして、スカイドラゴンを討つことができるのか。
ここに来て、アセルスの胸に不安が滲む。
「見えてきました」
グリュンは指を差す。
もうルデニア連邦に辿り着いたらしい。
あっという間の空の旅だった。
だが、浮かれている暇はない。
その領内の上空……。
黒く淀んだ雲が広がっていた。
「あれが、全部穢れなのですね」
「はい。ドラゴンたちの巣窟です。そろそろ高度を落とします。魔獣が襲いかかってくるかもしれないので」
グリュンが手綱を通して、ホーデンに指示を出す。
徐々に高度を落とし始めた。
その時、ロドンが1つの影に気付く。
「なんだ? なんか来るぞ?」
前方を指差す。
ちょうど黒い雲に覆われた場所だ。
何かが高速でこちらに向かってきていた。
「まさか……」
グリュンは目をこらす。
同時に息を飲んだ。
「ドラゴンか」
アセルスは剣の柄を握る。
戦闘態勢を取るが、ここは不得手な空の上だ。
一方、ロドンはいまだ何か呆然とした調子で、そのドラゴンの特徴を捉える。
「しかし、なんだあれは? ドラゴンというよりは……」
ドラゴンと聞くと、岩のように硬い鱗、蝙蝠のような大きな翼、鋭い爪、あるいは長首を想起する。
だが、そのドラゴンはその特徴に全く合致していなかった。
身体は平たく、柔らかい皮のようなものをヒラヒラと動かしている。
それは空を飛んでいるというよりは、水の中を泳いでいるようだった。
「まるで――――」
「鰈や平目みたいだな」
前方に浮かぶドラゴンを海の魚に喩えて発言したのは、ディッシュだ。
その口元は、ドラゴンという強敵の前にあっても笑っていた。
楽しみでしょうがない――そんな顔である。
「ディッシュ?」
「なあ、アセルス……。スカイドラゴンに別名があるって知ってるか?」
「え? いや、知らない」
ディッシュは「にしし」と笑う。
「別名スカイフィッシュフライ……」
平たく言えば、空飛ぶ魚だ……!
というわけで、魚のようなドラゴン。
ドラゴンのような魚が今回の食材になります。
よろしくお願いします。
書籍版、コミカライズ版もどうぞよろしくお願いします。







