menu122 ゼロスキルの芋煮
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それはディッシュがいつも通りウォンと共に山で狩りをしていた時だ。
森を歩いていた時、大きな影が横切っていったのに気付いた。
ヴィル・クロウかと思い、ウォンと共に天を仰いだが、違う。
予想していた魔獣よりも一回り大きく、翼の形状も異なる。
それは鳥と言うよりは、蝙蝠に近い。
何より首が長かった。
「竜だ」
ディッシュは呆然とする。
すぐに昔出会った竜のことを思い出した。
だが、その体躯と比べると一回りも二回りも小さい。
それに飛び方に雄々しさを感じられない。
懸命に翼を広げているが、飛行が安定していなかった。
しかも、その竜の上には人が乗っている。
懸命にふらつく竜をなだめていた。
「ありゃ落ちるぞ。――ウォン!」
「うぉん!」
ディッシュはウォンの背に乗る。
竜を追いかけ始めた。
ほどなくして、竜は山肌に落下する。
ディッシュはウォンと共に現場に急行すると、やはり竜だった。
こちらに気付くと、竜は長い首を持ち上げる。
翼を広げて威嚇するが、弱々しい。
抵抗する気力もない様子で、声にも力がなかった。
「弱ってるみたいだな」
「うぉん!」
ウォンの声を聞いて、ディッシュは振り返る。
その足下には鎧を着た人間の姿があった。
側には大きな槍のようなものが転がっている。
「うぉん?」
「大丈夫だ。息はあるよ」
どうやら竜とともに落下して、気絶したらしい。
見たことがない様式の鎧だった。
鉄板のあちこちに穴が空き、厚みも薄い。
少なくともカルバニア王国の衛士や兵士ではなさそうだ。
「どっかの国の兵士かな? 山で行き倒れを見つけたら、ギルドとかに報告してくれってフォンも言ってたけど……。どう思う、ウォン?」
「うぉん?」
相棒に相談するも、ひらりと尻尾を振られるだけだった。
その時である。
ぐおおおおおおおお……!!
竜の嘶きもかくや――いや、実際竜の嘶きだと思ったが、違う。
ちなみにアセルスの腹音でもない。
聞こえてきたのは、本当に竜の腹音らしい。
ぐおおおお……!!
その音に呼応するかのようにまた腹音が聞こえてくる。
今度は兵士からだ。
ディッシュはウォンと目を合わせる。
「こりゃ……。いつものヤツだな」
頭を掻き、どうしようか考えるのだった。
◆◇◆◇◆
「う……んん……」
目を覚ますと、そこは見知らぬ森だった。
すでに夜の帳が落ち、辺りは真っ暗だ。
その暗闇の中で焚き火が揺らぎ、ぼんやりと光を放っていた。
「うぉん」
吠えたのは、大きな狼だった。
銀毛は見たこともないほど美しく、ふわふわだ。
敵意はないらしく、ちょこんと座って横にいる主に声をかける。
「お! 起きたか?」
大狼とともに現れたのは、青年だった。
山の中だというのに、武装はしていない。
持っているのは手に持った包丁1本だけである。
他国の兵士とも、冒険者にも見えなかった。
山で妖しげな実験をする魔導師というわけでもなさそうだ。
「あなたは?」
「俺の名前はディッシュだ。こっちはウォン。あんたは?」
「私の名前はグリュン。グリュン・クランレートと申します。あの私は一体?」
「覚えてないか? あんた、竜と一緒に山の中に落ちたんだぜ」
「……竜? ――――あっ!! ホーデンは??」
グリュンは寝転んでいた大葉から起き上がる。
慌てて辺りをうかがった。
「ぎぃぃい!」
嘶きが聞こえる。
見ると、竜がグリュンの方を見て、口を開けていた。
主を安心させるかのように立ち上がり、軽く翼を羽ばたかせる。
竜の無事な姿を見て、グリュンはホッと息を吐く。
すると――――。
ぐるるるる……。
お腹を鳴らした。
「あっ」と声を上げて、グリュンはお腹を隠すが、もう遅い。
ディッシュは「にしし」と笑った。
「お前も、その竜もめちゃくちゃお腹が空いてたみたいだな。どっちもすげぇ腹の音を鳴らしていたぞ」
「え?」
グリュンは目を丸くする。
己の失態を恥じるように頬を染めた。
「ぎぃいい!」
再びホーデンが鳴く
今度はグリュンに向けたのではなかった。
ディッシュに対してだ。
それは威嚇するというよりは、何かを催促しているかのようだった。
「まだ食うのか、お前。よっぽどお腹空いてたんだな」
ディッシュはまた笑う。
鍋の中の料理を大きめの器に盛り始めた。
グリュンはそっと覗く。
大きめの芋がごろんと入っていた。
さらに長ネギ、人参、牛蒡が入っている。
山の中で食べるのには、なかなか豪勢な食事だ。
「芋煮ですか?」
グリュンが尋ねると、ディッシュは一瞬キョトンとした。
「いや、自分もよく作るので。味付けは魚醤と酒、あと天然の出汁でしょうか?」
「へぇ……。お前、料理するのか?」
「一人暮らしが長いので、多少は……」
グリュンは説明する。
その間にもディッシュは料理を持った器をホーデンに差し出していた。
ホーデンは長い首を動かし、ゆっくり器に近づけていく。
すると、中の料理をむしゃむしゃと食べ始めた。
グリュンは息を飲む。
「ホーデンが私以外の料理を食べるなんて」
竜は基本的に雑食である。
なんでも食べる。
だが、たまに竜の食べ物に下剤を混ぜたりする輩がいるため、グリュンは自分以外のものから食べ物を受け取らないように調教していた。
「よっぽどお腹が空いてたんだろうな。最初は嫌がってたけど、最後は食欲に負けたみたいな反応だった。心配すんなよ、毒は入ってねぇから」
「何から何まで申し訳ない」
「いいって……。お前みたいなヤツ、珍しくねぇから」
「そう……なのですか?」
「それよりも、お前も腹が減ってるだろ? こっちに来て、食べろよ」
ディッシュは鍋の中をかき回す。
木の器の中に、料理を注いだ。
正直、ディッシュという人間について、まだグリュンは計りかねていた。
ただ悪い人間ではなさそうである。
料理もうまそうだ。
ホーデンがとても満足そうに喉を鳴らしていることからも、証左だろう。
それにたとえ毒が入っていたとしても、この匂いは食べたくなる。
すでに正常な判断は難しく、木の器に手を伸ばすしかなかった。
「では、ご相伴にあずかります」
ディッシュから器を受け取る。
器の中には、ごろりと転がった芋と数種類の野菜。
肉はなかったが、この際贅沢はいわない。
まずグリュンは汁を飲んだ。
「はああ……」
思わず白い息を吐き出す。
温かい。そして汁が五臓六腑に染み渡っていく。
汁物や鍋を食べる時に受けるこの感動は、どこにいても同じらしい。
全身どころか、魂すら癒やされていく。
味付けもいい。
肉を使わない分、あっさり目だが、その分野菜の甘みをしっかり感じることができる。出汁の旨みと相まって、舌にも胃にも優しい味になっていた。
やがてグリュンはメインである芋に箸を付ける。
摘まみ上げると、白い湯気を吐いていた。
よく冷ました後、口の中に入れる。
「むぅううううううう!!」
思わず唸る。
料理で自分がこんなに取り乱したのは、初めてだった。
うまい!
普通の芋とは違う。
食べてみて初めてわかったが、中に空洞があるのだ。
それが食べた瞬間に、中に詰まった汁の味が飛び出す。
当然芋には味がよく染み込んでいた。
だが、なんと言っても食感だろう。
ヌルッとしているのは里芋と一緒だが、これはそれ以上に柔らかい。
噛んだ瞬間、ほぼ口の中で溶けるように消えていく。
芋本来の甘みと相まって、まるで生クリームでもなめてるかのようだった。
最初は恐る恐るだったグリュンの箸の動きが、次第に加速していく。
ほふ、ほふ、と時々白い息を吐き出しながら、ディッシュが作った芋煮を口の中に掻き込む。
顔を上げて、ほふほふする姿は、竜もその主であるグリュンも一緒だった。
人も竜も、何か導火線に火が付いたかのように、夢中で芋煮を食べ続けた。
「ぷはああ!! 食った!!」
丸く膨らんだお腹を撫でる。
ホーデンも満足したらしい。
喉を鳴らすと、満足そうに長い首を地面に置いた。
「こんなにおいしい芋煮を食べたのは、初めてです。ディッシュさんは、料理がうまいんですね」
「にしし……。ありがとうな。そう言ってもらえると嬉しいぜ」
ディッシュは嬉しそうに笑う。
よっぽど嬉しいらしく、耳まで赤くなっていた。
「ところで伺いたかったのですが、この芋はどういう種ですか? この辺に自生しているものなのでしょうか?」
「ああ。それな……。そいつは爆弾岩石の幼体だ」
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長い――長い沈黙が訪れる。
グリュンの思考は真っ白になった。
真剣に、ディッシュが何を言っているかわからなかったのだ。
「あの? なんと?」
「だから、爆弾岩石の幼体だって」
「爆弾岩石って、あの魔獣の……? あれは岩ですよ。食べ物じゃ」
そもそもその前に、魔獣である。
Aランク指定の魔獣で、基本大人しいが、近づくだけで爆発するという性質から、「山の危険物」と言われていた。
「知らねぇのか? 爆弾岩石って、元は植物系の魔獣なんだぞ」
「は? 植物? あれが??」
「幼体の時は木の根に寄生して、そこから養分を貰って、成長するんだ。成熟すると、子を増やすために外に出てくるんだよ。ちなみに、危機的状況になって初めて身体の中にある導火線が反応して爆発するようになってる。その際、胞子をあちこちにばらまくんだよ」
嘘を言っているように見えない。
これが嘘というなら、ディッシュは一流の詐欺師だろう。
それかひどい妄想癖があるかどちからかだ。
「じゃ、じゃあ……私は本当に爆弾岩石を……」
おいしそうに食べていた自分の姿が思い出して、耳の裏が熱くなっていく。
まさか芋だと思っていたものが、爆弾岩石の子どもなんて、誰が予想できるだろうか。
そもそも、それを初対面の人間に食べさせるのもどうかと思う。
「心配するなよ。幼体の中にある火薬は抜いておいたから」
「そ、そういうことが問題じゃない」
グリュンは顔を上げた。
「一体、君は何者なんだ?」
「名乗ったろ。俺の名前はディッシュ・マックホーン。【ゼロスキル】のディッシュだ」
「ぜろすきる……?」
「俺にはスキルがないんだよ」
これがグリュンとディッシュの出会いだった。
竜との出会い!
そして大冒険の始まりです!
コミカライズ版の次の更新日は、4月17日になります。
今しばらくお待ち下さいm(_ _)m







