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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
137/209

Special menu5 ダンジョンのアレ焼肉(8)

本日、コミカライズ版最新話がヤングエースUP様で配信されました。

そちらもどうぞ召し上がれ。


ミミック編、終了です。

 客は増えていく一方だ。

 今やギルドの前にいる人間は、ウルベン城塞都市の大広場以上に賑やかになっていた。

 噂が噂を呼び、人が人を呼ぶ。


 曰く「今、ギルドでおいしい肉が食べられるらしい」


 すっかり空は暗く、【光】のスキルが込められた街灯に明かりが灯る。

 普段は夜になる前に家路を急ぐ人も足を止めて、その絶品料理に舌鼓を打った。

 いつもなら親に急かされるように家に帰る子どもたちも、親と一緒に食べたこともない肉を食べていた。


 実は、大半の人が肉を受け取りながら、それが何の肉かは知らない。

 知っているのは、中央に集まる冒険者やディッシュの調理を眺める観衆だけだ。

 「おいしいね」と微笑ましく肉を頬張る親子も、魔獣の肉だと聞けば、どんな顔をするか少し見物だった。


 当然、ディッシュの手では追いつかない。

 器材もだ。

 よって他の店から網や窯を持ってくると、その上で肉を焼き始めるものも現れた。

 アセルスたちが率先する。

 ミミックの舌や内臓がどんどんと消費されていった。


 その度に食いしん坊な聖騎士は複雑な想いになるのだが、子どもや街の人間の笑顔には代えられない。


 それに何よりこの後、アセルスたちにはご馳走が待っている。

 期待しながら、ギルド近くの酒場にこっそりとアセルスは視線を送る。

 今、店の厨房を借りて、例の「臓物(ホルモン)鍋」を作っていた。




 ギルド前がやや混沌としてきた一方、ディッシュは調理を続けていた。


 ミミックの本体から臓物(ホルモン)を取り出す。

 箱の中から現れたのは、長く連なった赤い小腸だった。

 これをディッシュ水で丁寧に汚れを落とし始める。

 生物の小腸はかなり汚く、獣臭の下にもなる。それは魔獣も一緒だ。


 しばらく洗った後、現れたのは宝石のような――いや、宝石そのもののような美しい小腸だった。

 ミミックが進化過程で得た偽財は完璧の一言に尽きる。


 冒険者が誤って手を伸ばすのも無理はないだろう。


「うぉん……」


 ディッシュの料理を見ていたウォンが感心したように唸った。


 ディッシュは俎上において、一口サイズに切る。

 さっさと湯にくぐらせ、冷水で洗った。

 すると、赤かった肉が、霜が降りたように白くなる。


 形も先の宝石のような角張った印象はない。

 むしろスライムのようにプルプルしていた。

 肉らしいというか、食べ物らしくなる。


「うぉおおおんんん」


 ウォンの反応が変わった。

 子どものように瞳を輝かせる。

 頻りに溢れた涎を舌でなめ取っていた。


「まあ、待てよ、ウォン。もうちょっとだから」


「うぉん!」


 早くぅ、とばかりにウォンは尻尾を振って急かす。

 すでにその毛はモフモフだ。

 神獣の胃袋を見事掴んだディッシュは、ちょっと意地悪っぽく笑う。


 一口サイズに切った玉菜(マルモン)に、ささがきした牛蒡(モーウ)、丸切りにした大蒜(カルナン)を大鍋に敷き詰める。

 その上から海藻で取った出汁と、魚醤、酒、砂糖を加えて、野菜を煮始めた。


 料理の様子を見ながら、ウォンはミミックの小腸が載った皿を鼻で突く。


「うん。ああ……。まだ小腸はいれねぇよ。あんまり煮立てると、肉が硬くなっちまうからな。野菜を煮た後で、入れる方がおいしくできあがるんだよ」


 ディッシュはウォンに説明する。

 わかったのかどうかはわからないが、ウォンは「うぉん」と小さく鳴いた。


 野菜を煮立てた後、いよいよ小腸を投入だ。

 これでもかと大鍋に投入していく。

 蓋をして、時々穢れを取り払いながら煮立てる。


 すると、酒場にアセルスたちがやってきた。

 アセルスは何故か肩を落とし、しょんぼりとしている。

 この世の終わりだとばかりに、まるで茹でた小腸みたいに真っ白になっていた。


「あんなにあった肉が全部なくなってしまった……」


「食い意地張るなよ、アセルス。お前、一応聖騎士な上、貴族なんだから、もう少しそれらしくしてくれよ」


「むふふふ……。そんなことを言いながらぁ、時々ぃフレーナがつまみ食いしてるのをぉ、見たのですよぉ」


「な! エリザ! どうして、それを!」


「うふふふ……。聖女の観察眼を舐めないでほしいのですよぉ」


 何やら賑やかな様子だ。

 話しぶりからして、ミミックの肉が完売してしまったらしい。

 食べられる部位は鍋に入った小腸だけのようだ。


 お喋りしながら現れたアセルスたちは、ふと気付く。

 その酒場にとんでもなくおいしそうな匂いが漂ってることにだ。


 ぐおおおおおおおおおおっっっっっ!!


 竜の嘶き――もといアセルスの腹音が鳴る。


「アセルス、お前あれだけ食って、まだお腹空いているのか?」


「ふ、フレーナだって、つまみ食いしていたであろう」


「でも……。みんなにお肉を振る舞っていたからぁ、ちょっと小腹が空いたのですよぉ」


 アセルスに続き、エリーザベトもお腹をさする。

 かくいうフレーナも同じだった。

 腹音を鳴らし、褐色の頬が赤くする。


 どうやら、3人とも良い感じでお腹が空き始めているらしい。


「ちょっと待ってろよ。そろそろだと思うんだ」


 ディッシュはいよいよ鍋の蓋を開く。

 ぼわっと、白い湯気がディッシュに飛びかかった。

 一瞬にして場の空気に混じると、獣臭に似た匂いがアセルスたちの鼻腔を突く。


 獣臭――と表現したが、決して不快というわけではない。


 全くの逆だ。

 心地よく胃の中を刺激してくる。

 当然、空腹感が促進された。


 鍋の特有の音もそうだ。


 ぐつぐつ……。

 ぐつぐつ……。

 ぐつぐつ……。


 本能に刻み込まれたそのうまそうな音に、アセルスたちは引き込まれる。


 一方、ディッシュは調理の締めに入った。

 等間隔に切った(エビラ)を鍋に橋をかけるように並べる。

 最後に赤い唐辛子のようなものをかけた。


「完成だ」



 ミミックの臓物鍋の出来上がり!



 おお!


 アセルスたちは目を輝かせる。

 緑色の玉菜(マルモン)に、茶色の牛蒡(モーウ)、鍋に並んだ深緑の(エビラ)に、極めつけは赤い唐辛子。

 見た目は鮮やか。

 鍋の中だというのに、どこか芸術性を思わせる。


 しかし、一際目を引いたのは、白くなったミミックの小腸であろう。


 薄く半透明になり、ぐつぐつと気泡に触れれば、プルプルと震える。

 食欲が増進され、アセルスたちは涎を拭いた。


「た、食べていいか、ディッシュ?」


「おう。ご苦労様だったな、アセルス、フレーナ、エリーザベト」


 代わりに肉を焼いてくれた3人を労う。

 取り皿に出汁と具材を入れて、箸と一緒にアセルスたちに差し出した。


「はあ~……」


 アセルスは早速小腸を摘まみ上げ、声を上げる。

 うっとりと眺めた時、小腸が恥ずかしそうにプルプルと震えた。

 その姿に欲情(ヽヽ)してしまう。

 もちろん、食欲が(ヽヽヽ)である。


「綺麗ですねぇ」


 エリーザベトも箸で小腸を摘まんだまま固まっていた。

 その言葉にフレーナも同意する。


「だよな。食べるのはもったいない気がする」


「このプルプル具合がかわいいのですよぉ」


「おいおい、お前ら。早く食べてしまわないと、冷めちまうぞ」


 ディッシュの指摘はもっともだ。

 ウォンの前にも、具材が入った器を置き、いざ実食の時が迫る。


 ゆっくりとプルプルの小腸を舌に載せた。


「「「ぬっっっほっほっほおおおおおおおおおお!!」」」


 アセルス、フレーナ、エリーザベトが叫ぶ。

 横でウォンも遠吠えを上げていた。


「ぬおおお! こ、これは!!」

「すげぇえ!」

「プルプルですうぅ!!」


 そう。

 プルプルの小腸は、食べてもプルプルだった。

 舌の上に載った瞬間、口内で滑らかな滑りを見せる。


 噛んだ瞬間も至福だ。


 とろりとした歯応えが歯を包む。

 ギュッとあふれ出る脂の甘みがまた最高だった。

 噛めば噛むほど味があり、かつ程よい弾力と柔らかさのおかげで、顎が疲れない。

 何度も噛んでも、濃厚な味が沁みだし、口の中に幸福をもたらした。


 味といえば、小腸に絡んだ出汁もいい。


 香ばしい魚醤の味に、出汁の海藻の旨みもよく利いている。

 多めに入れられた大蒜(カルナン)は、肉の臭みを緩和し、味を引き締めていた。


 だが、アセルスが注目したのは、赤い唐辛子である。

 叫ぶほど辛くはないが、これがいいアクセントになっていた。

 ピリッと舌を刺激し、甘い脂の味を大蒜(カルナン)と一緒に引き締めてくれている。


 それを食べてからというもの、身体がポカポカし、鍋の温かさとは別に体内をじんわりと温めてくれているような気がした。


 不思議な感触に、アセルスはディッシュに尋ねる。


「ディッシュ……。この赤いのは普通の唐辛子なのか?」


「お! 気付いたか、アセルス。実は、それ唐辛子じゃないんだ」


「唐辛子じゃない? じゃあ、これは一体?」


 箸で摘まみ上げる。

 横で話を聞いていた仲間とともに、じっと見つめた。


「そいつはな――――」



 火喰い鳥の爪だ……。



 …………。


「「「火喰い鳥の爪ぇぇええええええ!!!!」」」


 火喰い鳥はまさしく火を食う魔獣である。

 アセルスが狩りに行くディッシュに初めて同行したのも、火喰い鳥だった。

 その時のことを想いだし、アセルスは涎を拭う。

 「あの時の唐揚げは絶品だった」とやや譫言のように呟いた。


「そうだ。その時の火喰い鳥だよ。前に話しただろう。魔獣の属性で、味が変わるって」


「あ、ああ……。覚えている。火属性は辛味だったな。なるほど。火喰い鳥の爪というなら、確かに辛いだろう」


「爪は結構重宝するんだぜ。魔獣の部位の中では腐りにくいしな。こうやって調味料として使うのもいいんだけど、入れるだけで穢れを払う作用もあるんだ。漬け物とかに使うのもいいんだぜ」


「な、なるほど! それも是非食べてみたいなあ」


 だが、今はミミックの臓物(ホルモン)である。


 アセルスはパクリと口に入れた。

 その不思議な食感と、肉の脂に食いしん坊騎士は舌鼓を打つのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ミミックの焼肉祭りは終わり、数日が経った。


 いつも通りヘレネイとランクとともにギルドを訪れたディッシュは、フォンに呼び止められる。


「ディッシュさん、ありがとうございました」


 フォンはいきなりディッシュに向かって頭を下げる。

 受付嬢の中でも、彼女は優秀だ。

 そこらの冒険者よりも有名で、絶大な信頼が寄せられている。

 そんなフォンがディッシュに頭を下げるのを見て、近くで見ていた冒険者たちがざわついた。


「ん? この前のミミックのことか? 別に感謝されるようなことは。俺はいつも通り、飯を作っただけだし。それに騒がしくしてしまってすまないな」


「い、いいえ! 確かに後で衛兵さんに怒られてしまいましたけど、料理はおいしかったですし、皆さん満足されてました」


「そうか。そいつは良かった」


「実はその件ではなくてですね。ディッシュさんに感謝したくて」


「え? なんのことだ?」


 ディッシュは首を傾げる。


「実は、今までダンジョンでミミックを見つけても報告しない冒険者が多かったのですが、最近すごく増えまして」


「そいつは良かったな」


「は、はい。その……その原因がですね――――」


 フォンが言いかけた瞬間、ギルドに新たに冒険者が入ってくる。

 分厚い胸板をした男達の手にあったのは――。


「フォンさん、ミミックを引き取ってきたぜ。燻製だっけ? 勿論、その処理をしてある。また肉を焼いてくれよ」


 どんと床の上に宝箱を置く。

 ちらりと牙が見えた。

 間違いなくミミックである。


 そして次々と冒険者たちがギルドにやってきた。

 同じくミミックが入った宝箱だ。


「俺も!」

「私にもちょうだい!」

「わしにも頼む」

「オレは偽財の方がいいなあ」


 口々に自分の要望を示した。


 ディッシュに向かって、フォンが少し苦笑い浮かべる。


「最近、毎日こんな調子で」


「こんな調子でって……。こんなに多くのミミック、俺はさばけねぇぞ!」


 山盛りになったミミックを見て、さしものディッシュも顔を青くするのだった。


作者が思っているよりも長い話になってしまった。

ご満足いただければ何よりです。


コミカライズ版の在庫が復活しております。

どうぞそちらもよろしくお願いします。

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