Special menu5 ダンジョンのアレ焼肉(4)
本日はコミカライズ版『ゼロスキルの料理番』の更新日になります。
是非そちらも召し上がれ!
タンの皮を剥き、程よく叩いたことによって身も柔らかくなった。
これからいよいよ実食である。
ディッシュは食べやすい大きさにカットしていく。
都度、肉を軽く叩きながら作業を続けた。
「ディッシュ、何をしているんだ?」
アセルスが質問する。
ディッシュは頭を上げると、また軽く肉を叩いた。
「肉の硬さを手で計ってるのさ」
「先ほど、我らによって柔らかくなったのではないのか?」
「舌ってのは、根本と舌先で柔らかさが違うんだ。根本は柔らかくて食べやすいけど、舌先の方は硬くて食えねぇ」
「つまり、根本の方がおいしくて、舌先の方はおいしくないということ」
「食感に大きな開きがあるって意味だが、まあ……平たく言えば、そういうことだな。ちょっと食べてみるか?」
ディッシュは部位を3種類に分ける。
悪魔の魚でも使ったシチリンを用意し、そこで焼き始めた。
網の上で鋭い音を立て、肉に熱が入っていく。
薄く煙が上がるとともに、鼻を突き上げるような香ばしい匂いに、見学していた冒険者や通りがかった人間から歓声が上がる。
そこかしこからお腹の音が聞こえた。
一際大きな音を立てていたのは、やはりアセルスである。
シチリンの前に陣取り、肉から滴る脂を眺めては涎を飲み込んでいた。
その横の神獣ウォンも同様だ。
ディッシュは軽く火を通すぐらいにとどめる。
箸で摘まみ、アセルスに差し出した。
「まずは何も付けずに食べてみな。ほら、口を開けろ」
「うむ。では、あ――――……」
アセルスは大口を開ける――までは良かった。
すぐに視線に気付く。
周囲を見回すと、ニヤニヤと冒険者たちが笑っていた。
街行く人々も、口元に手を当て笑っている。
「あらあらぁ~。お熱いですねぇ」
「あたいの炎より熱いじゃねぇか、ご両人」
エリーザベトとフレーナから煽られる。
たちまちアセルスの顔が、溶岩に投げ入れられた鉄のように急激に赤くなっていった。
「お、お前達……」
「どうしました、お二人とも。手が止まってますよ」
尻尾を振りながら、興味津々という感じでフォンも尋ねる。
「ふぉ、フォンまで!」
「おいおい、アセルス。食べねぇのか、食べるのか? 食べるなら、早くしろよ。何気にこの体勢、疲れるんだよ」
「う、うむ。すまん、ディッシュ。今すぐ――――って違う!! でぃ、ディッシュはこの状況を見て、何も思わないのか?」
「う――――――ん……」
ディッシュは周りを見渡す。
軽く首を動かした後、再び顔を真っ赤にしたアセルスに戻ってきた。
「別に飯を食べさせてるだけだろ。気になんかならねぇよ。それにいつも山でやってることじゃねぇか」
「「「「「いつも山でやってる???????」」」」
皆の声が揃う。
今度は見ている方が顔を赤くする番だった。
フォンはそのまま空を飛ぶのではないかと思うほど、尻尾を激しく振っている。
それをアセルスは慌てて否定した。
「ち、違う! い、いつもというのは語弊がある」
「ということは、何度かはあるってことですよね、アセルスさん!」
フォンの瞳がますます輝く。
「う」と言葉を詰まらせながらも、アセルスは「うん」と頷くしかなかった。
「(うう……。2人っきりだったり、ウォンと一緒だったりする時はあまり気にならないが……。私は結構、恥ずかしいことをしていたのだな。だが、1番残念なのは、ディッシュが全く恥ずかしがっていないことだ。ディッシュにとって、私はなんなのだろうか)」
それはアセルスの心中で、何度か行われてきた問答である。
「(ディッシュはただ私にご飯を食べてほしいだけなのだろうか。それならば、まるでこれは餌付けされているだけではないか)」
「アセルス、どうした?」
ディッシュは尋ねる。
肉――しかも、魔獣のタンを前にして突然固まったアセルスを、心配そうに覗き込んだ。
「い、いや、なんでもない……。なあ、ディッシュ。それは私が自分で――」
「別に顔を赤くするようなことじゃないだろ。それに、お前じゃなかったら、俺もこんなことしねぇよ」
え? それはどういうこと――――。
「ほら……」
尋ねる前に、ディッシュはぽかんと開けたアセルスの口の中にミミックタンを載せた。
「むぐっ!」
肉が載った刹那、アセルスは反射的に口を動かした。
コリッとした歯応えが口内で響き渡る。
硬いが食感は悪くないし、噛みにくいというわけでもない。
むしろ楽しさすら感じる。
滲み出てくる脂や、肉の風味も申し分なかった。
牛の舌を何度か食べたことがある。
ウルベン城塞街にも焼肉を売りとする専門店はいくつか存在し、そこでも牛タンは人気料理の1つだ。
もちろん、アセルスも好物としている。
その牛タンの焼肉と、ミミックタンはなんら遜色ない。
おそらく硬い部分を食べたのだろう。
それでもコリコリとした食感は牛タンのそれより遥かに柔らかい。
しっとりとして歯や歯茎に絡み、よく味わえばその風味だけを残して、消えていく。
「これが……。ミミックの舌か……?」
うまい。
これがあの巨漢の冒険者すら飲み込むといわれるミミックの舌とは思えないほど柔らかい。
その味には下品な魔獣のイメージはない。
むしろ品性すら感じられた。
アセルスの中でミミックのイメージが書き換えられていく。
すべての悩みが忘れ去られ、ミミックの味だけが脳髄に溢れかえった。
「今のが、タン先に近い部分だ。ギリギリ焼いて食べられるところだな」
「い、今のが!!」
「次がタン中だ。こっちはさらにうまいぞ」
もうこうなると、衆人環視など関係ない。
先ほど顔を赤らめいていたアセルスは、ディッシュが握る箸に摘まみ揚げられたタン中を見て、目を輝かせる。
大きな口を開けることに一切躊躇なく、ミミックタンを迎え入れた。
「柔らかい!!」
さっきのタン先よりも、さらに柔らかい。
タンと言うよりは極上のロースでも食べているかのようだ。
先ほどのタン先は砕ける感じだったが、タン中は違う。
歯を入れた途端、肉にサックリと刺さるのである。
先ほどよりも分厚く切っているのもあるだろう。
だが、それよりも肉自体の粘りのようなものが感じる。
「もぐもぐ……」
ゆっくりと噛み、味わう。
なんと豊かな風味なのだろう。
脂の味も上品だ。
芳醇な味が口、喉、胃、そして全身へと広がるのがわかる。
身体が喜び、今にも飛んでいきそうだ。
これがタン中……。
信じられない。
これだけで十分おいしいと言える。
肉の芸術と称賛しても文句はでないだろう。
味、食感、後味――どれを取っても、衝撃的な味だった。
しかし、この上がいる。
そして今まさに、アセルスは食べようとしていた。
「アセルス……」
「な、なんだ、ディッシュ」
今、まさに口の中に入れようとしていたアセルスに、ディッシュの方から声がかかる。
ディッシュは悪魔――いや、食の魔王のような笑みのまま忠告した。
「この上タンはな」
「う、うむ……」
ただならぬ予感。
アセルスは思わずごくりと息を飲んだ。
一瞬タメを作ったディッシュはこう言う。
この上タンはな、消えるぞ……。
「き、消える? それはどういう?」
「言葉通りの意味だ。じゃ、アセルス、あーん」
「あ、あーん」
もう些細なことなど気にしてられない。
食べたい!
この先の――神の極致でしか想像できないような味を……
肉が消えるという謎の理由を。
一刻も早く食べてみたかった。
いよいよアセルスの舌に、ミミックタンで1番おいしいタン元が載る。
「――――――――――――――――ッッッッッッッ!!」
それは本当に刹那の出来事だった。
【光速】のアセルスですら手が届かないほど、あっという間だったのだ。
舌に載せて、2、3回ほど噛む。
瞬間、肉が消えたのだ。
アセルスは放心した。
それは肉が突如消失したショックからではない。
今、彼女の脳裏に浮かぶイメージはこうだ。
水――である。
アセルスは突然、水の中に放り込まれた。
ただの水ではない。
肉の旨み、風味、芳醇さ。
それらを鍋の中で煮込んで溶かし、凝縮したような――そんな味がする水の中だ。
肉そのものをスープにしたと言っていいだろう。
その中でアセルスは必死に手を掻いていた。
溺れているのではない。
探しているのだ。
消失した肉を――。
「消える! 肉が消える!!」
噛んで、そこにあった肉が消えた。
その残滓を探して、アセルスは必死に噛む。
おかしい……。
肉の味は今目の前にある。
途方もない時間を経て、煮込まれた出汁スープのような旨み。
口に入れた途端、新たな世界が生まれたような広がりを見せる風味。
魂レベルで安らげるような優しい芳醇さ。
その味のほとんどが、理解できない。
1つわかることは、これがうまいということ。
そして、ミミックの舌であるということである。
まさに神の味に近いものだった。
「アセルス、どうだ?」
ふとアセルスは顔を上げた。
そこにはディッシュがいる。
いつも通り、何か己を誇るように、あるいは悪戯小僧のように「にしし」と微笑んでいた。
やがてアセルスは顔を空へと向けた。
「うま――――!!」
うまぁあああああああああああああいいいいいいいいッッッッ!!
アセルスは思い出したかのように叫ぶ。
竜の咆哮のように、ウルベン城塞街に響き渡るのだった。
そして、な、な、なんと!!
コミックス『ゼロスキルの料理番』が重版いたしました!
買っていただいた方ありがとうございます。
これからも更新頑張ります(>_<)







