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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
126/209

menu118 ブライムベアの〇〇〇〇〇〇

書籍版本日発売です。

どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

「よーし。この辺でいいかな」


 ディッシュたちがやってきたのは、山の峰だった。

 後をついてきたヘレネイとランクはヘトヘトになりながら登りきると、大の字で寝っ転がって、ヒーヒーと息を吸い込んだ。

 まだまだひよっこの冒険者にとって、まだ山登りになれていないのだ。


「2人とも情けないぞ」


 その点、アセルスはさすがの健脚である。

 休みの日のほとんどをディッシュの家で過ごしているだけあって、ケロリとしていた。

 ちなみにフォンはウォンの背中の上だ。

 その揺れに、やや酔ったようだが、前述の2人の冒険者と比べれば元気だった。


 そのフォンはウォンの背に乗ったまま目を輝かせる。

 目の前の光景に見入った。


「すごい……。こんな景色、初めて見ました」


 視界に収まっていたのは、燃え上がるような紅葉だ。

 赤、黄、あるいは黄緑――色とりどりの木々の葉で山が染まっていたのである。

 不意に突風が吹くと、梢が揺れ、まさしく山に炎がついているようであった。


 それが360度に渡って、広がっている。

 葉の色は自分たちに差し迫り、その色に染め上げんとしているかのようだ。


「うわぁ……」

「おお……」


 ヘレネイとランクも気付いて、景色に見入る。


 ルーンルッドの人間にとって、山は魔獣の巣窟であり、恐ろしい場所だ。

 しかし、ただそれだけではない。

 こうして人を感動させるほどの姿を持っている。


 今、ヘレネイとランクの胸の中に往来する心も同じだ。

 世界に対する自分の常識が書き換わっていく。

 それはディッシュの料理を食べた時と同じ物だった。


「よっ」


 皆が感動する中、ディッシュはいつも背負っている背嚢を下ろす。

 木製のガッチリとした背嚢の蓋を開く。

 中から出てきたのは、チーズだった。


 それだけではない。


「卵に、パン粉、今朝麓の村で搾らせてもらった牛乳と、ハーブ、葉野菜、赤茄子。あとは大蒜(カルナン)、ショウガだな」


「すごい……。ディッシュの背嚢から色々なものが出てくる」


 アセルスは感心する。

 まるで【収納】のスキルを見ているかのようだった。


「なんでもじゃねぇよ。料理の材料ぐらいだ。ほれ、アセルスも出せ」


「む……。もしかして、あれか」


 うんうん、とディッシュは頷く。


 ややアセルスは顔を赤くしながら、いつものヤツを魔法袋から取り出した。


「え? もしかして、牛酪?」


「ヘレネイの腕ぐらいあるんですけど……。なんで持ってるんですか、アセルスさん?」


 ヘレネイとランクが尋ねる。

 ますます顔を赤くしながら、アセルスは答えた。


「ひ、非常食だ」


「非常食? その割には分量が……」


「これ、全部食べたら、(たい)じゅ――――」


「ランク……。それ以上詮索したら――――」


 いつの間にかアセルスの剣の切っ先はランクの鼻の穴に突きつけられていた。

 さすがは【光速】のスキルである。

 気が付けば、剣を抜いていた。


 ランクは降参して、激しく首を振るしかなかった。


 一方、ディッシュはさらに背嚢から何やら取り出す。

 現れたのは、先ほどのブライムベアの肉。

 さらに回復クラゲの遺骸だった。

 2つに共通するのは、どちらも燻されているということだ。


 ディッシュはこの2つの魔獣を捌いた後、軽く煙で燻したのである。

 こうすることによって、魔獣の魔力漏出――腐りを抑制できるのだ。


 そして「食べるなら景色がいいところにしようぜ」というディッシュの提案で、一行は山の峰までやってきた。


 休む間もなく、ディッシュは調理を開始する。


「すまねぇが、アセルスも今回手伝ってくれないか?」


「むぅ。今日は私の依頼なのだが……」


「お前にしか頼めないことなんだよ」


 お前にしか頼めないことなんだよ……。


 お前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めないことなんだよお前にしか頼めない……。


 ディッシュの言葉が、アセルスの心の中で何度も輪唱する。

 何か胸に矢でも打たれたように、アセルスは蹲った。

 だが、すくっと立ち上がる。

 力強く拳を握った。


「ふはははははは! 任せておけ、ディッシュ! 私はお前の相棒だからな」


 先ほどの言葉を撤回し、協力的になる。


 その様を見て、他の者たちは苦笑した。


「なんていうか、アセルスさんって」

「単純なんだな……」

「違いますよ、2人とも。恋する乙女は強いのですよ」


 ヘレネイ、ランク、フォンがニヤニヤと視線を送る。


「ただ悲しいかな……」

「本人は全く気付いていないみたいだがな」

「あはははは……」


 今度はやれやれと首を振った。


 アセルスの気持ちを知ってか知らずか、ディッシュは指示を出す。


「じゃあ、このブライムベアの肉をなるべく細かく切ってくれないか」


「細かくか……。よかろう。そういうのはとても得意だぞ」


 アセルスは再び剣を抜き放つ。

 ヨーグの大葉に包まれたブライムベアの肉の前で構えた。

 すると【光速】のスキルを解放する。

 聖騎士アセルスが光り輝いた。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」


 まさしく光の如く剣を振るう。

 速い。速い。目にも止まらぬとはこのことだろう。

 刃が光速で移動し、光を帯びる。

 その度にドンドンブライムベアの肉が細かくなっていった。


「すごい……」

「さすがアセルスさんだ」

「食いしん坊でも、一応聖騎士さんですから」


 皆は感嘆する。

 横でディッシュも感心していた。

 その側にいたウォンは、肉の芳ばしい匂いに反応する。

 毛をモフモフにして、ヒラヒラと尻尾を揺らしていた。


「ふう……」


 ついにアセルスは剣を止める。

 良い汗を掻いたとばかりに、額を拭った。


「どうだ、ディッシュ? これぐらいでいいか?」


 ヨーグの大葉に載ったブライムベアの肉を確認する。

 ディッシュの要望通り、粉みじんになっていた。

 そこに手を突っ込み、肉の柔らかさを確認する。


「いい具合だ。さすがはアセルスだな」


 さすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだなさすがはアセルスだな


「いや、それはもういいって!」


 溜まらずヘレネイがツッコミを入れる。


「で? この肉をどうするの?」


「こうするのさ」


 ディッシュは肉に大量のパン粉、みじん切りにした玉葱、牛乳を入れて、こね上げる。


 もうここまで来ると、ディッシュが何を作ろうとしているのか、他の者にもわかってきた。


「まさか……。ディッシュ、その料理はもしかして……」


「ああ。ブライムベアのハンバーグを作ってるんだ」



 ブライムベアのハンバーグ……!!



 口内に涎がドロリと溢れ出す。

 アセルスの身体が勝手に反応したのだ。

 すでにブライムベアの肉は何度か食している。

 しかし、ハンバーグは初めてだった。


 あの肉の旨みと、肉厚な食感。

 臭味は少なく、その芳醇な香りは今も忘れられず、アセルスの舌に残っている。


 ただステーキで食ってもおいしい肉を、わざわざハンバーグにするのだ。

 そのおいしさは、食べたことがあるアセルスでも想像できなかった。


 アセルスからもらった牛酪を鍋に引いて、成形したハンバーグの種を焼き上げる。

 肉本来の香りに、ハーブ、胡椒の混じった香りが混じり合う。

 自然と各々の鼻腔に侵入すると――


 ぐおおおおおおおおお!!


 アセルスの腹から、あの竜の嘶きが聞こえる。

 ヘレネイやランク、フォンも、その音に混じって腹音を鳴らした。

 ぐるぐる、と腹の音を響かせたウォンはたまらんとばかりに吠声を上げる。


 思えば、久しぶりの肉料理である。

 馴染みの深いブライムベアとはいえ、肉の焼ける匂いは格別だ。

 人を惹きつける魔力を感じる。

 やはり肉料理こそが、料理の王様と言っても過言ではないだろう。


 だが、ディッシュは普通にハンバーグを作るつもりはないらしい。

 肉を焼きながら、背嚢からパンを取り出す。

 すると、あらかじめ用意し、火を入れていた即席の窯の中に入れた。

 もう1度焼き直すらしい。


 しばらくして、パンのいい匂いが漂ってくる。

 背嚢の中ですっかり冷めきってしまったパンが蘇っていくようだ。


 ヘレネイはパンの匂いに酔いしれる。

 何か酒に酔ったように、鼻の頭を赤くした。


「パンのいい匂い……」


「ヘレネイは、パン好きだからね」


 ランクは苦笑する。


 ディッシュは持ってきていた葉野菜を千切り、赤茄子を丸切りにする。

 窯の中からパンを取りだし、真ん中で切ると、牛酪を塗った。


「おお……! おお……!!」


 アセルスはおいしい料理の予感を抑えきれない。

 声を上げながら、同時に涎を啜る。


 今、作っているのは、ルーンルッドでもお馴染みの料理だ。

 2つのパンの間に、肉、野菜を挟んだ定番料理である。

 挟む内容は多種多様だ。

 ハンバーグもあれば、ステーキだったり、目玉焼きだったり、揚げた魚を挟むことだってある。


 特に子どもには人気の料理で、パンに挟めばそれなりに体裁も整うことから、サンドウィッチに並び、主婦の強い味方でもある。


 その名前はハンバーガー!


 ディッシュはそんな定番料理を、魔獣の肉を使って再現しようとしていた。


「待たせたな!!」



 ブライムベアのハンバーガーだ!!



 瑞々しい葉野菜に、赤茄子。

 そこに熱めのハンバーグ。

 さらに溶けたチーズに、熱々のパン。


 それが1つの芸術のように降臨するのだった。


書籍版を読んでから、今日の話を読むと、

ちょっと別の感想を抱くかもしれません。

どうぞ書籍版の方も読んでいただけると嬉しい。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 ハンバーガーと来ましたか。 さらに牛乳を使ったスープもつくのかな? 360°の大パノラマを見ながらの食事はさぞかし上手いのでしょうね。しかも出来立て。最高でし…
[一言] うひょー!美味そうなハンバーガー!! だが待って欲しい。回復クラゲはどこに……? 種明かしは次回ですね!
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