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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
125/209

menu117 回復クラゲ

いよいよ書籍版が明日発売です。

半分以上書き下ろしをしました。

Web版を読んでる人も楽しめるので、

是非お買い上げ下さい。

「ふぅ……」


 息を吐いたのは、ずっと様子を窺っていたフォンだった。

 3人が危ないと手助けをしようとしたのだが、相手はBランクの魔獣である。

 如何にフォンが優秀なギルドの受付嬢でも、戦闘が得意というわけではない。

 むしろ苦手な方だった。

 どうしようと迷っていると、戦闘が終了する。


「3人ともすごいです。まさかBランクの――しかも凶暴なブライムベアを倒してしまうなんて」


 特に目を見張ったのは、ディッシュの冷静さだ。

 自分よりも数倍大きい魔獣を前にして1歩も引かないどころか、その弱点を的確に説明し、かつ恐怖に怯えるヘレネイとランクに勝てる希望を与えた。


 一流の指揮官でも難しいことを、ディッシュは難なくこなしたのだ。


「ディッシュさんへの認識を改めなければなりませんね」


 魔獣の知識があって、山に詳しく、作る料理がうまい。

 それがフォンのこれまでの認識だった。


 でも、今回ディッシュは優秀な『狩人(ハンター)』であることがわかった。

 彼の知識は、おそらくパーティーだけではなく、ギルドの発展にも大きく寄与することになるだろう。


 ディッシュだけではない。

 ヘレネイとランクの成長も目覚ましい。


 ヘレネイのスキルを使った奇襲。

 死と隣り合わせな状況の中、正確な射撃を見せたランク。


 2人とも十分次のランクに昇格できる力を存分に発揮した。

 そもそもブライムベアを倒したのである。

 物言いが付くなど、10割あり得ない。


 初めはウォンの力を傘に来たパーティーだと思っていたが、それぞれきちんと成長していたのだ。


「さて……。そろそろネタばらしと行きましょうか。全く……。アセルスさんはどこへ行ってしまったのでしょうか?」


 周りを見渡す。

 その直後だった。



「まだだ!!」



 ディッシュだ。

 珍しく声を荒らげたと思ったが、無理もなかった。

 致命傷を負ったはずのブライムベアが、再び立ち上がったのだ。


「ウソ!! 死んだんじゃないの?」


「いや、ヘレネイ。あいつの背中をよく見てみろ」


 ディッシュは四つん這いになったブライムベアを指差す。

 その剛毛で気が付かなかったが、何かがへばりついていた。


 よく目を凝らすと、何かクラゲのような半透明なものがブライムベアに寄生している。


 ひょろひょろとした数本の足。

 頭部のような部分には、何か黒っぽい液体に満たされていた。


「げっ! あれは!?」

「回復クラゲ!!」


 ヘレネイ、ランクが声を上げる。


 回復クラゲは、Dランクの魔獣だ。

 魔獣自体にあまり危険性はなく、スライム並に弱い。

 が、問題は回復クラゲが寄生型の魔獣であることだ。


 クラゲと名前こそ付いているが、実は植物系の魔獣である。

 最初はクルミほど大きさなのだが、魔獣に寄生するとその養分を寄生主に害がない程度に吸い上げ、成長していく。


 寄生主に危機が訪れると、頭部に貯めた養分を解放し、延命させることから回復クラゲと呼ばれていた。


「でけぇな。あんな回復クラゲ、初めて見るぞ。余程、甘い蜜を吸ってたんだろうな」


「感心してる場合じゃないわよ、ディッシュくん」


「また襲ってくるぞ!」


「ああ……。でもな、2人とも」


「も、もしかして……」


「またあの台詞を言うの?」


 様子のおかしいディッシュを見て、ヘレネイとランクをゴクリと息を飲む。


「ああ……。実は回復クラゲもめっちゃうまい!」


 にしし、とディッシュは笑う。


 が、状況は最悪である。

 さっきの奇襲はうまくいったが、次がまたうまくいくとは限らない。

 それに回復したブライムベアはすぐに襲いかかってこなかった。

 相当ディッシュたちのことを警戒している様子だった。


 いつも烈火のごとく襲いかかってくる魔獣が冷静になっているのである。

 手負いの獣はなんとやら……。

 これほど手強い状態の魔獣はいない。


 そんな時である。


「行くぞ、ヘレネイ! ランク!!」


 ディッシュは口の中に指を突っ込む。

 すると、ピーッと勢いよく指笛を鳴らした。

 ブライムベアはビクリと身体を震わせる。

 ディッシュはそのまま指笛を鳴らし続けた。


 またブライムベアの聴力を幻惑するつもりだろう。


「オッケー! こうなったら、とことんやってやるわよ」


「うん!!」


 ヘレネイはニヤリと笑えば、ランクは言葉少なに頷いた。

 そして先ほどと同じように陣形を取る。

 2人がディッシュから少し距離を取った時だった。


 突如、ブライムベアが走り出す。

 1人になったディッシュに襲いかかった。


「ちょっ……! ウソでしょ!!」


誘い(わな)か??」


 ヘレネイとランクは驚く。


 おそらくディッシュの指笛にびくついていたのは、擬態だ。

 つまりは、ブライムベアが嘘をいたのだ。

 (けだもの)が嘘などくかと思うだろうが、野生の獣にも魔獣にもよくある習性だった。

 特に獲物の前なら、人間以上に彼らは狡猾なのだ。


「ディッシュくん!!」


「あぶない!!」


 ヘレネイとランクは引き返す。

 ディッシュを守ろうとしたが、タイミングは最悪だった。


 すると、ディッシュは指笛を中断する。

 唯一の武器である包丁を構えるのかと思ったが違った。

 ブライムベアが迫り来る中、ディッシュはただ――。


 にしし、と笑ったのだ。



「ウォン、そろそろ飯の時間だぞ」



 虚空に声を漏らす。


 瞬間、横合いの木々が吹き飛んだ。

 現れたのは、銀色の毛を針金のように逆立てた神獣ウォンだった。


「うぉおおおおおおんんんんんんん!!」


 唸りを上げる。

 一気にブライムベアに肉薄すると、その喉笛に噛みついた。

 いくらブライムベアの力が強いといっても、ウォンの前では形無しだ。

 抵抗する間もなく押し倒される。

 そのまま一気に喉を食いちぎられた。


 一方、寄生主の危機を悟った回復クラゲは、ブライムベアに養分を送り込む。

 だが、その前に剣線が閃いた。

 回復クラゲの足と養分となる頭の部分を分断する。

 くるりと回転し、ディッシュの手に収まる。

 こぼれ落ちそうになった回復クラゲの養分がこぼれる前に、口の部分を締めた。


 すると、首を傾げる。

 ディッシュの前に立っていたのは、アセルスだったからだ。

 先ほど回復クラゲを切り裂いた剣を静かに鞘へ収めている。


「「アセルスさん!!」」


 ヘレネイとランクは驚く。


「やっぱり付いてきていたのか、アセルス」


「むっ! ディッシュ、いつから気付いたのだ」


「山に入ってほどなくしてな。アセルスの匂いがしたからすぐわかったぞ」


「に、匂い!! わ、私はそんな匂うのだろうか?」


 アセルスは慌てて自分の匂いを嗅ぐ。


「何度も飯を食いに来てるんだから、すぐにわかるさ。他にもいるだろう」


「ああ……。フォンがな」


 指摘すると、狐族の獣人が受付ではなく、木陰から顔を出した。


「フォンさんまで……」


「当然といえば、当然か。昇格クエストだしな、これ」


「はい。3人ともお見事でした」


 フォンはにこやかな顔でディッシュ、ヘレネイ、ランクを称える。


「ま――。表彰式は後だ、後! とっとと捌くぞ!!」


「おお! 待ってたぞ!!」


 アセルスは唾を飲み込む。


 ぐおおおおおおおお……。


 いつも通り、腹から竜の吠声もかくやというほどの腹音を鳴らした。

 そもそもこのクエストの依頼主は彼女だ。

 それも好物の肉料理となれば、俄然期待せずにはいられなかった。


 ディッシュは、にししと普段通りの笑みを浮かべる。


「ブライムベアと回復クラゲ……。最高の組み合わせだぜ、これは」



 食べさせてやるよ。ゼロスキルのセット料理をな。


書店様によっては、すでに早出しをしているところも

あるかもしれません。

もし良かったら、書店を覗いてみてくださいね。


1月15日発売の『叛逆のヴァロウ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~』もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 アセルスの指揮官最高ですね。 軍に入れましょうと暗躍する輩がいるかも知れませんね。 ウォンは指笛吹くと来るんですね。 多分、 アセルス「ウォン追い付けるかな?…
[一言] 女の匂いが判ると書くと一気に変態臭く・・・
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