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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
123/209

menu115 暴走する聖騎士

書籍発売に向けて、回転率(投稿回数)を上げていこうと思います。

どうぞWeb版ともども、書籍版をよろしくお願いします。


そしてサブタイが不穏……(いつもの)

今日もどうぞ召し上がれ!

 ヘレネイ、ランク、ディッシュ、そしてウォン。

 3人と1匹のパーティーは、クエストを達成するため、一先ず山へと向かった。


 その一行を追いかける者の姿がある。

 今回の昇格クエストを決めたアセルスと、依頼したフォンだ。

 昇格クエストの際、発注した上位の冒険者が付き添い、昇格に値するかどうか採点を行う。さらに、その採点が適切なものであったか、という監視のため1名のギルド職員の同行が義務づけられていた。


 2人は少し距離を置いて、ヘレネイ一行を見守る。

 ちょうどEランクのアーミーアントに出くわしたところだった。

 幼児ほどの大きさを持つ、巨大な蟻の魔獣である。

 討伐はさほど難しくないが、群れで襲いかかるのが常だった。


 その戦闘の様を見ながら、フォンは側にいるアセルスに質問する。


「アセルスさん、なんであんなクエストにしたんですか? 絶対昇格クエストだってバレてますよ」


「良いではないか? プレッシャーがかかった状態で、一体どんな能力を見せるのか。これもいい経験だと思うぞ。心配するな。危なくなったら私が助けに入る」


「あ、当たり前です。それに私が聞いているのは、どうしてあんな内容のクエストにしたかということです!」


「ふむ。それはな――」


「それは?」


 腕を組み、難しい顔をするアセルスを、フォンはのぞき込む。

 淡い桃色の唇から漏れたのは、言葉ではなく、涎だった。


「私が食べたいからだ」


 ぐおおおおおお!


 いつも通り腹の音を鳴らす。

 その音を聞いて、ぴくんと反応したのは、戦闘中のウォンだった。

 ぐるりと背後の方に顔を向ける。


「うぉん?」


 首を傾げるのが見えたが、アセルスたちを発見することはできなかったらしい。

 そのまま再び戦闘に戻っていった。


 それを見て、フォンとアセルスはホッと胸を撫で下ろす。

 やがてフォンはピンと耳と尻尾を立てた。


「思いっきり公私混同じゃないですか!?」


「いいじゃないか? 折角、ディッシュとともに山へ行けるのだ。おいしい魔獣料理を作ってもらった方が、お得だろ?」


「それが公私混同だと言っているんです!」


「そう言いながら、フォンだって楽しみなのだろう? 尻尾が揺れてるぞ」


「なっ!!」


 慌てて、フォンは後ろを振り返る。

 モフモフの尻尾が、本人の知らぬ間にグルグルと回っていた。

 珍しく顔を赤くする。


「ふふふ……。照れるな照れるな、フォン。しかし、弱ったな。……これでは採点のしようがないぞ」


 一転して、アセルスは己の頭を抱えた。

 木の陰から顔を出して、アーミーアントと対峙するディッシュたちを観察する。


 アセルスが何故困っているかわからないフォンは、首を傾げた。


「どういうことですか、アセルスさん?」


「ディッシュはいいのだが、ヘレネイとランクがな」


 アセルスは目を細める。

 ヘレネイとランクの動きに焦点を絞った。


 何か緊張しているのだろう。

 随分と動きが硬い。

 一緒にパーティーとして働いたことはないが、それでもいつも通りの動きではないことは、アセルスにはすぐにわかった。

 正直に言うと、初めて山にクエストに出た新人冒険者と変わらなかったのだ。


 しかし、ヘレネイ達は善戦していた。

 それもそうだろう。

 Eランクの雑魚魔獣など、ディッシュの相棒であるウォンの敵ではないからだ。

 わらわらとアーミーアントは仲間を呼ぶのだが、すべてウォンの前に蹴散らされていた。


 これでは、単にウォンの無双劇である。


「あいつら、いつもあんな調子なんだろうか?」


「アセルスさんが、変なクエストを書くからですよ。ウォンさんも、めちゃくちゃ張り切ってるじゃないですか」


「ふむ……。だが、今の状況はダメだ。仮にウォンに頼るようなやり方をしているようでは、どのみち昇格は難しいだろう」


「ですね……。どうしましょうか?」


「ウォンを引き離そう」


「少し危険ではないですか? それに、どうやって?」


「このままでは査定が無意味になってしまう。案ずるな。私にいい考えがあるのだ」


 アセルスはドンと胸を叩いた。



 ◆◇◆◇◆



「ふー。なんとかなったね」


「私たち何にもできてないけどね」


 ランクとヘレネイは揃って、地面に尻を着けた。

 ホッと息を吐き、休憩する。

 周りを巡らすと、アーミーアントの死骸が転がっていた。

 強い蟻酸の匂いが辺りに立ちこめている。


 ディッシュはアーミーアントに顔を近づけると、すぐに引っ込めた。

 その強烈な蟻酸の匂いに、眉を寄せる。

 さしものゼロスキルの料理人も、この魔獣を料理することはできないらしい。


「ごめんね、ディッシュくん」


 ヘレネイは謝る。

 横のランクも項垂れた。


「いいって。謝るなら、ウォンにだな。まあ、本人はなんとも思ってないようだけど」


「うぉん!」


 ウォンは獲物を倒したことを誇るように鼻を掲げた。


 すると、何かに反応する。

 耳をピクピクと動かし、尻尾を振った。

 まだ戦いの余韻が残る中、その毛はモフモフになっていく。


 ペロリと舌を出した。


「どうした、ウォン?」


 様子が変わったことに飼い主であるディッシュが気付く。

 側に寄ろうとした瞬間、弾かれるようにウォンが走り出した。


「ウォン!」


 引き留めたが遅い。

 あっという間に、ウォンは森の中に消えた。


「ウォンちゃん、どうしたの?」


「わかんねぇ。最近、人間に慣れてきたせいか。あいつ、警戒心とか野生の勘とかが緩んできてるんだよなあ。たまに俺の言うことを聞かないんだ。今度、叱ってやらねぇと」


「ふふ……。さすが飼い主だね」


 ヘレネイはくすりと笑う。


「笑い事じゃないよ、ヘレネイ。今、上位の魔獣が現れたら」


「何を気弱なことを言ってるのよ、ランク。その時は、私たちでなんとかすればいいの、よっ!」


 猫背になったランクの背中を叩く。

 「痛ッ!」と悲鳴を上げて、ランクは仰け反った。

 だが、ヘレネイの愛の鞭はなかなか効いたらしい。

 さっきまで強ばっていた顔が、ようやくほぐれてきた。


「やっといつものヘレネイとランクに戻ったな」


「ごめんね、ディッシュくん」


「いいって……。それより、なんだったんだ?」


「そうね。そろそろ話した方がいいかもね」


 ヘレネイはディッシュに今回のクエストが、ランクの昇格がかかった依頼であると説明した。


 それを聞いても、ディッシュがカチカチに緊張することはない。

 いつも通り、飄々としていた。

 ディッシュからすれば、試験の緊張なんて些細なことらしい。

 魔獣がうじゃうじゃいる山で暮らしているのだ。

 それぐらいのプレッシャーなど訳がなかった。


「羨ましいわ。……私たちにもそういう度胸がほしい」


「だね……。やっぱ、僕たちには冒険者が向いてないのかなあ」


 元に戻ったかと思えば、再びヘレネイとランクは気落ちする。


「何を言ってるんだよ。ヘレネイもランクも通常のクエストでは、ちゃんと冒険者として働いてるじゃないか」


「でも、僕たちにはディッシュくんみたいな才能が……」


「環境もないしね」


「関係ねぇよ。どこに住んでいようと、才能があろうとなかろうと、きちんと冒険者の仕事ができてるんだ。逆に俺はウォンがいなければ、ただの料理人だ。ヘレネイたちの方がよっぽど冒険者としての才能があるよ」


 ディッシュは励ます。


 それを聞いて、ヘレネイとランクの顔に再び赤みが差した。


「そ、そうかな……」


「俺が言うんだ。間違いねぇよ」


「自信満々だね、ディッシュくん」


「そうだね。もっと頑張らないとだね、ヘレネイ」


「そうよ、ランク。もっと頑張って稼いで! 夢のマイホーム生活よ!!」


 ヘレネイとランクは再び復活するのだった。



 ◆◇◆◇◆



 一方、アセルスはウォンに追いかけられていた。


「むはははは! こっちだ! ウォン! 私に追いつくことができるかな!?」


 アセルスは【光速】のスキルを使う。

 対して、ウォンは一生懸命アセルスを追いかけていた。


 その目的はアセルスが持っている小さな鍋だ。

 そこには熱した牛酪が溶け、今も豊かな香りを漂わせていた。

 牛酪の匂いに、ウォンが釣られたのだ。


「うぉん!!」


 激しい吠声が響く。

 絶対に追いついてやる――強い意志を感じさせた。


 そんな追いかけっこを、フォンが遠くから眺める。

 はあ、と聖騎士アセルスに対して、深いため息を吐いた。

 当然である。

 あの状態でどうやってアセルスは査定をするのだろうか。


 ウォンを引きつけたのはいいが、そのことを全く考えていなかったらしい。


「アセルスさんって、強くてカッコいいけど……。なんか抜けているところがあるんですよね」


 フォンはガックリと項垂れるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 一方、ウォン抜きに山の奥へと入ったディッシュたちは、固まっていた。


「「あわわわわ……」」


 ヘレネイとランクは身を竦める。

 その横で、ディッシュが短剣を構え、珍しく鋭い視線を放っていた。


「ぶぉおおおおおおおおおおお!!」


 吠声が上がる。

 巨躯が立ち上がり、鋭い爪を自慢するように腕を広げた。


 現れたのは、巨大な熊だ。


「これって、特別有害指定の……」


「Bランクの魔獣じゃないか!?」


 ブライムベア。


 凶暴という字を、体で現すような魔獣が3人の前で出現したのだ。


 思わぬ敵の登場に、ヘレネイとランクは竦み上がる。

 しかし、1人だけ平常心を保っている者がいた。

 ディッシュである。


「2人ともやったな」


「「え?」」


「ブライムベアなら、このクエストにピッタリだぞ」


 まるで今から調理でも取りかかるように、ディッシュは「にしし」と笑うのだった。


書籍版が1月10日に発売です。

おいしいチーズフォンデュと、可愛い美食家王女がついてくるので、

是非お召し上がり下さい。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 やはりアセルスの公私混同ですね。 フォンもちゃっかりご馳走になろうと一緒きたとか?ま、フォンの策でディッシュが冒険者になってるので、他の職員では駄目ですものね…
[良い点] あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 [気になる点] 懐かしの第一話のブライムベアが来ましたね。 あの時は、アセルス達が倒しましたが、 ディッシュは、長年培ってき…
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