menu115 暴走する聖騎士
書籍発売に向けて、回転率(投稿回数)を上げていこうと思います。
どうぞWeb版ともども、書籍版をよろしくお願いします。
そしてサブタイが不穏……(いつもの)
今日もどうぞ召し上がれ!
ヘレネイ、ランク、ディッシュ、そしてウォン。
3人と1匹のパーティーは、クエストを達成するため、一先ず山へと向かった。
その一行を追いかける者の姿がある。
今回の昇格クエストを決めたアセルスと、依頼したフォンだ。
昇格クエストの際、発注した上位の冒険者が付き添い、昇格に値するかどうか採点を行う。さらに、その採点が適切なものであったか、という監視のため1名のギルド職員の同行が義務づけられていた。
2人は少し距離を置いて、ヘレネイ一行を見守る。
ちょうどEランクのアーミーアントに出くわしたところだった。
幼児ほどの大きさを持つ、巨大な蟻の魔獣である。
討伐はさほど難しくないが、群れで襲いかかるのが常だった。
その戦闘の様を見ながら、フォンは側にいるアセルスに質問する。
「アセルスさん、なんであんなクエストにしたんですか? 絶対昇格クエストだってバレてますよ」
「良いではないか? プレッシャーがかかった状態で、一体どんな能力を見せるのか。これもいい経験だと思うぞ。心配するな。危なくなったら私が助けに入る」
「あ、当たり前です。それに私が聞いているのは、どうしてあんな内容のクエストにしたかということです!」
「ふむ。それはな――」
「それは?」
腕を組み、難しい顔をするアセルスを、フォンはのぞき込む。
淡い桃色の唇から漏れたのは、言葉ではなく、涎だった。
「私が食べたいからだ」
ぐおおおおおお!
いつも通り腹の音を鳴らす。
その音を聞いて、ぴくんと反応したのは、戦闘中のウォンだった。
ぐるりと背後の方に顔を向ける。
「うぉん?」
首を傾げるのが見えたが、アセルスたちを発見することはできなかったらしい。
そのまま再び戦闘に戻っていった。
それを見て、フォンとアセルスはホッと胸を撫で下ろす。
やがてフォンはピンと耳と尻尾を立てた。
「思いっきり公私混同じゃないですか!?」
「いいじゃないか? 折角、ディッシュとともに山へ行けるのだ。おいしい魔獣料理を作ってもらった方が、お得だろ?」
「それが公私混同だと言っているんです!」
「そう言いながら、フォンだって楽しみなのだろう? 尻尾が揺れてるぞ」
「なっ!!」
慌てて、フォンは後ろを振り返る。
モフモフの尻尾が、本人の知らぬ間にグルグルと回っていた。
珍しく顔を赤くする。
「ふふふ……。照れるな照れるな、フォン。しかし、弱ったな。……これでは採点のしようがないぞ」
一転して、アセルスは己の頭を抱えた。
木の陰から顔を出して、アーミーアントと対峙するディッシュたちを観察する。
アセルスが何故困っているかわからないフォンは、首を傾げた。
「どういうことですか、アセルスさん?」
「ディッシュはいいのだが、ヘレネイとランクがな」
アセルスは目を細める。
ヘレネイとランクの動きに焦点を絞った。
何か緊張しているのだろう。
随分と動きが硬い。
一緒にパーティーとして働いたことはないが、それでもいつも通りの動きではないことは、アセルスにはすぐにわかった。
正直に言うと、初めて山にクエストに出た新人冒険者と変わらなかったのだ。
しかし、ヘレネイ達は善戦していた。
それもそうだろう。
Eランクの雑魚魔獣など、ディッシュの相棒であるウォンの敵ではないからだ。
わらわらとアーミーアントは仲間を呼ぶのだが、すべてウォンの前に蹴散らされていた。
これでは、単にウォンの無双劇である。
「あいつら、いつもあんな調子なんだろうか?」
「アセルスさんが、変なクエストを書くからですよ。ウォンさんも、めちゃくちゃ張り切ってるじゃないですか」
「ふむ……。だが、今の状況はダメだ。仮にウォンに頼るようなやり方をしているようでは、どのみち昇格は難しいだろう」
「ですね……。どうしましょうか?」
「ウォンを引き離そう」
「少し危険ではないですか? それに、どうやって?」
「このままでは査定が無意味になってしまう。案ずるな。私にいい考えがあるのだ」
アセルスはドンと胸を叩いた。
◆◇◆◇◆
「ふー。なんとかなったね」
「私たち何にもできてないけどね」
ランクとヘレネイは揃って、地面に尻を着けた。
ホッと息を吐き、休憩する。
周りを巡らすと、アーミーアントの死骸が転がっていた。
強い蟻酸の匂いが辺りに立ちこめている。
ディッシュはアーミーアントに顔を近づけると、すぐに引っ込めた。
その強烈な蟻酸の匂いに、眉を寄せる。
さしものゼロスキルの料理人も、この魔獣を料理することはできないらしい。
「ごめんね、ディッシュくん」
ヘレネイは謝る。
横のランクも項垂れた。
「いいって。謝るなら、ウォンにだな。まあ、本人はなんとも思ってないようだけど」
「うぉん!」
ウォンは獲物を倒したことを誇るように鼻を掲げた。
すると、何かに反応する。
耳をピクピクと動かし、尻尾を振った。
まだ戦いの余韻が残る中、その毛はモフモフになっていく。
ペロリと舌を出した。
「どうした、ウォン?」
様子が変わったことに飼い主であるディッシュが気付く。
側に寄ろうとした瞬間、弾かれるようにウォンが走り出した。
「ウォン!」
引き留めたが遅い。
あっという間に、ウォンは森の中に消えた。
「ウォンちゃん、どうしたの?」
「わかんねぇ。最近、人間に慣れてきたせいか。あいつ、警戒心とか野生の勘とかが緩んできてるんだよなあ。たまに俺の言うことを聞かないんだ。今度、叱ってやらねぇと」
「ふふ……。さすが飼い主だね」
ヘレネイはくすりと笑う。
「笑い事じゃないよ、ヘレネイ。今、上位の魔獣が現れたら」
「何を気弱なことを言ってるのよ、ランク。その時は、私たちでなんとかすればいいの、よっ!」
猫背になったランクの背中を叩く。
「痛ッ!」と悲鳴を上げて、ランクは仰け反った。
だが、ヘレネイの愛の鞭はなかなか効いたらしい。
さっきまで強ばっていた顔が、ようやくほぐれてきた。
「やっといつものヘレネイとランクに戻ったな」
「ごめんね、ディッシュくん」
「いいって……。それより、なんだったんだ?」
「そうね。そろそろ話した方がいいかもね」
ヘレネイはディッシュに今回のクエストが、ランクの昇格がかかった依頼であると説明した。
それを聞いても、ディッシュがカチカチに緊張することはない。
いつも通り、飄々としていた。
ディッシュからすれば、試験の緊張なんて些細なことらしい。
魔獣がうじゃうじゃいる山で暮らしているのだ。
それぐらいのプレッシャーなど訳がなかった。
「羨ましいわ。……私たちにもそういう度胸がほしい」
「だね……。やっぱ、僕たちには冒険者が向いてないのかなあ」
元に戻ったかと思えば、再びヘレネイとランクは気落ちする。
「何を言ってるんだよ。ヘレネイもランクも通常のクエストでは、ちゃんと冒険者として働いてるじゃないか」
「でも、僕たちにはディッシュくんみたいな才能が……」
「環境もないしね」
「関係ねぇよ。どこに住んでいようと、才能があろうとなかろうと、きちんと冒険者の仕事ができてるんだ。逆に俺はウォンがいなければ、ただの料理人だ。ヘレネイたちの方がよっぽど冒険者としての才能があるよ」
ディッシュは励ます。
それを聞いて、ヘレネイとランクの顔に再び赤みが差した。
「そ、そうかな……」
「俺が言うんだ。間違いねぇよ」
「自信満々だね、ディッシュくん」
「そうだね。もっと頑張らないとだね、ヘレネイ」
「そうよ、ランク。もっと頑張って稼いで! 夢のマイホーム生活よ!!」
ヘレネイとランクは再び復活するのだった。
◆◇◆◇◆
一方、アセルスはウォンに追いかけられていた。
「むはははは! こっちだ! ウォン! 私に追いつくことができるかな!?」
アセルスは【光速】のスキルを使う。
対して、ウォンは一生懸命アセルスを追いかけていた。
その目的はアセルスが持っている小さな鍋だ。
そこには熱した牛酪が溶け、今も豊かな香りを漂わせていた。
牛酪の匂いに、ウォンが釣られたのだ。
「うぉん!!」
激しい吠声が響く。
絶対に追いついてやる――強い意志を感じさせた。
そんな追いかけっこを、フォンが遠くから眺める。
はあ、と聖騎士アセルスに対して、深いため息を吐いた。
当然である。
あの状態でどうやってアセルスは査定をするのだろうか。
ウォンを引きつけたのはいいが、そのことを全く考えていなかったらしい。
「アセルスさんって、強くてカッコいいけど……。なんか抜けているところがあるんですよね」
フォンはガックリと項垂れるのだった。
◆◇◆◇◆
一方、ウォン抜きに山の奥へと入ったディッシュたちは、固まっていた。
「「あわわわわ……」」
ヘレネイとランクは身を竦める。
その横で、ディッシュが短剣を構え、珍しく鋭い視線を放っていた。
「ぶぉおおおおおおおおおおお!!」
吠声が上がる。
巨躯が立ち上がり、鋭い爪を自慢するように腕を広げた。
現れたのは、巨大な熊だ。
「これって、特別有害指定の……」
「Bランクの魔獣じゃないか!?」
ブライムベア。
凶暴という字を、体で現すような魔獣が3人の前で出現したのだ。
思わぬ敵の登場に、ヘレネイとランクは竦み上がる。
しかし、1人だけ平常心を保っている者がいた。
ディッシュである。
「2人ともやったな」
「「え?」」
「ブライムベアなら、このクエストにピッタリだぞ」
まるで今から調理でも取りかかるように、ディッシュは「にしし」と笑うのだった。
書籍版が1月10日に発売です。
おいしいチーズフォンデュと、可愛い美食家王女がついてくるので、
是非お召し上がり下さい。
よろしくお願いします。







