menu112 バジリスク東方麺
すみません。意外と長くなってしまったので、
次回実食回になります。
今日もどうぞ召し上がれ(どうやってだよ!)
鶏ガラならぬ、“バジリスク”ガラスープ。
ディッシュからもたらされた宣言を聞いて、一同は息を呑んだ。
鶏ではなく、バジリスクのガラを使ったスープ。
確かにバジリスクは鶏に似ている。
胴体などはそのままだろう。
しかし、バジリスクは魔獣である。
魔獣はまずい。
それがルーンルッドの定説だ。
確かにその卵はうまかったが、その身――ガラとなると話は別である。
魔獣食に理解があるアセルスたちはともかく、魔獣の一部が腹の中に入ると考えれば、さすがに食欲もなくなってしまうだろう。
やや盛り下がる中、その空気を吹き飛ばしたのは、バジリスクのガラで取ったスープから漂う香りだった。
忘れた頃になんとやら。
まさに津波のように香りが押し寄せてくる。
再び腰砕けになりそうなのを、村人たちはなんとか堪えた。
「魔獣がまずいというけど」
「本当にまずいのかしら」
「こんなにいい匂いを嗅ぐの初めてだよ」
「ちょ……。ちょっと食べてみたいかも」
期待が膨らんでくる。
家の外から覗いていた村人の視線が、香りを放つ鍋へと再び向けられていた。
ディッシュはスープが入った鍋をお玉でかき混ぜる。
少量のスープをお玉で掬い、薄い皿の上に注いだ。
一口啜る。
「くぅうううううううう!! うっめぇえええええ!!」
ディッシュは全身で「うまい」を表現する。
その喜びっぷりに、また村人たちは沸き上がった。
あるいはお腹を鳴らし、涎を垂らす。
ぐおおおおおおおお!!
その中でも一際腹音を鳴らした奏者は、アセルスだった。
外にいるフレーナやエリーザベト、ウォンも待ちきれない様子だ。
味見を終えたディッシュは、1つ確信する。
「よし! これでいいだろう」
いよいよ鶏ガラ東方麺ならぬ、バジリスクガラ東方麺の調理を始める。
もう1つ鍋を置き、たっぷりのお湯で馬鈴薯麺を湯がく。
その間にディッシュは、バジリスクのガラで取ったスープを器に注ぎ、そこへさらに持ってきていた醤油を垂らした。
どうやら今回はバジリスクガラベースの醤油東方麺らしい。
バジリスクガラの香りに、醤油の香ばしい匂いが混じる。
これだけで天に召されそうだった。
醤油ならぬ魚醤味の東方麺は一般的だが、やはり普通のものとは違う。
豆から作った醤油だけあって、生臭くないのが特徴だ。
「そう言えばぁ、東方麺って意外と生臭いんですよねぇ」
エリーザベトが言うと、フレーナも同調した。
「だよな。結構、それで苦手というヤツもいるよな。おいしいのにさ」
豚や牛、あるいは鶏や魚などで出汁を取る東方麺は、総じて生臭い匂いを放っている。
今では調理技術も進んで、かなり匂いを抑えることができたが、昔はかなり臭かったらしく、ハーブを入れたりしていたそうだ。
だが、今器に注がれたスープの香りは違う。
獣臭さはほとんどなく、豊かな香りを漂わせ、お腹を刺激してくる。
見た目からしても違う。
醤油を入れ、黒く染まったものの浮かんだ油はいまだ黄金色を保っていた。
闇に呑まれても、その気高さを忘れない姫君のように光り輝いている。
「麺を開けるぞ」
ディッシュはたっぷりのお湯から麺を上げる。
竹笊に載せて、よく湯を切った。
「おおおおおおおおお!!」
アセルスは思わず声を上げた。
鍋から上げられた直後の麺に反応したのだ。
十分に水分を含んだ麺はキラリと輝いていた。
黄金とまでは行かないまでも、今回のスープにふさわしい。
細く切られた麺は渦を巻き、そのモッチリとした歯応えを食べる前から見せつけるように佇んでいる。
よく水気を切った麺をスープが入った器に入れる。
軽く箸でほぐした。
これでディッシュの料理はおしまい……。
そんなことがあるはずがない。
馬鈴薯麺に、バジリスクガラのスープ。
これだけで十分インパクトがあるというのに、ディッシュはここに来て真打ちを紹介する。
奥から鍋を出してきた。
すでに朝から用意していたのだろう。
蓋を開けると、そこに入っていたのは大きな鶏もも肉だった。
否――。
断じて否だ。
それは普通の鶏もも肉などではない。
普通の鶏肉よりも一回り大きいからだ。
それに、ディッシュが普通の鶏肉を使うとは思えない。
魔獣のガラをスープに使うのだ。
当然、それも魔獣であるはずだった。
「ああ。そうだ。バジリスクのモモ肉を使ったチャーシューだよ」
歯を見せ、ディッシュは笑う。
やっぱり!
というのが、本音だろう。
だが、アセルスも他の人も驚きを隠せない。
バジリスクのもも肉があまりに巨大だからだ。
さらに魔獣とは思えないぐらい柔らかそうに見える。
醤油ベースの下味が付き、すでに飴色に光っていた。
「バジリスクのもも肉はうめぇぞ」
ディッシュは解説する。
バジリスクは養鶏場ではなく、山の中で育つ。
昼は活発に動き回り、山の斜面をものともしない脚力を持つのだ。
当然、鍛えられた筋肉は良質である。
柔らかく、旨みたっぷりのもも肉は、同じ鳥系魔獣のヴィル・クロウのおいしさを遥かに凌駕するという。
「くぅぅうううう! 解説を聞くだけでおいしそうではないか!!」
アセルスはヴィル・クロウのおいしさも知っている。
ディッシュと狩りをしていた時に、何度もご相伴に預かることがあった。
あの強い風味を持つヴィル・クロウ以上の味と言われては、食欲が増すのも当然のことであった。
バジリスクのチャーシューを食べやすいように切る。
切った時に滲み出た脂を見ただけで、お腹と背中がくっつきそうだった。
そのチャーシューを、馬鈴薯麺とバジリスクガラのスープが入った東方麺に載せる。
ディッシュの攻撃はこれで終わりではない。
先ほどチャーシューを入れた鍋から出してきたのは、煮卵である。
こちらも飴色に染まっている。
それを俎上に乗せ、ディッシュは包丁で切り裂いた。
とろ~、と滴ったのは、半熟状の黄身だ。
そして卵といえば、説明するまでもないだろう。
バジリスクの卵である。
それを添え、あらかじめ刻んで置いた葱を添えた。
「待たせたな」
珠玉の一杯が、テーブルに置かれる。
濃い醤油色になったスープに、黄金色に輝く脂。
薄い黄色の麺は、船乗りを惑わすセイレーンの髪のように美しく、黒いスープの海の中で漂っている。
醤油味のバジリスクガラのスープが黒い海というなら、よく味がしみ込んだバジリスクのチャーシューは、さながら隠された財宝かもしれない。
飴色にぬらぬらと輝き、食べるものを誘っている。
その黒い海で燦然と輝くのは、これまたバジリスクの卵を使った煮卵だろう。
半熟状の黄身が艶の良い光を放っていた。
もはやこの東方麺の味に誰が文句を付けようか。
見た目からして、おいしそうなのは語るまでもない。
「う、うまそう」
「嘘だろ。あれが魔獣でできた東方麺なのか?」
「食べてみてぇ」
「まずくったって文句はいわねぇから、早く食べさせてくれ!」
バジリスクのガラと聞いて、少し拒否反応を示していた村人の様子が、180度変わっていた。
テーブルに置かれた珠玉の1杯に向かって、家の外から手を伸ばす。
その光景は、刑務所に閉じ込められたゾンビのようであった。
そして、最初の一杯の試食者を仰せつかった聖騎士アセルスは、唾を呑んだ。
美しく、そして見事な東方麺の姿に、プレッシャーすら感じる。
魔骨スープの東方麺を食べた時とはまた違う。
妙な緊張感があった。
「食べないのか、アセルス」
ディッシュはアセルスを促す。
その口元はニヤリと笑っていた。
明らかに挑発している。
そう言われて、食いしん坊騎士が黙っているはずがない。
いよいよ箸を握った。
「いただきます!」
聖騎士アセルスvsバジリスク東方麺。
いざ実食が始まった。
令和2年1月10日に
『ゼロスキルの料理番』の2巻が発売されます。
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