表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
119/209

menu111 馬鈴薯麺と黄金の香り

本日コミカライズ配信日です!

Web版ともども、どうぞ召し上がれ!

 馬鈴薯を収穫した次の日。

 いよいよディッシュの本領が発揮された。


 朝――。その日村に泊まったアセルスは具足を纏い、村を巡回し始める。

 すると、どこからともかく良い香りが漂ってきた。

 まるで導かれるようにアセルスは足を向ける。


 やってきたのは、ディッシュが炊事場を借りてる家だった。


「うぉん!」


 朝から元気の良い声が響く。

 神獣ウォンが家まで座っていた。

 せわしなく身体を動かし、舌を出して、「はっ。はっ。はっ」と息を荒くしている。すでにその毛はモフモフだった。


 ウォンの気持ちもわかる。

 匂いを嗅いだだけなのに、脳髄がトロトロになりそうだ。

 起きたてにも関わらず、アセルスの腹があの竜の嘶きのような音を立てた。


「なんだよ、このいい匂い!」


「も~ぉ、天に召されそうなのですよぉ」


 フレーナとエリーザベトもやってきた。

 特にフレーナは朝に弱いのだが、パッチリと目が開いている。

 漂ってくる香りを嗅ぎ、頬がトロトロになっていた。


 村人も気付いたらしい。

 次第に集まってくる。

 皆、香りに酔いしれ、早起きが苦手な子どもも、目をキラキラと食への期待感を覗かせていた。


 朝から村はお祭り状態だ。

 家を囲むようにして、人が集まってきてしまった。


「ディッシュ、お邪魔するぞ」


 アセルスは思い切って家の戸を開く。

 さらに香りが強くなった。

 魔獣の強い一撃を食らったように腰砕けになりそうになる。

 なんとか堪えたアセルスは、今1歩前に進んだ。


 炊事場を貸している家の女将が、目を半熟卵のようにトロトロさせていた。

 すでに香りでやられてしまったらしく、ペタンと地面に座っている。

 その視線の先に、ディッシュがいた。


「おお!」


 思わずアセルスは声を上げる。

 鍋の前に立ち、ディッシュは黄金色の芳香を纏いながら調理していた。


 その楽しそうな横顔に、アセルスは一瞬心を奪われる。

 が、鼻を衝いた香りによって、再び現実へと引き戻された。


「でぃ、ディッシュ! 何を作っているのだ?」


「おう。おはよう、アセルス。ん? これか?」


 にしし、とディッシュは歯を見せ笑った。

 その顔は実に得意げだ。


「東方麺を作ろうと思ってな」


「東方麺!!」


 アセルスは思わず唸った。

 言わずと知れた大衆料理である。

 ディッシュが作った魔骨スープで作った東方麺は、もはや伝説と言っても過言ではないだろう。


「これはスープだよ」


「魔骨スープ…………ではないな。この匂いは」


 魔骨スープと同じく濃厚。

 だが、鼻腔を抜けていく匂いは、魔骨スープよりも遥かに澄み切っている。

 獣臭さはほとんどなく、胃の中に落ちた香りがぐるぐると空きっ腹で渦を巻いているようだった。


「まあ、それはできてからのお楽しみだ」


「スープはいいとして、麺はどうするのだ? またアラーニェの糸を使うのか?」


「それも悪くないけどよ。今回はやっぱこれだろ?」


 ディッシュが取り出したのは、昨日収穫した馬鈴薯だった。

 すでに茹で上がっているらしい。

 試合に臨む拳闘士みたいに、白い湯気を吐いていた。


「ば、馬鈴薯で麺を作るのか!?」


 アセルスは息を呑んだ。

 東方麺の麺といえば、やはり小麦粉だろう。

 中には卵を混ぜたりもするものもあるが、馬鈴薯麺というのは初めて聞いた。


 横でスープを煮ながら、ディッシュは早速馬鈴薯麺を作り始める。

 あらかじめ皮を剥き、茹でた馬鈴薯を器の中で潰していく。

 そこに数回に分けて、小麦粉を混ぜ合わせた。


 まとまってきたら、少し油を加える。


 そこからディッシュはひたすら練り上げていった。

 その作業をアセルスと、外から眺めていた村人たちがじっと見守る。

 周囲から言葉がなくなり、静かになっていった。

 ただディッシュが馬鈴薯のたねを練る音だけが響き渡る。


 なかなか大変な作業だ。

 ディッシュの額に汗が滲む。

 だが、本人は楽しそうだった。


 しばらく練り上げたら、濡れた布をかけ、しばらく馬鈴薯のたねを休ませる。


 ディッシュもまた水分を取って、己の身体を休めた。

 側にあるスープの管理も忘れない。

 蓋を取り、芳香を漂わせながら、中の穢れをお玉で掬っていく。

 普通は聖水を使うのだが、こうやって手間をかけるのが、ゼロスキル流だ。


 たねを休ませたら、いよいよディッシュは棒を握る。

 まな板に打ち粉を放って、たねを伸ばし始めた。


「おお……」


 アセルスは声を上げる。


 魔骨スープ麺の時は、アラーニェの糸を使ったので、実際ディッシュが麺を作る姿を見るのはこれが初めてだ。


 だが、様になっている。

 山で生活してるとは思えない、熟練の手さばきだった。


「ディッシュ、麺打ちなんてどこで覚えたんだ?」


「ケンリュウサイのじいさんに教わったんだ」


「あの【剣神】ケンリュウサイ殿か!」


 アセルスの脳裏に、あの寡黙な老人が映った。


「あれで爺さん、東方麺を作るのは上手いんだぜ。なんせ実家が200年続く東方麺の老舗なんだってよ」


「け、【剣神】の実家が東方麺の店ぇえ!!?」


 アセルスにとって驚愕の事実だった。


 今や古今東西に名を馳せる【剣神】ケンリュウサイの実家が、東方麺の老舗だとは……。

 一体、それが何故、武器を鎚つことになったのか。

 やはり色々と謎の多いご老人らしい。


 そうこうしているうちに、丸いたねが薄く平たい形になる。

 それをリズムよく切っていった。

 細い麺ができあがっていく姿に、アセルスは再び歓声を上げる。


「ふー」


 ディッシュは息を吐く。

 馬鈴薯麺の完成だ。

 小麦粉の麺よりも黄色く、卵麺よりも色が薄い。


「1本食べてみるか、アセルス」


 熱心に麺を見つめるアセルスを見かねたのだろう。

 1本の麺を摘まみ上げると、アセルスの前に掲げた。


「食べる!」


 アセルスは首が取れるのではないかと思うほど、頭を縦に振る。


 ディッシュに渡され、まるで結婚指輪でも見つめるかのように、瞳を輝かせた。

 鼻を利かせると、ほのかに馬鈴薯の匂いが漂ってくる。

 素朴な匂いだ。

 昨日食べたコロッケを思い出してしまって、また涎が出てきてしまった。


 アセルスは口を上に向けて、舌に麺を載せる。

 モグモグと口を動かし、咀嚼した。


「もっちもちぃぃいいいいい!!」


 アセルスは叫んだ。


 なんだ、このモチモチとした味わいは!?

 小麦麺とも、卵麺とも違う。

 噛んだ瞬間の弾力、歯に絡む感触。

 そのすべてにおいて、馬鈴薯麺は異なっていた。


 それに噛めば噛むほど、馬鈴薯の味が広がっていくのもいい。

 昨日食べたコロッケの味そのままに、甘みが舌に滲んでいく。

 土に埋まった野菜ならではの風味もよく、どこか落ち着く味だった。


「ふぅ……」


 1本食べただけなのに、腹にがつんと来る。

 握り飯を一個食べたかのようだ。


 アセルスは率直に言った。


「ディッシュ、あと1本!」


 両手を合わせて懇願する。


「ダメだよ。お前がそれをやり始めると、折角作った麺がなくなっちまう」


「う……」


 心当たりがありすぎるアセルスは、口を噤んだ。

 ディッシュの家で食べている時に、よくあることだった。


「これは村のもんだからな。村のみんなに還元しないと」


「そ、そうだな」


 しょんぼりと項垂れる。


「心配するなよ。この麺より、今から作る東方麺はもっとおいしいぞ」


「おお!」


 肩を落としたアセルスは、すぐに復活する。


 そして、ディッシュはいよいよ例のスープの封印を解いた。


 蓋を開けた瞬間、黄金色の芳香が家の中に充満する。

 それは家の外にまで広がり、外で待っていた村人の心を酔わせた。


 ぐるるるる……。


 あちこちから腹の音が聞こえる。

 皆が涎を飲み込み、すでに手の甲をびしょびしょになっていた。

 腹が空きすぎて、蹲る者まで現れる。


 それほど、香りが強烈なのだ。

 戦争に投下されれば、忽ち相手の戦意をくじくほどの威力を秘めていた。


「ディッシュ、鍋の中を見せてもらっていいか」


「いいぜ」


 ディッシュはアセルスを鍋へと誘う。

 危険な魔獣が蔓延るダンジョンにでも近づくように、アセルスはそろりと足を忍ばせた。

 そして、恐る恐るのぞき込む。


「これは――」


 アセルスは息を呑んだ。

 鍋の中に入っていたのは、葱と大蒜(カルナン)、ディッシュがショウガと呼ぶ、イルミ草の根が入っていた。


 さらには……。


「これはもしかして、鶏ガラか!」


 アセルスは叫ぶ。

 そう。

 鍋の中に入っていたのは、大きな鶏ガラだった。

 ぐつぐつと煮込まれ、黄金色のスープに浸かっている。


 そのスープもまた見目麗しい。

 夜明けの湖面のように眩く、あの黄金色の香りを吐き出している。


 鶏ガラで作る東方麺は、とても一般的なものだ。

 東方麺の専門店でなくても、普通の大衆食堂にもメニューとして並んでいる。

 アセルスも好み、よく依頼をこなした夜に、フレーナとエリーザベトを誘って、よく屋台で啜ったものだった。


 その懐かしい思い出が蘇るのかと思ったが、違う。


 アセルスは驚いていた。

 鶏ガラの匂いが、自分が知っているものよりも、遥かに強かったからだ。

 匂いが強い割りには、獣臭さがあまりない。

 これほどのインパクトがある香りを嗅いだのが、あの魔骨スープ以来だろう。


 たぶん、使われている鶏ガラがただの鳥ではないのだ。


「まさか――」


 ピンと来たアセルスは振り返る。

 その顔を見たディッシュは、腕を組んだ状態でニヤリと笑った。


 そうだ。

 一瞬忘れるところだった。

 馬鈴薯麺が、意外と普通の材料であったことからだろう。

 頭の中から抜けていたのだ。


 ディッシュの真骨頂は、馬鈴薯で麺を作ることではない。


 山という特殊な環境で磨かれた知識を存分に生かした料理である。


 そして、その最たるものが魔獣だ!


「ディッシュ、まさかお前……。この鶏ガラは」


「ふふふ……。ああ。そうだ。使わない手はないだろう」


 ディッシュはすでに血抜きされたそれを掲げた。

 顔は蛇、頭には鶏冠。

 鷲の銀翼を持ちながら、その体躯は鶏という異形の合成魔獣。

 その強力な魔眼は潰された上で、目隠しをされていた。


 ニヤリと、ディッシュは口角を上げる。

 そして高らかに宣言する。



 今回の東方麺は、バジリスクガラスープだ!


次回、実食!!

本日コミカライズ最新話配信日です。

どうぞお召し上がり下さい。


そして1月10日に書籍版発売です。

出来れば、それまでお年玉を残していただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


ヤンマガWEBで掲載中。初の単行本が2月6日に発売されます。
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


1月10日。角川コミックス・エースから最終巻が発売です。最後まで是非ご賞味ください!
↓↓表紙をクリックすると、公式HPに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



『劣等職の最強賢者』コミックス2巻 1月19日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月15日に書籍発売! こちらもよろしくです!
↓※タイトルをクリックすると、新作に飛ぶことが出来ます↓
『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』


カドカワBOOKS様より好評発売中です。おいしいチーズフォンデュが目印です。是非ご賞味下さい!
↓↓表紙をクリックすると、公式HPに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー

― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 麺で来ましたか! スープは予想しましたが、ポタージュ系かと予想しました。ム、ム、ム。やりますな。 芋からの麺はカボチャ麺しか食べたことなく、冷麺見たいな物かと…
[一言] そういえば、バジリスクも鳥だから鶏ガラスープあってもおかしくないか。 それに馬鈴薯ももともと炭水化物とデンプンがあるから麺を作るには最適だな。 というか馬鈴薯の料理だけでも腹は膨れるしな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ