menu105 バジリスクのTKG
やっぱ卵料理といえば、TKGだよ(異論は認める)。
本日もどうぞ召し上がれ!
ディッシュの手の平にあったのは、2つの卵だった。
大きさは鶏と変わらない。
問題は色だ。
漆黒の色で、実に禍々しい。
如何にも魔獣から生まれた卵という風情である。
アセルスが真っ先に思い出したのは、いつかのアラーニェの卵だ。
あれは色も大きさも、一般的の鶏の卵に似ていた。
アラーニェの卵といわれても、抵抗なく受けいることができたが、この色は些かグロテスクであった。
すでにディッシュの魔獣食に慣れているアセルスには、さほど抵抗がなかったが、やはり村人にはマイナス印象だったらしい。
やや眉間に皺を寄せ、自然とディッシュから距離を取る。
しかし、ディッシュはそういう反応に慣れているらしく、表情を変えない。
キラキラと瞳を輝かせ、漆黒の卵を宝物のように両手で眺めていた。
ここからだ。
いつもここからディッシュは世の中の常識を覆してきた。
一体、今日はどんな料理を作るのだろうか。
アセルスは胸を高鳴らせる。
同時に、あの竜の吠声のような腹音を鳴らした。
村人がびっくりし、腰を抜かすほどだ。
「ディッシュ、その卵で何を作るのだ?」
「なんだってできるぞ。卵焼きに、スクランブルエッグ、ケーキなんかでもいいな。卵は七色の食材だからな。何にでも合う。高蛋白だし、食糧のない時には貴重なエネルギー源になるだろ?」
あっ……。
アセルス、フレーナ、エリーザベトは気付く。
「もしや、ディッシュ……」
「お前、村の食糧事情まで考えて」
「バジリスクを選んだのですか?」
3人の冒険者は驚愕した。
ディッシュがガリガリと蓬髪を掻く。
「当たり前だ。飯がないんだぞ。まず手っ取り早く食える方法を探さないと」
やや眉間に皺を寄せ、ディッシュは言った。
珍しく怒っているらしい。
特にお金にも食事にも困っていないアセルスたちよりも、山の中の生活で度々食糧難にあえぐディッシュの方が、村人の気持ちを理解しているのだろう。
「魔獣の死骸を食べさせるだけなら、スライムを放っていた方がよっぽど早い。あいつら無茶苦茶貪食だからな。一晩で綺麗に食べてくれる」
説明を付け加える。
さすがは、ディッシュといったところだろう。
魔獣のチョイスにも深い思惑があったらしい。
寝藁の中には、優に30個以上の卵があった。
たった5匹が一晩で30個を生んだのだ。
しかも、すべて無精卵である。
普通、鶏でも1日1個生むかどうかだ。
対して、バジリスクは1匹当たり6個以上である。
このペースはさすがに驚かずにはいられない。
「こんなに卵を産んだら、山の中はバジリスクだらけになりそうなものだが……」
藁から卵を拾い上げ、アセルスは言う。
「ああ。それは簡単だ。俺が排卵を促す環境を作ってるからな」
「排卵を……促す…………?」
「バジリスクでも生き物何でもそうだけどよ。危機的状況になると、子孫を残そうと思うようになるらしい」
「そ、そうか。今、バジリスクは魔眼を潰されている。それが今危機的状況ということか……」
アセルスはポンと手を打ち、感心する。
「そうだ。後は、食糧だな。たくさんの栄養素を取ると、排卵が活性化するし、そもそもバジリスクには卵巣が最大で3つもある」
「「「3つ!!」」」
アセルス、フレーナ、エリーザベトは叫んだ。
「バジリスクは色んな動物の特徴を持ってるからな。体内に小さな内臓を複数もってるんだよ」
「そういえば、バジリスクって結構しぶといイメージがあるよな、アセルス」
「急所に刺しても動くことがあるからな」
「何か関係があるのでしょうかぁ」
アセルスたちはふとした疑問を呟いた。
その疑問に対しても、料理人にして魔獣博士でもあるディッシュは答えていく。
「バジリスクって小さな心臓3つで動いてるんだ。だから、1つ潰しても、他の心臓で代用できるから、しばらく動くことができるんだよ」
「な、なるほど……」
「すげぇ……」
「目から鱗ですぅ」
「だから、狙うなら喉だ。気道はここ1つしかないからな」
感心しきりのアセルスたちの前で、ディッシュはとんとんと己の首を叩いた。
ディッシュの講義が終わる。
アセルスたちの感心は、自分たちが採った卵の方に向かった。
「先ほども聞いたが、何を作るんだ、ディッシュ」
30個もあれば、1人1個でも小さな村なら十分行き渡る。
1日で30個もできるのだ。
さらに羽数を加えれば、良い食糧源になるだろう。
「まあ、色々考えたけど、まずはこの卵が安全だって知ってもらうことかな」
ディッシュは振り返った。
柵の向こうから見つめる村人たちの方に向き直る。
アセルスはディッシュの言いたいことを察した。
「なるほどな。確かにな」
「それにはとっておきの料理がある」
「とっておきの料理?」
フレーナは息を呑んだ。
「ああ……。それは誰でも作れる簡単でな」
「簡単な料理ですかぁ。もしや……それはぁ――――」
フレーナもゴクリと喉を鳴らした。
「やっぱ卵料理といえば、これだろう」
「ディッシュ、それはもしかして――」
アセルスが涎を垂らす。
すると、ふわりと白い湯気がアセルスの前を通っていく。
同時にお馴染みの匂いが、鼻腔を突いた。
思わず――。
「はぅぅ……」
悶えてしまう。
腰砕けになりそうなところをぐっと堪え、アセルスは振り返った。
大きな釜を持った村の女たちがやってくる。
その中には、真っ白なマダラゲ草の種実が入っていた。
どうやら、村の竈を使って炊いてもらったらしい。
絶妙な炊き加減で、粒が皆立っていた。
「言われた通り、炊いたけどこれでいいのかい」
村の女たちは釜を下ろす。
群がってきたのは子どもたちだ。
先ほどまで死んだような目をしていたのに、その香りを前にして顔を輝かせている。
アセルスたちと同じく、涎を垂らすものもいた。
「きれい……」
「ほうせきみたい」
「これ? たべられるの?」
聞かれても、村の女たちも答えようがない。
こんな白い食べ物を見るなど、大人も初めてだったからだ。
「それにしても、かなりの量だが……。これは全部ディッシュの備蓄から持ってきたのではないか?」
ディッシュの生活は安定とはほど遠い。
目当ての食草だったり、獲物が獲れなければ、飢え死にしてしまうこともある。
「心配するな、アセルス。最近、冒険者もやってるからな。結構、懐具合はいいんだ。お腹が空いたら、ネココ亭にでも食べにいくさ」
「ああ。そういえばそうだったな」
実は、アセルスはまだディッシュと冒険者として行動したことはない。
だから、時々ディッシュが冒険者だということを忘れてしまう。
一方、ディッシュは器にマダラゲ草の種実を盛る。
カン、と小気味の良い音を立て、器の角で卵を割ると、鶏と同じ色の黄身と白身が、マダラゲ草が盛られた器の中に投下された。
かすかな光を反射し、プルプルと震えている。
ただその神々しい様だけを見て、アセルスはお腹を鳴らす。
最後に、ディッシュは器に向かって醤油を回しがけする。
バジリスクの卵かけ白飯の完成だ!!
ディッシュは器を差し出す。
アセルスたちや村人は「おお」と歓声を上げた。
生卵のご飯は、一般市民や貴族問わずご馳走である。
生を食べることができるのは、生まれてからすぐがいいと推奨されていた。
穢れが発生するからだ。
故に、生卵は贅沢品なのである。
そして、その生卵を麦飯や麺にかけて食べるのは、極めて贅沢な食べ方なのだ。
それ故にディッシュが差し出す器から、後光が感じられた。
いつの間にか、村人が集まってきている。
マダラゲ草の種実の匂いに釣られたのだろう。
加えて、生卵である。
いくらこれが魔獣の卵であろうと、器の中で光る濃い黄身と白身を見れば、喉を鳴らさずにはいられなかった。
だが、さすがに食指が動かす者はいない。
ならばと、進み出たのがアセルスだった。
「ディッシュ、私がまず食べていいだろうか?」
「おう。いいぞ」
「じゃ~あ、私もぉ……」
「あたいにもくれよ」
アセルスに続いて、エリーザベト、フレーナが続く。
3人はバジリスクの生卵と白飯が入った器を手にする。
ほわっ、と上がった上気に、アセルス、エリーザベト、フレーナは箸を構えた。
まず最初に手を付けたのが、黄身をどうするかということだ。
すると、それぞれ対応が違った。
大胆なアセルスは黄身と白飯を一気に掻き込む。
上品なエリーザベトは、黄身を箸で裂き、器全体に広げると、白飯を載せて食べ始める。
がさつなフレーナはいきなり箸を握って、ガリガリと混ぜ始めた。
三者三様……。
ともかくバジリスクの生卵が、3人の乙女の口に入る。
「ぬほほほおおおおおおおお!!」
「はうぅぅうぅぅううぅうぅ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
濃い!!
アセルス、エリーザベト、フレーナの声が揃う。
乙女たちの音圧に、村人たちがおののき、声を上げるほどだった。
バジリスクの卵はとにかく濃厚だった。
口の中でねっとりと広がっていく。
だが、嫌悪感は感じない。
むしろ、白飯に絡みつき、纏わり付くような歯触りが心地良い。
黄身の甘さはさっぱりとしているのも、1つの要因だろう。
さっぱりとした甘さが、白飯の甘さを消していないのも、嬉しい誤算だ。
白身の滑らかさも申し分ない。
つるつると舌の上で踊り、心地よい歯触りの助けとなっていた。
つるつる……。
しゃりしゃり……。
ずるずる……。
食音が静まり返った村に響き渡った。
やがて、かつんっと甲高い音が響く。
器に箸を転がし、3人は同時に完食した。
「「「ぷはあああああああ……」」」
まさに夢心地……。
うっとりとして、ややだらしない顔を冒険者たちは、村人たちの前にさらす。
満足そうな表情。
唇にテカテカと残る黄身の痕。
いつの間にか横で完食していた神獣の毛もモフモフになっている。
その姿を見て、我慢できる者がいるはずもなかった。
「私にもくれ!」
「俺にも!」
「この子とわたしの分もあるかしら」
「おいらもちょうだい!」
わんさと、みんな手を挙げる。
ディッシュの前に群がっていった。
それを見て、ディッシュはどうどうと手で制した。
「みんな、落ち着けよ。心配するな。ちゃんと全員に行き渡る量は確保してる。でもな……」
これよりも、もっとおいしい食べ方があるんだけど、どうする?
にしし、ディッシュは笑う。
悪魔のように……。
それを見て反応したのは、やはりアセルスだった。
こういう時のディッシュは、飛んでもない料理を作るのだ。
すると、ディッシュはアセルスの方に向いた。
「アセルス……」
「な、なんだ、ディッシュ」
思わず息を呑む。
ディッシュの次の言葉を待った。
途端、ディッシュは真剣な顔でアセルスに告げる。
「お前の大事なものを、俺にくれないか?」
…………。
…………。
…………え?
「「「「えええええええええええええええ!!」」」」
絶叫はアセルスだけではない。
エリーザベトやフレーナ、そして村人まで巻き込み、辺鄙な村に響くのだった。
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