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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
113/209

menu105 バジリスクのTKG

やっぱ卵料理といえば、TKGだよ(異論は認める)。

本日もどうぞ召し上がれ!


 ディッシュの手の平にあったのは、2つの卵だった。

 大きさは鶏と変わらない。

 問題は色だ。


 漆黒の色で、実に禍々しい。

 如何にも魔獣から生まれた卵という風情である。


 アセルスが真っ先に思い出したのは、いつかのアラーニェの卵だ。

 あれは色も大きさも、一般的の鶏の卵に似ていた。

 アラーニェの卵といわれても、抵抗なく受けいることができたが、この色は些かグロテスクであった。


 すでにディッシュの魔獣食に慣れているアセルスには、さほど抵抗がなかったが、やはり村人にはマイナス印象だったらしい。

 やや眉間に皺を寄せ、自然とディッシュから距離を取る。


 しかし、ディッシュはそういう反応に慣れているらしく、表情を変えない。

 キラキラと瞳を輝かせ、漆黒の卵を宝物のように両手で眺めていた。


 ここからだ。

 いつもここからディッシュは世の中の常識を覆してきた。


 一体、今日はどんな料理を作るのだろうか。


 アセルスは胸を高鳴らせる。

 同時に、あの竜の吠声のような腹音を鳴らした。

 村人がびっくりし、腰を抜かすほどだ。


「ディッシュ、その卵で何を作るのだ?」


「なんだってできるぞ。卵焼きに、スクランブルエッグ、ケーキなんかでもいいな。卵は七色の食材だからな。何にでも合う。高蛋白だし、食糧のない時には貴重なエネルギー源になるだろ?」


 あっ……。


 アセルス、フレーナ、エリーザベトは気付く。


「もしや、ディッシュ……」

「お前、村の食糧事情まで考えて」

「バジリスクを選んだのですか?」


 3人の冒険者は驚愕した。


 ディッシュがガリガリと蓬髪を掻く。


「当たり前だ。飯がないんだぞ。まず手っ取り早く食える方法を探さないと」


 やや眉間に皺を寄せ、ディッシュは言った。

 珍しく怒っているらしい。


 特にお金にも食事にも困っていないアセルスたちよりも、山の中の生活で度々食糧難にあえぐディッシュの方が、村人の気持ちを理解しているのだろう。


「魔獣の死骸を食べさせるだけなら、スライムを放っていた方がよっぽど早い。あいつら無茶苦茶貪食だからな。一晩で綺麗に食べてくれる」


 説明を付け加える。

 さすがは、ディッシュといったところだろう。

 魔獣のチョイスにも深い思惑があったらしい。


 寝藁の中には、優に30個以上の卵があった。

 たった5匹が一晩で30個を生んだのだ。

 しかも、すべて無精卵である。


 普通、鶏でも1日1個生むかどうかだ。

 対して、バジリスクは1匹当たり6個以上である。

 このペースはさすがに驚かずにはいられない。


「こんなに卵を産んだら、山の中はバジリスクだらけになりそうなものだが……」


 藁から卵を拾い上げ、アセルスは言う。


「ああ。それは簡単だ。俺が排卵を促す環境を作ってるからな」


「排卵を……促す…………?」


「バジリスクでも生き物何でもそうだけどよ。危機的状況になると、子孫を残そうと思うようになるらしい」


「そ、そうか。今、バジリスクは魔眼を潰されている。それが今危機的状況ということか……」


 アセルスはポンと手を打ち、感心する。


「そうだ。後は、食糧だな。たくさんの栄養素を取ると、排卵が活性化するし、そもそもバジリスクには卵巣が最大で3つもある」


「「「3つ!!」」」


 アセルス、フレーナ、エリーザベトは叫んだ。


「バジリスクは色んな動物の特徴を持ってるからな。体内に小さな内臓を複数もってるんだよ」


「そういえば、バジリスクって結構しぶといイメージがあるよな、アセルス」


「急所に刺しても動くことがあるからな」


「何か関係があるのでしょうかぁ」


 アセルスたちはふとした疑問を呟いた。

 その疑問に対しても、料理人にして魔獣博士でもあるディッシュは答えていく。


「バジリスクって小さな心臓3つで動いてるんだ。だから、1つ潰しても、他の心臓で代用できるから、しばらく動くことができるんだよ」


「な、なるほど……」


「すげぇ……」


「目から鱗ですぅ」


「だから、狙うなら喉だ。気道はここ1つしかないからな」


 感心しきりのアセルスたちの前で、ディッシュはとんとんと己の首を叩いた。


 ディッシュの講義が終わる。

 アセルスたちの感心は、自分たちが採った卵の方に向かった。


「先ほども聞いたが、何を作るんだ、ディッシュ」


 30個もあれば、1人1個でも小さな村なら十分行き渡る。

 1日で30個もできるのだ。

 さらに羽数を加えれば、良い食糧源になるだろう。


「まあ、色々考えたけど、まずはこの卵が安全だって知ってもらうことかな」


 ディッシュは振り返った。

 柵の向こうから見つめる村人たちの方に向き直る。

 アセルスはディッシュの言いたいことを察した。


「なるほどな。確かにな」


「それにはとっておきの料理がある」


「とっておきの料理?」


 フレーナは息を呑んだ。


「ああ……。それは誰でも作れる簡単でな」


「簡単な料理ですかぁ。もしや……それはぁ――――」


 フレーナもゴクリと喉を鳴らした。


「やっぱ卵料理といえば、これだろう」


「ディッシュ、それはもしかして――」


 アセルスが涎を垂らす。

 すると、ふわりと白い湯気がアセルスの前を通っていく。

 同時にお馴染みの匂いが、鼻腔を突いた。


 思わず――。


「はぅぅ……」


 悶えてしまう。

 腰砕けになりそうなところをぐっと堪え、アセルスは振り返った。


 大きな釜を持った村の女たちがやってくる。

 その中には、真っ白なマダラゲ草の種実が入っていた。

 どうやら、村の竈を使って炊いてもらったらしい。

 絶妙な炊き加減で、粒が皆立っていた。


「言われた通り、炊いたけどこれでいいのかい」


 村の女たちは釜を下ろす。

 群がってきたのは子どもたちだ。

 先ほどまで死んだような目をしていたのに、その香りを前にして顔を輝かせている。

 アセルスたちと同じく、涎を垂らすものもいた。


「きれい……」

「ほうせきみたい」

「これ? たべられるの?」


 聞かれても、村の女たちも答えようがない。

 こんな白い食べ物を見るなど、大人も初めてだったからだ。


「それにしても、かなりの量だが……。これは全部ディッシュの備蓄から持ってきたのではないか?」


 ディッシュの生活は安定とはほど遠い。

 目当ての食草だったり、獲物が獲れなければ、飢え死にしてしまうこともある。


「心配するな、アセルス。最近、冒険者もやってるからな。結構、懐具合はいいんだ。お腹が空いたら、ネココ亭にでも食べにいくさ」


「ああ。そういえばそうだったな」


 実は、アセルスはまだディッシュと冒険者として行動したことはない。

 だから、時々ディッシュが冒険者だということを忘れてしまう。


 一方、ディッシュは器にマダラゲ草の種実を盛る。

 カン、と小気味の良い音を立て、器の角で卵を割ると、鶏と同じ色の黄身と白身が、マダラゲ草が盛られた器の中に投下された。

 かすかな光を反射し、プルプルと震えている。


 ただその神々しい様だけを見て、アセルスはお腹を鳴らす。


 最後に、ディッシュは器に向かって醤油を回しがけする。



 バジリスクの卵かけ白飯の完成だ!!



 ディッシュは器を差し出す。

 アセルスたちや村人は「おお」と歓声を上げた。


 生卵のご飯は、一般市民や貴族問わずご馳走である。

 生を食べることができるのは、生まれてからすぐがいいと推奨されていた。

 穢れが発生するからだ。

 故に、生卵は贅沢品なのである。


 そして、その生卵を麦飯や麺にかけて食べるのは、極めて贅沢な食べ方なのだ。


 それ故にディッシュが差し出す器から、後光が感じられた。


 いつの間にか、村人が集まってきている。

 マダラゲ草の種実の匂いに釣られたのだろう。

 加えて、生卵である。

 いくらこれが魔獣の卵であろうと、器の中で光る濃い黄身と白身を見れば、喉を鳴らさずにはいられなかった。


 だが、さすがに食指が動かす者はいない。

 ならばと、進み出たのがアセルスだった。


「ディッシュ、私がまず食べていいだろうか?」


「おう。いいぞ」


「じゃ~あ、私もぉ……」

「あたいにもくれよ」


 アセルスに続いて、エリーザベト、フレーナが続く。

 3人はバジリスクの生卵と白飯が入った器を手にする。

 ほわっ、と上がった上気に、アセルス、エリーザベト、フレーナは箸を構えた。


 まず最初に手を付けたのが、黄身をどうするかということだ。

 すると、それぞれ対応が違った。


 大胆なアセルスは黄身と白飯を一気に掻き込む。

 上品なエリーザベトは、黄身を箸で裂き、器全体に広げると、白飯を載せて食べ始める。

 がさつなフレーナはいきなり箸を握って、ガリガリと混ぜ始めた。


 三者三様……。

 ともかくバジリスクの生卵が、3人の乙女の口に入る。


「ぬほほほおおおおおおおお!!」

「はうぅぅうぅぅううぅうぅ!!」

「うおおおおおおおおおおお!!」



 濃い!!



 アセルス、エリーザベト、フレーナの声が揃う。

 乙女たちの音圧に、村人たちがおののき、声を上げるほどだった。


 バジリスクの卵はとにかく濃厚だった。

 口の中でねっとりと広がっていく。

 だが、嫌悪感は感じない。

 むしろ、白飯に絡みつき、纏わり付くような歯触りが心地良い。

 黄身の甘さはさっぱりとしているのも、1つの要因だろう。

 さっぱりとした甘さが、白飯の甘さを消していないのも、嬉しい誤算だ。


 白身の滑らかさも申し分ない。

 つるつると舌の上で踊り、心地よい歯触りの助けとなっていた。


 つるつる……。

 しゃりしゃり……。

 ずるずる……。


 食音が静まり返った村に響き渡った。

 やがて、かつんっと甲高い音が響く。

 器に箸を転がし、3人は同時に完食した。


「「「ぷはあああああああ……」」」


 まさに夢心地……。

 うっとりとして、ややだらしない顔を冒険者たちは、村人たちの前にさらす。


 満足そうな表情。

 唇にテカテカと残る黄身の痕。

 いつの間にか横で完食していた神獣の毛もモフモフになっている。


 その姿を見て、我慢できる者がいるはずもなかった。


「私にもくれ!」

「俺にも!」

「この子とわたしの分もあるかしら」

「おいらもちょうだい!」


 わんさと、みんな手を挙げる。

 ディッシュの前に群がっていった。


 それを見て、ディッシュはどうどうと手で制した。


「みんな、落ち着けよ。心配するな。ちゃんと全員に行き渡る量は確保してる。でもな……」



 これよりも、もっとおいしい食べ方があるんだけど、どうする?



 にしし、ディッシュは笑う。

 悪魔のように……。

 それを見て反応したのは、やはりアセルスだった。

 こういう時のディッシュは、飛んでもない料理を作るのだ。


 すると、ディッシュはアセルスの方に向いた。


「アセルス……」


「な、なんだ、ディッシュ」


 思わず息を呑む。

 ディッシュの次の言葉を待った。


 途端、ディッシュは真剣な顔でアセルスに告げる。


「お前の大事なものを、俺にくれないか?」


 …………。


 …………。


 …………え?


「「「「えええええええええええええええ!!」」」」


 絶叫はアセルスだけではない。

 エリーザベトやフレーナ、そして村人まで巻き込み、辺鄙な村に響くのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 TGK はうまいですよね。アセルス達三者三様食べ方色々ですね。 魔獣博士ディッシュの博識足るや村の事も考え魔獣を選んで入るなんて、アセルス惚れまくりですね。 …
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