menu103 ゼロスキルの農業学
若干設定説明が多い回ですが、
今日もどうぞ召し上がれ!
アセルスたちは早速、ディッシュを連れて件の村へ向かった。
ポイズンドラゴンに襲撃されて以降の村は、惨憺たる状況だ。
畑を荒らされ、さらにポイズンドラゴンの毒に冒されたため、作物が育たない。
まさしく生活の糧であった畑がこのような状況では、村の人間も途方に暮れるしかなかった。
出てきた長老も、前にアセルスたちが会った時よりもげっそりとしている。
ひょろい根野菜を子どもたちが争うように食う始末だった。
早速、アセルスたちは馬車に積んできた食糧を渡す。
食糧にはアセルスがアリエステル王女やエヌマーナ王妃に掛け合って、国庫から出してくれたものと、一部アセルスの私財が含まれている。
国の正式な救済策では遅すぎる。
それに魔獣が横行する世界で、食糧難にあえぐ小さな村は、決して少なくはない。
そのすべてに国庫を開けていては、たちまち空になってしまうだろう。
アリエステルなどの王族と掛け合うことができるアセルスに救ってもらったことは、村にとって僥倖であった。
しかし、それでも食糧は足りない。
何としても即効性の高い抜本的な解決が必要だった。
そのためには、何としても畑の復活が急務だ。
「食糧は行き渡ったようだな」
アセルスたちは汗を拭う。
エリーザベトやフレーナも落ち着いた村人たちの顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
村長が進み出て、頭を下げる。
「ありがとうございます、聖騎士様、聖女様。なんとお礼をいっていいのやら」
「気にするな、村長」
「そうですよぉ、村長さん。元はといえば、わたしがぁ……」
エリーザベトは俯く。
いつものふんわりした雰囲気にも、どこか影があった。
自分の力で浄化できないことに、責任を抱いているのだろうことは、長年付き合いのあるアセルスにはすぐに理解できた。
のんびりして見えるエリーザベトだが、アセルス以上に責任感が強い。
そうでなければ、冒険者業の傍ら奉仕活動などできない。
アセルス以上に困っている人を見過ごせない質なのだ。
「アセルス、俺は畑に行ってるよ」
といったのは、ディッシュだ。
アセルスたちの身なりとは一風違った青年を見て、村長は目を丸くする。
さらに後ろにちょこんと座った大きな狼を見上げ、おののいていた。
「か、彼は?」
尋ねる村長に、アセルスは「ふむ」と顎に手を当て考えた。
「なんといったらいいか……。まあ、その……。我々の秘密兵器です」
「ひ、秘密兵器!」
「まあ、見ていてください。彼なら、畑を元に戻してくれると思います」
「なんと! 聖女様でも無理だったのに――あ、いや、これは失礼」
「いーえー。全然気にしてないですよぉ。大丈夫ぅ。ディッシュくんならぁ、絶対になんとかしてくれるですよぉ」
「そうだぜ、村長さん。なんせあいつはよ。アセルスが認めた料理人だからな」
鼻を擦りながら、フレーナも話の輪に入る。
その言葉を聞いて、また村長は腰を抜かしそうになった。
「りょ、料理人?」
「はい。だから、信頼してほしいのですよぉ」
「せ、聖女様がそこまで言うのなら……」
村長は自ら村の外れにある畑へのディッシュを案内した。
早速、ディッシュは畑の中へと入っていく。
自ら土を掬い、状態を確かめた。
「ディッシュ、どうだ?」
「ちょっと待ってくれ」
すると、ディッシュは掬った土を鼻に近づける。
くんくんと匂いを嗅いだ後、口をあんぐりと開けた。
「「「「えっ……」」」」
ディッシュの行動に一同は驚く。
目を見張った。
それもそのはずである。
土を食べたのだ。
「でぃ、ディッシュ!!」
アセルスは思わず叫ぶ。
一方、ディッシュは土を丁寧に舌で転がす。
何か口の中で確かめているように、舌と歯を動かし続けた。
やがて、ペッと地面に吐く。
水を飲み、口の中を洗浄した。
「ふう……」
「ディッシュ、何をやってるんだ?」
「土の味を確かめていたんだ」
「土の味?」
「土の中には色々なものが入ってるからな。何が悪さをしてるか、見るだけでは特定はできねぇ。だから、舌で確認したんだよ」
「し、舌で!!」
「舌はな。身体の中で1番色々なことを教えてくれるんだ。これ1つだけで、様々な味がわかるってすごいだろ?」
「そ、そういえば……」
「確かに……」
「ですぅ……」
3人のSランク以上の冒険者がこぞって、ゼロスキルのディッシュの話に頷いた。
横の村長も驚き、ただただ呆気に取られている。
「お前たちは【鑑定】のスキルとか使うんだろうが、そんなことしなくても、舌でたいていのことはわかるんだよ」
「なるほど。それで、ディッシュ……。今の畑の状態はわかったのか?」
「ああ……」
「やはり毒が残っているのでしょうかぁ?」
「てか――毒が残ってたら、さっき土を食べたディッシュは大丈夫なのか?」
とフレーナは心配する。
「確かにそうだ! ディッシュ、大丈夫なのか?」
アセルスは慌ててディッシュに駆け寄る。
その肩をぶんぶんと揺らした。
エリーザベトは【聖癒】の準備を始める。
が、その前にディッシュが待ったをかけた。
「大丈夫だ、アセルス。俺は何ともねぇよ。それに土の毒は、ちゃんと浄化されてるから安心しろよ、エリザ」
「ええ? じゃあ、どうして作物が育たないんですかぁ?」
「そうだぜ、ディッシュ。毒が残ってるから、作物が育たないんじゃ」
エリーザベトは首を傾げ、フレーナは眉を寄せる。
その顔を見ながら、ディッシュは首を振った。
「いや、間違いなく毒は除去されてるよ」
「では、何が問題なのだ、ディッシュ」
ディッシュはもう1度、土を掬った。
すると、何か白い物が混ざっていることに気付く。
ゴロッとしていて硬い。
まるで――――。
「骨か?」
「ああ。たぶん、ポイズンドラゴンの骨だと思う」
「「「ポイズンドラゴン!?」」」
アセルスたちが声を揃える。
その声を聞きながら、ディッシュはまた何かを土から掬い上げた。
中から黒い灰のようなものを拾い上げる。
「これはポイズンドラゴンの肉片だな。水分が抜けてかさかさになってる」
さらに爪、神経の一部、脳髄、鱗……。
ディッシュはポイズンドラゴンの死骸の一部と思われるものを次々と拾い、1つ1つ解説を加えていった。
「つまり、ディッシュ……。この畑にはポイズンドラゴンの死骸が飛び散っているということか……」
「ああ。そういうことだな」
「ディッシュくぅん、それがポイズンドラゴンのぉ死骸だってわかりましたけどぉ。それがどう畑の不調と関係があるんですかぁ?」
エリーザベトの質問に、アセルスもフレーナも同調した。
畑にまき散らされていたのは、毒でもなく、魔獣の死骸である。
畑と、魔獣の死骸……。
アセルスたちからすれば、関係があるようには思えなかった。
「これがあるんだよ。実は、魔獣の死骸って毒よりも厄介なんだ」
「毒よりも厄介?」
「魔獣ってのは、本能的に魔力を摂取する動物なんだ」
「うむ。それはわかっているが……」
アセルスが思い出したのは、ダイダラボッチを食べに行った時のことだ。
あの時、ダイダラボッチの死骸に多くの魔獣が群がっていた。
死してなお強烈な魔力を有する魔獣の死骸を食べるためだ。
その本能は強く、結果アセルスさえ苦戦することになった。
魔力が集まりやすい山に、魔獣が棲息していることからも、その本能は明らかだろう。
「魔力を摂取するという本能は、死んでも強く生き残り続けるんだ。こんな姿になってもな」
改めてディッシュはポイズンドラゴンの死骸を掲げる。
アセルスはポンと手を打つ。
それは彼女が普段からディッシュのレクチャーを受けているからこそわかったものだった。
「そうか。その魔獣の死骸が、農作物の魔力を吸ってしまうからだな」
「アセルス、正解! やるなあ」
「ふふん」
ディッシュに褒められ、アセルスは得意げに鼻を鳴らす。
「さすがはアセルスですねぇ」
「だな。伊達にディッシュのところに入り浸ってないな」
「入り浸ってって……。わ、わわわわわ私はそんな――」
「照れるなよ……」
「ふふふ……。デレデレですねぇ、アセルス」
「お、お前たち!」
アセルスは赤い顔を仲間達に向ける。
一方、村長はディッシュに尋ねた。
「それで……。この畑は直るのでしょうか?」
「うん。時間が経てば直ると思う。あとはそうだな。苗から植えれば問題ないんじゃないか。種から育ててしまうから、死骸の魔力を吸収する作用に負けてしまうんだ。ある程度、育てた状態なら問題ないと思う」
「いや、それはしかし……」
村長は俯いた。
苗も決してタダではない。
タダでさえ、ポイズンドラゴンの討伐に、ギルドに対して大枚をはたいたばかりなのである。
今、資金的にも乏しかった。
やはり、ポイズンドラゴンの死骸を除去するしか、村には選択肢は残されていない。
だが、それは気が遠くなるような作業だ。
そもそも素人目では、それが死骸かどうか選別することすら難しい。
加えて、飛び散った血や胃液も対象となる。
すでに地中に浸透していて、土を入れ替えるにしても、どこまで掘ればいいのかすらわからない。
土地を移したとしても、畑に適する土にするには膨大な時間がかかる。
幸いにも、ディッシュの見立てでは、土の栄養価は悪くない。
それならば、死骸の影響がなくなるのを待っていた方がいいだろう
「結局のところ、畑に効く特効薬はないのか……」
村長はがっくりと項垂れる。
すると、ディッシュにエリーザベトは尋ねた。
「あのぉ、ディッシュくぅん」
「なんだ、エリザ?」
「1つ思ったんですけどぉ……。なんで山にはいっぱい木や草が生えてるんですかぁ? 山にはもっといっぱいの魔獣の死骸がぁ、あると思うんですけどぉ」
「なるほど、エリザの言う通りだ」
アセルスも同調し、首を捻る。
全くもってその通りだ。
山は魔獣の巣窟であると同時に、その死骸もあちこちに転がっている。
だが、山の中で植物が育たないというのは聞いたことがない。
そもそも――。
「ディッシュ……。確かスピッドの豆を、魔獣の骨を使って育てていたのではないか?」
「よく覚えてるな、アセルス。今日は冴えてるじゃないか」
「ふふん。それほどでもないぞ」
アセルスは再び得意げに鼻を鳴らす。
横の2人はニヤニヤと笑っていた。
ディッシュは解説する。
「魔獣の死骸は、植物にとって毒にも薬にもなる。俺は最初から魔獣の骨を使って、スピッドの豆を育ててたわけじゃない。十分に育った後で魔獣の骨を使ってる。ようは、魔力の引っ張り合いに負けなければいいんだ」
「でもぉ、すべての植物が苗から育つわけじゃないですよねぇ」
エリーザベトの質問に、ディッシュは頷く。
「その通りだ。だが、考えてみろ。スピッドの豆みたいな魔草でも、魔獣の死骸の栄養になるんだ。それはすなわち――」
「そうか。魔獣にとっても栄養になる!」
フレーナの目を輝かせる。
アセルスも気付いた。
「つまり、ディッシュ。お前はこう言いたいのだな。この畑の魔獣の死骸を除去するためには――」
「そうだ。魔獣を放てばいい。そして俺は――」
この土地を蘇らせるにふさわしい魔獣を知っている……。
ディッシュはにししと笑った。
その後光が差したような笑顔に、絶望に打ちひしがれていた村長の顔が輝く。
「つまり、それは――」
「ああ。村長さん、安心しろよ」
この畑はすぐに蘇るぞ!
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