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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
108/209

menu100 魔獣が作る料理

コミカライズ版読んでくれた方ありがとございます!

今日、是非召し上がれ!

 異様に緑色の肌。

 歪に膨らんだ後頭部。

 卑しく曲がった瞳。

 その卑屈さを現すような曲がった背骨。


 間違いなく、アセルスたちの前にいたのは、雑魚魔獣ゴブリンだった。


 呆然と口を開け、アセルスは固まる。

 だが、すぐに意識を取り戻す。

 慌てて剣を構えた。

 横のウォンも再び唸りを上げる。


 一方、慌てたのはゴブリンだった。


『ぎっぎぃい!』


 悲鳴を上げる。

 ドタドタ、とあろうことかディッシュの背に隠れた。


 すると、ディッシュは1歩前に出る。


「アセルス、ウォン、大丈夫だって。ギギはいいゴブリンだからよ」


「い、いいゴブリン?」


「うぉん?」


「あー。どこから説明したらいいかなあ」


 ディッシュは蓬髪を掻いた。

 時々、空を仰ぎ見ながら、ギギとの出会いを話す。


 昔、まだディッシュが幼かった時のことだ。

 体調が悪いにもかかわらず、獲物を探していたディッシュは、山奥で倒れてしまった。

 高熱にうなされ、もう死ぬか、という時に、ギギに出会ったのだという。


「その時に飲ませてもらったのが、これだ」


 ギギが持っていた魔乳酒を指差す。


 魔獣の魔力がたっぷり入った魔乳酒は、栄養価も高く、ディッシュはあっという間に元気になったのだという。


「ギギはいわば、俺の命の恩人なんだよ。な、ギギ!」


『ぎぎ!!』


 ディッシュとギギは互いに寄り添い、仲の良いアピールをする。


 すると、何故か嗚咽が聞こえてきた。


「う、うううう……。うわああああああ……」


 泣き出す。

 アセルスだ。

 いきなり青い瞳の奥から、ポロポロと涙を流し始めた。


 この反応に、ディッシュもギギも驚く。

 横のウォンも首を傾げていた。


「あ゛、あ゛でぃがどお! あ゛でぃがどおおおおお!!」


 とにかく「ありがとう」と連呼を始めた。

 終いには、膝を突き、さらに頭を下げる始末だ。


 先ほどまで剣を構えた聖騎士の姿はなく、ただ感謝の言葉を述べながら、頭を下げる女騎士の姿があった。


「お、おい……(若干引いてる)。そこまで泣くことないだろ」


「だ、だって……。ギギが、ギギがいなかっだら……。ディッじュがいなかったじ」


「ま、まあ、そうだな」


「おいじい料理も食べられなかっだじ」


「お前、実はそっちの方が重要だと思ってるだろ」


「わ、わたじとディッじュが会うこどもなかっだぢ。だから、だから……ありがどぉおぉおおぉおぉおお!!」


 アセルスは頭を下げる。

 最初、戸惑っていたディッシュが、アセルスの言葉を聞いて、笑った。


 頭を下げるアセルスに手を差し伸べる。

 そっと頭を撫でた。


「だな……。ギギがいなかったら、俺もアセルスに飯を食わせることができなかったな。ありがとな、ギギ」


『ぎぎっ!』


 1匹、ぽかんとしていたギギだったが、ディッシュの笑みを見て、とにかく事態が終息したことを悟る。

 どういたしまして、とばかりに声を上げた。


「し、しかし――」


 アセルスはようやく顔を上げる。

 涙を拭いながら、ディッシュは尋ねた。


「ゴブリンが人を助けるなんて、そんなことがあるのか? いや、ディッシュの話が信じられないというわけではないのだが」


 長いこと山を主戦場として戦ってきたアセルスにとっても、初めて聞く類いの話だった。


 ゴブリンの大きな特徴は、他の魔獣と比べて知恵が回るということだろう。

 簡単な石器ぐらいなら作れてしまう。

 魔乳酒を作ったというのも、頷けてしまうほどに賢しいのだ。


 力こそ弱く、スライムと並ぶ雑魚魔獣であるが、油断はできない。

 現に年に数人だが、ゴブリンに襲撃されて、命を落とす冒険者は存在する。

 危険な魔獣が、人間を助けるとは思えなかった。


 すると、ディッシュは蓬髪を掻く。

 若干頬を赤くして、照れていた。


「それはな。実は――」


 ディッシュは事情を話す。

 途端、アセルスは目を剥いた。



「でぃ、ディッシュをゴブリンと間違えた!!」



 アセルスは素っ頓狂な声を上げた。


 なははは、ディッシュは照れ笑いを浮かべる。


「当時の俺はゴブリンと背格好が同じぐらいだったし、その肌もな――」


 山中を駆けずり回り、泥と汗にまみれ、ゴブリンみたいな色になっていたのだという。


 そうとも知らずに、ギギはディッシュを介抱したのだ――いや、介抱してしまったのだ。


「それにゴブリンってのは、滅多に人を襲わない。そもそもこいつらは、強い縄張り意識を持っていてな。自分たちの縄張りに入ってきたら、人だろうと魔獣だろうと襲いかかる習性をもっているんだ」


 山というのは決して人のものではない。

 そもそも、山はそこに棲息する魔獣や野生動物のものだ。

 むしろ、人間の方が山の中で異物なのである。


「とはいえ、そこに住んでる俺は、山で1番の侵略者なんだけどな」


 悪びれることなく、ディッシュはにしし、と笑みを見せる。


「まあ、それから色々あってよ。簡単にいうと、俺がギギに飯をご馳走したんだ」


「ゴブリンがディッシュの料理を食べたのか?!」


「最初はすげぇ嫌がられたぜ。弓とか射かけられたりしてよ。でも、何度も飯を持っていったんだ。最後にはギギも根負けしてよ、とうとう俺の料理を食ったんだ」


「そ、それは――」


 アセルスにはギギの気持ちが痛いほどわかった。


 自分も同じ経験があったからだ。

 ディッシュの料理を見て、初めは侮っていた。

 けれど、魔獣の肉とは思えない味に魅了され、最後は我慢できずに食べてしまった。


 きっとギギも同じ気持ちだったのだろう。

 いくら魔獣でも、あの香りと見た目には抗えなかったようだ。


 つまりは、ディッシュは魔獣を料理で屈服させたということである。


「それから意気投合したというわけか」


「ああ……。ギギは凄いんだぜ! 料理を作れるゴブリンだからな」


「な! ゴブリンが料理をするのか?」


 いや、確かに魔乳酒を作れるのだ。

 料理ぐらいはするかもしれない。

 だが、想像が付かなかった。

 魔乳酒がおいしかったが、果たしてゴブリンが作る料理とは、どんなものだろうか?


「にししし……。アセルス、興味あるか?」


「むっ……。いや、しかし――」


「涎が垂れてるぞ」


「え? あれ?」


 慌てて、アセルスが涎を拭う。

 すると――。


 ぐおおおおおおお……。


 いつもの腹音を響かせた。

 初めて聞いたギギは目を広げる。

 竜が来たのかと勘違いし、再びディッシュの背中の裏に隠れた。


 当のアセルスはというと、苦笑いを浮かべ、お腹をさする。


 思えば、ディッシュの家のベッドから起き上がった後、軽い食事をしただけで、何も食べていなかったことを思い出す。


「身体は正直みたいだな」


「うっ……。しかし、ギギの前で言うのもなんだが……。うまいのか? ゴブリンの料理は?」


「それは食べてからの楽しみだ」


「むむっ……。わかった、一皿いただこう」


「毎度あり。ギギ、注文が入ったぜ。例のアレを、アセルスに振る舞ってやれよ。お近づきの印にな」


『ぎぎ!!』


 ギギは人間のように敬礼する。

 元々ノリのいいゴブリンらしい。


 早速、調理に取りかかる。


 ディッシュは火焚きの準備をし、ギギは穴蔵から材料を持ってきた。


 何か珍しい魔獣の食材が出てくるのかと思った違う。

 玉蜀黍(ヤクーテ)に、馬鈴薯、デンプン粉。

 あとは壺に入った謎の液体である。


「これは?」


 アセルスは壺をのぞき込む。

 すると、中に何か骨のようなものが入ってきた。

 大きさからして鳥だろう。


「鶏ガラで取った出汁だな。これを料理に練り込むんだ」


「意外と凝ってるのだな」


「そうでもねぇよ。簡単だけど、めちゃくちゃうまいぞ、ゴブリン料理は」


 にししし、とディッシュは笑う。

 ぺろりと舌を出した。

 どうやら、ディッシュも楽しみらしい。


 ギギは材料を木の上に置く。

 どうやらまな板代わりに使っているらしい。


 初めに俎上に載せたのは、馬鈴薯だった。

 包丁でも持ち出すのかと思ったが、そうではない。

 出てきたのは石で出来た鎚だった。

 思いっきり馬鈴薯に叩き潰す。


 ガンッ!


 荒っぽい音がした。

 アセルスは思わず背筋を伸ばす。

 側にいたウォンも、およそ料理をしていたら聞かない音に目を丸くしていた。


 馬鈴薯が潰れ、ぺしゃんこになる。

 それを武骨な形の鉢の中に入れた。

 鎚の柄でゴリゴリとかき混ぜる。

 ペースト状にすると、団子のようにこね、両手を使って水分を抜いた。


 それを再び鉢の中に入れる。

 玉蜀黍(ヤクーテ)の子実を削り取り、デンプン粉と一緒に鉢の中に投入すると、グルグルと混ぜ合わせた。


「おお……」


 アセルスはここに来て反応する。

 潰れてもっちりとした馬鈴薯。

 黄金色に輝く玉蜀黍(ヤクーテ)

 その2つの間にお邪魔したデンプン粉と鶏ガラスープ。


 最初は一体何を食べさせられるのかと思ったが……。


「もしかして、粉物か……」


 貴族風にいえば、焼き菓子の一種だ。

 食料が乏しい辺境などでは、主食として好まれるのが、芋など練り状にして焼いた粉物といわれる食べ物である。


「アセルス、食べたことがあるのか?」


「ああ。昔よく食べてたし、今でも時々キャリルに作ってもらうぞ」


「そうか。楽しみにしてろよ」


 ディッシュに言われるまでもない。

 すでにアセルスの身体は反応していた。

 そして、その練り状になった馬鈴薯が、油を張った鍋に投入されると、激しく反応する。


 じゅわわわわわわわわわわっっっっっ!!


 小気味良い油の跳ねる音。

 さらに香ばしい素朴な香り。

 確かに高級な食材からほど遠いかもしれない。

 だが、高級食材もシンプルでいて、お腹を直撃してくる香りを出すことはできないこともある。


 複雑ではない。

 単純であるからこそ満足できるものもあるのだ。


 片面を焼くと、ギギは巧みな鍋捌きでひっくり返す。

 すると、小さな子どもの手の平サイズの練り状が、淡い狐色に染まっていた。

 香ばしい匂いが、アセルスの鼻を直打する。


「はうぅぅぅぅううぅぅうぅぅうぅ!!」


 辛抱たまらん……。


 こういうシンプルな料理こそ悩ましい。

 ディッシュの料理は食べてみないとわからない料理が多い。

 だが、この粉物はなまじ味を知っているだけに、激しくアセルスの腹を揺り動かした。


 いよいよ皿に上げられる。


『ぎぎっ!!』


 ギギは吠えた。



 ゴブリン焼きの出来上がりだ!



 と言っているように、アセルスには聞こえた。


感想いつもありがとうございます!

ちょっと返せていないのですが、今の書籍化作業が終わり次第、

ちょこちょこ返そうと思っておりますので、今しばらくお待ち下さい。


早くも来週コミカライズ版が更新されます。

こちらもお楽しみに!

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