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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第4章
107/209

menu99 新たな料理人!

本日は、料理回ではありませんが、

コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』の配信日になっております

是非、お召し上がり下さい!

 魔乳酒を作ったヤツのところに会いに行く。


 ディッシュは確かにそう言った。

 しかし、向かった先は人里でも街でもない。

 山奥だった。


 当然といえば、当然かもしれない。


 魔乳酒の材料は、魔獣バイコーンの乳である。

 魔獣を珍味などではなく、食材として扱ったのは、ディッシュ以外にアセルスは知らない。


 だが、今回の魔乳酒に関しては、ディッシュは誰かに教わったといった。


 つまり、ディッシュ以外にも魔獣の一部を食材として扱うものがいるということである。


 そんな人間が人里に住んでいるとは思えない。

 むしろ、山の中という方がしっくり来る。


 しかし、アセルスは心配していた。


 山は魔獣の巣窟であると同時に、犯罪者が逃げ込む場所でもある。

 街や村で手配された犯罪者が住んでいてもおかしくはない。

 そういう人間とディッシュが知り合いならば、聖騎士としてその付き合いを正さなければならない。


「(いや、それは違うな……)」


 親友として……。

 大切な友人として、ディッシュを誤った方向に行かせる訳にはいかなかった。


 不測の事態があれば、斬って捨てることもあるだろう。

 アセルスはひっそりと武具を確認した。


 心配するアセルスをよそに、ディッシュはどんどん山奥へと入っていく。

 すると、つと足を止めた。

 突然しゃがみ込む。

 そこはぬかるんだ泥の地帯だった。


 アセルスは首を出して、ディッシュが見ているものを探る。


 それは足跡だった。

 人間のものと似ているが、小さい。

 5、6歳ぐらいだろうか。

 だが、子どもがこんな山奥にいるとは考えにくい。


「(む? この足跡は?!)」


 アセルスには見覚えがあった。

 覚えがあったからこそ、首を傾げる。

 まさか――と冷や汗を垂らす。


 そのままディッシュは足跡に導かれるように、再び山奥へと分け入った。


 雑木を掻き分けたが、鼠や狐など多くの足跡がある。

 おそらく獣道なのだろう。


 ディッシュは、その獣道で時々立ち止まっては辺りをうかがい、また歩き出す。

 それを何度か繰り返した。


「ディッシュ、その御仁がいる場所はまだ遠いのか?」


「いや、近くにいるとは思うんだがな。俺が知ってるねぐらは引き払ったみたいだ」


「引き払った……。移動しているということか?」


「度々引っ越しするんだよ、そいつは」


 なるほど。


 アセルスは頷く。

 そして彼女の中の疑念がさらに膨らんだ。

 山の中で、転々と移動しているということだろう。

 つまり、アジトを発見しにくくするためと考えて間違いない。


「あ。そうだ、アセルス」


 ディッシュは雑木を掻き分け、前に進みながらいった。


「出来れば、そいつの前ではその剣を抜かないでほしいんだ」


「剣を抜かないでほしい」


「そいつは、ちとデリケートっていうか……。まあ、見たらお前が驚くっていうか……。とにかく、俺を信じてくれないか」


 珍しくディッシュの言葉が曖昧だ。

 いつもは清々しいほどマイペースなディッシュが、気を遣って喋っている。


 やはり怪しい……。


「(もしや、ディッシュはその者に弱みを握られているのか)」


 あり得る。

 ここまでディッシュに気を遣わせるのだ。

 アセルスはギュッと鞘を握る。

 怒りを滲ませた。


 ディッシュにどういう事情があるかはわからない。


 でも、その者が悪に手を染め、ディッシュがかばっているのだとしたら。

 その凶行を親友として、止めなければならないだろう。


 アセルスは闘気を巡らす。

 自然と目がキツくなり、険しい表情を浮かべた。


「止まれ!」


 突然、ディッシュは声を上げる。

 アセルスはつんのめると、後ろを歩いていたウォンに後ろ襟を捕まえられる。

 危なく転ぶところだった。


 ふう、と胸を撫で下ろすと、ディッシュが地面を指差しているのを見つける。


 そこには原始的ながら獲物を捕る罠があった。


 珍しい。

 山麓付近ならまだわかるが、山奥にこんな罠を見つけるなんて思わなかった。


「ディッシュが設置したのか?」


「いいや。俺ならもっと『長老』の近くに設置する。こんな山奥で設置したら、獲物を持って帰るのに一苦労だからな」


「確かに……。では――」


「おそらく魔乳酒を作ったヤツだ。良かった。意外と近くにいたぞ」


 ディッシュの顔が綻ぶ。

 逆にアセルスの表情は一層硬くなった。

 それをディッシュに見つけられる。


「どうした、アセルス? なんか顔が怖いぞ」


「い、いや、そんなことは……」


「なんか初めて会った時のアセルス見てぇだな。こう目をつんと尖らせてよ」


 ディッシュは目尻を押さえて引っ張る。


「わ、わたしはそんな顔などしてない」


「そうか。あの時のアセルスはおっかなかったぜ」


「だ、だってディッシュが魔獣を食べるとか言い出すから」


「俺はアセルスがおいしそうにご飯食べてる時の笑顔が好きだ。大丈夫、心配いらねぇよ」


「すすすすすすすす、好き?」


「ん? どうした?」


「いややややややや、なんでもない!」


 アセルスは思わず顔を背ける。

 真っ赤になった頬を手で冷却しようとしたが、手の平まで熱くなっていた。


 まさかディッシュの口から「好き」という言葉が飛び出すとは思わなかった。

 いきなりの先制攻撃に、歴戦の聖騎士も動揺せずにはいられない。

 今すぐ地面に寝っ転がり、顔の腫れが引くまでゴロゴロしたい衝動を抑え、アセルスは振り返った。


 ふと先ほどのディッシュの最後の言葉が気になる。


『大丈夫、心配いらねぇよ』


 どうやらディッシュはアセルスの変化に気付いていたらしい。


「(ここはディッシュを信じるとするか?)」


 親友のために悪を切るのも道理。

 けれど、親友を信じることも人の道だ。

 何が起こっても、まず受け入れる。

 それが肝要だと、ディッシュの顔を見ながら、アセルスは決意した。


 やがて開けた場所に出る。

 目の前には崖がそびえていた。

 崖の下には、穴蔵がある。

 子ども1人通れるかといったところだろう。


 アセルスは目を細めた。

 そして、足跡を見た時のこと思い出す。


「(やはり――――)」


 アセルスは前言を撤回して、警戒する。

 ウォンも匂いで気付いたのだろう。

 やや鼻の上に皺を作り、「う~」と低く唸り始める。


 一方、ディッシュは無警戒に穴蔵に近づいていった。


 「ディッシュ、危ないぞ」と警告する前に、当人は穴蔵に向かって大声を張り上げていた。


「おーい! ギギ! いるんだろ!!」


 思いっきり穴蔵の中で、ディッシュの声が反響する。

 その行動に、アセルスは「あっ」と口を開けて固まった。

 もし、自分の推理が正しければ、その行動はある意味自殺行為に等しい。


 直後、穴蔵に一対の光が灯る。

 ユラユラと揺れながら、徐々にその小さな体躯が現れた。


 血色の悪そうな緑色の肌。

 禿頭の頭に、やや凹んだ赤色の瞳。

 手足は細く、下腹部に腰蓑を纏っている。


 明らかに人ではない。

 獣人ですらなかった。


「や、やはり……」


 アセルスは息を呑む。



 ご、ゴブリンではないか!



 思わず腰を抜かしそうだった。

 予想はしていたが、それでも驚かずにはいられない。

 何故なら、ゴブリンの手には木のカップがあったからだ。

 そこになみなみと注がれていたのは、先ほどアセルスが飲んだ魔乳酒だった。


「でぃ、ディッシュ。もしや――」


「ああ。そうだ」


 ディッシュはゴブリンの肩に手を置く。

 仲睦まじい様子を見せつけると、アセルスに紹介した。


「こいつが魔乳酒を作ったゴブリン――ギギだ」


『ぎぎぃ!』


 そしてギギは吠声なのか、自己紹介なのかわからないトーンで、声を上げるのだった。


ライバル登場か!?

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