menu98 魔乳酒は恋の味
今回のお話は、とある経営者のお話にインスパイアされて、
書いてみました。
今日もどうぞ召し上がれ!
「むぅ!!」
風邪のせいで重たげだったアセルスの瞼が、カッと持ち上がる。
甘酸っぱい!
だが、とても新鮮な味だ。
砂糖の甘さとも、檸檬の酸味ともまた違う。
さらに牛乳のようなまろやかさがあり、それでいてのど越しはすっきりしていた。
酸っぱさとともに、氷で冷やされた謎の液体が身体に染み込んでいくのがわかる。
火照った身体が冷えていった。
「うまいか、アセルス?」
「う、うまい! もっと飲ませてくれ、ディッシュ」
「そうか」
料理人にとって何よりの勲章を聞いたディッシュは、にししと笑う。
そして、どこかホッとした様子で、胸を撫で下ろした。
アセルスのことを心配していたのだろう。
ディッシュはコップにスプーンを沈める。
その皿の上に謎の液体を注ぎ、アセルスに近づけた。
「あーん」
「あーん」
ちゅるちゅる……。
「はい。あーん」
「あーん」
ちゅるちゅる……。
アセルスは素直に口を開け、液体を啜る。
最初は恥ずかしいと思っていたが、段々何か癖になっていた。
というより、謎の液体のおいしさで、そんなことはどうでもよくなっていたのだ。
二口目をゆっくりと舌の上で転がすように味わう。
甘酸っぱい味が口の中に広がっていった。
よく冷えた謎の液体によって、キュッと血管が閉まるようだ。
まろやかな舌触りは優しく、独特な匂いは何か郷愁のようなものを感じる。
何かに似ていた。
ああ……。そうだ。
これは――。
恋の味だ……。
陶酔するアセルス。
もうこの時、自分が風邪を引いていたことなど当に忘れていた。
ただ胸の中にしまった甘酸っぱい恋の心を思い出す。
ふと瞼を開ける。
目の前に蓬髪を揺らしたディッシュの顔があった。
ふと視線が合う。
黒と青の目が混じり合った。
お互い息を呑む。
頬を赤くする。
それはアセルスだけではない。
ディッシュも一緒だった。
「…………」
「…………」
ちょっと妙な雰囲気になる。
だけど、アセルスは「珍しい」と思っていた。
いつもなら屈託のない笑顔を向けるディッシュが、珍しく頬を赤くして反応したのだ。
「(ディッシュも恥ずかしいのだろうか。いや……で、でも、今のは?)」
反応が気になった。
アセルスは勇気を振り絞り、ディッシュに質問しようとする。
「ディ――――」
「うぉん!」
だが、アセルスの言葉は1つの吠声で吹き消してしまった。
家の入口を見る。
ウォンが鼻先を突っ込み、こちらに視線を送っていた。
うぉん、ともう1度吠える。
耳と尻尾を倒し、目をうるうるさせていた。
どうやら、アセルスが心配だったのは、ディッシュだけではなかったらしい。
「心配するな、ウォン。アセルスは元気だぞ」
「うぉん!」
良かった、という風に元気よく吠える。
息を荒くし、ようやく尻尾を振り始めた。
嬉しそうなウォンを見ながら、ホッと息を吐く。
とにかく先ほどの質問は胸にしまって置くことにした。
「ウォン、ありがとう」
「うぉん!」
また一際大きな声で吠える。
今度は激励の吠声らしい。
アセルスはディッシュに向き直る。
顔を見ると、すっかり赤みがなくなっていた。
元のディッシュに戻っている。
「なあ、ディッシュ」
「なんだ?」
「この謎の液体は一体なんなのだ?」
アセルスは質問した。
ディッシュの顔のことも気になったが、やはり液体についても気になる。
今までアセルスが食べてきたものの中にはない味だ。
ゼロスキルの料理には、ありがちなことではあるのだが……。
「ああ……。これはなあ」
その時のディッシュの顔も印象的だった。
いつもなら、ちょっと自慢げに料理を紹介するのに、少し不機嫌そうだったのだ。
テーブルに置いた謎の液体の原液を見つめながら、こう言った。
「あれはな。バイコーンの乳だ……」
「え?」
…………。
…………。
「バイコーンの乳ぃぃぃいいぃぃぃぃいいぃいぃいぃいいぃいぃ!!」
アセルスは絶叫した。
入口に鼻先を突っ込んだウォンも、目を丸くして驚いてる。
「バ、ババババババイコーンってあれか? 魔獣の?」
「ああ。その乳を日に数度攪拌しながら、寝かせて作ったのが……」
魔乳酒だ!
「魔乳酒! これはお酒なのか? ていうか、魔獣とは言え動物の乳を寝かせて、腐ったりはしないのか?」
「牛乳だと腐っちまうだろうな。けど、これは魔獣の乳――魔獣乳だ。通常の動物とは違って、腐らねぇんだよ」
「いや、でも魔獣の肉はすぐに腐ってしまうではないか?」
「魔獣乳は幼体の魔獣を育てるためのものだ。そこには高密度の魔力が含まれている。いわば、その白い液体は魔力の塊なんだ」
「魔力の塊……」
アセルスはごくりと息を呑む。
魔力の塊と聞いて、思い出すのはエーテルだ。
各種魔草を水に溶かして作る魔力回復薬も、いわば魔力の塊だろう。
だが、ディッシュが提供した魔乳酒は、それよりも濃いように思えた。
ディッシュの説明は続く。
「高密度の魔力の塊だから、臭くないだろ」
「そういえば……」
牛乳などが腐ると、えも言えぬ臭いがするのは周知の通りだ。
しかし、魔乳酒にはそうした臭気は一切無かった。
「高密度の魔力の塊だから、臭気を放つ菌や肉体に対して有害な菌は死滅してしまうんだ。逆に身体に有用な菌は増殖する。もうそろそろ身体の方がよくなってきたんじゃないか?」
「え? あれ? そういえば……」
アセルスは身体をぐりぐりと動かす。
「身体が軽い。先ほどまでのだるさが嘘のようだ」
「だろ? これを飲めば大概の病気は治っちまう。風邪ならすぐだ」
「すごい!」
アセルスは感嘆の声を上げた。
それはもはや、霊薬や神の甘露といった伝説級の薬に比肩するほどの妙薬といってもいいだろう。
魔導士でもなければ、学者でもない。
スキルを持たない青年が、そんな薬の作り方を知っていることに驚いた。
「さすがはディッシュだな。よく気付いたな。そんな魔乳酒の作り方……。私なら魔獣の乳を使おうなんて考えもしないぞ」
「…………」
あれ?
アセルスは首を傾げる。
まただ。
普段はニコニコしているディッシュが、一瞬顔を曇らせたのだ。
「ディッシュ、何か今日のお前はおかしいぞ。こんなに素晴らしい料理というか、薬を作ったのに……。嬉しくないのか?」
「それはな」
「ああ……。何か理由を話してくれ」
実は……。
「それを作ったのは、俺じゃないんだよ」
「え?」
「興味あるか、アセルス? その魔乳酒を作ったヤツに……」
すると、ディッシュはようやく笑みを浮かべた。
何かちょっと嫌らしい感じで、にひひひ、と声を上げる。
アセルスは思わず息を呑んだ。
少しだけ考えたが、うんと頷く。
こんなに素晴らしい薬を作る御仁だ。
きっと立派な学者か誰かなのだろう。
それにもし、これが世に広まれば、病気で困っている人を助けることができるかもしれない。
「会いたい! 会わせてくれ、ディッシュ」
そういうと、ディッシュは少し考え込んだ。
「ま――。アセルスなら大丈夫か……。わかった。俺も久しぶりに会いたいし」
行こう……。魔乳酒を作ったヤツのところへ……。
新作『隣に住む学校一の美少女にオレの胃袋が掴まれている件(なおオレは彼女のハートを掴んでいる模様)』について、たくさんの方が読みに来てくださり、ありがとうございます。
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