menu96 星の河を食べてみたい
ヤングエースUPの応援ランキングで、
コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』がベスト5に入りました!
やった! 応援いただいた方ありがとうございます!
というわけで、歓喜の更新です!
今日も是非召し上がれ!!
「ふぅ……」
アセルスは一息ついた。
大きく膨らんだ腹をベンッと叩く。
もちろん中身は、ディッシュの料理だ。
最後に口元に付いた油をペロリと舐め取った。
満足だ。
いつもディッシュの料理には驚かせられ、その都度お腹が膨らむほど食べてしまうアセルスだが、今日の料理は格別だった。
1品目はカトブレパスの生肉を細切りにし、大蒜とネギ、さらにアラーニェの偽卵で和えたシンプルな料理だ。
濃厚なアラーニェの偽卵に絡んだカトブレパスの肉の旨みは、控えめに言っても最高だった。
特筆すべきは歯応えだろう。
コリコリと頭頂まで響き渡る音が、噛むことの楽しさを教えてくれた。
喉越しもよく、最後は麺のように啜って食べた。
次に出てきたのが、ダイダラボッチとカトブレパスの肉の魔王風味だ。
その名の通り、禍々しい黒のソースに彩られた2種類の肉は、とにかく重厚でいて、荘厳であった。
ダイダラボッチの肉のしっとりとして、クリーミーな味わい。
カトブレパスのヒレ肉は、その厚みを物ともしないほど柔らかく、じわりと滲み出てくる旨み。
2つの味が一体となり、口の中に独特の風味を残して、消えて行く。
その食感はあまりに不可思議。
肉の幽霊を食べているかのようだった。
最後に出てきたのは、ダイダラボッチの肉とゴーストラディッシュの魔骨風味だ。
魔骨スープについては説明は不要だろう。
濃厚なスープの中に長時間煮詰められたゴーストラディッシュ。
そこに添えられたダイダラボッチと、かかったソースには、スライムのジャムが使われていた。
食べた瞬間、驚くほど多種多様な味が襲いかかる。
ダイダラボッチのとろりとした味わい。
そこに容赦なく降ってくるゴーストラディッシュの水気。
旨みの塊たる魔骨スープ。
ブルーベリーの酸味と、醤油の甘塩っぱさ。
スライムジャムの独特な甘みと、苦み。
それらは今も、アセルスの舌に残り、強い陶酔感を与え続けている。
うまい……。
その一言に尽きる。
同時に、これ以上のうまいがあるのだろうか。
そんな少し贅沢な悩みが生まれる。
でも、きっとディッシュならやりきるはず。
アセルスはそう信じたかった。
しかし、直後アセルスは首を捻る。
するとディッシュが声をかけてきた。
「どうした、アセルス?」
「うん。ディッシュ、今日の料理もおいしかったぞ」
「そうか。それは良かった」
「おいしかった。おいしかったのだが……」
「ん?」
「何かいつものディッシュの料理とは違うような気がした」
「違う?」
アセルスもうまく言葉にできない。
だが、決して後ろ向きな考えではなかった。
むしろ逆だ。
いつもの料理が1だとすれば、今回の料理は2、いや5の料理だろう。
有り体にいえば、普段ディッシュが出してくれる料理よりも、数段おいしかったのである。
ディッシュの料理は、素朴だ。
素材の味をいじらず、それを生かした料理である。
故に複雑な工程はなく、とても純粋な味の表現ができている。
だが、今回は違う。
料理行程はともかくとして、とても味が複雑だ。
それを見事「うまい」に昇華しているのは見事というより他ない。
それは食材そのものが、複雑であったことに起因しているのだが、それを大胆に使いこなしたディッシュを褒めるべきだろう。
ディッシュの料理が変わろうとしている。
羽化の瞬間を見るような料理だったような気がした。
それにダイダラボッチとゴーストラディッシュの魔骨風味を食べた時の――あの風景……。
抽象的ではない。
具体的なイメージとして、アセルスに伝わった。
そこにも進化が見られたと考えていいだろう。
「腕を上げたの、ディッシュ」
唐突にゼーナムは言い放つ。
こちらも膨らんだお腹をさすり、木に幹に横たわって、食休みをしている。
「おそらくダイダラボッチを扱ったことによって、お前の料理は1つ上の次元へと向かったのだろう」
「次元っていってもな。俺にはなんの実感もないんだけど」
ディッシュはモフモフになったウォンの腹に頭を載せて休んでいた。
神獣も満足したらしい。
地面に寝そべり、うつらうつらと瞼をしきりに動かしている。
「具体的にいうなら、ステータスアップというヤツだな」
「ステータスアップ!」
素っ頓狂な声を上げたのは、アセルスだった。
スキルを持つものなら、誰しも基礎能力を数値化した数字を持っている。
それは己の経験や鍛錬によって、成長が可能だ。
しかし――。
「ディッシュはゼロスキルだろ? ステータスの恩恵は、スキルを持つものだけではないのか?」
「ふむ。物は試しだ。どれ【鑑定】してみせるか?」
「ゼーナム、お前【鑑定】が使えるのか?」
【鑑定】とはステータスの数値を見ることができる能力だ。
まさか魔王ゼーナムが、人のスキルの1つである能力を行使できるとは、アセルスは予想も付かなかった。
「わしを誰だと思っておる。魔王ゼーナムだぞ。人間がやれることぐらい、わしでもできるわい。そもそもお前達のスキルとは――――」
何かを言いかけて、ゼーナムは口を開けたまま固まった。
すると、ゆっくりと閉じる。
やや興奮気味に振り上げた手を下ろした。
「な、なんだ? どうした、ゼーナム」
「なんでもない。それよりもディッシュ、わしの方に身体を向けよ」
「お、おう」
いつになく真剣なゼーナムを見て、ディッシュは大人しく指示に従う。
そっとディッシュの腹に、直接手を置いた。
「あひゃひゃひゃひゃ!」
「な、何を笑っておる。集中できないではないか」
「仕方ないだろ。くすぐったいんだから」
「我慢しろ。すぐ終わる」
宣言通り、ゼーナムの作業はすぐに済んだ。
軽くディッシュのお腹に触れた後、手を離した。
ふむ、と軽く首を傾げる。
アセルスはごくりと喉を鳴らし、答えを待った。
「ゼーナム、どうだった?」
「それがのぅ」
「それが……」
「わからん」
ズッゴォオオオオオオオ!!
アセルスは盛大にずっこける。
先ほど、水浴びならぬ、ウォン浴びしてきたばかりなのに、顔が泥だらけになってしまった。
その顔を見ながら、常にマイペースなディッシュは、指を差して笑っている。
服の袖で拭いながら、アセルスはゼーナムに尋ねる。
「もったいぶった割りに『わからん』とはどういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。わからんものはわからん。ただ――」
「ただ――」
突如、魔王ゼーナムは神妙な表情を浮かべる。
今一度、ディッシュに向き直った。
「ディッシュよ。お主は、正確にいえばゼロスキルではない」
「え?」
「うぉん?」
「どどどどどどどどういうことだ、ゼーナム?」
ディッシュとウォンが目を丸くする横で、アセルスは本人たち以上に狼狽していた。
「スキルというのはな。そもそも観測して初めて知るものだ。スキル【鑑定】がその最たる例であろう。つまり、ディッシュのスキルは【鑑定】では観測不可能だということだ」
「ゼーナム、お前でも無理だということか?」
「わしを誰だと思っておる。魔王ゼーナムだぞ。それぐらい朝飯前じゃ」
「じゃ、じゃあ! ディッシュにスキルを教えてやってくれ。そうすれば、ディッシュは山で生活しなくても――――」
いい、と言おうとして、今度はアセルスが口を噤んだ。
確かにスキルがあれば、ディッシュは白い目で見られなくて済む。
気兼ねすることなく、街で暮らすこともできるだろう。
だからといって、ディッシュはその時山を捨てるだろうか。
いや、答えは否だ。
でも、知りたい。
ディッシュのスキルを。
何より、ディッシュのことだから余計に知りたいのだ。
アセルスは、ディッシュのことが……。
「アセルス……。俺は別に自分のスキルがなんだって別にいいぜ」
「し、しかしディッシュ……」
「スキルがあろうとなかろうと、俺がやることは1つだけだ」
この山の中で、最高においしいものを作る。
「たとえ、俺のスキルがわかっても、俺は俺の生き方を曲げることはねぇよ」
ディッシュの顔には充足感があった。
その表情に一片の負の感情も含まれていない。
瞳の芯は揺るがず、真っ直ぐアセルスを捉えている。
アセルスは頬を染めた。
ディッシュに見つめられたからではない。
ただただ己が恥ずかしかった。
ディッシュが好きだからといって、その人が知らないことを知ろうとしたからだ。
それが抑えが効かなくなった乙女心だとしても、許されるものではない。
ディッシュのスキルは、ディッシュ自身の口から語られるべきことなのだ。
「すまん、ディッシュ。私は私が思うほど、思い上がっていたらしい」
「別にいいよ。俺も知りたくないっていえば、ウソになるしな。でも、それは今、俺が望むことじゃない」
「なんじゃ。良いのか? わしならば、お主のスキルを暴露できるかもだぞ」
ゼーナムは2人の間に入り、声をかける。
おしゃぶりを加えたまま、ニッと歯を見せていた。
まるで人間をたぶらかす悪魔――いや、魔王だ。
ディッシュとアセルスは、ゼーナムに向き直る。
「無理にとはいわねぇよ」
「私もだ。私は今あるディッシュをただ受け止めるだけだ」
「なんじゃ、つまらん……。ま、といっても、無理なんじゃがな」
ぼとり……。
突然、音がした。
一瞬、何の音がわからなかったが、アセルスは地面に転がったものを見て、絶句する。
「これは……!!」
腕だ。
それも子どもの……。
「やはりか。木と泥で少しずつ形作ってきたこの身体も限界のようじゃな」
ゼーナムは腕を押さえた。
見ると、片腕を失っている。
地面に落ちた手は、ゼーナムの腕だった。
「そろそろお別れか、ゼーナム」
「お別れ?」
ディッシュが言い放った言葉を聞いて、アセルスは眉を顰める。
一方、ゼーナムは眉間に皺を寄せていた。
心なしか、息も荒い。
「ああ。また数年後といったところだろう」
「ど、どういうことだ?」
「タイムリミットじゃ、アセルス」
「タイムリミット?」
「わしは本来封印された身だ。それでも、封印のわずかな隙間から魔力を送り、時々こうして受肉して、現界しておるのだ」
事情を説明する。
アセルスはあまり魔法的なことはよく知らない。
魔法にも詳しいアリエステルなら、理解できただろうが、詳しいことはさっぱりだ。
しかし、ゼーナムが消えようとしていることだけは、なんとなく理解ができた。
事実、ゼーナムの肉体のあちこちに損傷が現れ始める。
まるでスプーンで削ぐように、ボトボトと肉がこそげ落ちていった。
「今回はちょっと早いんじゃないか、ゼーナム」
「少々暴れすぎたからな。だが、今回も楽しかった。ディッシュの料理もうまかったしな」
「そうか。そいつは良かった」
ディッシュはホッと胸を撫で下ろす。
客が満足したといってくれたのだ。
料理人としての責務を果たし、安心したのだろう。
一方、ゼーナムはアセルスの方を向く。
「さて、アセルスよ」
「う、うむ」
「お別れじゃ」
その一言に、不覚にもアセルスはじぃんとしてしまった。
目の前にいるは、魔王。
しかも相当ひねくれた悪ガキ坊主である。
だが、手のかかる子どもほど可愛いものだ。
お別れ、という言葉を聞いた瞬間、不意に目頭が熱くなった。
「水場でお主にいった言葉。努々忘れるでないぞ」
ゼーナムの言葉を聞いて、アセルスは慌てて目を擦った。
しゃんと背筋を伸ばし、力強く己の胸を叩いて誓う。
「任せてくれ!」
アセルスは気を張るように笑みを浮かべた。
それを見て、ゼーナムも笑う。
「なあ、どういうことだ?」
1人意味のわからないディッシュは、寄ってきたウォンの顎を撫でる。
ぽかんとゼーナムとアセルスのやりとりを見ていた。
「それは、いつかアセルスから聞くがよい」
では、さらばだ。
すとん……。
音を立て、ゼーナムはいなくなる。
そこにあったのは、木の破片と白い砂。
そして、おしゃぶりだった。
ディッシュはゼーナムが残したおしゃぶりを拾い上げる。
名残惜しそうに見つめながら、ディッシュはアセルスに尋ねた。
「なあ、アセルス。お前、ゼーナムに何をいわれたんだ」
「それは…………」
いっそ白状するか、と思ったが、そのアセルスの思考を遮ったのは、周囲の風景だった。
ゼーナムの魔力によって払われた闇が元に戻る。
すっかり辺りは闇に飲まれてしまった。
しかし、完全というわけではない。
自然とディッシュとアセルスの顔は、空を向いた。
全天を無数の星々が覆っていた。
綺麗な星の河が闇を削り取り、羊の乳のように広がっている。
万の宝石に勝る美しさに、アセルスは息を呑んだ。
ディッシュはそれを見ながら、呟いた。
「うまそうだな」
「ははは……。ディッシュには星すら食材に見えるんだな」
「そうだな。いつかきっと……。あの星を使って、うまい料理を作ってみたいな」
見上げるディッシュの横顔は本気だった。
アセルスにはわかる。
ゼロスキルの料理人は、本気であの空に浮かぶ星を食材にしたいと考えていることを……。
星を眺めながら、レシピを考えるディッシュを、アセルスはうっとりと見つめる。
ディッシュの瞳は、この幾万と輝く星よりも強く光っていた。
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