menu95 ダイダラボッチとゴーストラディッシュの魔骨風味
本日、コミカライズ版の『ゼロスキルの料理番』の2話が配信されております。
是非、そちらもお召し上がりください。
銀食器を構えながら、アセルスは涎を飲み込んだ。
ブルーベリーと醤油が混ざった漆黒のソースがかかるダイダラボッチの肉。
その台座ともいうべきポジションに収まったのは、ゴーストラディッシュである。
長時間、魔骨スープによって煮詰められたからだろう。
白き衣を纏いて、神々しく輝いていた。
まさに光と闇。
神と悪魔。
相反する2つの事象が、1枚の皿の中に表現されていた。
後光を感じる。
思わず手を合わせたくなるような姿だ。
アセルス、ウォンも、そしてゼーナムですら息を――いや、唾を呑んでいる。
聖騎士、神獣、魔王。
それぞれの世界において、トップを走る存在が、今まさにゼロスキルの料理人が生み出した皿の前に平伏しそうになっていた。
「ほ、本当に食べて良いだろうか?」
「くかかかか……。怖じ気づいたか、聖騎士よ」
「うぉん!」
「そそそ、そんなことはないぞ。だが、食べるのがもったいないほど美しいのだ、この料理は」
「ほう。それなりに美的感覚はあるようだな」
「魔王に褒められても、私は嬉しくないぞ」
「くかか……。だが、これはディッシュが作ってくれた料理だ。食べないわけにはいかない」
「わかっている」
アセルスは改めてナイフとフォークを構えた。
ウォンも大きく口を開ける。
ゼーナムは少しおしゃぶりの位置をずらし、準備を整えた。
そして3者は声を揃える。
いただきます!
アセルスはダイダラボッチの肉の上からナイフを入れる。
ダイダラボッチのプリッとした柔らかさは、もう語るまでもない。
次にナイフが捉えたのは、ゴーストラディッシュである。
これも柔らかい。
煮込み時間が長かったことは勿論だが、隠し包丁を入れたことによって、綺麗に切り分けることができる。
まるでホールのケーキを切り分けるように、4等分に分かれた。
だが、何よりも圧巻なのは、切った瞬間滲み出てくる汁である。
白い出汁が、ミルクのように溢れる。
それは、染みこんだ出汁だけではない。
おそらくゴーストラディッシュが元々持つ水分なのだろう。
シュッと汁が吹いた途端、ほんのりと野性味を残した香りが鼻腔を突く。
それが、かかっている白いものが魔骨スープだと思い出させてくれる。
もっといえば、そのスープを使った東方麺を、脳裏に蘇らせてしまった。
「はっ」
一瞬気を失っていたらしい。
ナイフを動かす手を止めてしまったアセルスは我に返る。
横を見ると、すでにウォンもゼーナムも実食に入っていた。
今にもひっくり返らん勢いで、身を反りながら、「うぉん」「うまい」と叫んでいる。
アセルスは4分の1に切ったゴーストラディッシュをフォークで突き刺す。
ダイダラボッチと同時に食べる前に、まずこの味を確認しておきたかった。
ゴーストラディッシュを口に運ぶ。
シュパァアァァアァアァンンンン!!
噛んだ瞬間、勢いよく汁が噴き出す。
アセルスは思わず――。
「熱ッッッッッッッッッ!!」
と叫んだ。
ほっく、ほっく、と口を動かす。
熱々なのを失念していた。
なんの準備もせずに挑んでしまったため、余計に熱く感じる。
火傷を避けるため、必死に舌を動かし、熱々のゴーストラディッシュから逃げ回った。
段々と熱さになれてくる。
すると、山の稜線から日の出の光が漏れるように、舌の上に味が染みこんできた。
「んんんんんんんんんん……!!」
アセルスは満足そうに頬を緩める。
一見、ゴーストラディッシュを魔骨スープに沈めただけのシンプルな料理だ。
故にシンプルにアセルスの舌を直撃してくる。
魔骨スープの豊かな味わいは言うまでもなく素晴らしい。
そこにゴーストラディッシュ特有の辛みが加わっている。
ピリッとした味は、魔骨スープと良いギャップを生んでいて、面白い。
2つの食材の味が、相乗効果を生みだし、評価の高い味になっていた。
柔らかい食感もいい。
噛んだ瞬間、ベルベットのように舌や歯を包んでくれる。
染み出した出汁と、ゴーストラディッシュの持つ水分が、噛んだ直後広がっていく感触もたまらなかった。
だし汁が持つ旨みと、ゴーストラディッシュが持つ旨みが合わさり、味に深いコクを与えている。
「さて……」
勿論、料理はここで終わりではない。
むしろここからが本番といっていいだろう。
今度は、ダイダラボッチの肉を載せて食べてみる。
はっきり言えば、味が想像つかない。
濃厚な牛酪を思わせるようなクリーミーなダイダラボッチ。
溢れんばかりの水分量と旨みを持つゴーストラディッシュ。
一体、どんな味になるのだろうか。
アセルスは恐る恐る口に近づけていった。
ぱくぅ……。
「むぅほほほほほほおおおおおおおおおお!!!!」
アセルスは爆発した火山の如く叫んだ。
なんと……。
なんと……。
なんと豊かな味なんだ。
ダイダラボッチが持つ濃厚なクリーミーさ。
ゴーストラディッシュから溢れる水気。
魔骨スープの底抜けの旨み。
ブルーベリーの酸味に、醤油の甘塩っぱさ。
そして、スライムジャムの独特の甘み。
他に数々の“味”を感じる。
味そのものを浴びているような感覚だ。
これだけの味が渾然一体となりながらも、決して喧嘩することなく、豊かな味を口の中いっぱいに響かせていた。
食べ、そして涙しながら、アセルスは「何故?」と首を傾げる。
答えたのは、ディッシュだった。
「それは多分、ダイダラボッチから出る油のせいだろうな」
そう……。
そうなのだ。
この味の中で、何よりも異彩を放っているのが、ダイダラボッチからしみ出した油だろう。
甘みとも旨みとも形容できない複雑な味。
この深いコクが、それぞれの味の干渉役となり料理全体を包み込んでいる。
ダイダラボッチの油が黒子となり、影ながらそれぞれの食材や調味料の良さを引き出していた。
面白いことに、黒子といいながら、その存在感は抜群だ。
特に舌に載った瞬間、ふわっとした風味は間違いなく、ダイダラボッチの油から来るものだろう。
「はっ!」
アセルスが顔を上げた時、そこは山の中ではない。
上品な調度品に、見たこともない光が薄暗い室内を包んでいる。
目の前に真っ白なテーブルクロス。
三つ叉に分かれた燭台が置かれ、3つの蝋燭の火が揺れている。
窓外は夜だった。
しかし、赤や黄、青、あるいは緑……。
不可思議な色が、闇の中でいくつも輝いている。
お城の尖塔の上にでもいるのだろうか。
ふと下を覗くと、赤い光が一定方向へ向かって流れていった。
そしてアセルスが着ているものも、武骨な戦装束などではない。
ワインレッドのドレスだった。
「これがゼロスキルの料理の世界……」
『異界の回線』。
ゼーナムが言った言葉が頭によぎる。
1人おののいていると、アセルスは気配に気付いた。
対面の席に誰かが座っている。
部屋が薄暗いせいか。
顔がよく見えない。
しかし、それはアセルスがよく知る人物のようにも見えた。
それは――――。
「ディッシュ!」
ハッとアセルスは我に返る。
顔を上げた時、偶然にもディッシュと目があった。
「あ、あ……」
顔が熱い。
ディッシュの瞳の中で、頬が赤くなっていく自分を見つける。
「どうした? アセルス?」
「いや、その――」
「気絶するほどうまかったか?」
にししし……。
ディッシュは無邪気に笑う。
その顔を見て、アセルスはホッとした。
ゼロスキルの料理の世界を見た時、ディッシュに近づいたというよりは、何か遠くへ行ったような気がしたからだ。
アセルスは息を整える。
満面の笑みを浮かべて、ディッシュに感想を言った。
「ああ……。うまかったぞ、ディッシュ」
アセルスの言葉を聞いた瞬間、ディッシュは歯を見せ子どものように笑うのだった。
2話目は書籍版限定のお話になっております。
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