menu93 スライムジャム
そう言えば、まだ出してなかったな、と思ったので、
使って見ました。
今日もどうぞ召し上がれ!
ディッシュがまず取り出したのは、先ほど捕まえたゴーストラディッシュだった。
すでに輪切りにされたゴーストラディッシュを俎上に載せる。
表面の皮を剥き、さらに角を丁寧に切り取った。
最後に、十字に切り込みを入れる。
その見たことのない動作に、アセルスは首を傾げた。
「ディッシュ、何をしているんだ?」
「ああ。隠し包丁ってヤツだ。味をしみ込みやすくするためにあらかじめ切っておくんだよ」
「それもディッシュが?」
「まあな。全然味が違うぜ」
ディッシュは得意げに笑う。
説明を聞きながら、アセルスは得心した。
確かにあらかじめ切り込みを入れておけば、切り口から味が染み込みやすくなるのは道理だ。
特にディッシュが今扱っているゴーストラディッシュのような一見大根に見える食材には、効果的だろう。
味が中まで染みこむと同時に、中まで火が通りやすくなる。
一石二鳥なのだ。
下準備が済むと、あらかじめ火を入れていた鍋の蓋を開けた。
ぼあっと白い湯気が立ち上る。
その瞬間、アセルスはくらりと目眩がした。
横のウォンも激しく息を繰り返し、魔王ゼーナムは口角を上げる。
現れたのは、白絹のようなスープだった。
「でぃ、ディッシュ! それは!?」
アセルスは尋ねたが、すでに答えは出ていた。
身体が懐かしさのあまり震えている。
胃がキュッと収縮したのを感じた。
野性味がありながら、ふわりと鼻腔を抜けていく香りはとても居心地がよい。
細胞レベルで反応している。
臭覚だけではない。
全身が歓喜していた。
「そうだ。アセルスの大好きな魔骨スープだよ」
「おおおおおおおお!!」
ぐおおおおおおお!!
自らの雄叫びとともに、お腹も反応する。
マジック・スケルトンの骨から出た出汁だ。
こういえば、とても禍々しく感じるだろうが、味そのものは清らかで優しい。
強い魔力を持つ魔族――その魔力から変換されたマジック・スケルトンの骨から取れた出汁は、牛骨や豚骨、魚のあらとは一線を画していた。
思わず唾を飲み込む。
鍋の中に張った魔骨スープを見て、今にも飛び込んでいきそうだった。
そのスープの中に、ディッシュは輪切りにしたゴーストラディッシュを入れる。
しばらくディッシュは煮始めた。
「さて……」
ディッシュは次の作業に取りかかる。
俎上に載せたのは、カトブレパスの肉だ。
選んだのは、脂肪分の少ないフィレ肉である。
闇が払われ、明るくなった世界でキラキラと宝石のような輝きを放っている。
何よりも、その柔らかさだ。
ディッシュがまな板に載せた瞬間、ぷるりと震える。
まるで、赤ん坊のお尻のようだ。
ディッシュは厚めにカットをすると、軽く熱した鍋に投入した。
じゅぅぅぅううぅううぅぅうううううぅううぅぅ!!
鍋からおいしそうな悲鳴が聞こえる。
漂ってくる芳醇な香りもたまらない。
この香りだけで、昇天してしまいそうだ。
肉から脂が染みだし、さらに鍋の中で暴れている。
火力はさほどではないのだが、じっくりと火が通っていくのが目に見えてわかった。
表面に適度な焼き目がついた時点で、ディッシュはカトブレパスのフィレを返す。
肉のおいしさと、生でも食べられることは、すでに証明されている。
ディッシュは表面を焼く程度にとどめた。
同時に、ディッシュはダイダラボッチの肉も焼き始める。
先ほどと同じく小麦をまぶし、こちらも同じく焼き目が付くとすぐにひっくり返す。
鍋の中に、あのとろっとした脂が滲み始めた。
豊かな香りが、肉の匂いが仲の良い恋人のように睦み合う。
そしてアセルスを直撃した。
ディッシュはダイダラボッチの肉が入った鍋を、火から遠ざける。
すると、小瓶を取り出した。
中に何やらどろっとした青紫色の物体が入っている。
「ディッシュ、それはなんだ?」
「ん? あ、そうか。アセルスにはまだ出してなかったな」
そう言って、ディッシュはコルクの栓を抜いた。
中身を見せる。
ふわりと漂ってきたのは、ブルーベリーの香りだ。
「もしかして、ジャムか?」
「当たりだ」
ブルーベリージャムは、ルーンルッドでは割とポピュラーなジャムだ。
アセルスも一目でジャムだとわかったが、ディッシュがわざわざ取り出すのだから、何か特別な調味料だと思ってしまった。
しかし、アセルスの勘は決して間違いではなかった。
「にしし……。俺が普通のジャムを作るわけねぇだろ。ブルーベリーはあくまで脇役だ」
「脇役?」
「味見してみろよ」
ディッシュはスプーンで掬い、アセルスに差し出す。
あーん、と口を開けると、ディッシュはアセルスの舌にジャムを載せた。
「あまぁぁぁああああいぃいぃいいぃいいぃ!!」
アセルスは絶叫する。
目尻が下がり、頬はトロトロになる。
それでも、おいしい匂いや味の集中砲火を受けても、アセルスの食いしん坊センサーはきちんと稼働していた。
砂糖とは違う上品な甘み。
そして甘みの中にかすかに感じる苦み……。
「これはもしかして、スライムか……?」
「当たり!」
スライムジャム(ブルーベリー味)だ!!
そう。
このジャムに使われているのは、砂糖ではなく、ゼロスキルの料理ではお馴染みのスライム飴だった。
加熱したブルーベリーに、スライム飴を加えたのである。
おかげで、普通に砂糖を入れるよりも、味がまろやかだ。
甘さにしつこくなく、これ単品だけでも食べれてしまいそうだった。
ディッシュは、スライムジャムを鍋に投入する。
さらに醤油を適量入れた。
ジュッと音を立て、ジャムの甘い匂いと香ばしい醤油の匂いが合わさる。
そこにダイダラボッチのふわりとした土の匂いが交わった。
鍋の中でも同じことが起きている。
ジャム、醤油、そしてダイダラボッチから染み出した脂が、混じり合っていく。
ディッシュは再び鍋を火にかけ、熱し、鍋の中でできあがったソースをダイダラボッチに絡めた。
ある程度、熱を加えると、焼いた肉の上に載せる。
皿に移すと、鍋に残ったソースを余すことなく注いだ。
ダイダラボッチの肉、そしてカトブレパスのフィレ肉。
2つの災害級魔獣の夢のコラボレーション。
そこに振りかけられたのは、なんと最弱の魔獣スライムのジャムを使ったソースだ。
間違いなく異色の取り合わせである。
一体、どんな味になっているのか、想像もできなかった。
「くかかかか……。2つの災害級魔獣の料理か。これはなかなか壮観な眺めではないか?」
その出来上がった料理におののくことなく、笑ったのは魔王ゼーナムである。
「この魔王が食べるにふさわしい。そうだのぅ。さながら、この料理は――」
ダイダラボッチとカトブレパスの魔王風とでも名付けておくか。
ここに魔王すら微笑む料理ができあがったのである。
いつの間にか、32,000pt突破してました。
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