表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
閑話 漆黒の月夜で孕んだモノ
92/167

第8話 裁く者と統べる者

 並ぶ。大小、様々な体格の者達が並ぶ。


 声高らかに、笑う領主の前に、その者たちは並ぶ。


 皆虚ろな目をして、しかしながらはっきりとした意志をもって、その者たちは前を見る。


 書を片手に、煌びやかなドレスのスカートの一部を切り裂いて、赤髪の魔法師はその者たちの前に立つ。


 書を持っていない方の手を前に。小さく彼女は何かを呟いて、光の弾を浮かべる。


「姐さん。わかってますよね」


「うん、大丈夫。殺しはしない」


 青髪の魔法師は、ラナ・レタリアは先に宝石が埋め込まれた杖を両手で持って、クルクルとそれを回した。杖は炎を纏い燃え盛る。


「ふはははは! どうやらそれなりに腕に自信があるらしい! 逃げもせんか!」


 領主ウルスドはただひたすらに笑う。その狂気すら感じる笑い声を、耳障りだと思わない者はいないだろう。


 晩餐会の会場は、並べられた机たちは今は全てひっくり返り、豪華な料理は地面にぶちまけられている。


「ここにいるは我が家畜達! 罪人どもよ! なぁに気にすることはない! どうせ我が領土以外では死罪になる者たちだ! 存分に殺し合うがいい魔術師の面汚しどもよ!」


「魔術師……?」


 違和感。ハルネリアは違和感を感じた。


 ズレがあった。何か説明できないズレが。


「では参るか! 我が成果を守るために! 行けぃ!」


 だがそれが何かを考えるにはこの状況はあまりにも慌ただしい。ハルネリアは思考を凍らせた。


 今の目標は、ただ目の前の敵を倒すために。


 皿が割れる。踏まれて混ざる皿と料理。


 領主の前に並ぶ者たちは、皆豪華な服を着ている。だがそれも、ひっくり返った料理で汚れていて。


 誰もその汚れを気にはしない。家畜が自らの身体の汚れを気にしないように。


 その者たちは、領主の家畜達は、主の声に従い一人、また一人と足を前に進めた。向かう先にいるのは魔法師が二人。手を伸ばし、その者たちは前へと歩く。


 料理を踏みつぶしながら。歩きはいつの間にか走りに。


 そして、迫る。ハルネリアたちに迫る。何十人もの家畜達がハルネリア達に襲い掛かる。


「ふはははは!」


 領主は笑う。敵に迫る自らの僕を前に、笑う。


「姐さん、周りは殺しませんよ」


「殺さないでいい。きっと、これは殺さないでいい。殺すのは、領主だけ」


「はい」


 魔法機関は、多数の魔法師を束ね、人を守護するために存在する機関。旅人を助け、弱き人を助け、強き人を助ける。全ての人の守護者。


 その中でも上位20名。魔法師として功を積んだ者に与えられる称号。それが埋葬者の称号。


 大きく分けて彼らには二つの仕事がある。一つは、人々の発展のために、魔法をより深く、より先へと進ませること。そしてもう一つは、魔に溺れた者の粛清。


 世界中いたる所で、彼らは魔を狩る。彼らから逃れるには、自らこの世界を去る以外に方法はない。


 狙われたら最後。対峙したら最後。


 いくら多くの下僕を持とうが、それは決められたこと。つまりは、この場でこうして戦いに入ってしまった時点で領主ウルスドに勝機は無くなっていたのだ。


 迫りくる者たちを、ハルネリアは頭蓋を蹴り、浮かぶ弾を指に這わせてぶつけ、そして拳で叩きのめす。次々と迫る者たちを屠っていく。


 片手に本を広げているとは思えないその動き。拳は空を切り、腰の捻りを効かせた蹴りは軽々と敵を薙ぎ払う。浮かぶ魔力の弾は手足の届かないところにいる者も簡単に倒していく。


 一方青い髪のラナ。燃え盛る杖を回し、次々と周囲の者達を倒していく。


 杖を地面に突き立て、それを軸に回転して蹴りを放つ。破れたスカートから覗く足は、その細さからは想像もできないような威力で敵を蹴り飛ばす。


 ラナは杖を振る。燃える杖は単純な燃える鈍器として。当たった者の意識を遥か彼方へと追いやる。


 埋葬者の順位はハルネリアが13、ラナが14。20位までしかない中で決して上位とは言えないその順位。だがそれでも、二人の戦闘能力は群を抜いていた。


 如何に魔術師の下僕と言えども、所詮肉体は一般人。何人いたとしても二人に敵うことはないのだ。


「ふふふ……まさか、ここまでの者達が我から奪わんと来るとは。くくく……だが、渡さん。渡さんぞ! ふはははは!」


 この期に及んでまだ笑う。領主としての威厳か。それとも虚勢か。


 ウルスドは両腕の袖を捲り上げる。そして現れる鎖。両手に巻き付けられた、長い長い鎖。


 両手を広げる。鎖は腕から解放されて、地面にジャラジャラと音を立てて落ちた。鎖の先には、小さな刃。


「さて、どこまで耐えられるか見せてもらおう!」


 手を前に、勢いよくウルスドは振り下ろした。その腕の動きに少し遅れて、両手に繋がった鎖は蛇のように波打って前へと跳ねる。


 跳ねた鎖は左右にぐねぐねと動いて、倒されていく者たちの間を縫うようにしてそれは進んだ。


「姐さん足元!」


 ラナが叫ぶ。その声に反応して、いや、その声が届くよりも速く、ハルネリアは背を後ろに反らせた。


 ハルネリアの豊満な胸元の寸前を鎖が走る。地面から舞い上がった鎖は、まるで生きているかのように上へと跳んだ。


 ハルネリアが躱すと同時に倒していた敵が倒れ込む。それを包むように鎖は走り、死角を突いてそれはまたもやハルネリアに襲い掛かった。


 真っ直ぐ。今度は真正面から。ハルネリアの頭に向かってそれは飛ぶ。


 地面を這っていたせいかそれには晩餐会で振る舞われた料理のカスと、ソースがべったりと着いていた。触れたくないと、誰でも思うだろう。


 ハルネリアは魔力の弾を盾に、鎖を受け止めた。バチンと鎖は弾かれて、床へとそれは帰っていき、その姿を消した。


「ふむ、流石に見えてるな!」


 どこか嬉しそうに、ウルスドは叫んだ。


 怒り。そう、ハルネリアは怒りを感じた。彼女は、どこか負けず嫌いな面がある。それが今、少しだけだが表に引きずり出されたのだ。


 ハルネリアは高速でページをめくる。そして止める。一つのページ。


「試した、な? 私を試した。あなたは私を。人殺しの魔術師が、私を試した」


 ハルネリアの髪が淡く、ぼんやりと赤く輝く。


「ほぅ……?」


 輝く赤髪は、偉大なる魔法師が始祖の血の証。肉体にすら影響を与える膨大な魔力の奔流。


「歪みを、知らず。そびえるその光は」


「姐さん!?」


「真っ直ぐに、真っ直ぐに」


「ちょ、ちょっと姐さん城壊すつもりですか!?」


「その光は」


「待って姐さん! 魔法師が、埋葬者が何するつもりですか! 一般の人もいるんですよこの城! 姐さん!」


「……あ、そうか」


「あ、そうかじゃないですよ! 危ないなぁもう!」


 ハルネリアの髪の輝きが無くなる。怒りの感情が消えたせいか、顔つきも、落ち着いたような顔つきになっていた。


 落ち着きを取り戻したのか、ハルネリアはまた本を片手に構えた。迫りくる敵を迎え撃たんと。


 だが――


「……待て、魔法師? 埋葬者? ううん? どういうことだ?」


 ウルスドが先ほどの狂気の微笑みを浮かべていたウルスドが、唐突にそう口にした。ハルネリアたちに襲い掛からんとしていた者達も、何故か動きを止めている。


「え、何?」


 困惑したまま固まるウルスド。思わず言葉を発したラナ。


「魔法師? 主ら、魔術師ではないのか? 魔術協会を脱会した、魔術師集団とやらではないのか?」


 先ほどまでの緊迫感はどこへやら。困惑した様子で問いかけるウルスド。その姿に、ハルネリアとラナは互いを見合って。


 何を言ってるのかわからないといった風に、ハルネリアたちは首をかしげた。


「我が開発した転移の術式を奪わんと襲って来たのではないのか? 誰だ貴様らは。答えろ赤髪の娘」


 ウルスドはハルネリアに問いかける。ハルネリアはラナに視線を送って、そして頷き本を閉じながら答えた。


「私は、魔法機関埋葬者ハルネリア・シュッツレイ。隣の子は埋葬者ラナ・レタリア。オーダーナンバー7、ウルスド・ランディット。あなたを倒しにきた」


「魔法機関、だと? それにオーダー? 何故だ? 私は人を裁きはすれど、殺しはせんぞ」


「……殺さない? ウルスド、あなた、魔術協会脱会の時に、ファレナ王国で数十人から殺したと聞いてるけど」


「馬鹿な。確かに私は魔術協会を脱会したが、それは我が領地を治めるため。父と母が亡くなったために」


「10年以上前に?」


「うむ。魔術協会脱会にあたっては少しいざこざがあったが、私は決して人は殺していない」


「……嘘? ラナどう思う?」


「いや、その……わかりませんよ姐さん」


 いつの間にかウルスドの困惑は、ハルネリアたちに移っていて。二人は互いの顔を見合わせて、ただただ困惑した。


 ウルスドは鎖をカーテンでふきながら腕に仕舞い、袖をおろし椅子に腰かけた。ぐちゃぐちゃになった晩餐会会場で、彼は脚を組んで何かを考え込むように口元を手で抑える。


「赤髪の魔法師よ。オーダーというのは、どうやって定められるのだ?」


「それは……まずは噂。そのあとは複数人の魔法師が現地を調べて裏付けして、罪状によってナンバーを決める」


「その噂とやら、どこから仕入れる?」


「……いろいろ。決まりはない」


「ふむ……ならば、心当たりは……」


 こぼれたブドウ酒を、再びグラスに注いで、飲む。アルコールの混じった息を吐きだしたウルスドはグラスを机の上においた。


「ハルネリア姐さん……どうしますこれ」


「うん……」


「魔法師たちよ。一つ、我が話を聞いてもらえんか? だがこのような場所では落ち着くこともできん。明日朝、また来てくれぬか?」


「逃げるつもり?」


「私は逃げはせん。領地を捨て逃げる領主などおらん」


「信じろと?」


「使い魔を私につけるがいい。今宵は貴様が使い魔を抱いて、私は眠るとしよう」


「……いい、わ。そこまでいうなら」


「うむ」


「ところで、さっき消えた商人や貴族たちはどこへ?」


「宿舎に戻してある。我が魔術は転移。遠く離れた場所に一瞬で行ける術式。下準備は必要ではあるがな。すまなかったな。晩餐会は魔術師を誘い出すための物だったのだ」


「そう、信用はしないけど、一応は聞いておく、わ」


 ハルネリアは人差し指を立てて、スッと領主ウルスドの前につきだした。指の先から小さな光の羽が出現する。


 それはひらひらと舞って、ウルスドの頭の上に浮かんだ。


「使い魔を消したりしたら、もう信用しない。その時は有無を言わさずに殺す」


「よかろう。面白いではないか。ふははは!」


 笑うウルスド。ハルネリアたちは彼に背を向けて、晩餐会の会場を後にした。


 高く輝く月。闇夜は雲一つなく、眩しい月明かりが城に降り注いでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ