第40話 誰かが望む明日へ続く
砕ける音がする。何かが砕け散る音がする。
その音が人の爆ぜる音だと気づく時にはすでに手遅れ。気がついた者から次々と砕け散っていく。魔力の塊をぶつけられて砕け散っていく。
人が人を殺すのは決して美しいものではなく。戦において英雄譚に描かれるような美しい勝敗などこの世には存在しない。
人の死は前に前にと、前に前にと、ゆっくりと、歩くような速度でゆっくりと。
「駄目だやはり戦闘力は見習い魔法師ではただの肉壁にしか……! ショーンドさん女性と子供優先で!」
「いちいち選んでられねぇよ! ほらお前寝てるんじゃねぇ! ギャラルドさんもっと抑えられないのか!?」
ゆっくりと、魔法師を砕きながらファレナ騎士団のもの達は進んでいく。先頭には縦横無尽に暴れる聖皇騎士たち。
彼らの後ろにいるのは大量の兵たち。ファレナ騎士団の者達に追いつかれた者から、武装非武装関係なく、魔法師も市民も関係なく、全て殺されていく。
そしてついに、彼らの進軍は、ヴェルーナ女王国城下町に至らんとしていた。
「くそっ……この数、ハルネリアさんのように広範囲を破壊できる式がないと無理だ……」
肩で息をしながら、魔法機関が埋葬者の一人であるギャラルドは悪態をついた。
もはや誰が介入しようとも、数の暴力の前には無理だと、彼は、そして彼以外の誰しもが、気づいていた。
すなわち、全員死ぬのも時間の問題。皆それに気づきながらも必死に足を動かしている。
ファレナ王国騎士団の者から見ればそれは、死地へ向かう行進。
「女王様……」
「女王陛下……」
逃げ惑う市民たちから、声が聞こえる。女王を呼ぶ声が聞こえる。
ヴェルーナ女王国の者達がすがるのは、結局最後はヴェルーナ女王。世界で最も美しい国を治める世界で最も美しい女王。
人々の女王を呼ぶ声は重なり、そして大きくなっていく。いつしかその声は、絶叫のようになって。
「女王陛下!」
「助けてください女王様!」
城の中、城の外、城の周囲、人々の女王を呼ぶ声は国中に鳴り響き――
「哀れだ……あまりにも、あまりにも……」
その声は、城下町より離れたとある村の一角にまで届く。長い銀色の剣を肩に担いで、その男はそう言った。
「自らの手で自らの命を守れない。これは、哀れだよ。君とは最も遠い存在だ」
男は剣を突き出す。剣を向けた先にいるのは、人の形をした人ならざる者。
黒き身体に赤い眼を輝かせ、深紅の布を首に巻くその姿は、漆黒のエリュシオン。ジュナシア・アルスガンド。
「さて、もう一度やろう。段々慣れてきた。慣れてきたよ。ふ、ふふふ……死の無い身体……終わらない物語……女神様に導かれて必ず勝利するこの物語……まるでおとぎ話の主人公じゃないか僕は……ふふふ、ははははは!」
高笑いをして、聖皇騎士であるトリシュは剣を構える。黒き魔を倒すために。
「何故、死な、ない」
低い低い声で、黒き魔者はそう呟いた。両手に握る青と赤の大剣は、トリシュの血で真っ赤に濡れているが、血の持ち主であるトリシュの身には傷一つなく。
――圧倒的に強いジュナシア・アルスガンドは未だに『勝つ』ことができない。
ヴェルーナ女王国は、もはや死の国。恐怖の中物陰に隠れている者達もいずれか死ぬだろう。
魔法機関の魔法師たちですらそれを止めることはできない。
火が放たれた。国のいたるところで火が放たれた。家は燃え、人は燃え、花は燃え。
城から見える美しい景色。花々が咲きほこる美しい景色。今やそれは、赤く燃える炎の下に。
「一度」
絶望に陥る国の中心にある湖で、光が立ち上った。真っ直ぐに空に向かって光が立ち上った。
それは天にたどり着き、そして広がる。薄い薄い光の幕となって広がる。
「二度」
七色の光。それは全てを拒む光。再び展開されたそれは、退魔退物の魔法障壁『エイジス』。それが展開されるために消費される魔力の源はヴェルーナ女王国にいる全ての国民。
国民一人一人から少しずつ魔力を奪い、そして展開する。
「三度」
女王は玉座にて指を折る。三本の指を折る。そして立ち上がり、城のバルコニーに向かって歩く。
「国に家族を残してきたものもいるだろう。愛する者を残してきた者もいるだろう」
女王はバルコニーに立ち、赤く輝く髪を風になびかせる。女王の眼に映るのは国の姿。バルコニーからは国の全体を見渡せる。
「死ね。貴様ら全て死ね。一人残らず死ね。もはや貴様らにかける慈悲は無い、ぞ」
女王は手を広げる。そして光り輝くエイジスの傘の下で、女王はただ空を仰ぐ。
「もはや折る指がないほどの悪行。罰を与える。ヴェルーナ・アポクリファが怒りを、受けるがいい」
ファレナ王国騎士団、その数は数千以上。一人一人に物語があって、一人一人に人生がある。
悪の限りを尽くしたとはいえ、彼らはそれでも人間であり、尊重されるべき生を持っている。
「何だ……光の壁がまた……」
ヴェルーナ女王国のある場所で、火を家に放っていた兵士の一人が立ち止まって光る空を見上げていた。
「ん、あれ、足が……う」
ぐらりと彼の身体が揺れ、そして――――溶けた。
ファレナ王国騎士団の男が、火を片手に持っていた男が、今その瞬間に溶けた。身体を霧と化して、空へと昇っていった。
彼の周囲にいる者達も次々と、次々と、兵士たちは溶けていき、蒸発して、空へと登る。
次々に、次々に、その現象は、ヴェルーナのいたる所で起こり、そして立ち上る。大きな大きな霧の塊は柱となって空に立ち上る。その先は、光り輝くエイジスの魔法障壁。
それにぶつかり、霧は消えていく。人の身体だった霧は、蒸気は、消えていく。
人の身体が、消えていく。魂を乗せて。
「エイジスの魔力となって消えるがいい。国民数百万の魔力をファレナ王国騎士団の者たちだけで補うのだ。魂、そして身体、丸ごと使ってもそれでも足りんな。貴様らの命ごときでは、足りん、な」
女王は赤き髪を広げ声を上げる。怒りの声を上げる。その表情は凍りついていて。
それは、まぎれもない大量虐殺。数千の兵の命を無理やり昇華させ魔力にする。正しくそれは魔に連なる行為。
ファレナは黄金色の髪を風に揺らしながら女王の背を見ていた。誰よりも美しい女王の背を、ただ見ていた。
人の命で創られた七色の光は、美しく、ただ美しく。ヴェルーナ女王国を包み込んで。数千人の命がこもった光を女王は仰ぎ見て。そして眼を瞑り――――
「僕だ。残った魔力で転移しろ。青蒼のエリュシオン、女神様が使えと言っている」
遠く同じように光を仰ぎ見ていたトリシュは、静かに口の中で、そう言った。




