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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第14話 世界諸王会議 後編

 眼を疑った。そこにいる全ての人が、己の眼を疑った。


 ファレナ王国が王妃の顔は、若々しく、その長い黄金色の髪はうっすらと光を放っている。


 何よりも、その顔は先ほどまで発言していたファレナ王女と瓜二つなのだ。似ているというレベルではなく、全く同じ顔がそこにはあった。


 ファレナ自身もまた、信じられないという表情で固まっていた。


「んー……肌の張り、やっぱり女は若さねぇ。年寄りの偽装なんてするもんじゃないわぁ……んー、さてと、いい加減馬鹿みたいな顔を向けるのはやめてくれないかしら。女王様、えっとなんだっけ。質問? 早くしてくれません?」


 自らの顔を触りながら、アリア王妃はそう言葉を放った。その声は、ファレナの記憶の中にある母の声ではあるが、明らかに若さを取り戻していて。声色自体はほぼ自分と同じ声だと、彼女は思った。


 ヴェルーナ女王が二、三回首を横に振ると、いつもよりも少し砕けたような声でアリア王妃に向かって口を開いた。


「ファレナ王国がアリア王妃は40歳を超え、それ相応の歳の取り方をしていたと記憶しておるが、その顔どういうことである、か?」


「人の事言えないんじゃなくて女王陛下。貴女も80歳超えてるくせに何ですかその若さ」


「わらわはヴェルーナ・アポクリファ。魔法師の始祖が血統。老いとは無縁ぞ。だが主は」


「はいはい、悪いけど私も似たようなものです。まぁね、そんな他の王妃様たちに嫉妬されても困るんだから、早く質問してくれませんか? 議長国が私語しちゃ駄目じゃないですか?」


「……うむ、では、聞こう」


 女王が表情を固める。諸王たちはそれを見て、各々思うところがあれど、姿勢を正して彼女の発言を待つ。


 場が静寂に包まれる。


「アリア王妃よ。わらわは特に貴女のことを知っているわけでない。故に、聞くべきことはただ一つ。貴女は、己が子女であるファレナ・ジル・ファレナの即位、認めるか?」


「それ、直接的で、簡潔に内を探れる。私頭のいい人は好きですわ女王陛下」


「答えよ」


「認めませんよ女王陛下」


 そう言ってのけるアリア王妃のその顔は、満面の笑みだった。あまりにも真っ直ぐにその言葉を発した王妃の姿は、諸王たちを驚かせた。


 その反応を見て、子供のような顔を見せるアリア王妃に、不快感を感じたのか、ヴェルーナ女王は顔を曇らせる。


「ファレナ顔を上げなさい。始祖の名を与えられたのですよ。そんなオロオロしてては皆が不安になると言ったでしょう? あなたは、ファレナ王国の王女なのですよ」


 唐突に会議場に流れた優しげな声は、ファレナの胸を締めあげる。目を反らして下を向いていた彼女は、母親の声に従ってそのまま顔を上げる。


 遠く見える満面の笑みの自分と同じ顔。その何とも言えない違和感。ファレナは何もいうことができなかった。


「女王陛下、このような会議で申し訳ございませんが、娘と話をさせて欲しいのですが、ファレナの声を私に届けてくださいませんか」


「……よかろう。だが、言葉は選ぶがいい。すぐに発言を止めることができることを忘れるでない、ぞ」


「ありがとうございます女王陛下。さぁファレナ、母に声を聞かせなさい。少し見た目が違うかもしれないけど、私は間違いなくあなたの母親よ」


「はい……」


 正面を見る。ファレナたちの足場の正面に、遠く小さく見える王妃の顔に、声に、ファレナは懐かしさを覚えていた。


 17年生きて来て、そのほぼ全てを暗闇の中に生きてきたファレナにとっては、母親の声こそが母を認識できる物。即ち、間違いなく、正面にいる者は自分の母親なのだ。


 顔が自分と同じであったとしてもそれは、間違いなく。


「お母様……お久しぶり、です」


「ええ、本当に」


 ファレナは人を恨まない。恨みを知らないから。だから彼女は、微笑むアリア王妃に対して、感じてはいけない想いを抱いていた。


 懐かしさと、親しみという想いを。


「ファレナ、随分と苦労したみたいね。まぁほとんど私のせいだけど。正直、ここまでされるとは思わなかったわ。本当に見直したわ」


「あ、ありがとう、ございます。お母様」


「王になろうとまでするとは、本当に、成長したわ。変な話だけど、少しだけ嬉しいわね。これは本音よファレナ」


「そんなことは……お母様、私は変な話ですけどお母様の声を聞けて……」


「まさか気まぐれで創ったモノがこんなことしてくれるなんてね。処分、急げばよかったわ」


「お母様……?」


「ふぅ……大分急がされちゃったわね。まぁ、いいか。いいわよね。どうせいつかするんだもの。早まった方が、あとは楽よねぇ」


「おかあ、さま?」


 おかしいと、誰もが思っている。苦虫を噛んだように、ジュナシアは歯を食いしばって正面の王妃を見ている。


「……ねぇ、ファレナ、女王陛下、そして諸王の皆さん。全員、一つ勘違いをしています。大きな勘違い。すごく大きな、勘違い」


 王妃は告げる。両手を広げて、この広い広い会議場を劇場に見立てて、自分を演者に見立てて、大げさに大きな仕草で全員に告げる。


 彼女が知る真実を。


「ファレナはね。国王の娘じゃないの。あの男の血は一滴も入ってない」


 凍る会議場。固まるファレナ。目を見開くロンゴアド王。


「ざーんねんロンゴアド王。だから、ファレナを女王にしてファレナ王国の全てを得るその作戦。不可能です。ふふふ……ははははは! 王位継承権なんて、無いんだから! あーはははは!」


 愉悦。満面の笑み、ざまぁみろという笑い。


 王妃は高らかに笑った。壊れた笑い人形のように、腹を抱えて彼女は笑う。


「馬鹿な! 証拠を出させろ! ぐっヴェルーナ女王、余の発言を! 発言を飛ばしてくれぇ!」


 術を使わず、大きな大きな声で叫ぶロンゴアド王の声。会議場に鳴り響くアリア王妃の笑い声の中、ヴェルーナ女王はそれを聞き入れる。


「……発言を許可するロンゴアド王」


「ありがたい! アリア王妃!」


「はー……何? 軽率なおバカさん」


「証拠を出せ! 貴公の不貞により生まれた子であるということの、証拠を出せ! 魔力波長でもなんでもいい!」


「馬鹿ね。王の魔力波長なんてもう調べようがないでしょ。死んでるんだから。遺体も何か月前に焼いたと思ってるのよ」


「ならば証拠はないではないか!」


「そうねぇ、あ、もしかしてそれで押し通すつもり? ほんと小悪党よねあなた」


「ぐっ! 言葉を慎め! 戯言を! ヴェルーナ女王奴の発言を切れ!」


「ロンゴアド王よ。落ち着け。アリア王妃よ。言葉は慎め」


「はぁいはい。はー……面白かったわその反応。さいっこう」


 笑いすぎたのか、アリア王妃は涙を浮かべた眼を擦る。ロンゴアド王は歯を食いしばりながら強く手すりを握りしめる。


 ファレナが、その騒動を見て動きを取り戻して、小声ながらも、アリア王妃に向かって声を発した。


「私の、お父様は、誰なんですか?」


 絞り出すように出されたその問いかけに、アリア王妃は答える。


「私よ」


 ただ一言だけを、答えにしてアリア王妃は答えた。


「えっ?」


「あなたの父親は私、母親も私。あっそうだ、王の魔力波長は調べられないけど、私の魔力波長ならすぐにでも調べられるはずよ。ここ魔力封印されてるから血液から直接調べることになるけど。やってみる?」


「ちょっと、ちょっと待ってください。ちょっと、お母様が、お父様でもあると?」


「ええ、ふふふ……はははは! 何その顔!」


「あ、頭が……ジュナシアさん、セレニアさん、リーザさん、マディーネさん。誰か、誰かわかりますか? お母様の言ってること、わかりますか?」


 ファレナは振り返って仲間たちに問いかける。皆困惑した顔で、首を横に振る。ジュナシアでさえも、俯いて彼女から眼を背けた。


 それが、余計に不安をあおったのか。


「お母様、わかるように説明してください!」


 ファレナは自らをせせら笑う母親を頼った。


「ファレナ、あなたは、私よ。私の細胞そのままに、私は私の中に私を創った」


「えっ?」


「あなたはつくりもの。あなたは私が気まぐれで創った人形」


「つくり、もの? なんで……?」


「ヴェルーナ・アポクリファと同じで、私は魔力の総量が人よりもずっとずっと多い。他人の遺伝子は私の中に存在することすらできない。だから極端に子供ができにくい。でも私自身なら? まぁ、好奇心よね」


「こうき、しん? 私は、お母様の好奇心で、うまれた?」


「そうよ。すぐに崩れそうになったから常に補修しながらなんとか完成したけど、まぁやっぱり無理が出たみたいで、眼がみえなかったのよね。まぁおかげで城から出さない理由になったけど」


「……そんなことって」


「あなたは人形。世界で一番人間に近い人形。どんなに飾っても、どんなに声を出しても、どんなに考えても、あなたは結局、私の人形。私という物を映したただの肉人形」


「ち、違います。私は、私は人です。この心も、気持ちも、全部本物、人形なんかじゃないです!」


「あっそ? まぁそう思いたければ思えば? まぁ考えれるっていうのも、私が創ったからなんだけどね。でも意外なのはちゃんと魂もついてたってことよね。神様って案外、簡単になれるものなのかもね」


「違う……私は……人形じゃない。この想い……偽物じゃない……私……私は……」


「ふふふ、さて、それじゃあ、ついでだから諸王たちにちょっとした昔話をしたげる。ゆっくり聞いていきなさい。すごく面白い物語だから」


 静けさが、訪れる。冷たい静けさが。王妃は手を胸の前で組んで、祈りを捧げるように目をつぶる。


「……かつてとある村に、ある一人の女の子がいました。彼女は、父に言われてお使いに出ました。隣の村まで、作物を届けるお使いに」


 アリアが告げるその言葉はとても優し気で。先ほどまで大笑いをしていた女とは思えない程、優し気で。


「道を行くと、白い花が眼に止まりました。白百合の花が。あまりにも綺麗だったから、少女はそれを摘みに行きました。一輪だけそれを摘むと、作物が入った籠の隅にそれを刺して、少女は歩きました」


 その声は、とても綺麗な声で。


「何のことはない。日常。何のことはない。一日。でもね、ファレナ。少女は帰れなくなったの。何故だと思う?」


「……わかり、ません」


「ふふ、それはね。帰る村が、ぜーんぶ燃やされたから。その日はね。戦争が始まった日なの。国境近くにあったその村は、真っ先に攻め落とされて焼かれちゃったの」


「辛いこと……です。でもお母様それが」


「その少女が私」


「えっ」


「アリアという女は、白百合を採って、帰りが少し遅れたせいで、死ななかった。死ねなかった。父も母も弟も気になっていた男の子も勉強の先生もみんなみんな死んだのに、私は死ななかった」


 静けさがより強まる。空気すらも、止まってるかのように錯覚するほどの静けさ。その中で、アリアの声だけが響いている。


「ねぇ……なんで戦争なんてするのかな。何で戦争なんて起こるのかな。ファレナ、何でだと思う?」


「いろいろ……あるんだと思います。いろいろ……」


「すごぉく単純に考えて、ファレナ。すごぉーく単純に」


「……わかりません。私は、戦争なんて嫌いですから」


「それはねぇ……戦争する国というものがあるからよ。ファレナ」


「え」


「私ね。復讐したの。世界に復讐したの。蛮族を倒した? 平和を作った最初の国家? 違う、最初の国家じゃなくて、ファレナ王国は最後の国家なの」


「お母様?」


「ぜぇんぶ壊して、ぜぇぇぇんぶ殺した。片っ端から国を落として、反乱分子も、危険分子も、そんなもの何も残らないように。戦皇女ヴァルキュリエは、世界を殺した女なのよ」


「おかあ、さま?」


「でも、もう戦争なんて起こらないように徹底的にしたのに……あれが……あれが起きた。あとちょっとだったのに。忌々しい、忌々しい呪い。世界の呪い。でも、でもね。やっと、やっと殺してやったわ。数か月前にやっとね」


 踊る、アリアは踊る。一人足場で、クルクルと天を仰ぎながら。


「幸運よ。最高の幸運。一人は門を開けた自分の子供に殺されて。もう一人は自分で自分を殺した。そして私は呪いを制した」


「何を、言ってるんですかお母様。お母様……!」


「だーかーらー! 私が、初代ファレナ王国王女なの! あっ、だったらあなた女王の血が入ってるから継承できるのかしら? まぁ、いっか、それで数百年前の続きをしてるのよ続き。私の国以外を、ぜぇんぶ支配して、ぜぇんぶ飲み込むのよ。だって戦争そうしないとなくならないんだもの」


「……え」


「さぁ、諸王たち。最後の議題です。ここに集まってくれたあなた達に対しての最後の議題です。ファレナ王国の始祖である私、女王アリア・セーラ・ファレナからの最後の議題です。ちゃーんと選んでくださいね」


 アリアは微笑む、黄金色の髪に青き眼をもつ、ファレナと同じ顔をしたアリアは、ファレナと同じ笑顔で告げる。最悪の一言を。


「選んでください。従属か、それとも抗戦か。一度でも反抗の眼を向ければ、国ごと全て殺します。さぁ、選んでください。さぁ、さぁ!」


「待てアリア王妃! 議長はわらわであるぞ!」


「うるっさいのよ年寄りは黙ってろ! ファレナ王国は最初から最後まで、ずっと私が女王だったのよ! 誰にも王位など譲ってないんだから、即位などできるわけないでしょうが! 大体ね内政干渉じゃないのよ! ロンゴアドの馬鹿はどんだけ図々しいのよ!」


「なぁっ!? こ、この小娘が……!」


 ヴェルーナ女王の声と共に、金縛りのように固まっていた諸王たちは一斉に声を上げた。その騒めきは大きな声となって。場を包む。


 ファレナはうつむいて自らの身体を抱える。自らの身体が、ちゃんと自分の物であると確かめるように。


「さぁ、早く。おばさまぁーはーやくー」


 アリアが煽る。怒りの表情のヴェルーナ女王を煽る。


 そしてヴェルーナ女王は手を上げる。そして宣言する。


「……第二の議題、ファレナ王国の即位。これは……くっ……ロンゴアド王、どうか……?」


「ぐ……今は、向こうの言い分を否定できん……撤回する」


「……わかった。第二の議題は撤回要請につき、撤回となる。ファレナ……王女。ご苦労であった、な」


「待って、そん、な……私……」


 無情にもファレナの声はそれで止められる。これ以上は彼女が何を叫んでも、会議場の奥にまで届くことはない。


 ファレナは膝を着く。平和な国を作りたいと思っていた自分自身を否定されたから。 


 隣に立っていたセレニアが、静かにファレナの肩を抱いた。優し気な顔で彼女を見るセレニアは、ただただ強くファレナの肩を抱いた。


 ジュナシアは悔しさからか、強く強く歯を食いしばっていた。口から血が流れるほどに。


 アリアは笑う。そして踊る。会議場の混乱を背に。踊る。


「第三の議題は……ファレナ王国から……従属か否か。諸王たちよ……投票いたせ。己の心に従い、決して、決して軽率な選択はするな……」


「あ、そうだ。王さまたちー、ラ・ミュ・ラを撃った兵器の魔力源。そうそう、あのすっごいやつの素。あと二つあるから。ふふふ、ははははは!」


「ぐ、ぐぅうう……投票いたせ……! いいか、これは、心を映す術式。くれぐれも……惑うな……!」


 諸王たちは各々様々な表情をしながら。紋章に手をかざす。意志を持って、手をかざす。


 身体を両腕で抱えるファレナの前の紋章も、輝きを持つ。手をかざせと、光が訴えている。


「……ファレナ、手をかざせ」


「私、私……駄目でした……もう私……もう……できません……何も、なにもぉ……」


「……セレニア。ファレナを下げろ」


「ああ……」


 セレニアがファレナを支えながら、後方へと下げた。紋章は依然輝いている。意志を伝えろと、輝いている。


 ジュナシアは前に出て、正面にいるアリアの顔を見ながらそれに拳を叩き込む。怒りを見せながら。


「……さ、賛同、96……反対2……棄権無し……愚かな、愚か者ども、め……!」


 ヴェルーナ女王が声を震わせて投票結果を述べる。アリアの顔は、ただただ笑っていた。

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