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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第9話 機械工房

 生きる。それは何。


 誰もが本当は理解しているそのことは、実は誰もが本当は理解していない。


 心臓が動いて、肉体が動いて、思考が動いて、それは確かに生きてる。生きてる証。


 では、心臓が止まったら? 肉体が止まったら? 思考が止まったら?


 心臓だけが止まってると言う状態は、生きているのか、死んでいるのか。


 肉体だけが止まってると言う状態は、生きているのか、死んでいるのか。


 思考だけが止まってると言う状態は、生きているのか、死んでいるのか。


 全てが止まってるという状態は、生きているのか、死んでいるのか。


 彼女は人のカタチを創り続けて、常に自分にそれを問いかけていた。そして気づく。うっすらと、彼女は気づく。


 きっとこれに答えを与えれる存在がいるとしたらそれは――きっと――


「あなたの素体修理は不要です。次の修理期間までは1年と2か月です」


 これはきっと、生きているのだろう。そう判断すべきなのだろう。


 無数に並ぶ人の部品の中心で、一際美しく着飾った『人』が座っている。どこをみるでもなく、その人は、無機質な音を発して、工房を訪れた者たちに問いかける。


 誰も何も言えない。あまりにも生命が感じられなくて、案内している村長と同じ存在のはずの彼女は、あまりにも人形として完成されている。


 故に、人の気配を感じられない。


「魔術師様、本日はお客様をお連れしました」


 村長が頭を下げて、その人に声をかける。人は、村長をみることなく、静かに音を発した。


「来訪者、ご質問がおありならお話しください」


 響く音は機能。ただそうするだけの機能。それは、本当に生きているのかという疑問を抱かせてしまう音。


「どうぞ、お客様方、お話しください。何でも話してくだされれば魔術師様はお話しくださいます。そう、なっておりますので」


 それは反応するモノだと村長は告げる。それは無自覚な否定。これは生きていないのだと言う否定。


 それを聞いたジュナシア・アルスガンドはどこか、懐かしさを感じていた。感じるはずの無い懐かしさを。


「それでは、私は、ランフィード・セイ・ロンゴアド。貴女は、魔術師のテスタメント様で間違いないですか?」


「はい、テスタメント・サラストです」


「ありがとうございます。単刀直入に聞きます。ヴェルーナ女王国の第一王女、シルフィナ王女様はこちらにはおられませんか」


「おられません」


「そうですか……いや、実は、第二王女のメリナ王女様に、お話を聞いて来たのですが」


「それは不確かな情報です。今現在この村において活動している人はあなたたちだけです」


「そう、ですか……参ったな。こう言われるともう何も聞くことが無いぞ……」


 その人は、テスタメントの魂が入った入れ物は、決して眼を動かすことはない。きっと眼で物をみてないからだろう。その人は決してランフィードの眼を見ることはない。


 やりにくさを感じながらランフィードはジュナシアたちを見る。ジュナシアは何も言わない。マディーネは表情を変えることはない。


 眼の前の人を見る。人の形をした人形。本当に、これで生きているのかと、ランフィードは強く思う。聞きたくなる衝動に駆られる。


 だが彼の心の何かが、それは聞いてはいけないと警告を発している。何故かはランフィード自身もわからなかった。


「……知り、ませんか? 居場所を、そうだ。知りませんかシルフィナ王女様を?」


「居場所は存じません。シルフィナ様は知っております」


「どこで、お知り合いに?」


「シルフィナ様は定期的に私たちの整備を行っております」


「何故、一国の王女が整備など? いや、そうだ、定期的にということは、次はいつ来るんですか?」


「罪滅ぼしとシルフィナ様はおっしゃってました。次の整備時期は、1日と3時間後です」


「罪滅ぼし……1日ってことは、明日には来るってことですか?」


「シルフィナ様の訪れる日時はわかりません。整備時期を数日すぎて訪れることもありますので」


「なるほど。しかし、本当に一問で一答なんですね貴女は」


「最も効率的な会話です。他にご質問はございませんか」


「そうですね……一つだけ、重要なことを忘れておりました」


「はい」


「冤罪とは知っておりますが、オーダーによると貴女が殺したとされる人は500を超えます。他の魂はどこにあるんですか? 私が会ったのはこの村の村長とその家族だけです」


「はい、他の魂は」


「答える必要はないわテスタメント」


 急に発せられた声に、そこにいる全ての者は固まった。静かな工房に響き渡る女性の声。途中まで言葉を発していたテスタメントはその言葉を止める。


 ランフィードたちは振り返った。工房の入口から差し込める月明かりに照らされて、輝くは赤い髪。片手には本を持って、彼女はどこか怒りを帯びた顔をしてそこに立っていた。


「師匠!? 何でここに!?」


 自らを装うことを忘れてマディーネが叫ぶ。立っていたのはマディーネの師である赤髪の魔法師、埋葬者第6位ハルネリア・シュッツレイ。奥に座るテスタメントは立ち上がり、深く頭を下げる。隣にいた村長もまた、深く頭を下げる。


「魔法師様、お早い御着きです」


「いいわ、座ってなさいテスタメント。あとオード、工房には人を近寄らせるなと言ったでしょ」


「申し訳ございません魔法師様。しかしこのお方たちは魔法師様と似た魔力波長を」


「似てるわけないでしょ。調整不足かしらね。オード、先に家に戻ってなさい。あとで診てあげるから」


「はい、ありがとうございます」


「全くもう……」


 村長がハルネリアに再び一礼してその場を後にする。


 ハルネリアはジュナシアとマディーネの間を通り抜けて、テスタメントの前に立つ。ハルネリアがテスタメントの頭に触れると、ガクンとテスタメントの頭が下がった。


 完全に力が抜けたそのテスタメントの入れ物は、もはや完全に人形にしか見えず。先ほどまでこれが動いて喋っていたとはきっと誰も思わないだろう。


 ハルネリアは怒りの表情のまま近くにあった椅子に足を組んで座った。


「初めましてと言っておきましょうかランフィード王子殿下。失礼かもしれないけど、ここは私の工房。魔法師の作業場や工房に無許可で立ち入ることは許されないことです。過激な魔法師なら罠まみれであなた、下手したら死んでましたよ」


「す、すみません。あの、貴女様がマディーネ様の師である、魔法師様ですか?」


「ええ、ハルネリア・シュッツレイ。埋葬者をしてます」


「はい……」


「はぁー……で? マディーネ、あなた、ファレナ姫様についてなさいって私言ったわよね? 何してるの?」


「あ、いや、その、す、すみません師匠!」


「勝手に本部へのゲートも使ったでしょ。あれ、隠ぺいするの大変なんだから使うなって私言ったわよね。来た瞬間に私にはわかったのよ。本部にいた埋葬者私だけだったから助かったけどね」


「すみません師匠!」


「俺が使えと言ったんだハルネリア。連れてきたのも俺だ」


「ジュナシアさんが? この娘を好きに使えとは言ったけどねぇ……はぁ」


 ハルネリアは手を額に当てて面倒そうに溜息をつく。少し荒れている彼女に、ランフィードとマディーネは委縮して動けなくなっていた。


 それをみてハルネリアは逆に冷静さを取り戻す。一つ、二つ、大きく息を吐いた後、彼女は口を開いた。


「それで、何でこんなところに来たんですか王子殿下?」


「はい、実は、メリナ姫様がこちらに姉上君が攫われているとおっしゃって、私に救出を頼んで参ったのです。結果としては、姉上君には会えませんでしたが」


「メリナが? 申し訳ありませんが、ランフィード王子殿下はメリナ姫とどういう関係で?」


「どういう……交際を、させていただいております」


「ああ、なるほどねぇ。そういえばどこかの王子と文通してるとか言ってたっけ……なら、そういうつもりなのかしらねぇ……わざわざ私が来る日時を合わせてまで……」


「あの、魔法師様?」


「それじゃ、清い交際のために、いろいろ話してあげましょうか……ランフィード王子殿下」


「はい」


「これから教えるのはヴェルーナの機密でもあります。ここで聞いたことは決して口外しないよう。いいですね?」


「は、はい。わかりました。ロンゴアドの名にかけて」


「ジュナシアさんとマディーネも。いいわね?」


「ああ」


「はい師匠」


「さぁてと……」


 ハルネリアは立ち上がる。片手に持った本を広げながら。そして一言、聞こえない程の小さな声で何かを唱えると、薄暗かった工房に光がともった。


 暗くてよく見えなかったところが細部までよく見えるようになる。壁に並んだ腕、足、身体、頭、全ては作り物。


 そして奥。テスタメントの座っていた場所の奥。そこは大きな空洞。灯りの届かない空洞。


「オーダーナンバー9、封印師テスタメント・サラスト。聞いたかもしれないけど彼女は冤罪でオーダーに載った魔術師よ」


 ハルネリアはその大きな空洞へと歩き出す。彼女が進むにつれて、光は空洞を照らし始める。


「彼女は封印、つまり魂の固定化を得意とする魔術師だった。だから、彼女の下には様々な魂が運ばれて来た。まぁ、ほとんどは身体から抜きだされて消えかかっていた魂だけどね」


 空洞は、灯りを得る。最初に現れたのは壁、どす黒く固まった何かが付着する壁。


「確かに罪状自体は冤罪よ。でもね、確かに罪はあったのよ。テスタメントは、形の無い魂を固定化して魔力源として使えるようにした。魂は使われれば消える。それは、完全なる死。間接的に彼女は沢山の人を消してきたのよ」


 光は空洞の床を照らす。そこにも何か、どす黒い物が広がっている。


「それは本人も知っていた。だからこんな、うん、魂に第二の人生を与えるような工房を創ったのよ。そうよ、ここは今は私の工房だけど、昔は彼女の工房だった。封印師は、人形師でもあったのよね。さて、ここで問題。人の形をしたモノに魂を入れる。それって、言うほど簡単なことだったのでしょうか?」


 気が付けば、ハルネリアは大きな空洞の真ん中に立っていた。ランフィードたちはハルネリアの元へと歩き出す。


 そして気づく。その空洞が、何なのか。


「答えは、ノー。簡単なわけがない。ふふふ、気づいたようね。そうよ、この空洞、この工房の最奥、ここは」


「なっこれは!?」


 ランフィードは叫んだ。そこに並んでいたのは大量の骨。10や20ではない。何十人、何百人もの骨が無造作に積み重なっている。


 だが近づいてみるとわかる。骨は、骨じゃない。骨の形をした部品。


「これは全部、失敗作よ。彼女が試行錯誤した結果。当然、ここにある骨の数だけ魂が使われた。ねぇ、人の魂を活かすために人の魂を消し続ける矛盾、それって心の優しい人に、耐えきれると思う?」


「……いや」


「そうよ。テスタメントは完全に壊れていたの。人としての心が。少し接したと思うけど、あれってオートマタに入れた時失敗したとか、魂の保存が失敗したとかじゃないのよ。元々よ。元々ああなのよ彼女は」


「哀れですね……」


「ランフィード王子殿下。ねぇ、あなたどう思いました? テスタメントや、この村の村長を見て」


「……村長様は、正直普通の人と区別がつきませんでした。ですが、テスタメント様は、その」


「人形に見えます?」


「はい、正直なところ」


「でも元々ああだったんですよ。身体が人間だった時から、ああだったんですよ。もし人間の時に会ってたら、人形に見えたと思います?」


「……それは」


「わからない?」


「はい、正直なところ」


「いいわ、それでいい。余計な建前を言わないあなたは、限りなくメリナの期待通りの人です。あの娘、意外と見る目有るわね」


「は、はい。あのそれが、何か、メリナ様やヴェルーナ女王国と……」


「うん? ああ、オートマタってヴェルーナの兵力なのよ。これが秘密」


「はっ!?」


「あと、メリナ姫って昔超お転婆で、有り余る魔力にモノを言わせて魔法機関のオーダーの依頼書勝手に取って魔術師狩りしてたの。テスタメントをやっちゃってものすごい後悔してやめましたけど。あ、これは言わなくてよかった? まぁいいわ」


「ええ!?」


「だから、いざとなったらここにあるオートマタ、ヴェルーナの城にいる者なら誰でも召還して戦えるけどそれ絶対秘密ですよ? わかりました? ヴェルーナ女王国は一応表向きは非交戦国だから、まぁ最悪、人じゃないから兵士じゃない的な苦しい言い訳するためにここを維持してるのよ」


「は、はぁっ!? ちょっと待ってください魔法師様! そ、それじゃ、メリナ姫様は僕にここを見せるためだけにこんな回りくどいことをしたと!?」


「あなたに使える力を見せたかったってところでしょうか。あと、どう反応するか知りたかったってところかなぁ。まぁ、さすがに試すのはどうかと思うから、会ったらガツンと言ってあげてください」


「そんな軽々しく……もしかして……第一王女の、シルフィナ様は……あなた様なのですか?」


「ふふふ、さ、今日は泊まって行っていいけど、明日はすぐ帰りなさい。いいわね?」


「……わかりました」


「ジュナシアさんたちも、何度も言うけどここで聞いたことは他言無用よ。あと何か思うところあるかもしれないけど、全部飲み込みなさい。わかった?」


「ああ」


「えっ師匠がシルフィナ王女様なんですか? そんなうっそだぁ。王女様があんな破廉恥な下着はくもんですか! ねぇ嘘でしょ師匠?」


「……マディーネ、あなたは残りなさい。徹底的にオートマタの整備教えてあげる。寝れると思わないことね」


「ええ!?」


 ハルネリアに促されて、ランフィードとジュナシアは工房を出る。入る際には薄暗くてよくわからなかったが、確かに壁には兵士たちが使う無数の武器がつるされていた。


 月が工房の入口に見える。それに照らされるテスタメントの身体を見て、ジュナシアは少しだけ、親しみを感じていた。それが何故かは彼自身気づかなかったが。

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