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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第8話 機械仕掛けの人形

 小さな小さな食卓は数枚の皿を並べただけで一杯になるほどで。


 皿の上にいくつかのパンと、焼いた獣肉、片隅に塩の山。口直しのためか、酸味の強い木の実が置かれている。


 それらを次々に口に入れて、渋い顔をするジュナシアを横目に、落ち着かない様子でランフィードは周囲を見回していた。


 小さな家の中には食事を取るランフィードたちを笑顔で見ている家族がいた。父、母、小さな男の子、祖父、祖母。


「すみません、都の方の口には合わないかもしれませんが、どうぞお食べになってください」


 家族の中の、父親と思われる男性がランフィードに声をかけた。困惑しながらも、彼はパンを口に運ぶ。


 口に広がるのは何の変哲もない、極々普通のパンの味。そのことが、さらにランフィードを困惑させた。


 助けを求めるように黙々と食べるジュナシアを彼は見る。それに気づきながらも、ジュナシアは無言で食事をつづけた。


 ランフィードは反対を見る。共に食卓についていたマディーネもまた、困惑した様子で恐る恐る食事をとっている。


「おや、水が足りないようで。おまえ、水を汲んできてくれ」


「はいあなた」


 母親と思われる女性が水を取りに家の奥へと消えていく。一体何故食事をふるまわれているのかと、ランフィードは女性を見ながら考える。


 数刻前、彼らは山道を進んでいた。そして着く。とある村に。


 日の位置と地図から、この村は間違いなく魔術師の隠れ家。だがそこにいたのはオーダーに載る、人々を惨殺した魔術師ではなく、ただの村人だった。


 そこの村人たちは皆笑顔で彼らを迎え入れ、歓迎された。もはや困惑しないでいる方が難しい状況。


 ランフィードは耐えきれずに、彼を笑顔で見続ける家族に問いかけた。


「あの、どうしてこのような……歓迎するのですか? ここまでしていただいて、今更ですが我々はあなた方を知らない。どうしてこのような」


「それは妙なことを。魔法師様のご家族ですよね。いつもいつも大変お世話になっておりますので、むしろこの程度しかできないことを……」


「はっ? いや、どの魔法師様の……マディーネ様の御知り合いですか?」


「いいえ、私はここに来たのも初めてですし」


「う、うん……ジュナシアは、知ってるかい?」


「知らないな。だが毒ではない。俺が口にできるものは、毒ではない」


「ど、毒って君……出してくれた人の前で、いやすみません……」


「どうされました?」


「……いえ、やはり、駄目ですね。すみません皆様、何か勘違いしておられるようです。このまま歓迎をうけるわけにはいきません。この村のことを、教えてくださいますか?」


「……人違い? それはおかしい。魔力波長は私たちの世話になっております魔法師の方とよく似ております。同じ魔法師とは言え、ここまで似ることはありえない」


「それが何か勉強不足で私にはわかりません。ですが、人違いなのは間違いありません。我々はここに捕らえられているヴェルーナの姫君を助けに来たのです」


「うむむ? おいおまえたち、父さんと母さんも、少し席を外してくれるかな?」


 父親であろう男が、家族にそう告げる。それを聞いて彼の家族は家の奥へと消えていった。


 男は言い表すならばごく普通の村人、厚手の丈夫な服に、固いブーツ。山奥で暮らす者としてはごく普通の服装。


 ランフィードは彼を見て、少し違和感を感じていた。何か、違和感がある。それが何かわからないが、それ故に強烈に気味の悪さを感じさせる。


 男は椅子を持って来て、ランフィードたちの前に座る。


「私はこの村の長をさせていただいております。オードという者です。どうやら困惑させた様子。申し訳ございません」


「私はランフィード・セイ・ロンゴアド。連れの者はジュナシア・アルスガンドと、マディーネ・ローヘン。我ら三人、先ほどを申しましたが、ヴェルーナの姫君を助けにここまで参りました」


 ランフィードの紹介に合わせて、ジュナシアとマディーネが頷く。村の長であるオードは微笑み、深々と頭を下げた。


「それはそれは……ん? 姫様が捕らえられている? この村にですか?」


「……間違い、かもしれません。元々ここは魔術師の隠れ家と聞いておりましたが、実際来てみるとこのような平和な村があるだけでしたし」


「ふぅむ……まぁいろいろと情報と言うものは不確かなものです」


「確かに、それで……」


「ランフィード」


「うん? どうしたんだいジュナシア」


「俺の言葉には反応するな。黙ってるんだ。この男の言葉にだけ反応するんだ」


「え? あ、ああ……」


 制されて、ランフィードは口を噤む。彼は疑問に思ったが、隣にいるジュナシアがいつにもなく真面目な顔を見せていたために、言われた通り従うことにした。


 最も、ジュナシアの片手にはパンが握られているのだが。


「マディーネ、どう思う? 死霊か?」


「似た類かと」


「そうか、ランフィード、そのまま黙って聞いてるんだ。この男は音を聞いていない。全て見て反応している。聞く機能が無いんだ。表情を変えるな。目線も動かすな」


 ランフィードは言われた通り、黙ったまま目の前の男を見た。村長の男は、ジュナシアの言葉が聞こえていないようだった。


 彼は横目に、ちらっとジュナシアを見る。彼は食事をしながら、一切喋ってる気配を見せていなかった。器用だなと、ランフィードはふと思う。


「さぁ、ランフィード、話せ。そのうえで決めろ。お前が決めるんだ。この村をどうするかを。たぶんメリナ姫はそれを求めている。マディーネも手を出すな。いいな?」


「はい、わかりました」


「前提だ。頭に入れておけ。こいつらは、すでに死んでいる。ランフィード、見極めろ」


 どうにもランフィードには理解できなかった。ジュナシアたちが見えてるものが自分とは違うということ以外は。


 目の前にいる男は、明らかに普通の男なのだ。ならば、何を判断することがあろうか。


 ランフィードはとりあえず疑問を解決しようと、眼の前の男に話しかける。冷静を装って。


「すみません、あの、少し聞かせていただいても?」


「はい? 何でしょう」


「村長様、この村に来ている魔法師とは、名はなんというのですか?」


「名前……さぁ、存じません。名乗りませんので」


「特徴は、ありますか? 女性、男性、髪が長い、短い、髪の色、瞳の色」


「そうですね。女性の方ですね。赤髪の」


「……やはり私は思い当たりませんね。その方は、何しにこちらへ?」


「治療、ですね。治療。定期的に来ては我々の身体を治してくださいます」


「そうですか治療を。何か、病気なのですか? 定期的に治療とは」


「ああ、いえ、少しばかり持病が」


「なるほど、それは大変ですね」


「ええ」


 他愛のない話なのだろう。村長とランフィードはとりとめのない話をつづけた。正しく世間話。ある一定のラインを超えないよう、ある一定のラインで留まれるよう、彼らは会話を重ねる。


 意味がない、とランフィードは思った。これ以上は意味がないと。


 だから話すことにした。真っ直ぐに、誤魔化しなく。


「村長様」


「はい」


「本当にあなた、いや、あなた方は死人なんですか?」


「はい、やはり、魔法師様のお知り合いでしたか? すでに知っておられましたか」


「……知り合いではありません。ですが、連れの者はそういったことに精通しています。だから、わかるみたいです」


「なるほど、魔術師を訪ねて、ということはオーダー狩りですか。いや懐かしい」


「懐かしい?」


「二十年ほど前に、あなた方と同じようにここに来たお方がいました。小さな少女でした」


「はい」


「彼女は、魔法師でした。小さな子供でしたが、とても強い魔法師。当時ここには、魔術師がいたのです。死人の命を機械人形……オートマタに封じて、生前と同じことができるようにしようとした、魔術師が」


「……テスタメント?」


「はい。そして魔法師の少女は、うん、結論を言いますと、彼女はこの村にいた魔術師の女性を殺しました。いとも簡単に。ですが、それは間違いだったのです」


「人の魂を弄ぶ魔術師を倒したことが、間違いと?」


「魂とは、魔術師たちにとっては大きな魔力源。それを得るために殺戮を行う者もいました。そして、魂は余るのです。殺し過ぎて、集めすぎて、当然全部使えない。余るのです。テスタメント様は、人の魂がただ捨てられるのを嘆いておりました」


「……それで、オートマタ?」


「はい、つまりこの村は、消え去るはずだった魂にとって第二の人生。私は、数十年前にある村で暮らしていた農夫です。その村は地図から消されましたけどね」


「なんてことを……つまり、その、オーダーに載ってる罪状、人々の殺戮というのは」


「冤罪です。テスタメント様は、彼女は、間違いを起こした仲間の罪を償うために私たちを創り上げたのです。殺戮を行ったのは彼女の仲間です」


「……なるほど」


「会いますか? 彼女に」


「会えるのですか?」


「はい、彼女もまた、オートマタとして存在しております。ある魔法師様が、その間違いに気づいてせめてもということで、魔術師の彼女を同じ魔術でオートマタに封じ込めました。最も、封じるのに時間差があった。テスタメント様は、感情のほとんどが抜け落ちてしまっております」


「行きましょう。ジュナシアたちも、行こう」


「ああ」


 村長は立ち上がり、ランプを片手に持った。


 ランプの明かりに照らされて、村長の顔がよく見える。その村長の眼はガラス玉で。瞬きをしていなかった。


 ランフィードはこれにいち早く気づいたジュナシア達に感服していた。そして思う、自分の未熟さを。


 彼らは、小さな家を出て村の奥へと消えていくのだった。

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