第2話 太陽
「んーで? この期に及んで何故反対意見がでるんだァ? 馬鹿なのか文官たちは? 小競り合いだけで全滅しそうな勢いなんだぞロンゴアド兵団は。なぁ、おい聞いてるのかよ兄者よォ」
「聞いとる。文官共は自己保身しか考えとらんからな。彼奴らは我ら武官と違って武功という目に見える成果を出すことが難しい。反対ということでも声を上げておかねば、明日にでも消え去ってしまう者たちだ」
「政争ねェ……俺ぁわかんねぇな……政治は面倒だ。兄者団長変わってくれよ。やっぱり俺は、剣振ってるだけでいいんだよなァ」
「毎回毎回会うたびに貴様は……だいたいな、利き腕を飛ばされてどうやって剣を振るというのだ。うんボルクス?」
「それを言うなって……」
大きな扉の前で、大きな男が二人壁に寄りかかって立っている。一人は筋肉質な身体を持つ、壮年の男ロンゴアド兵団副団長ベルクス。そしてもう一人は隻腕で長身の男、ロンゴアド兵団団長ボルクス。
扉の向こうは巨大会議場。昼下がりの太陽が窓から差し込み、彼らは人を待つ。草臥れた様子で。
暫くの間、二言、三言言葉を互いに交わした後、その扉に続く廊下の奥から一人の男が現れた。黄金色の長髪を持つ、煌びやかな衣服に身を包んでる男。
その男を見て、ボルクスとベルクスは姿勢を正して頭を下げた。
「殿下、お戻りで。まだ日が高いうちに戻られるということは、やはり駄目でしたか?」
ベルクスが声を出す。言葉をかける黄金色の髪を持つ男の名は、ランフィード・セイ・ロンゴアド。ロンゴアド王国が第一王子である。
「うん、ほとんど門前払いだったからね。一日滞在できたけど無駄骨だったよ」
「リュード共和国でもその扱いとは……」
「やはり女王国の声が欲しいな。だがあそこを巻き込むってのはな。ベルクス、会議の方はどうだった?」
「はい、概ね賛同は得られています。しかしどうにも文官たちが無駄な質疑で足を引っ張る始末で……」
「ふぅ……命も賭けずにただ喚くだけというのも、何というかな……思っちゃいけないんだろうけど、黒い感情が沸くよ。中身のない口出しだけしかできない者を、家柄だけであそこに添える。それは階級社会の黒い部分だよね」
「殿下……」
「ボルクスは傷、治ったかい?」
「あっはっは、恥ずかしいモノをお見せしました。なぁに、腕の一本ぐらい何てことありませんって」
「恥ずかしいことなんてあるもんか。ファレナ王国騎士団長……彼は強かったからね。無理しないようにしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「うん、それじゃ報告をしたい。父上と重鎮たちを会議場に呼んでくれないかなベルクス」
「昼食をはさんで会議を行う手筈になっておりますので、しばらくすれば皆来ると思います」
「ああ、それは助かる。それじゃ僕らは先に入ってよう。アルスガンド殿も参りましょう」
扉を開ける。気が付けば、ランフィードの後ろには黒い衣装を着たジュナシア・アルスガンドが立っていた。
慣れたもので、ベルクスもボルクスも突然現れた彼に眉一つ動かさない。二人の間を通って、ランフィードとジュナシアは会議場に入る。
大きな会議場、中心には円を描くように置かれた椅子と机。離れた場所には国王が座る玉座。
ロンゴアド国の全ての政を決める場所がここ。ジュナシアたちは玉座に最も近い席に二人ならんで腰かけた。
席に着くと、ランフィードは大きく息を吐いた。一息つけると言わんばかりに腰に付けていた保存食の余りを口に含み、それを水で流し込む。
「はぁー転移陣があるとはいえ、疲れたね……アルスガンド殿、護衛の上、姿を消して私の個人的な時間まで確保してくれるのはとても嬉しいのですが……何か、話しませんか?」
「何か……とは? 政治の話ならば他の者と」
「政治はいいんです。同年代の男同士がするような話を。あーいえ、私は同年代の友人を持ったことがないので、何を話せばいいのかはわかりませんが」
「うん……そうですね」
大広間に二人、席を隣り合わせて、口数が多い方ではないジュナシアはランフィード王子の言葉に少し顔を曇らせる。
何を話すべきかを必死で彼は考える。同年代の友人がいたことはあったが、それでもジュナシアは一族の長の息子。どこか壁があったから、うまく会話ができる自信が無かった。
故に、無言。
「ははは……急に言われても困りますか。ですよね。それじゃ……そうですね、私はオペラが元々好きだったんですが、今回行ったリュード国にある劇場、そこでの一幕はとても面白いものでしたね。特に、騎士の口上部分の言い回し、中々に興味深いものでした。アルスガンド殿はどうでした?」
「……よくわかりませんが、何というか、綺麗すぎてどうにも」
「ああ、確かに現実の戦場と比べると綺麗すぎますね。戦場で剣を止めることなどほとんどありませんから。アルスガンド殿は、もっと現実感合った方がいいですか。何が好きですか?」
「音楽は特に、思いつきません」
「ああ、いえ、何でもいいんです。食べ物、文化、景色、何か好きな物、ありませんか?」
「うん、そうですね……好きな……砂糖飴、とか」
「砂糖飴? あの、よく市場で売ってる砂糖を溶かして固めただけの四角い飴ですか?」
「……子供っぽいとは言われますが」
「ははは、いいじゃないですか。私も好きですよ。うん、今度お戻りになられるときには沢山買って差し上げましょう。護衛任務の報酬です」
「そこは金でお願いしたいかと」
「ん? もちろん、報酬金もつけますよ。ははは、勘違いさせましたかね」
「……まぁ」
爽やかな笑みを浮かべるランフィード。高貴さを持つ男ながら、この何とも言えない親しみのある顔は出会う人すべてにカリスマを感じさせる。
方向としてはジュナシアとは正反対ではあるのだが、何故か彼はジュナシアによく話しかけていた。それは単に交流を深める上っ面の会話というよりは、友人に話しかけるようで。
ジュナシアにとってそれは悪い気分ではなかったが、それでも少しだけ、煩わしさを感じていた。基本的にジュナシア・アルスガンドという人間は口下手なのだ。
そうこうしてるうちに扉が開き、城の従者たちが机に飲み物を置いていく。それに続いて、ゾロゾロと入ってくるのはロンゴアド国の重鎮たち。
皆一様に暗い顔を見せ、下を向いて席につく。もうすでに席についている王子に対し頭を下げる者もいる。気づかない者もいる。
ランフィードは彼らに対して何も言わない。あまり好きではないのだろうかと、ジュナシアは思ったが、すぐにどうでもいいことだと思い、気にしなくなった。
全ての席が埋まり、重鎮たちは重々しい空気を出す。そして最後に入ってくるのは赤い巨大なマントに身を包んだ、ロンゴアド国王。会議場にいた全ての者は立ち上がり、王に対して礼をする。
王は手を上げ彼らに応える。そして、王の隣に立つのはロンゴアド兵団が騎士団長ボルクスと、ベルクス。
ボルクスは国王とベルクスに対して礼をした後に、大きな声でこう言った。
「それではロンゴアド国臨時会議を始める! まずはランフィード殿下の報告を聞いてもらいましょうかね。それでは殿下」
「わかった」
立ち上がるランフィードに、視線が集まる。ランフィードは緊張することなく、少し眼を瞑り考えをまとめると、話し始めた。
「さて、ではリュード共和国に世界諸王会議開催のための協力を頼みに行った件ですが……すみません、何も話せることはありません。リュードは中立だからと門前払いを受けました。重鎮どころか、重役にも会えていません。事務方の者に宿を借りていただいただけで、そのまま帰されました」
空気が凍る。重鎮たちの中には怒りの顔を見せる者もいる。
一国の王子が出向いて、それでも尚、重役に会うことなく帰される。それは、つまり、ロンゴアド国が軽んじられているということ。
国王が溜息をつく。ランフィードはそれを感じ、何とも言えない顔を見せる。
「ここ一か月のファレナ王国との国境沿いでの小競り合い、完全に我らが押されてること世界中に知られているようです。つまり、リュードはファレナ王国に逆らうようなことはしないという判断ですね」
「ランフィード」
「はい、国王陛下」
「諸王会議開催の条件、世界議会条約を締結している三国以上の同意による開催意志の通達。未だ協力国が得られんが、難しいか?」
「はい、ファレナ王女を一国の代表として宣言させる、ということも考えましたが……」
「ふぅ……だが常識で考えてもそれは強引すぎる。諸王の心象を悪くすれば我らが狙い、ファレナ王国後継者に対する不正の追及。難しくなるであろう。少なくとも前国王の王妃が向こうにおるからな」
「その通りです」
「ランフィード、忘れるな。議会で主張することは二つ、ファレナ王国が現在クーデターによって正常に機能していないということ、そして」
「ファレナ王女の即位」
「うむ、この戦、もはやまともに勝てぬ。ならば戦をする大義を消す。現ファレナ王国は我々が先に宣戦布告したと言ってるからな。我々は、それは間違いであるということを諸王に伝え、支持をうけなければいけない。その上で、援軍を得る」
「故に、心象を気にして強引に動けない。それが一か月もかかってる理由の一つですね。うん……困ったもんですね」
もはやロンゴアドの重鎮たちにかける言葉はない。彼らは皆暗い顔をして、口を真一文字に閉じて王子の顔を見る。
ランフィードは考え込むように顎を触りながら、席に座った。国王のため息が会場に響く。
「……誰か意見は無いか? 何でもいい、誰か案を」
ロンゴアド兵団副団長ベルクスが、沈黙に耐えられず全員に問いかけた。当然のように、誰も答えることはないが。
「……ランフィード」
「はい」
国王が渋々といった顔をしながらランフィードを呼んだ。その顔に、ランフィードは何を言われるのかを察したのか、顔を下へと向けた。
「ヴェルーナ女王国には、いつ行くのだ? 間違いなくあそこならば協力を得られるであろう?」
「……確かに、ですが。メリナ姫様を巻き込むことは」
「私情は捨てよ。いつまでも綺麗なままでいれると思うでないぞ」
「しかし……これは、いや、間違いなく世界規模の戦争の引き金になります。いかに世界会議で宣言できたと言えどもまともに即位などできるわけがない。あの国は、女王国は非交戦国なのですよ?」
「もう一度言おう。私情は捨てよ。あの国は地形的に我が国を通らねば攻めれん。我が国が落ちぬ限りあそこは落ちはせんであろう」
「ぐっ……非交戦国であり、絶対中立国であり、魔法機関の本部があるあの国に戦乱を持ち込むなど……父上……」
「中立故、傾けば世界の支持を受けれる。如何にお前の恋仲である姫君がいるとは言え、もはやほっておけまい。違うか息子よ?」
「……違いません」
「気持ちはわかるが、それしかあるまい。明日、出立せよ。いいな? こうしてる間にも国境の兵士たちは眠れぬ日々を過ごしているのだぞ」
「はい……」
「忘れるでない。会議は、話し合いはただきっかけだ。現在のファレナ王国が侵略国家であることを知らしめた上で、戦わねばならんのだ。世界の軍勢を持ってな」
「わかりました。すみません、父上、少し、いえ、今日は休ませてもらいます」
「うむ、辛かろうが、踏ん張りどころだ。耐えよ息子よ」
「はい、アルスガンド殿、少し、お付き合いを」
場に響くのは椅子の脚が床に擦れる音。ランフィードとジュナシアは立ち上がり、国王に一礼したあと会議場を後にした。
横を通る重鎮たちは何も言うことはなく、まるで置き物のように座っている。それを見て、これを喰わせるために税を払う国民は何とも不幸だなと、ジュナシアは思った。
会議場を出て、ジュナシアたちは王族が住む城の一角に入る。ランフィードは暗い顔を見せて、長い長い廊下を歩いていく。
ふと、彼は立ち止まった。窓から城下町が見える位置に彼は立ち、静かにそれを見ていた。そして、しばらく経った後、彼は口を開く。
「僕は、ここから見える町の景色が好きなんです。大広場も見えます。人々が、行きかう様子が好きなんです。先ほどの話の続きですが、アルスガンド殿は何か、好きな景色とか場所とかありますか?」
「……庭の花壇、ですかね」
「花壇?」
「自分の家の、花壇。種から植えた花は一つも無くて、そこには村の周りの山々に咲く様々な花があります。花々の名前は……教えてもらいましたが忘れました」
「それは、綺麗ですね。一度見せてもらいたいものです」
「今はありません。燃やされましたから」
「そう、ですか。残念ですね」
「まぁ、そうですね」
そして無言、二人は窓から外を見て、ただ何も考えず立っていた。日が動く間、ただただ立っていた。
「アルスガンド殿は、好きな女性とかは、おられますか」
「……まぁ、いなくは、ないです」
「そうですか、先ほど出たヴェルーナ女王国ですが、そこの第二王女であるメリナ姫様と僕は、文通を通して知り合ったんです。今では将来を約束しております」
「そうですか」
「ええ、とても綺麗な人で、彼女の言葉に、文章に、何度も助けられたものです。ですから、正直、その彼女がいる場所に、こんな厄介ごとを持って行きたくはない……アルスガンド殿」
「はい」
「僕は、私は――間違ってますかね。自国よりも他国、自分よりも他人、間違ってますかね」
「ええ、まぁ、間違ってるのではないですか」
「やはり……そう思いますか」
「したくないことをしないならば、それは間違いではない。ですが、あなたは本心では仕方がないことだと思っている。巻き込もうと思ってる。違いますかランフィード王子」
「……そうです」
「ならば間違っている。今あなたが考えるのは、後悔や言い訳ではない。どう守るかということ。したくないという後ろ向きの心は捨て置くべきでしょう。だから、悩むことが間違いです」
「はい……確かに、僕もまだまだ、為政者としてはまだまだ、ですね」
「ふぅ……王子、今夜は食事はここでとりますか?」
「はい、そのつもりですが。ああ、アルスガンド殿は一旦帰っていただいても大丈夫ですよ。馬車を出しましょう。明日の朝また来ていただければ」
「王子も、家に来てみませんか。リーザは無駄に量を作る。一人や二人増えたところで大丈夫でしょう」
「……食事に招いてくれると?」
「そのまま一泊していくといいでしょう。無駄に広い家を貰いましたんで、一部屋ぐらいは開けれます。まぁ少し埃っぽいかもしれませんが」
「いいですね。是非」
「では行きましょう王子」
「はい、っとそうだ、アルスガンド殿」
「はい」
「同い年だと聞いています。どうです、私のことはランフィードとそのまま呼んでくれませんか。どうにも壁を感じて。あとちゃんとした場以外では敬語もやめましょう。無理してるでしょうアルスガンド殿、わかりますよ」
「わかったランフィード。それじゃ、俺のこともジュナシアと」
「ええ、ありがとうジュナシア」
そして二人は来た方向へと戻って、城の外へと向かった。日がすでに頂上を過ぎて、傾き始めている。
暖かい日差しの中、城を二人は歩く。肩を並べて、ランフィードは感じていた。きっと明日になればしばらくは止まれなくなるだろうことを。そして願った。全てがうまくいくことを。
太陽の動きと共に、彼らの運命もまた、動こうとしていた。




