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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第24話 白い偶像

 ロンゴアド国は王政である。だが政は国王のみによって執り行われるものではなく、どんな場合であってもまずは国の重鎮たちによる協議によって執り行われるものである。


 大きな大きな会議場で、今日も怒号が飛び交う。議題はファレナ王国に従属するか否か。


「ふぅ……」


 玉座にて、国王は大きくため息をつく。一つも進まないその会議に、あからさまに疲れを表す。国の重鎮たちは皆、国王のその姿に目もくれずに、不毛な話し合いを続ける。


 国王の横には全身を包帯で包んだ屈強な大男、ロンゴアド兵団副団長ベルクスが同じように何とも言えない表情でそれを見ていた。


「ベルクスよ」


「はっ、陛下如何なされました?」


「余は、文官たちの会議などこれ以上は時間の無駄であると思うのだが、何か意見は無いか?」


「私は、国王の意に従うのみでございます」


「うむ、そういうだろうとは思うたがな。それでもお主の意見を聞きたい。文官共は結局のところ、自分の意見以外は耳に入れん。これではただの口喧嘩よ」


「いやはや、しかし、私が口を出せばそれだけでとやかくいう者たちです。ご勘弁くだされ」


「ふぅ……」


 王は疲れてきっていた。世界屈指の兵力を持つロンゴアドの国でさえもこのありさまだった。気が付けば、今日もまた日が傾こうとしていた。


「これではファレナ王国の定めた期限である一か月などあっという間にきてしまうな。ふぅ……何か、何か欲しいところだな」


「全くですな。陛下、そろそろ本日は」


「うむ……」


 国王が立ち上がる。口論に熱くなっていた国の重鎮たちは、その国王の姿を見て一人、また一人と黙っていった。


 しばらくの後に、会議場は静寂に包まれる。


「……皆、本日もご苦労であった。大臣よ。本日の議論、まとめてくれんか」


「は、はい」


 額に汗を浮かべた小太りの大臣が立ちあがる。その汗をぬぐいながら、もごもごと言葉を絞り出していった。


「ほ、本日は、やはり従属派が強く、しかし、抗戦の可能性があれば、そちらもまた手段として……」


「はぁ……よい。もうよいわ。まとめれんのならばそれでよいわ。では、今日はここで解散せよ」


「申し訳ございません陛下……」


 王は玉座より立ち上がる。場にいた文官たちはそれに続いて立ち上がり、皆深々と頭を下げる。


 その時王は見た。頭を下げた文官たちの後ろに白いドレスの女が立っているのを。そして黒い装束の男女が立っているのを。


 あまりにも突然のことに、王は目を丸くさせてその場に立ち止まる。王の視線に気づいたベルクスは幅の広い剣を抜き王の前に出る。


 頭を下げている文官たちは誰一人それに気づくことは無く、王は、ベルクスは、あまりにも突然で言葉を発することができなかった。


 白いドレスのスカートをつまんで、白い女は大きく頭を下げる。


「突然の訪問、申し訳ございません皆さま」


 ファレナは静かに、丁寧に、言葉を発した。文官たちはそれに反応し、皆蜘蛛の子を散らすが如く素早い動きでファレナを中心に離れる。


 ベルクスはその声を聞いて、漸く口が動き出したのか、どもりながらも声を上げた。


「ど、どど、どこから来たのだ!? こんな簡単に、ここは王城が最奥の会議場だぞ!?」


 震える言葉とは裏腹に、彼の剣を握る手には震えなどない。動揺が身体にあらわれないところに、武人であることを伝える。


 ファレナの隣にいたジュナシアは、単純にそのことに感心していた。


「落ち着いてください。わたくしはあなた方と敵対するつもりも、戦うつもりもございません」


 ただ、静かで、凛としていて、そこにいた白いドレスを着たファレナは、まぎれもなく高貴さを感じさせる。


 その姿に、その態度に、ロンゴアドの国王は玉座に座り直して、同じく、静かに口を開いた。


「……何者か? 名をお聞かせ願おうか」


「はい、国王陛下。わたくしはファレナ王国が王女、ファレナ・ジル・ファレナと申します。今日は、この共の者の力を借りて、この場に参らせていただきました」


 ファレナが名乗ると周囲にいた文官たちがざわざわと騒ぎ始めた。敵国か、宗主国か、そのどちらかになろうとしている国の王女が目の前にいるのだ。当然の反応だった。


 当然、場内で彼女を見た者もいる。しかし、その時の町娘にしか見えない服装の彼女と比べると別人のような今の姿に、誰も一目でわかる者はいなかった。


「国王陛下、本日はお願いがあって参りました」


「ほぅ、何かねファレナ嬢。いや、そうだな、少々待ってもらえるか? 皆の衆、そのまま着座せよ。ベルクス、姫様に椅子を」


「しかし、陛下、あの男、見覚えがあります。我が部下の手足を分断した者です。すさまじい力の持ち主です」


「うむ、それは強力な護衛を持っておるな。ベルクス、椅子を用意いたせ。失礼にあたるぞ」


「……わかりました。文官たちよ。席に戻るがいい」


 ベルクスは剣を納め、手を二度叩いた。どこからともなく兵士たちが現れ、あっという間に会議場が整えられる。


 王族が座る幅の広い椅子がファレナに用意される。躊躇することなく、彼女は椅子に座り、眼の前に置かれた飲み物を口に含んだ。


 ティーカップが静かに置かれる。その仕草も、たたずまいも、完璧そのもの。ファレナは静かに、両手を膝において王の言葉を待った。


「では、その願いとやらを聞こうか」


「はい、時間がありませんので手短に。ロンゴアド兵団をお貸し願えませんでしょうか」


「何故?」


「ファレナ王国が霊峰ハーボルト山脈に設置された兵器、一撃で町や村を消し飛ばす兵器、それを破壊するための兵力です」


 場がざわめく。文官たちは、思い思いに隣の者と話し始めた。その声はあっという間に広がっていく。


「静まれ、今は貴公らが話す時ではない」


 王が一喝する。場は、また静寂に包まれる。


「すまぬな。して、妙なことだと思うが、何故にファレナ姫は自国に牙を剥くような真似を?」


「はい、実はファレナ王国は今、父が、国王が暗殺されてからまともな舵取りが成されていません。現国王代行の王妃と、騎士団長、この二人の独断によりこのような凶行に及んでいるのです」


「……うむ、確かにあの国王が存命ならばこのようなことはおこるまいて。あの者、確かに曲者ではあったが、それでも皆の平和のために生きていたからな」


「はい、そこで、話を戻しますが、ロンゴアド兵団をお貸しください。ここにいる我が従者二名、それに、魔法機関の協力。さらにロンゴアド兵団。これだけ揃えば魔術協会とファレナ騎士団とはいえ打ち破ることができます」


「なんと、魔法機関の協力も得たのか?」


「はい、もしご協力願えるのでしたら、魔法機関より人をこちらに呼ぶことになります」


「ほぅ……」


 国王は考え込むかのように口を閉じる。眉間にしわを寄せて、王は静かに考えを巡らせた。


 文官たちは不安そうな顔で王をみる。


 しばらくの沈黙の後、たまらず大臣が口を挟む。


「いけません信用なさっては! 抵抗させることが目的かもしれません! 兵器とやらを、使うために!」


「大臣よ、そちは」


「いいえ! 国王陛下、従属こそが我が国存続の手段。戦えば、全ては灰と化し、この300年来続いた我が国も世界から消え去ってしまいます!」


「……うむ、やはり、その意見もあるな。ファレナ姫よ。貴殿のことも確かに理解はしよう。だが全て憶測。あと一つ何か材料が欲しい」


「と、申しますと」


「我が兵団が入ることで勝てるとする根拠を教えてくれんか」


「はい」


 スッと、ファレナは立ち上がる。そして周囲を見回し、小さく息を吸う。


「ニュドリアスの剣。第7章、一つは今、一つは未来。今を選べば、未来は見えず、未来を選べば、今には戻れず。しかして忘れることなかれ。その選択は自らの手で行わなければならない」


「…………なるほど、余もその書、好きだったわ」


「国王陛下、勝てる根拠などはありません。ですが従属という今を選び、破滅を逃れたとしても、それはただ先へとおいやっただけのこと。つまり」


「結局のところ、近い将来滅ぶ、か」


「はい、忘れてはいけません。ファレナ王国は、決してロンゴアドの未来を選びはしないのだと」


「確かにな。その通り、その通りだ。ベルクス」


「はっ」


「日が昇る前に兵団をまとめよ。我が国は、ファレナ姫に協力する」


「はっ、直ちに」


「姫よ。明日は早い。どうぞ、我が城にて一泊していってくださらんか。最高の部屋を用意いたそう」


「はい、ありがとうございます」


「では皆の衆解散だ! しかと寝ておけ!」


 王は号令を下す。文官たちも、もはや誰一人文句を言う者はいなかった。王の意志が固まったのだ。いう必要もなかった。


 ファレナは安堵する。そして首を横に向けて、耳打ちするかのように隣に立っている黒装束の女性に話しかける。


「姫様、姫様、これでいいですよね? 私、完璧だと思いません? 魔道具で変装も完璧ですよね? ね?」


「凄いですリーザさん、もう何かすっごいかっこよかったです。最初はどうなることかと思いましたけど。こんな風に答えれませんからやっぱり私がやらないで正解でした」


「ふへへ、私こういうの得意なんですよね。でも明日は姫様が姫様してくださいよ」


「はい、わかりました。セレニアさんの恰好すると服がきついですし、明日は私がそっちします。お腹回りとか、胸回りとか、セレニアさんちょっと痩せすぎだと思うんです私」


「というよりも姫様が太……あ、いや、ははは」


 ぼそぼそと話すファレナの恰好をしたリーザに、セレニアの恰好をしたファレナ。それを横目に、ジュナシアはどこか呆れたような顔をした。


 彼は天井を見上げる。全ての気配と、視線をかわし、セレニアが天井にへばりついていた。いざという時のための護衛だが、その姿が彼には妙に滑稽に見えた。


「それじゃ姫様、扉の所で案内が待ってます。お部屋行きましょうお部屋。お腹、すいたでしょ?」


「はい、正直もう倒れそうです。ジュナシアさんも急ぎましょう」


 セレニアの姿をしたファレナが微笑み、ジュナシアの手を取る。何ともいえない不思議な感じに、彼はふっと微笑んで、そして引かれるままに歩ていった。


 そして夜は更ける。世界を救うための歩みは、今着実に進んでいた。

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