第18話 決戦の園へ
日は落ち、城門は閉じる。ロンゴアドの城の裏口から、不安そうに周囲をきょろきょろと見回しながらリーザはでてきた。
その怪しさはまるで盗賊のようで、滑り込むように彼女は裏口にある木へと走る。
「姫様ぁ……姫様ぁ……情報集めてきましたよぉ……」
ぼそぼそとリーザは呟く。その声を聞いて、木からファレナは顔を出した。
「リーザさんこっちこっち」
ファレナの手招きに迎えられて、リーザは木の裏へと駆け寄る。そこには木の根元に座るジュナシアの姿があった。
彼を見て、リーザは少し怯えたような顔をした。その顔を見てファレナは尋ねる。
「まだ慣れないんです?」
「い、いえ、もう大丈夫です。んんっ」
リーザは咳ばらいをした。二度息を吸って吐き、心を落ち着かせる。
そして彼女は一つずつ、調べたことを話し始めた。
「えっと、とりあえず、状況ですが、城の中はファレナ王国騎士団の者ばかりでした。ロンゴアド兵団の者も少しはいましたけど。ちょっと聞いてみたんですけど、シャールロットの命令らしいですね」
「へぇ、リーザさん凄いじゃないですか。セレニアさんでもわからなかったですよそれ」
「えへへ、何だかんだで聖光騎士ですから」
「ちっ」
木の上から舌打ちが聞こえた。リーザがビクッと反応して上を見上げると、セレニアがふてくされたような顔で木に腰かけていた。
「わ、私はあなたを馬鹿にしたりはしてないわっ!? 姫様がおっしゃったんだから!」
「女騎士、黙って続けろ。私は何も言ってない」
「は、はい……」
セレニアの言葉に、リーザは冷や汗をかきながらも深呼吸して心を落ち着かせ、言葉をつづけた。
「……さすがにロンゴアド兵団も少しおかしいなって思ってるそうで、結構怒ってる兵団の方もみられました」
「内輪などどうでもいい。問題はシャールロットの場所だ。おい女騎士、どこにいるかは聞いたんだろうな?」
「え、ええまぁ……なんであの女こんなに威圧的なのよ……はっ!?」
リーザの呟きを聞いたのか、セレニアが一瞬でリーザの目の前に現れる。その顔は悪戯を楽しむ子供のように、ニヤリと笑うとリーザの頭に手を乗せた。
「さぁどこにいるって?」
「は、はい、何故そこにいるのかは誰も知らなかったんですけど、城下町から離れたところにある屋敷か、廃村跡地、大概どっちかにいるらしいです。そこから使い魔経由で指示が飛んでくるとか……」
「二か所か。今日はどっちにいると?」
「わかりません。騎士とは言え、魔術師ですから。たぶんどっちかの潜伏地はフェイクだと思うんですけど……一応オーダーに載ってる人ですし……」
「ほぅ、二か所とは言え、場所が判明してるだけ二流だな」
セレニアはリーザの頭から手を離すと、腕を組み、何かを考え込むように口を押えた。木に座っていたジュナシアもリーザの言葉を聞いて立ち上がる。
「二手に分かれようセレニア」
「賢明だな。それじゃ見つけた方が殺す、でいいな?」
「待つ必要はない」
「わかった。それじゃ私は洞窟、お前……ジュナシアは廃村だ」
そのセレニアの言葉に、ジュナシアは頷いた。
「そうだ、姫様と女騎士はどうする? 二人だけにしていくのか?」
「駄目だ。連れていく」
「そうか、面倒だな」
その言葉本気で、セレニアは気怠そうにファレナとリーザを見る。
数秒止まって、セレニアは溜息をついた。
「ちっ、わかった。お前が連れていけ。私は暗殺向きだしな。お前の方がお荷物を運ぶには適している。全く……何故女ばかりお前の周りには増える……はぁ、欲しいモノは欲しいと言え、か……なかなかな……」
「セレニア」
「何だ?」
「万が一もある。死ぬなセレニア」
「ふふ、なに、お前を残して死なんさ。それではな、無理はするなよ」
優しく微笑むセレニアの顔を見て、彼は自然と笑みを浮かべた。
そしてセレニアは消える。彼は顔をスッと険しくさせると、ファレナたちをわきに抱えた。
「セレニアよりも、早く行きたい。気をしっかり、跳ぶぞ」
「ジュナシアさん? 一体何を?」
「え、ええ!? ちょっと、何いきなり触ってるのよ! ちょっとおろしなさいよ!」
足、筋肉を膨張させて、地面を蹴る。
ジュナシアが蹴った地面は音もなく抉れる。彼は二人を抱えて大きく、大きく跳び上がった。城壁を飛び越えて、暗闇の中町の空へと舞う。
「ひぃぃぃ! 空走ってる! 走ってる! 何こいつぅぅぅ!」
リーザの叫びを空に吸い込んで、夜の町を彼らは飛ぶ。一歩毎に空を光らせて。
景色が後ろへ流れる。リーザは眼を瞑ってその景色から眼を背け、ファレナは眼を見開いてその景色から眼を離さずに。
「空って、走れるんですね」
「喋るな。口を切る」
その足は、馬よりも早く、道は関係なく、気が付けば、月夜の町は通り過ぎて、あっという間に郊外へと着く。
そして、彼は立ち止まり、地面に二人を降ろす。いつの間にか空の上を駆けていた彼は、地の上に立っていたのだ。
「ぐえっ」
ファレナは地面に立ち、眼を瞑っていたリーザはそのまま地面に投げ出された。涙目になってリーザはボサボサになった赤髪を撫でつけながら、彼女は顔を上げた。
「何なのよもう……いったいなぁ。肉体強化の術式なんて今時使う人いるぅ? はぁ……」
腰をさすりながらリーザは立ち上がる。気が付けば、周囲は真っ暗闇。小さな虫の声すらもしない。
周囲を見回して、ジュナシアは指を二度はじく。小さな光が指先に集まって、その光は小さな光の羽となった。
ひらひらとそれは舞って、空へと消えていく。
「何してるんです?」
「気にするな。聞いてもわからない」
「それはそうかもしれませんが……リーザさんわかります?」
「使い魔ですね。男性なのに、綺麗な使い魔使うのねぇ」
「何です? それ」
「軽い偵察とか、警戒とか。まぁ何かあったらわかる程度ですが、基本的なものですよ」
「へぇ」
唐突に彼の表情が曇った。彼はじっくりと周囲を見回す。
「リーザ」
「はい!?」
唐突に呼ばれたリーザは身体を硬直させた。
ジュナシアはどこからか取り出した青い玉をリーザに向かって突き出した。リーザはそれを訝しながらも受け取る。
「これは?」
「それを使ってファレナを守れ。使い方は魔力を流すだけでいい」
「ええ? だから何よこれ!?」
「壁ができる。魔道具の一つ」
「どんな壁?」
「対物理と対魔、三重」
「……すっごいの持ってるのねぇ。え、ちょっと待って、ということは」
「いる。こっちが当りだ」
人は、ここまで震えあがることができるのか。リーザはそれを聞いて、髪の先まで一気に逆立ててプルプルと震え出した。
「な、ななながれできたけど、ほ、本当にオーダー狩りををを」
「リーザさん」
「ひ、ひひ姫様! っていうか何で姫様がきてるんです!? 危険じゃないですかぁ!」
「うーん、どうせどこいても危ないですし、それなら、少しでも離れない方がいいじゃないですか。ねぇリーザさんもお強いですよね。守ってくださるんでしょう?」
「そんな何で……あなた! どうして連れてきたの!? あなたほどの人なら手助けなど!」
「お前たちは、何もしないでもいい」
「答えになってなぁい! 質問に、答えなさい!」
「……はぁ」
彼はリーザに背を向けて、小さな溜息をつく。説明するのが面倒だと、体中で表現するように。
「セレニアはああ見えて説明好きだから、あいつがいる時に言ってもらえばよかったか」
「答えなさい!」
「……全く」
ジュナシアは彼女を無視してゆっくりと前へと進んだ。それを見て、リーザは怒りのまま彼を追いかける。
彼らが進む先は、廃村。廃村の奥で、男は笑っていた。暇つぶしになると、その男は思い、そして笑っていた。




