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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第66話 エリュシオン

 魔に関わる者にとって、その名は絶対である。


 ありとあらゆる道が有れど、終着点は全てそこ。人の果て。魔の果て。世界の果て。全ての者が自覚の有り無し関係なく目指しているその場所は、エリュシオン。


 その場所は全ての人にとっての理想郷。


 そこには全てがある。望むもの全てがある。


 奇跡を起こすは無限の魔力。この世界にあって、この世界にないその力。魂の源。


 誰もがそこは、遥か彼方にあると思っていた。


 誰もがそこは、目指すべき場所であって到達すべき場所ではないと思っていた。


 全ての道はそこに続いている。


 全ての人はそこに続いている。


 全ての魂はそこに至る。


 『そこ』とは、何処なのか。


 誰もが気づいていたはずだった。


 誰もが知っていたはずだった。


 しかしながら、それはあまりにも当たり前だったから、見つけることができなかった。


 『そこ』は、人が至る場所なのだ。


 故に、『そこ』は、誰もが至れる場所でなければならない。


 誰もが、至れる場所にそれはある。


 それは、魂の座『エリュシオン』


 それは輝く世界だった。

 それは人の世界だった。

 それは当たり前の世界だった。


 救いはここにある。救いはすぐ傍にある。



 ――だから、終わりは永遠に来ない。



 風が止まった。


 雨が止まった。


 地鳴りが止まった。


 星の足掻きが止まった。


 訳も分からず、世界が砕けていく様を見ていた人々は、また訳も分からず、その光景を見ていた。


 闇が訪れる。平穏な、暗い暗い夜が訪れる。いつも通りの夜が訪れる。いつも通りの夜の、空にあるのは当然のように、月。


 月があった。巨大な月があった。その月には顔があった。その顔には表情があった。


 驚いて固まっている。


 眼を見開いて、驚き固まっている。何が起きたのかと、困惑している。


 心がないはずのそれが、困惑している。


 それもまた、彼もまた、人として生を受け、夢を求め必死に歩き続けたのだ。


 ならばこの光景に、思うところがないはずがない。


 偽物は、本物を目指す。


 全ての人に救いを。


 全ての命に救いを。


 この醜悪な世界を、美しき世界に。


 輝ける未来のために。


 漆黒の月夜に孕んだ奇跡を胸に。


 白百合の中で理想郷を仰ぎ見れば。



 ――立っていた。



 世界中至る所で、人が立っていた。


 白、黒、黄、緑、橙、青、赤、一人一人が色を放ち、光り輝く身体を持って立っていた。


 それは、過去だった。


 嘗てこの世界で生きて、そして死んでいった過去だった。


 過去の人だった。


 もう二度と会えない人たち、いなくなった人たち、消えたはずの魂たち。それが世界中いたる所で姿を現した。


 死んだ人には、二度と会えない。それは当たり前のこと。強い心を持って、人は大切な人との別れを乗り越える。



 ――立っていた。



 彼女もまた、立っていた。


 白百合の中心で、黄金の輝きを放って彼女は立っていた。


「姫様! 姫様ですよね!?」


 リーザの声が闇夜に響き渡る。その声を聞いて、彼女は優しそうに微笑んだ。


「はい、やっと見つけてくれましたね」


 身体がないためか、その声は音ではなかった。


 頭の中に直接響き渡る言葉。距離も場所も関係なく、その言葉はまるで耳のすぐ傍でささやかれるような奇妙な声だった。


 彼女を守るための騎士になろうと思い、終ぞ守り切れなかったリーザにとってその声は、どんな刃よりも鋭く心に突き刺さる。


 よろよろと歩くリーザの瞳には涙が溢れていた。それは、大切な人に会えたことによる涙だった。


 誰もが時を重ねれば、人の死を乗り越えることができる。その人に会えないから仕方なく、乗り越えるしかなくなる。


 だから、もし会えてしまったらば、誰もが涙を流すだろう。誰もが喜びの顔を見せるだろう。


 ここと同じ光景が世界中で起こっていた。死んだ友人に会えた。死んだ親に会えた。死んだ恋人に会えた。死んだ大切な人に会えた。


 世界が見せた、漆黒の月夜の奇跡。人は泣き、笑い、語り合う。夢のような現実の中で、皆は笑う。


「理想郷と呼ぶには、ちょっと弱い気もするなぁ」


 後ろにいた誰かがそう言葉を投げた。


「死んでも馬鹿は治らないのかお前は。あれだけ人の死に関わったあいつのエリュシオンだ。これ以外の世界があるか」


 もう一人の、誰かが言葉を投げた。


 そこにいた者達が振り返った。そこには、二人の男女が立っていた。


 死んだ時の姿のままに。大きな体格を黒い衣装に包んだ男と、長い黒髪を後頭部にまとめて微笑む女。身体を紫色と黄色に輝かせて、肩を並べて嬉しそうに、誇らしそうに立っていた。


「師母様、師父様……!?」


 セレニアとイザリア、二人の声が重なる。困惑した顔で、しかしながら嬉しそうな顔で、アルスガンドの先代夫婦を二人は見る。


「よぉ久しぶりだなイザリアとセレニア。よく生きてたな。偉いぞ満点くれてやる」


 嬉しそうにそう言ったアルスガンドの長は、セレニアたちの記憶の中にいる彼と違って子供のように笑っていた。しがらみも何もなくなった彼の顔は、いたずら好きなただの男だった。


「おうハルネリア、こんな格好になっちまったが、やっと会えたな」


 片手をあげて、無邪気な笑みを浮かべて笑う男の姿に、あまりにも突然すぎて凍っていた思考が溶けだしたのか。


 赤い髪を揺らして、ハルネリアは眼を開けたまま、驚いた顔のまま瞬きもせずに涙をこぼした。その顔を見てばつが悪そうに頭を掻く先代アルスガンド。


「顔だけじゃなくて中身まで歳くってもそのままだなお前。へへへ」


「どうしてアルス、待って、何が起こったの……? 頭が、ついていかない……」


「何が起こったって、そんなの分かってるだろうよ。えーっと……エリンフィア言ってやれ。俺うまく言えねぇ」


「お前が言え馬鹿。全く……まぁ簡潔に言うと、これがあいつの、私たちの子のエリュシオンだ」


「……どういうこと?」


「全ての魂はその中で繋がっている。魂の座は魂の中にあるんだ」


「死んだ者はその場で理解できることなんだけどな。人は繋がっているんだ。この世界において、魂でな。だから、死ねば人はこの世界の一部になる」


 アルスガンドは空を指さす。空は高く、広大な空が広がっている。どこまでも、どこまでも。


「私たちは世界の一部になった。だから、どこにでも行けるし、どこにでも入れる」


「誰にでも会える」


「だって、繋がってるからな。まぁ会いたくないやつもたくさんいるが、そこはな。生きてる頃とそうは変わらないさ。はははは。まぁ魂同士だと喋れねぇんだけどな」


 光り輝く世界に、魂が溢れている。彼らはずっと、そこにいた。世界にいた。生きる人たちのすぐ傍に、彼らはいた。


 微笑みながら、どこか寂しそうな顔をしてアルスガンドたちは語る。


「死ねば魂の世界が待っている。そこは死者の世界」


「私たちは何もできない。私たちはその世界で何もできない。愛しい子に語り掛けることも、壊れ行く友人を抱きしめることも、何かをしたいと考えることも、何もできない。ただ、いるだけ。ただ、見るだけ」


「だから、何て言うかな。俺たちは、結局過去なんだよ。死ねばそこで終わるんだよ。死んだ人は生きてる人には会えないんだ」


「それは当たり前だ。人は死ぬ。死ねば生は無くなる。同じ世界であって、別の世界に魂は運ばれる」


「本来であれば、俺たちはいるだけの存在だ。魂には意思がない。知ってるだろう?」


「でも、それに意思を与える世界がある。それが、あいつのエリュシオン」


「人の魂には色があって、その魂が持つエリュシオンは違う。周りを見まわしてみるがいい。人の色が、見えるはずだ」


 言われて、ハルネリアは周りを見た。他の者達も、周りを見回した。


 夜、暗闇が支配するこの時間。でも、周りは暗くはなかった。


 様々な光が空に昇っている。数万数億、数えきれないほどの光が柱となって空に昇っている。


 色は様々。きっとその光の下に誰かの魂があるのだろう。


「あの人がエリュシオンの扉を開いたから、私たちはここにいます」


 黄金に輝くファレナがそう言った。決意が籠った眼を見せて。


「あの人のエリュシオンは、魂に意思を与える世界。生きてる人たちが、私たちのような死んだ人たちに会いたいと思うその心を、救う世界」


「おう、つまりは人を殺すよりも救いたいと願ったあいつが、至った世界がこれってことだ。なぁんだぴったりじゃねぇか。エリンフィアの言う通りだ」


「今更言うな」


 光り輝くファレナの魂は空を見上げた。アルスガンドの夫婦もまた、同じように空を見上げた。


 それにつられてハルネリアたちも空を見上げる。空にいるのは、巨大な巨大な月。月光のエリュシオン。


「人は生きています。人は生きていました。それは、これからもずっと、そうでなければいけません」


 ファレナが言う。


「そうだ。俺たちが遺したモノを、ずっと先まで持って行ってもらわなきゃいけねぇよな」


 先代のアルスガンドが言う。


「偽物にはそろそろ退場してもらおうか。この世界は、私たちの世界だ。あんな魔物が手を出していい世界じゃない」


 エリンフィアが言う。


 手を翳す。魂となった人たちが手を翳す。空に向かって。大きな広い空に向かって。


 一人、また一人。


 ――この世界は、生きてきた全ての者たちのもの。


 ――そして、これから生きる全ての者たちのもの。


 ――すべてのひとのために


「人がいる限り、終焉は永遠に来ないのです」

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