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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第62話 純白の世界

 旗が立っていた。


 一本の旗が地面に突き刺さっていた。


 朱色の旗に白き翼の紋章。輝くそれは、白百合の中にひっそりと、しっかりと、立っていた。


 風が旗を揺らす。強く、強く揺らす。しかしその旗は倒れることは無い。しっかりと、しっかりと、そこに立っていたその旗は、正しくファレナ・ジル・ファレナそのもの。


 あまりにもあっけなかった。


 一人、世界から人が消えていくのがこんなにもあっけないのか。


 誰も、何も言えなかった。


 一言も話すことができなかった。


 赤い丘は光に包まれ、現れたのは白い花の咲き乱れる大地。凄まじい風と音。あり得ないほどの巨大さを見せる月。


 上を見上げる必要もない。空一面、月模様。地平の果てをみて辛うじて空が見える。そんな世界。


 彼らは帰ってきた。血の丘から帰ってきた。大切な、ある一人の少女を除いて。


 その生涯はきっと、幸せであると言うにはあまりにも短くて。


 ただそれでも、その選択を間違いにはしたくなかったから、ジュナシア・アルスガンドは何も言わなかった。


 何も言わず、ただ真っ直ぐに前を見ていた。


「ファレナ、様? 何が、おこったの? 何で? 刺されて、砕け……あれは、幻?」


 幻ではない。夢ではない。ファレナ・ジル・ファレナの騎士リーザ・バートナーは、瞬きもせずただ周りを見まわしていた。


 白い花。巨大な月。溢れる魔力の奔流。


 そこは現実。人が住む世界。雷鳴轟くその世界で、リーザはファレナの姿を必死で探す。


 視線を動かす度に、少しずつ大きくなっていく核心。気づかないふりをして、気づいていけないと思って、リーザは只管にファレナを探す。


 ファレナ・ジル・ファレナはもうどこにもいないという事実に、眼を背け続けてリーザは周囲を見回す。


「師匠……何が……旗、あの旗って、師匠がヴェルーナの宝物庫から持ってきたんですよね……私、あれは私たちの力をその持ち主に渡すだけだって……」


「あの旗はねマディーネ。十戒の旗と言って、人の魔力を集める旗なの」


 輝く旗は、充実した魔力の証。赤く、青く、黄色く、黄金色に、銀色に、七色に輝くそれは、極光を帯びて強く輝く。


 白百合を、その光が照らして。


「ヴェルーナ・アポクリファが創り上げた最高の防御魔道具があの子が羽織る深紅のマントなら、最高の攻撃魔道具はあの旗。十戒の旗。あれは、その旗が受けた血を、魔力と能力にする」


「……知ってます」


「考えなさい……そして気づきなさい。何が起きたのか、何が起こったのか、何をしたかったのか、何を……してしまったのか」


 水が、どこかに落ちた。


 風が身を打つ。マディーネの銀髪を空に舞わせる。リーザの眼から涙が落ちる。


 ハルネリアは空を見上げ、静かに言葉を発する。この場にいる誰よりも長き時を生きた彼女が、言わなければならないことを言う。


「ファレナ・ジル・ファレナという人は、もうこの世界にはいないのよ。彼女は、魔力そのものになってあの世界を、アリアの世界を壊したのよ。アリアごとね」


 あっさりと、ハルネリアは言った。ファレナが消えたと、彼女は言った。


 身体が凍った。その場にいた大半の者たちの身体が凍った。


 静かに空を見上げるセレニアと、静かに花を見るイザリア、そして静かに眼を瞑るジュナシア。


 彼らとハルネリア以外全員が、絶句した。


「師匠……師匠! 何故そんなことを!? ファレナ様何故そんなことを!? だって、勝てた、勝てましたよ!? あの旗、凄い力だった! 私たち全員すごい力だった! 勝てましたよあのまま!」


「それじゃ駄目なのよ」


 マディーネが叫ぶ。ハルネリアが返す。


「駄目って、どういうこと!? どういうことです!? 姫様、姫様が何で!? 何で!?」


「アリアの、ファレナ・ユネシアが術式の中心は彼女自身。その発動を止めるには、基点であるその人間を完全に殺さなければならない。でも、無理なのよ。完全に殺すことなんて、できないのよ。だって……この世界には、ファレナ・ユネシアというモノが二つあるんだから」


 リーザが叫ぶ。ハルネリアが返す。


「つまり……つまりは、ファレナ王女もまた、基点になっていたということですか?」


「はい、きっとアリア自身もこの場にファレナさんが来て初めて気づいたんでしょう。だから、アリアはあそこまで余裕があった。自分がもし死んでも、術式は止まらないのだから」


 ランフィードが問いかける。ハルネリアが返す。


 言葉が耳に届くたびに、全員に実感が沸き上がってくる。


 消えた。


 あっけなく消えた。


 刺し貫かれ、四散して、魔力の塊となって消えた。


 一つも嫌な顔をせず、一つも恐怖を感じず、泣きもせず、ただ一歩足を前に出して歩き始めるように、そうするのは当然だと言わんばかりに、あっけなく消えた。


 ファレナ・ジル・ファレナは消えた。


 悲しみが遅れてやってくる。胸を刺し貫かれるような痛みが遅れてやってくる。


 リーザは眼を見開いたまま涙を落とした。マディーネは静かに俯いた。ランフィードは剣を強く握りしめた。


 ファレナは消えた。闇より解放され、笑顔で光の中を駆けた彼女は消えた。


 ファレナは死んだ。世界を守るために、人を守るために、仲間を守るために。


「泣かないで。悲しまないで。ファレナさんは、やり遂げた。彼女の、どこで気づいたのかはわからないけど、知っていた。自分がアリアと同じ存在ならば、未来はアリアと共にするしかないということに」


 眼を開けて、花を見た。白い花を見た。ジュナシアは腰を落とし、その花を一輪摘んだ。


 白百合の花は、輝く月の光の下で、白く白く、美しく咲いている。


 そして力を込めた。ジュナシアは腰から赤い剣を引き抜き、青い剣を引き抜き、前を見た。ジュナシアが手放した白百合が、風に乗って飛んでいった。


 白百合が飛んだ先に、立っている一人の少女。純白のドレスに身を包んで、輝く黄金色の髪を風に揺らして、彼女は立っていた。


 静かに、虚しそうに、楽しそうに、虚ろな目で空を見上げる少女は、手を伸ばした。


 白い手だった。綺麗な手だった。真っ直ぐに伸ばした手を、少女は何かを撫でるように二度揺らした。



 ――――さぁ終わりましょう?



「これって、何て言ったっけ……うん、犬死、だっけ。うん、たぶんあってるよね」



 ――――終わりに向かいましょう?



「ふふ……ふふふ……ひ、ひひひ……」



 ――――きっとそれは、とてもとても



「くひ……ひひ……あは、あはははははは! あーはははは!」



 ――――しあわせだから。



「犬死! そうよ無駄に死んだのよファレナぁ! あははははは! ええ! 確かにすごい魔力放出だった! 私の心の領域は完全に消え去った! あはははは! でもそれだけ、それだけぇ!」



 笑っていた。少女は笑っていた。美しい少女は白百合の中で笑っていた。


 ファレナ・ユネシアは笑っていた。


 許してはいけない。


 生きてることを許してはいけない。


「手を出すな!」


 左手に輝く赤い刻印を前に突き出し、ジュナシアが叫んだ。


 ファレナの死を無駄にしてはいけない。


 ファレナが守りたかった世界を、決して終わらせてはいけない。


 ファレナが守りたかった人々を、決して死なせてはいけない。


 ジュナシア・アルスガンドは思う。ファレナの生の意味を失いたくないと。だから叫んだ、手を出すなと。


「犬死ではない! 無駄死にではない! あいつは! 最期まであいつだった! だから……だから誰も手を出すな! ファレナの想いを誰も壊させはしない! 壊すのは……俺だ!」


 ファレナの笑顔が好きだった。ファレナの言葉が好きだった。


 何をするのかわからない彼女の行動が、ジュナシアの凍った心を溶かしていった。


 沸きあがる感謝の心を、彼女に届けよう。


 母親を殺しきれなかったファレナの想いを、後悔にだけはさせないから。


 ジュナシア・アルスガンドは吠えた。空に向かって吠えた。落ちてくる月に向かって吠えた。


 羽が舞う。白い羽が舞う。それは解放者の証。


 ジュナシア・アルスガンドは白い翼を手に入れる。純白の少女を失って手に入れたのは、純白の翼。


 黒さはもう、どこにも無い。


 漆黒は晴れた。あるのは純白のみ。


 彼は姿を変えた。純白の魔者に。世界を救う純白の翼を持つ魔者に。


 色は白。『純白のエリュシオン』。彼が至った、最後の理想郷は、白かった。




 ――――世界の終りまで、あと数分。

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