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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第15話 ある男の野望

 ファレナ王国は常に世界の中心で、世界最高と言われる戦力を有する大国家である。


 その国が有する騎士団がいる宿舎の一角に、豪華な一室があった。高位の騎士だけが使える個室の片隅に、膝を抱える女性がいた。


「姉さん、大丈夫かい?」


「……大丈夫」


 騎士の中でも高位、対魔の騎士である聖光騎士の称号を持つリーザは、自分に対するふがいなさと、あの時見た恐怖に、数日たってもまだ立ち直れない。


 心配そうに様子を見る弟に反応することなく、ただ膝に顔をうずめていた。


「姉さんはただ一人無傷で乗り切ったんだ。姉さんがやられていたら、あの兵士たちはあのまま死んでいたよ。ロンゴアド兵団を救ったのは姉さんなんだ。そんな、落ち込むことは無いって」


 事実も交えて、必死にラーズは姉を元気づけるために言葉をかけつづける。それでもリーザは、顔をあげることはない。


「姉さん、一旦家に帰らないか? 父上は今は仕事で家を空けてるし、母上と会って、すこし休んだ方がいいんじゃないかな。騎士団長の方には僕から言っておくからさ」


「……そうする」


「うん、それがいい。表に馬を用意させておくから、準備していきなよ。それじゃ……僕は騎士団長に呼ばれてるから」


 そう言い残し、ラーズは部屋から出た。最後に見た姉は、少しだけ顔を上げて眼を赤くはらしていた。


「全く、姉さんがあんなに脆いとはね。情けないと言ってのけれる関係なら、楽なのにねぇ」


 彼は一人、愚痴るとそのまま騎士団長の待つ部屋へと歩いた。行きかう騎士たちは彼を見かけると両足を揃え、彼に敬礼をする。ラーズはその敬礼を返さない。


 彼にとって、自分よりも弱い騎士に対する敬意などないのだ。自分の姉に対する愛情はあるが、彼は基本的には、非情な人間なのだ。


 故に、騎士団長は彼を評価していた。土壇場では彼のような人間こそが国のためになると、騎士団長はそう思っていた。


 大きな扉の前で、ラーズは扉をノックする。


「聖光騎士ラーズ・バートナーです。入室許可をお願いします」


「入れ」


「はい」


 大きな団長室。大きな机。そこには豪華な鎧を身に纏った荘厳な男が鋭い眼をして、座っていた。


「参上いたしました騎士団長」


「うむ、報告書の方は読ませてもらった。よくまとまっている。さすがだなラーズ」


「ありがとうございます」


 ラーズは騎士団長に向かって大きく頭を下げる。鍛え上げられた大きな身体を持つ騎士団の団長の男は表情を変えることなく、彼を見ていた。


「リーザはまだ体調がすぐれんのか?」


「はい、そのことですが、本日姉を自宅へと帰しました。事後報告ですが、許可を」


「ああ、許可する。ゆっくり休ませるといい」


「ありがとうございます」


「さて……では姫様を見つけたということだが……報告書に少し、おかしな記述があったな。質問してもいいかな?」


「はい、どの部分でしょう」


 騎士団長は書類の束を机に置き、両手を組んで扉の方を顎で指した。それを受けて、ラーズは扉に鍵をかける。


「ご苦労、では聞こう。黒装束の男女が、姫を連れているということだが、そのうちの男が特殊な術式をつかったようだな? 姿を変え、凄まじい強さで兵とお前を倒したと、一行しか書かれていないがその部分を詳しく知りたい」


「はい、と言いましても、正直申しまして私はそれ以上のことはわかりません」


「覚えている限りでいい。その男、名は名乗ったか?」


「いいえ、女の方は姫様が名を呼んでおりましたが……申し訳ございません。その名、覚えておりません」


「女はどうでもよい。そうか、名乗らずか。何か特徴は?」


「そうですね。黒装束、双剣、あと髪も眼も黒く、あとは……左手に、ちらっとしか見てませんが赤い紋章がありました。魔術陣と思いましたが、それにしても単純な紋章だったような……」


「円形か?」


「はい、円ですね。魔術陣でいうと、守護系統の基礎系に近い形で」


「そうか。ならば、間違いは無かろうな。そうかよりによって最後の二つのうち一つが、目的の物だったか……」


「騎士団長。何か知っておられるのですか?」


「お前には関係のないことだ」


「はい、申し訳ございません」


 騎士団長の男は椅子から立ち上がり、窓の傍へと歩いた。窓からは城の中庭が見える。


「ラーズ」


「はい」


「姫様は自分の意志で逃げていると報告書にあったが、確かか?」


「はい、姉さんが……姉が、そう聞いたと言っておりました」


「姫様がリーザに何か言ったか、聞いてるか?」


「いえ、詳しくは聞いておりません。あんな状態ですので」


「そうか、うむ」


「……騎士団長、これから私はどうすれば? 再びロンゴアドへと向かえばよいのですか?」


「いや、そちらを追うのはシャールロットに任せる」


「シャールロット? あのシャールロットですか?」


「そうだ。騎士団最強の男だ。やつならば例え怪物だとしても、問題は無かろう」


「し、しかし、あの者、魔法機関のオーダーに載るほどの素行の悪さ。何をするかもわかりません。姫様にとっても危険では?」


「何、毒をもって毒をというやつだ。お前が手も足も出ない相手なのだろう。ならばこちらも最強を用意せねば」


「そ、そうですか……では私は国に待機で?」


「お前には例の兵器の方へ行ってもらう。あれは我が国の繁栄のためのもの、私情は捨て、魔術協会と協力してあれを完成させよ」


「はい、では早速向かいます」


「うむ、では行け」


 ラーズは騎士団長に一礼して、鍵をあけてその部屋から出た。部屋には窓の傍に立つ騎士団長一人が残される。


 彼は表情を変えることなく窓の外を見る。ふと、窓に黒い影が映るが見えた。


「レイドール……何の用だ」


「そんな言い方はないだろう。くくく」


 窓に映る影は、黒いローブを纏った男の影。騎士団長は振り向くことなく、黒いローブの男を窓越しに見る。


 小さくうなずいて、騎士団長は溜息をつく。その姿をみて黒いローブの男は薄ら笑う。


「しかしうまくいかないものだな。まさか、逃がした姫様を守る者が、あの一族の生き残りとは」


「レイドール、お前が即効性の毒を用意しなかったせいだろう。あのような時に、己の癖をみせよって」


「美しい女子を即死させるなど、つまらないだろう?」


「くだらん……」


「まぁ、それを利用して他国を攻めれるんだ。結果的には、いいだろう?」


「回りくどくなってしまったがな。レイドール、ついでだ、一つ仕事を頼む」


「うん? 何だ?」


「一人始末してもらいたい者がいる。姫様の言葉を他に漏らす前に消して欲しい」


「ああ、聖光騎士の女か。それはかまわないが、騎士団で殺せばいいのでは?」


「馬鹿な。あいつは我が騎士団においても上位だ。しかも容姿が優れているのを利用し、それなりに名を売らせてしまった。我が団の代表ともいえる女だ。我らでやればどうやってもきな臭さは残る」


「くくく、何ともはや、面倒なことで」


「表面は美しく、我が手にファレナ王国を得るまでは。私は聖人君子でなければならん。わかるな? レイドール」


「おお、恐ろしい。恐ろしいな兄上様は。ところで、シャールロットも使っては駄目かね?」


「ふん。あれは好きに使っても構わん。どうせ姫を殺させた後は処断するつもりだ」


「くくく、では、使わせてもらおう。最強の騎士と言われ、称えられた結末がこれとは、同情するなぁ」


「心にもないことを。早く行けレイドール」


 黒いローブの男はその姿を消す。それを見送った後に、騎士団長はただ窓から外を見て静かに眼を瞑った。


 己の野望のために。進み続けるその男は、うっすらと笑みを浮かべて、ただ日が落ちるまで窓から外を見ていた。

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