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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第56話 誰かが求めた希望を

 素晴らしき、美しきこの世界に終焉を。


 美しかった。ただ美しかった。


 広がる大地は、無数の廃墟に覆われて。嘗て繁栄の極を誇った宮殿も、人の笑い声の絶えなかった町も、農作物が絶えずとれた畑も、全ては土の下。


 広い広い大地。全ての魔の始まりの大地。魔の大地アズガルズ。そこは、美しかった。


 失われた大地に咲き誇るは白百合の花。広き大地の中心に、純白のドレスを着た少女が一人、空を見上げて座っている。


 時はすでに漆黒の夜。しかしながらその大地は光に包まれて。まるで太陽の下にあるかのように、白く輝いている。


 空を見る。迫りくるは黄金の月。真下に来て初めて分かる。それは、月ではない。


 翼がある。光り輝く翼が。黄金の翼が。


 腕がある。光り輝く腕が。黄金の腕が。


 足がある。光り輝く足が。黄金の脚が。


 それは、人の終焉。魂の行くべき場所。黄金の理想郷。


 白百合が咲きほこる大地で少女はそれを待つ。数百年、それ以上、飽きて果てて、忘れるほどの時を重ねて待った今を、満足そうに微笑みながらそれを待つ。


 終われなかった自分に、終わりを。全ての人と共に、失った美しい世界を取り戻すために。


 何度名を変えただろうか。


 何度顔を変えただろうか。


 全ては今この時のために。少女は自分の顔を取り戻した。少女は自分の名を取り戻した。


 終わりの中に救いを。終わりの先に救いを。


 時は進む。無数の命を乗せて。時は進む。無数の願いを乗せて。


 そこは理想郷。そこはエリュシオン。最期はこれで最後。


 少女が呼ぶ、世界の涯て。それの色は光。


 『月光のエリュシオン』


 それは終焉。

 それは未来。

 それは希望。

 それは絶望。

 それは報い。

 それは救い。


 ただ美しかった。エリュシオンの輝きは、少女が落とした白百合は、ただただ美しかった。


 世界はこんなにも美しい。だって、醜悪な人がいなくなるのだから――――


「結局……あれも、人……ね」


 美しい大地に座る白百合の少女は、哀しそうに、しかしながら嬉しそうに、そう口にした。


 空気が震える。溢れんばかりの魔力が世界を輝かせる。


「言わなければ、間違いなく気づかれなかった。オディーナ・ベルトー。それがあなたの、願いなのね」


 空を見上げ、ささやく少女。彼女の眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 彼女のために生きる人は全ていなくなった。全てはエリュシオンへと至った。


 だからもう、ここに用はない。ここで生きる意味は無い。


 現実は終わった。ここからは夢の中に。まどろみの中で、永遠の安らぎを。


「あそこには何もないんだ。望んでいる救いなど、無いんだ」


 そして否定される。少女の安らぎを。最後まで彼は少女を否定する。


 それがたまらなく憎らしくて、それがたまらなく愛しくて。


 口角が上がる。笑みがこぼれる。少女は嬉しそうに笑う。


 嬉しくて嬉しくて。悲しくて悲しくて。


 醜くて、醜くて、人という種が嫌いで、嫌いで。でもそれでも、彼に感じた想いは本物。


 笑って微笑んで。少女は彼に言った。悪戯を思いついた子供のように。


「だったら、あなたが救ってくれる?」


 その言葉は確かに本心で。少女は自分の心を彼に言った。救いを求めているという心を彼に。


 答えが分かりきっているのに。


「駄目だ。お前はもう救えない」


 彼は言った。分かりきった答えを言った。


 そう、少女は救われない。決して、未来永劫救われることは無い。


 何故なら彼女の救いは、過去にこそあったから。全ては手遅れなのだ。


 少女が欲しいものは、過去。綺麗なままの自分。綺麗なままの世界。畑で土を触り、両親と共に食事を取り、村の若者と恋をする。そんな過去。


 奪われた過去が欲しい。少女の願いはただそれだけ。


「だから、私は『私』を作った。自分の中に、自分を作った。綺麗なままの私を、創った」


 最初は思いつきなれど、自らの内に子を作ったのは事実で。


「私は『私』を育てた。不自由なく、夢のような世界で。綺麗に飾り付けて。綺麗に……綺麗なままで……」


 自分を創る。壊れた過去を創る。それは常人であれば発狂してもおかしくない程の――


「ねぇファレナ。あなたはどうして、私になっていくの? どうしてあのままでいてくれないの?」


 成長は誰であっても訪れる。あまりにも正確に、自分で会ったからそれは避けられない。


 無垢な少女のままでいて欲しいのに、少女は女に成長する。


「私は私のような人がいなくなって欲しいって思って、何人も殺したのに。どうしてあなたは、私のようになってしまうの?」


 その言葉とは裏腹に、少女の顔は笑っていた。優しく穏やかに、笑っていた。


「思い通りにいかないものね。でも、もう、いいかな。うん、いろんなことがあった。いろんなことが。苦しいことも、楽しいことも、いろんなことが」


 少女は立ち上がる。白いドレスを風に揺らして。


 立ち上がった少女のドレスから、花弁が舞う。白い花弁が。少女が踏みつぶしていた花の花弁が。


「全ては、今のために。あと少し、あと少しで人は終わる。私は、終わる」


 世界は終わる。


「もう、アリア・セーラ・ファレナの名もいらない。ファレナ・ユネシア。それが私の最初の名前。ユネシアの村で産まれた私が両親からもらった、最初の名前」


 魔力が溢れる。少女の黄金の髪が強く強く輝く。ファレナ・ユネシアの生きてきた全てが、今ここに輝く。


「召喚の術式は私の魔力で組まれている。さぁ、英雄さんたち。私を殺しなさい。朝日が見たいのなら私を殺しなさい。私を終わらせなさい」


 輝く大地。少女の光に照らされて、さらにさらにそれは輝きを増す。


「できるものならば、ね。く……ひひ……はははは! さぁ、足掻いてみせなさい! 私を否定してみせなさい! できるものならぁ!」


 終焉が来る。最期の時が迫る。


 風に揺れる深紅の旗。描かれた白い翼が空に舞う。


 ファレナ・ジル・ファレナが持つ旗の前に立つ者たちが本を広げ紙を舞わせ、剣を抜く。


 少女が求めた終焉を。誰もが求めた希望に。


 救われるために、ファレナ・ユネシアは立つ。純白を背にして。


「お母様……終わらせてみせます。必ず……!」


 どうか、安らかな夢の続きを。二人のファレナが、救いを求めて対峙した。

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