表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
147/167

第48話 道

 ――もし仮に、全ては終わっていたとしたら、足掻くことに意味などあるのだろうか。


 厚い城壁。内より中に入ればそこは足の踏み場もない程の罠。


 内より門を開ける。それは古より行われてきた城攻めの基本。故に守る屈強な兵士たち。屈強な騎士たち。


 彼らは剣を握り、小さなのぞき窓から城塞の内を見ていた。赤髪の男が次々と仲間を斬り裂き、確実に進んでいく。


 信じられない光景だった。たった一人が数万の人の波をかき分けていく。彼が通ったあとは、赤い血の道ができている。


 誰もが思っただろう。あれは人ではないと。誰もが思っただろう。あれに近づきたくないと。誰もがおもっただろう。自分は城塞の中にいて、よかったと。


 兵の一人は唾を飲んだ。ゴクリと喉が鳴った。


 城塞の外では無数の人たちが乱戦状態で命を取り合っている。内では一人の男の手によって仲間が次々と死んでいっている。


 安全なところから危険を見るのは、人の死を見るのはとても刺激的で。どんな見世物よりも、どんな世界よりも自分のいる場所は安全で安心だと、彼は思った。


 人は、比較によって幸せを感じることができる。安全なところで死を見ている自分は何て幸運なんだろうと、彼は思った。


 彼以外の城塞の中にいた者達も同じ気分だった。


 だが、そんな幸せなど、偽物に過ぎず。


 扉が開いた。城塞の内から城塞の中に入る扉が。扉は勢いよく開き、壁に叩き付けられ、蝶番がへし折れてそのまま内側に倒れた。


 何が起きたと思うよりも速く。扉の傍にいた兵は全員死んだ。死んだ後で、兵たちの首から血が飛び出した。


 壁の向こうにあった死が、こちら側に来た。


 そこにいた全ての兵たちの視線が扉があった場所に集まった。あまりにも突然で、彼らは動くことはできなかったが目だけは動いて、そこを見た。


 何が起きた。何があった。何が入ってきた。


 思考が動く。思考が固まる。思考が揺れる。


 感じたのは焦燥。そして恐怖。何故死んだ。仲間は何故死んだ。何故。


 次の瞬間、その場にいた全ての兵は死んだ。何が起きたか理解できたものは一人もいなかった。


 ただ、うなじに何かが食い込む感触だけはわかった。それ以外は何も理解できず、十数人の兵たちは死んだ。


 倒れた兵たちの後に、立っていたのは二人の女。漆黒の髪と衣装。銀の刃を手に、二人のアルスガンドの女は立っていた。


「二手に分かれますか?」


「私はあっちだ。イザリアは向こう」


「はい」


 イザリアとセレニア。異母姉妹である二人は、その顔立ちはあまり似てはいない。


 だがそれでも、二人は似ていた。その生き方が、その想いが、その愛が、似ていた。


「それではセレニアさん。抜かりなく。そちらはお任せします」


 焦がすような想いが、時には人を焼き、ついには自分を焼き、鉄と肉の集合体となった身体を魔力で動かすイザリアは、冷静に、冷酷に現状を理解し動く。


「私は帰る。二人で帰る。絶対に……!」


 秘めた想いが、いつしか燃え上がって。生き残った彼以外の唯一のアルスガンドは、彼にとって何よりも大切なものになる。熱い想いは誰よりも強い生への渇望となって。


 二人は背を向け走り出した。今まで歩んできた様々な思いを、未来へつなぐために。


 目指すは城門の解放。そこにある無数の罠は彼女たちには足止めにもならない。


 魔術でできた数十数百の罠。たった一本の短剣でそれは悉く解除されていく。


 上にあろうと、下にあろうと、物陰にあろうと、それは一つの区別もなく全て解除されていく。


 いつもよりも鋭く、いつもよりも正確に、いつもよりも速く。


 その時の二人の動きは、正に最良。亡き師父が見ていたとすれば間違いなく言っていただろう。お前たち以上の者はアルスガンドにはいないと。


 魔力の線を見るその眼で、時の流れを見るその眼で、見逃せない罠など一つもない。


 所々にいた兵たちを一瞬のうちに斬り殺して、二人は城塞の中を駆ける。まるで風のように。漆黒の風のように。


 彼女たちがここにいるのは、彼がいたから。ジュナシア・アルスガンド。アルスガンドの長となった彼がいたから。


 全ては必然で。ここで彼女たちが駆けるのも必然で。彼が前へ進むのも必然で。


 きっとそれは、最初から決められていたのだろう。人が至ったこの時は、きっと最初から決まっていたのだろう。


 最初とはいつだろうか。彼が、哀れな姫君を救い出した時だろうか。彼の母が彼に殺された時だろうか。彼が生まれた時だろうか。




 ――違う。




「どけ貴様ら! これ以上無駄に死ぬな!」


「これ以上行かさんぞ!」


 人込みをかき分けて、ジュナシア・アルスガンドの下へと飛び出してくる二人の騎士。


 槍を持つ壮年の騎士、聖皇騎士オルディン。そして大剣の老騎士サーガス。


 騎士の最高位。ファレナ王国騎士団の二人が、大上段に剣を構えてジュナシアに襲いかかった。


 左手に青い剣。振り下ろされるオルディンの剣。右手に赤い剣。振り下ろされるサーガスの剣。


 二人の剣を両の剣で止め、腰を落としたジュナシア・アルスガンド。彼の歩みは、今初めて止まった。


 最初に彼がいた位置とオディーナ・ベルドーがいる位置。その丁度中間で、彼は脚を止めた。彼の後ろにはおびただしい数の死体と血。彼の正面にはおびただしい数の兵と剣。


「こいつ……魔力を封じてこの腕力か……!?」


「ぬぅぅ……!」


 ジュナシア・アルスガンドは依然として赤髪だった。即ち彼の魔力は未だ封じられている。


 肉体強化はなく。もちろん刻印の力も使えない。だがそれでも、彼は片手で二人の聖皇騎士を止めた。


「こ、こいつ、なんだこいつ動かねぇ!?」


「我が大剣をここまで容易く……どういうことじゃ……!?」


 聖皇騎士の二人は決して弱くはない。ファレナ騎士団最高位は弱い者ではなれない。


 実際この場所以外で戦えば、いい勝負をするだろう。二人掛かりならば例えジュナシア・アルスガンド相手とはいえあしらわれることはないだろう。


 だが、この場所では違った。想いが違った。


 不敵に笑うジュナシア。彼の眼に迷いはない。前に進むこと、前に進んで終わらせること、そのことに迷いはない。躊躇いはない。


 だから言葉にした。未来のことを言葉にした。帰った後のことを言葉にした。


 先へといこうとする彼に、今しか見えてない者は相手になるはずもなく。


 ジュナシアは片手で二人を押し返した。赤と青の剣が交差し、流水のような滑らかさで動く。


「うっ!?」


「馬鹿な!?」


 オルディンとサーガス。二人の鎧は粉々に砕けた。赤と青の双剣は、いとも容易く二人の鎧を切り裂いた。


 笑みを浮かべるジュナシア。驚くオルディンとサーガス。


「お前……何者だよ……!?」


 オルディンが問いかける。こんな人間がこの世界にいてはいけないと、その想いから彼は問いかけてしまう。


 不敵に笑い。深紅のマントを翻し答えるジュナシア。迷いの中で生きてきた彼が、今一切の迷いを払って答える。


「俺はアルスガンド。ジュナシア・アルスガンド。アルスガンドの長にて、ヴェルーナ女王国の王」


 赤色の長は剣を返す。血が目の前を覆う。


 オルディンとサーガスは腹部から血を流し、その場に倒れた。致命傷は避けたのだろうが、もう彼らは動けない。


 また歩く。赤色の王は歩く。一切の迷いを捨てて、今はただ、オディーナ・ベルトーを倒すために、彼は歩く。


 始まりはある一人の少女が白百合を落とした時だった。だが終わりは、間違いなく彼。ジュナシア・アルスガンドが未来へたどり着いた時。


 全てを繋げ、全てを至らせ、全てを進める。


 ――そして、アルスガンドの剣は、オディーナの下へと至った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ