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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第47話 終焉へ至る道へ

 夢も何もかも跡にして、構える二本の剣は永遠にも思える長い時を超えて受け継がれたモノ。


 クルクルとそれを回し、自らのモノであることを証明する。永遠なりし血統、アルスガンドの末裔がたどり着いた今。


 その月日に比べれば、高々数万の兵など障害にすらならず。幾多の生涯を持ってしても抑えることなどできず。


 並ぶ兵。立つアルスガンド。目指す先は、遠く輝く銀色の男。全ての力を統べるオディーナ・ベルトー。


 一人の願いがここへ彼を至らせ、彼の気まぐれがそれを形にして、達するは自由の彼方。


 周囲に散らばる欠片から溢れる七色の光は、彼の魔力の全てを肉体に押し込め、その髪色を彼本来の色である赤髪に還る。アルスガンドの術式により常に強化されてきた肉体も、魔力を失えばその強化も無くなる。


 人並み外れた肉体の強さも影を潜め、そこにいるのはただ人よりも多少筋力が強いだけの男。


 だがそれでも、誰も彼に追いつけない。


「セレニア、イザリアを抱えて城塞の中に入れ。全ての門を開けるんだ。個々が強いと言ってもあの数の差。表はそう長くは持たない」


「わかった」


 頷き、倒れ込んだイザリアの身体を抱えるセレニア。アルスガンドの黒い装束に身を包んだ彼女は、青髪をなびかせ大軍に背を向けた。


 魔力を封じられるということ。それは体内に流れる血、肉に宿った魔力、その全ては魂から出ることを許されなくなるということ。故に魔力で動いているオートマタの身体は指一本すら動かすことができなくなる。


 飛ぶ光。背を向けた者をそのまま行かせるほど、その場にいる者達は甘くはない。戦場であれば、背を向けるは自殺行為。


 セレニアに跳ぶ光の矢を、深紅のマントが弾き飛ばす。羽ばたく赤い翼のように、ジュナシア・アルスガンドは自分以外の攻撃を許さない。


「なぁ、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれないな。何か言いたいことはあるか? なぁ、どうなんだ。なぁ?」


 セレニアは言った。背を向けたまま彼に向かって。その声は、いつも通りで、いつも通り優しく、いつも通り小難しく、いつも通り憎たらしく。


「セレニア」


 だからいつも通りの口調で呼んだ。さりげなく、何気なく、呼んだら答えるのが当たり前だから、その言葉に力などなく。


 だからそのまま言った。思ったままに。思うがままに。ここで終わることなど、あり得ないのだから。


「帰ったら結婚しようか」


 その言葉を飾ることなどないのだから、だから言った。帰れるのだから、だから言った。


「っ……あっ……今、言うか……?」


「父は、15で長になって結婚した。俺も長になったのだから、そのまま順番だ。駄目か?」


「駄目じゃない……イザリアが……そうだ……あいつは、あいつはいいの、か?」


「他は気にするな。俺はお前と、一緒になりたい」


「そんな、ちょっとはな。場所と時をな。そんな、死ねなくなるだろう。もう死ねなくなるだろう。死にたくないと思うことは、剣が鈍るだろう?」


「死にたくないと思えるからこそ、死なずに済む。最後は、自分を守ってくれ。俺のために」


「お前……お前……わかった、わかったよ。じゃあ、じゃあ! そういうことで、いいんだな!? もう引くなよ!? もう引けないぞ!? 私は、もうそういうつもりでいるぞ!?」


「ああ、それでいい。セレニアが最初だ。行け。門を開けろ。開けて入れろ。皆が待ってる」


「わかった……任せろ!」


 深紅のマントに遮られ、誰もそこを抜けられず。誰も彼の背を見ることができず。駆けるセレニアに、誰も何もできず。


 不敵に笑うジュナシア・アルスガンド。笑みを浮かべ、剣を回し、まるで自分こそが死そのものであると言わんばかりに、彼は眼を細める。


「魔力を封じた。それがどうした。人を集めた。それがどうした」


 一歩、足を前に。回していた両手の剣を止めて。


「お前たちの剣が、槍が、斧が、矢が、魔術が、俺に通るのか? こんな小細工をして、それでできるのか? ああ、確かに身体は怠いし、いつもよりも眼が見えにくい。だが、それでもお前たちは勝てるのか?」


 その言葉は、自分を奮い立たせる意味もあって。帰る場所があるから、道は後ろにあるからこそ、前に進める。


 一歩、一歩、一歩。右、左、右、左。歩く足に、迷いはない。


 全ては未来のために。続いた万年の時を超えて。


「さぁ、時を重ね続いたアズガルズの伝説を、今見せてやろう。好きなだけ味わえ。そして死ね。もう、剣に迷いはない。全ての後悔は、終わった後に。今はただ、前に」


 剣を構える。左手を前に、右手を頭に。右足を前に。左足を後ろに。


 それは、アルスガンドの剣術の基本的な型。流して斬る。そのことだけに特化した型。


「行くぞオディーナ・ベルトー。報いを受けろ。ここでお前を殺す」


 それは、獣の如き眼光。冷たく刺すような殺気を放ちつつも、奥に燃える確かな意志。


 結果として幾度も人を救いはしたが、最初から望んで行ったことなど一度もなかった。


 彼が進む道は救世の道。幾多の犠牲の果てに、救われる人が確かにいるのならば、ここで迷うことはなく。迷う人もなく。迷う時もなく。


 地面を蹴る。双剣を構えたまま。一足で地面を統べるように彼は跳ぶ。


 大軍の先頭に、歯を食いしばって剣を握る男がいた。若輩なのだろうか、比較的若く、ここにいることに何の疑問も抱いていない男だった。


 騎士団に入って騎士になる。そのことを夢見ている男だった。


 間合いに入る。男は一瞬固まったが、直ぐに我に返り剣をジュナシアに向かって振り下ろした。


 ジュナシアの左手の青い剣がそれをいなす。右手の赤い剣が男の首に食い込む。


 一瞬のためもなく、そうなることが決まっていたかのように男の首は飛んだ。首のなくなった身体は盛大に血を噴出させて倒れ込む。


 最初の一人はそうして死んだ。彼の前に立って、対峙した結果がその死だった。


 兵たちは声をあげた。雄叫びをあげた。盛大に、一斉に、声をあげた。


 震える空気。もはや耳に入る音は雄叫びだけ。


 二人目の兵の首が飛んだ。一人目が死んだ次の瞬間だった。返すように三人目。首だけを綺麗に飛ばす、ジュナシア・アルスガンド。


 一撃、一刀、兵たちは襲い掛かった。彼を殺さんと襲い掛かった。襲い掛かった端から死んでいった。


 彼に向かって振り下ろされる剣。最低限の動きでそれを躱し、最低限の動きで剣の持ち主を殺す。右に左に。ゆっくりゆっくり丁寧に。一刀ずつ躱して一頭ずつ落としていく。


 そこにあるのは技術だけ。人を殺す技術だけ。だんだんと、彼の思考は凍っていった。一刀ごとに凍っていった。


 時折投げられる短剣は、丁寧に丁寧に、兵の首に突き刺さる。一本で一人、一振りで一人。あっという間に彼は大量の兵に囲まれて、それでも彼は一歩も後退しない。


 そして彼は駆けだした。数万の兵の中心を進むように、斬って跳んで、払って蹴って、投げて刺して。


 それは、アルスガンドの技の極致。触れれば死ぬそれは、正に死そのもの。


 騎士の一人が叫んだ。大きく剣を薙ぎ払った。仲間ごと薙ぎ払った。身を低くして、飛び散る血を掻い潜りながらそれを滑り込むように躱すジュナシア。


 味方毎殺そうとしたのかと、彼は思った。男の顔を見て、それは違うと彼は理解した。


 彼らは、死にたくないのだ。だから剣を振るし、人を殺す。彼らは人なのだ。


 ジュナシアは男の頭を叩き割りながらそれを理解した。ここにいる兵たちは皆。思っていないのだ。自分たちが死ぬということを。


 だからこそ、知らしめなければならない。彼らは直接手を下したわけではないが、それでも彼らが守っている者は、人に死を振りまいた者だということを知らしめなければならない。


 報いを受けるは兵士たちではない。だがそれでも、報いは受けねばならない。今ここにこうして立っていることこそが、悪なのだから。


 哀れだと思った。情けないと思った。こんなものが、最後なのかと思った。


 だからこそ、ここで終わらせなければならない。人を救うための人殺しは、これで終わり。蹂躙される命はこれで終わり。


 これが、最後――――


「だったらばそれは、どれほどよかったか。全ては、終焉までの戯れでしかないのだ。アルスガンド――」


 オディーナ・ベルトーは血の雨を浴びながら、憐れむような眼でそう呟くのだった。

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