第46話 自らのために生きて
「畜生無理だこれ! 親父ィ!」
「両腕ついてんだったら気ぃいれろリンカード! ロンゴアド兵団は世界最高の軍勢だ!」
「でももう指示も陣形も機能してねぇぞ!」
「黙って一人でも多く斬れ! ああくそっ……あんまり持たねぇぞ……!」
それは人だった。それは軍勢だった。それは群だった。
敵と味方。右に左に。どこに誰がいて、誰がどこを攻めて。
知っていた。そこにいる者たちは全員知っていた。ここでは躊躇えば死ぬと。
だから皆殺し合った。剣を、槍を、棍を、斧を、槌を。互いに互いに。打ち込めば打ち込まれ、斬れば斬られ、殺せば殺され。
そこには確かに圧倒的な兵力差があったが、その差は個々の力で埋めて。だがそれでも力の差は歴然で。
白馬の上から王は呟く。周囲の兵を雷光で払いながら。不敵な笑みで恐怖を押し込んで。
「君が入った。なら勝ちだ。始めたのは君じゃないけど、終わらせれるのは間違いなく君だ。だから、任せる。どうか、皆の死に意味を与えてくれ」
人が溢れる。皆が命を懸ける。きっとそれに、意味があると信じて。
だが、実際は――――
「この戦に、意味などないのだ」
銀色の剣。日の光に白く輝いて、誰よりも何よりも美しく輝く銀色の剣。
鍛え抜かれた身体を鎧に包み、背負うは騎士団の長が纏う紅のマント。
ファレナ王国騎士が最高位にして最上位。騎士団長オディーナ・ベルトーが立つ。
城塞内部は大きな街。中央正門から王城へ続く大門まで一直線に続く大通りに、並ぶ商店の数々。
嘗てそこは、王城へ向かう数多の人でごった返していた。城塞ではあったが、そこは世界で最も活気のあった城下町でもあった。
人々が笑い、人々が悦び、人々が暮らした、そんな街はもう無い。
その光景が、この国の光景。そこにいたのは大量の兵。整然と並び、剣を胸に、敵を討たんと構える大量の兵。
商店は全て払われ、宿は全て払われ、石造りの町はそのまま石造りの城塞となって。
市民はどこにもいない。笑顔などどこにもない。
巨大な通りに並ぶ大量の兵。奥に輝く銀色の剣。それこそがファレナ王国騎士団。世界最高戦力。世界最強の軍勢。
対峙するのはたった一人。漆黒の身体を深紅のマントで覆って、両手には赤と青の双剣。
鋭い眼光は一切の迷いなく。漆黒の髪を風に揺らして。
世界最古の一族の末裔。アルスガンドが立っていた。数多の人を殺して、彼は立っていた。全ては、ここで終わらせるために。
「見事だ。心の底からそう思う。見事だアルスガンドの息子。良くぞ生きてたどり着いた。良くぞ殺してたどり着いた」
「たどり着いた? 違う。まだだ。俺はお前の後ろに、たどり着くんだ」
オディーナとアルスガンド。彼らの距離は遠く、言葉を交わすのは難しいはずだったが、その声は誰に邪魔されることなく互いに届く。
もはや距離など関係なかった。彼らの間に、もはや誰も何もできない。
「始まりは、遠く。私は今日を待っていた。我が友を見殺しにしたあの日からずっと」
「始まりなどはない。ただ俺はここに来た。あいつがそうしたいと言うから、そうしてやった」
「あの方は、寂しい御方だ。一人ぐらいは、あの方のために剣を振う者がいてもいい」
「あいつは恐れてなかった。苦しみにもがきはしたが、決して恐れてなかった。だから助けた。線を繋げて、あいつの眼を直してやった。壊れた眼を治してやった」
「私の正義など、あの方の悲しみの前には小さく、小さく小さく。故に、剣を取った。私は、あの方の、憎しみと悲しみの前に、人であることを捨てた」
「あいつは、母親に殺されかけてもそれでも、笑っていた。笑ったまま、心の中で助けを求めていた。だから助けたいと思った。俺は、誰かを助けたかったんだと思った」
「私は……あの方に振り向いて欲しかったのではない。ただ私は、あの方に笑って欲しかった。あの方の、その心を救いたいと思った」
「何人殺しても、忘れられないあの感触。自分の母の腹を突き破ったあの感触。あいつが少しずつ前に進むのを見ていると、不思議と薄まっていった。俺は俺が助けたあいつが未来に進むことで、救われた気がした」
「――だから」
「――だから」
――剣を取る。
互いに剣を掲げる。空高く、空高く。
片方は銀色の剣。白く輝く刃。
片方は赤色の剣。赤く染まる刃。
遥か遠く、二人の距離は一つの町の対角線上。だが、距離など関係ない。
「アルスガンドの息子よ。よくぞここまで来た。さぁ……決戦である。見事我を打ち倒してみせよ」
「お前を殺して、俺は先へ進む。報いを受けろオディーナ。エリュシオンで皆待っている」
「ふふふ……では、総掛りである。全力を持って相手せよ!」
「セレニア、イザリア、行くぞ」
「ああ」
「はい」
泡沫の夢に終焉を。漆黒の男は漆黒の女を両手に携えて。
帯びたたしい数の剣がそこにはあった。一本一本に、それぞれの生涯を乗せて。生きてる今を乗せて。
生きてきた今を過去にして、生きる明日のために。
雄叫びをあげる兵士の一人。それを聞いて、我先にと声を上げる兵士たち。
前へ足を踏み出す。誰が最初に踏み出したのかは重要ではない。重要なのは、足がどこへ向いていたか。
駆けだす兵士たち。叫びながら、唸りながら、黙りながら、彼らは走る。
自分たちの国を守る。良い悪いなど関係がない。自分たちの故郷を守る。
ただその想いを剣に乗せて、数万の兵士たちは駆けた。三人の漆黒の者たちを倒すために。
兵士たちが何かを投げた。七色の石だった。一つ、二つ、三つ。雨のようにそれはアルスガンドの三人に降り注いで。そして弾けた。
石が弾けて現れる小さな光。一つ、二つ、三つ。それらは重なり巨大な七色の光となる。光の壁となる。
「そこまでは来れた。だが、ここまでは来れるか?」
光の壁は、七色の壁。それは攻撃のための壁でも、防御のための壁でもない。それは――――
力を奪うための、壁。
「う……っ」
「セレニア? これは……」
セレニアの髪が青く染まる。ジュナシア・アルスガンドの髪が赤く染まる。イザリアの身体が膝から崩れる。
遠く、アズガルズの大地の地下深くに、古の錬金術師たちがある魔法を込めて作った石があった。
それはアズガルズの大地から魔を取り除くための物。即ちそれは――――魔力封印の石。
「では、諸君。これより始めるは決戦である。とくと楽しもうではないか」




