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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第45話 誰のために生きて

 誰がそれを、求めたのか。


 赤い火が燃える。大きな光が落ちる。空が揺れる。地が揺れる。


 一つ、二つ、三つ。降り注ぐ光の柱は地面に三つの穴を開けて。落ちた光の下には赤い花が咲く。


 四つ、五つ、六つ。止まらない光の柱。飛び散る赤い水。飛び散る赤い血。


 美しい草原が広がっていたそこは、巨大な赤い穴が点在する荒野と変わっていく。数十単位で人が死んでいくその光景に、何も感じない者などきっといないだろう。


 誰がそれを求めたのか。


 きっと誰も求めていない。光を落としている彼女でさえ、それは決して心の底から求めた物ではない。


 だから、これで終わり。ここで終わり。全てはこの日に終わる。


 誰もが求めた最後を。誰もが求めない方法で。


 赤色の魔法師は歌う。大量の書を空に浮かべ、それよりも多い魔方陣を背にして、赤色の髪の血よりも赤く輝かせて歌う。言葉の一つ一つが書に書かれている文字。彼女の魔法は言葉の魔法。言葉の一つ一つが人を殺す刃。


 七つ、八つ、九つ。魔力が切れる気配すらない。次々と、次々と落ちる光の柱。それは、その国が世界中に落とした光よりも多く、正しくこれは、裁き。魔法師の極地、人の怒り。


 光に続けと、大軍が駆けた。それは嘗てこの国に蹂躙され、踏みにじられた国々の兵。


 一つはロンゴアド国。一矢報いたことでどの国よりも苛烈に虐げられた国。どの国よりも踏みにじられた国。


 彼らはただ我武者羅に足を動かした。兵一人一人が思っていた。自らの怒りを。死した大量の人々と、苦しんだ者たちの怒りを、死した先王の偉大さを。


 もはや迷いはない。死んでも悔いはない。新王に置いてかれないように、彼らは足を動かす。周囲を払う光の導きのままに。


 まだいる。独特な鎧に身を包み、正中線を一切動かさず走る者たちが。数こそは少ないものの、彼らが俊敏性は他国の追従を許さない。


 故に、駆けるのも先頭。ファレナ王国騎士団の兵の剣など、彼らが剣術の前では敵ではない。


 果てしない過去から延々と続いてきたアラヤの技術は接近戦では無類の強さを誇る。百に満たない剣士たちではあるが、その存在感は圧倒的だった。


 斬る。斬る。斬る。飛び出す槍。巨大な戦斧と巨大な馬。地響きを鳴らしながら突き進む大量の騎馬群は、その国土を文字通り消滅させられた東国が小国の生き残りたち。もはや国の名はこの世界には無い。


 彼らはこの日のために潜伏していた。何人もの仲間が見つかり、捕らえられ監獄砦に入れられたが、ある男の声の下、再び剣を持つことができた。


 その男は今、騎馬たちの先頭を行っている。かつて、南の海にいた海賊たち全てを倒し、それを傘下に納めた海洋の覇者ゼンディル・ランディット。不敵に笑い、全力で槍を掲げ彼は走る。国を失った者達を率いて。


 そして、遥か後方、赤髪の魔法師を前に、青髪の魔法師が杖を掲げる。静かに、雄々しく、並び進む魔法師たち。人類を救う魔法機関が魔法師たち。


 彼らは進む。一歩一歩。兵たちは進む。一歩一歩。


 もう出し惜しみする必要はなく、戦いは全力で。目の前に広がる大軍は、万や十万では済まないのだから。


 最後尾に一人、大きな旗を掲げる純白の王女。光すら与えられなかった彼女が選んだ今。誰よりもどこよりもいつよりも盛大に、鮮烈に。人の自由を賭けた決戦は、彼女の瞳の先に。


 無言で佇む彼女。傍には二人の女騎士。リーザとネーナ。二人は剣を抜き、それを胸の前に掲げる。


 これで終わらせなければならない。実際、ここにいる兵士たちは皆満身創痍。ファレナ王国に入ってからというもの、まともに休んでいない。小さな城に攻め入り、そこを落とし、そして少数で防衛した後は放棄する。それによってファレナ王国の数万の兵を国中に分散させた。


 今終わらせなければきっと、もう二度とここまでこれない。


 皆わかっていた。皆必死だった。皆叫んでいた。


 駆ける。駆ける。駆ける。敵兵をなぎ倒しながら。駆ける。駆ける。駆ける。


 彼らが目指すのはファレナ王国王城前の城塞。そこを抜け、巨大な亀裂の上にかかった大橋を抜ければもうそこは、ファレナ王国城下町。


 城下町の先にある、切り立った山をそのまま城にしたかのような巨大な城。それこそが、ファレナ王国王城。世界最大国家の王城。


 アレを落とす。それで世界が解放される。


 皆それだけを思っていた。皆それだけを願っていた。


 そのためならば――たとえ――死んだとしても――


 光の柱が落ちなくなった。赤髪の魔法師が展開していた魔方陣が一つ、また一つと消えていった。


 柱の魔法。圧倒的攻撃力。並みの魔法師ならば一撃放てばそれで衰弱死するだろう大魔法。何十発と撃てば、さしもの伝説の魔法師が血統ヴェルーナ・アポクリファと言えども魔力切れは必至。


 赤髪の魔法師は青い液体の入った瓶を取り出してそれを口に流し込む。魔力回復の霊薬。


 すぐに再び展開される魔方陣。霊薬一本ですぐに回復できるのもまた、彼女が血統の成せる技。


 だが一時とは言え歌は止まったのだ。降り注ぐ柱は止まったのだ。


 息を吹き返す敵軍。放たれる大量の矢と魔力弾。


 業火が地面を走る。雷鳴が地面を打つ。旋風が地面を切り裂く。


 ファレナ王国騎士団は世界最高の戦力。決して甘くはない。ファレナ王国に付いた様々な国々の兵たちを吸収して巨大な集団となった彼らが、高々1万の兵に後れを取るはずがない。


 死んでいった。大量に殺した兵と同じ数だけ、死んでいった。10、100、1000。犠牲は犠牲を産み、次々とファレナ王国を侵攻せんとすすむ兵たちは死んでいく。


 再開する光の柱。また死んでいった。敵兵、味方、混じって、混じって、混じって。


 1人の人間が1人殺せば、それは罪だろう。10人殺せば、それは殺人鬼と呼ばれるようになるだろう。100人殺せば、それは怪物と呼ばれるだろう。


 戦場に置いて、万を殺せるならばそれは、後世は英雄と称えることになるだろう。


 何かが落ちてくる。赤い光。黒い光。四枚の翼を広げ、何かが空の彼方から落ちてくる。


 低い低いうなり声を響かせながら、それは敵陣の真っただ中に落ちてきた。爆ぜる人、飛び散る血、吹き荒れる魔力の奔流。


 赤色の翼、赤色の眼、漆黒の身体。


 漆黒の理想郷。エリュシオンの魔者。アルスガンドの長。


 それの動きを誰も見ることができない。


 それの動きに誰もついてくることはできない。


 瞬く間に人が爆ぜていく。彼の傍にいる者から爆ぜていく。血と肉が混じった赤い花弁が周囲に広がっていく。


 それはきっと、誰も望んでなどいなかったのだろう。彼も望んでいなかったのだろう。


 だからこそここで、ここで終わらせなければならない。


 人が死ぬ。一人一人に人生があって、一人一人に物語がある。笑って、泣いて、喜んで、悲しんで、愛して、愛されて、歌って、謳って。


 人が死ぬ。次々と死んでいく。個々の強さは差があれど、命の重さに差はない。死の涯てに差はあれど、生の涯てに差はない。


 光の柱の勢いもおちている。もはや兵たちは乱戦状態になっている。誰がどこで、何をしているのかなどもはや誰にもわからない。


 だが、彼らは殺し合っている。それだけは皆わかっている。


 死を振りまく漆黒のエリュシオン。多くの魔が目指したそれには、意識がある。心がある。魔の果て、魂の座を覗いた魔物に、心がある。


 自分の手で大量の人の生を終わらしているということに、彼は何も感じないわけがない。


 だが、殺す。次々と殺す。触れて殺す。斬って殺す。捻じって殺す。殺して殺して殺し続けて。


 終わりが欲しいと、彼は思う。最後が欲しいと、彼は思う。


 ここで終える命は、一体誰のために生きていたのだろうか。


 涙を流す必要はない。悲しむ必要もない。ただ、ただ最後まで。ただ最期まで。


 崩れる東門。叫ぶ兵士たち。どちらの兵が、どの兵が、誰が叫んだのかもう誰にも分らない。

 

 ――漆黒のエリュシオンは一人、崩れた門から城塞の中へと入っていった。

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