第41話 処刑人の子供たち 前編
血錆に塗れた刃。鉄の匂いに鉄の臭いが重なって、金属と金属と金属と。
壁にかかる大剣は、いくつもの首を斬り落とした剣。罪人に最期を与えた剣。
赤錆の剣に手を添えて、謳われた栄誉はここに。
「父上、お話が」
「刑場だぞ。ここでなければならないか?」
「ここでなければなりません。誰にも聞かれとうないのです」
純白のローブを身に纏い、血に濡れた剣を水で洗う二人の男。その顔は、白い覆面に覆われて。
彼らは処刑人。連日連夜人の首を断ち続ける処刑人。断ち切った首は二人合わせて生涯で100を超える。
その技術、極限まで高まり、白いままのローブがそれを物語る。
王城の処刑場に二人、剣を洗い清め、赤く染まった水はそのまま地へ。
「言うがいい息子よ」
「はい」
「いや待て、人が来る」
「はい」
並ぶ二人。頭の上から足の先まで白く。背格好も同じ、真っ白の処刑人二人。並び腕を胸の前に。
足音が近づいてくる。一段一段、階段を降りてくる音が聞こえる。降りて来たのは騎士の男。神妙な顔をして、騎士は一枚の紙を二人に渡す。
白い処刑人の一人が紙を手に取り、それを広げた。騎士団長の署名が書かれた紙。その紙の中には何人もの人の名が載っていた。
それに記されるのは処刑される者たちの名前と、罪状と、執行日。その紙を置いて騎士はその場を立ち去った。
訪れる静寂。剣から滴る水が地面に落ちる。
「で、何だ息子よ」
「はい、実に恥ずかしい話なのですが、娘が家に帰ってきました」
「なんと、よく戻ってきたな。それで?」
「妻が昨夜、地下室に閉じ込めました。本日家に戻り会うつもりです」
「なるほど。良いことだ。会ってきなさい」
「はい」
「それで? それだけではなかろう?」
「はい、実は……」
すでに外は深夜。睡眠を忘れ白い処刑人は暗き闇の中で言葉を交わす。
人の命を刈り、最期を与える二人。血に濡れるバートナーの処刑人。
赤く赤く、白く白く、全て平等な最期を。
――同刻、バートナー屋敷で。リーザ・バートナーは一人、暗い地下室にいた。
蝋燭の火を頼りに探る、扉の鍵穴。鋼の棒を二本取り出して、彼女はカチャカチャと手元を動かす。
「ぐぅ……言い出したのは私とは言え……あっさり見つかるなんて……」
鋼の棒で金具を上に押し上げる。何かがはまるような感触がする。
リーザは顔を歪ませながら、丁寧に棒を動かしていった。何度目かのはまる感触の後、音もなく扉は開いていった。
扉の隙間から顔を出して周囲を見る。深夜だからか誰もいない。バートナーの家はそもそもが召使が少ない。年中ほとんどが処刑場にいる者の家に、召使など必要ないから。
「はぁ……書斎かぁ……叱られた思い出しかないのになぁ……やだなぁもう……でもこのリーザ・バートナー。ファレナ様のためにも頑張ってきますっ」
一人暗闇の中で気合を入れるリーザ。そのやる気と魔力に乗って赤髪がほんのりと輝く。
リーザは鎧の胸元から黒い布を取り出した。それを彼女は頭からかぶった。七色に輝いて、黒い布はあっという間に周囲と同じ色に変わる。
多少の違和感を残して、しかしてそれは、周囲と同化する。それは隠密のための魔道具。アルスガンドの一族における、訓練用の道具。
ひっそりと、ひっそりと、人の気配を感じつつリーザは進む。上階の書斎に向かって。
狙いは、囚人たちの名簿。ファレナ王国に反逆し、捕らえられ首を落とされんとする者達の名簿。
つまりそれは、ファレナ王国に敵対した者たちの名簿。
リーザは進む。思った以上に容易く、思った以上に簡単に、数人のファレナ騎士団の兵が見えたが、彼女に気付く者は一人もいなかった。
木で作られた家を、真っ直ぐに目的の部屋に向かって進む。実家の思い出に浸る暇もなく、リーザは階段を上る。
「いたっ」
階段に足のつま先をぶつけた。黒い布を頭からすっぽりと被っているのだ。とにかく歩きにくかった。
思わず口から言葉がもれてしまったが、ぐっと我慢して彼女は階段を上る。つま先を走る痛みに少しだけ涙が出た。
そのまま何事もなく書斎に到着した。扉に手を掛ける。鍵はかかっていない。
ゆっくりと、ゆっくりと、書斎の扉を開けてその中に入り、そして扉を閉める。外は深夜。部屋は真っ暗。近くにある蝋燭に魔術で火をつける。
明かりの魔道具を持ってくればよかったと思いつつ、リーザは書斎を漁った。
本棚を見る。医療と魔術の本が並んでいる。今は用がない。
棚を見る。銀色の剣と、王より授かった勲章が並んでいる。今は用がない。
机の引き出しを開ける。上段、鍵がかかっている。下段、開いたが中には何もない。中段、開いたが中には小物しかない。
鍵のかかった引き出しを見る。隅に鍵穴がある。針のような細い金属の棒を取り出して、リーザはその鍵穴にそれを差し込みカチャカチャと鍵穴をいじる。
いじるいじるいじる。はまる。いじるいじる。回る。
鍵が開く。
「何か、盗賊みたい私……はぁ」
リーザは最上段の引き出しを開けた。そこにあったのは紙の束。肩を紐で括られ、太くて大きな束になっている。
それを手に取って、リーザは紙を捲る。
「えぇ……」
思わず声が漏れた。その文字の多さに、リーザは眩暈がした。
それに書かれているのは大量の人の名。誰が何をして、どのような罪で、どこに投獄されたかということが箇条書きで書かれていた。執行日が刻まれいる者はすでに処刑されたのだろう。
思った通り、そのリストに載っている者達は全てバートナーの領地にある監獄砦に捕らえられていた。
リーザは昨日ハルネリアから言われた言葉を思い出していた。
「いいリーザさん。欲しいのは各国の将軍以上の人たちがどうなってるか、よ。非協力的な国の重鎮たちも捕らえられてるかもしれない」
「はい」
「あの子たちもきっとあの子たちなりのやり方で仲間を増やしてくれる。アルスガンドなんだから、失敗はしないわ。私たちは私たちで、やらなきゃいけない。とにかくまずは、どこの誰を救えばいいかをはっきりさせることよ」
「はい、お任せください。変なタイミングで家に帰ることになりますけど、いろいろ仕入れてきますから!」
「うん、任せる。ファレナさんの護衛はマディーネと私がやるから、そっちお願いね」
「はい!」
内部分裂のちに反逆を持ってこの戦いに勝利を得ようとロンゴアド国中心の西国連合は今ファレナ王国中で戦っていた。各所の要所を守る貴族たちを疲弊させ、ファレナ王国の凶行に反抗できる流れをどうにか作ろうと皆動いていた。
リーザもその一人。狙いはファレナ王国に刃向かった人々を救い出すこと。
「はぁ、一人でこれ見てられないわ。ネーナ逃がさなきゃよかったかもね……全く、ファレナ様は優しすぎるんです。全くっ」
巨大な紙の束を布でくるんで、リーザは腰に縛り付けた。来た時と同じように黒い布を被り、外へ出ればそれでとりあえずの仕事は終わり。
母親に挨拶をしたいとふと思ったが、その気持ちを押し込んでリーザは書斎の扉の方へと向こうとした。
踵をひいて、腰を回して、首を回して――
「姉さん? 何かぶってるんだ?」
「はっ!?」
――そこに、リーザの弟であるラーズ・バートナーが立っていた。




