第31話 始まりは終わりのために
歩む足に、絡む草。道なき道をただ進み、一歩一歩彼らは進む。
鳥が鳴き、虫が跳び、動物が走る。ロンゴアド国とファレナ王国の国境沿いが橋を渡り、歩くこと7日、遠くは山の中、森の奥、そこにその村はある。
古の血を永遠と守り抜いたその一族。嘗ては悪を討つ刃として存在していたその一族。今は僅か二人となってしまったその一族。
アルスガンドの一族が村が、そこにはあった。
「あー久しぶりに来たけどやっぱり遠いわねぇ……足痛くなってきたわ。ねぇ、リーザさん水残ってる?」
「残ってますけど私もかなり節約してますし……」
「いいからいいから、一口だけ」
「うーん。一口だけですよ」
「はいはい」
森の中を歩く数名。先頭を進むセレニアは振り返り、すぐ後ろにいたジュナシアの顔を見た。二人は小さくため息をついた。
二人の後ろについてくるのは、5人。ずらずらと、ついてくるそれを見て、再び二人は溜息をついた。
それは10日前。ロンゴアド国の王城が大会議場で。
「すまない遅れたね。ではロンゴアド国国王ランフィード・ゼイ・ロンゴアドの下、会議を始める。ボルクス」
「はっ」
立ち上がるロンゴアド兵団団長ボルクス。その銀色の義手を鳴らし、彼は大きな机に紙を広げた。それは世界地図。ロンゴアド国を中心とした、世界の大陸が描かれた地図。
「昨日、使者が戻って参りました。新たに南方のロズアル諸島の島々がランディット公のまとまりの下、我が手勢に加わってくれるとのことです、これで、後方の憂いは無くなりました」
「見返りは、陸の交易路の解放だったかな?」
「はい。ですがこれは、嘗てロンゴアド国とランディット公との間ですでに取り交わされていたこと。別段問題とはなりません」
「うん、そうだね。さて、では……軍議といこうか。ハルネリア様、どうぞ説明を」
「はい」
大会議場にはロンゴアド国の大隊長以上の者達数名と、各種大臣たち数名、執政官数名が並んでいた。その奥、地図の前にいるのは、ファレナたち一行。
ファレナの真横に座っていたハルネリアが立ちあがる。その赤色の髪を揺らして、力強く彼女は世界地図の前に立つ。
その場にいた数十人が彼女を覗き込む。地図が影になる。
「……暗い」
ハルネリアの呟きに、その場にいた者達は一斉に地図に光が当たるように姿勢を正した。コホンと咳ばらいを一つ。ハルネリアは小さな木の棒を持って、話し始める。
「……では始めます。まず、ランフィード国王陛下と我が母、ファルネシア女王の説得によって、ここより西、つまりこの大陸における、ロンゴアド国とファレナ王国との国境より西の国は全て私たちの味方となりました。一か月以上かかりましたが、これでこの大陸の勢力は二分されることとなりました」
ハルネリアは木の棒で地図を二度叩いた。一瞬のうちに地図に色がついた。
「赤い部分が味方と思ってもらっても大丈夫です。さらに南、海路もランディット公の協力を得ました。これで海路もかなり自由がきくようになりました。さて、それでは、ファレナ王国と我々、対ファレナ王国連合との戦力差ですが……ボルクス団長。ロンゴアド兵団の兵力は、どれほどですか?」
「陸、ロンゴアド兵団歩兵が5000。馬は100。攻城兵器が10。海、砲戦ができる船が7隻。船員は200名ほど。あと……予備兵力、まだ成人していない者や、老人、それが1000」
「よく立て直せたというところですか。それに、アラヤの兵力が50。オルケーズの騎馬隊が1000。他の都市の義勇兵が……まぁ100いればいい方でしょうか。多めに見積もって約1万の兵力ですね。対するファレナ王国ですが……まぁ、ざっと100万ぐらいでしたっけ国王陛下?」
「そうですね。斥候の調べた範囲で、ですが」
「諸外国を制圧に出してる兵力を合わせれば、ファレナ王国の兵力はさらに倍にはなるでしょうね。はい、じゃあそこの、えっと、新しく副団長になったあなた……えっと、名前は何でしたっけ?」
「リンカードですが」
「リンカードさん。我々が兵力が1万、向こうが100万。これをひっくり返すには、どうすればいいですか?」
「それは、その……兵力差が倍を超えるならば、真正面からは戦わず、城を使い……兵糧切れを狙い……長期戦のち講和を……」
「はい、よくできました。定石通り、さすがボルクスさんの息子さんです」
「あ、ありがとうございます……へへ」
「馬鹿野郎……鼻の下伸ばしてんじゃねぇよリンカード……」
「はい、ということで正面から行きます。皆さんちゃんと遺書書いておいてくださいね」
「えっ!?」
ハルネリアの言葉に、ロンゴアド兵団の大隊長たちは皆口を揃えて驚きの言葉を発した。眼を丸くする兵団の兵たち。苦笑するランフィードとボルクス。髭をいじるベルクス。
「目標はファレナ王国で一番西方にある城です。えっと……リットルド公爵だっけ? リッケルドだっけ?」
「リケドルトですハルネリア様……」
「ああ、さすがリーザさん。やっぱりあなた貴族の娘なのね。ということで、リケドルト公爵が守る城、これを1万の兵で落とします。たぶん数日かからないはずです」
「ちょ、ちょっと、お姉さんちょっと待ってくださいよ!」
「黙ってろよリンカード」
「しかしですね親父!? そりゃ、城や砦一つ落として終わりならいいんですけどねぇ! 違うでしょう!? ファレナ王国にはいくつ城があると思ってるんですかい!?」
「東西あわせて小さな城が5つ。城塞が4つ。王城が1つ」
「広大な平野と山岳! それをカバーする城! 1つや2つなんとかしたところであっという間に取り戻されますよ!」
「うん、その通りです」
「だったら魔法師のお姉さん無駄死にじゃないですか! 副団長としてそんな無意味なことに兵を出せませんよ!」
「お姉さんってあなた中々口がうまいのね」
「いやいやいや! 親父もなんとかいってくださいよ!」
「おうおう、リンカードお前なかなか燃えてるじゃねぇか。うれしいねぇ。ちょっと前は股に毛も生えてなかったのになぁ」
「親父ぃ!」
ケラケラと笑うボルクスに、焦るリンカード。彼らを横目に、ハルネリアは小さな石の束を地図の上に置いた。
バラバラと石は散らばって、ファレナ王国のある一点に集まる。そこは先ほど話に出た、ファレナ王国が最も西にある城。
「城を落とします。そして最低限、数名だけその城に残し、残りの一団は散ります。小隊100から200、最大100人を超えないよう小隊を編成し、ファレナ王国に入り込みます。いいですか? まともにやるのは最初だけです。あとは」
「軍勢でぶつかるなんてことはしねぇのよ。それは最初と最後だけ。つまりは、根競べだぜリンカード」
「ど、どういう……潜伏するんですか? 攻め入って? 何のために?」
「ハルネリア嬢、言ってやってくれ」
「はい、まず一枚岩じゃないファレナ王国の軍、100万もの軍勢は東国全ての軍をかき集めて作った軍。それを分断させ、とにかく騎士団だけにしないといけません。つまりは、不安にさせるんです」
「不安に……」
「まず一つの城を落とします。するとファレナ騎士団の者たちはそれを取り戻そうと数万の軍を組み襲い掛かるでしょう。ですが、それらが城についたときには、すでにそこはもぬけの殻。どこへ行ったと方々探すでしょう。どこへ行ったと斥候を飛ばすでしょう」
「……そこで、他の砦を、取る?」
「攻めるだけでいいです。取れれば最高ですが、維持できないですからね。その情報が本部に行く頃には、またその城や砦からは手を引きます」
「そんなことやり続けてみろ。しっかりとした地盤がある国ならいいぜ? でもな、あそこはそうじゃない。結局恐怖心で縛ってるだけの有象無象だ。段々足が重くなる。もしかしたら、騎士団からも現状に不満を持つ者がでるかもしれねぇ」
「きっと時間をかければ、疲弊するでしょう。その時をついて、次に移ります。ファレナ王国に疑問を持っている兵を、うちのとっておきで脅して味方にします。力を見せるための最高の、一番わかりやすい、最高の一撃を。アリアがやったことと同じことを。つまりは」
「一番でかくて堅牢な城塞を、更地にしてやるのよ。へへへ、効くぜぇ。どこから襲ってくるかわからない敵の中に、とんでもないのがいる。ああ、次は俺達かもってな。これが広がれば、転ぶだろ。少なくとも嫌々従ってるやつらは間違いなくな」
「兵力差が縮まったら、あとは攻城戦です。皆さん、おそらくかなりの長期戦になります。栄養補給ができるよう、魔道具を作成しました。出立の前に皆に渡します。以上ですランフィード国王陛下」
「うん……皆……」
立ち上がるランフィードに、眼を丸くする兵団の兵たち。それを見て、真剣な顔をしてランフィードは王冠を置いた。
「正直、かなり危険だ。言ってしまえば、攻め込んで味方を増やすということだ。普通なら、成功など考えられないだろう。だが」
ランフィードは頭を下げる。その行為がどれほど心を打つものか。
「あの国をなんとかしなければ、我々はまた同じことをされる。あの、苦行を。父が命を懸けて取り戻してくれたこの国を。もう誰にも汚させてはいけない。頼む皆。ついて来てくれ」
その言葉を受けて、真っ直ぐにランフィードに向ける兵たちの顔を見て、ランフィードは強くうなずき、手を挙げる。力強く。王冠の前に、彼は手を挙げる。
「では一か月後。作戦を開始する。皆思い思いに、その間家族と過ごしてくれ。もし、もしも死にたくないと思うならば、そのまま城にこなくてもいい。そう兵たちにいってくれ。では皆! 解散だ!」
ランフィードの号令に、その場にいた全ての者が立ち上がり、腕を胸に応えた。そして一人、また一人とそこから立ち去っていった。
結局は、作戦など最初の行動の理由付けでしかないと、そこにいる者は知っている。そんなにうまくいくわけがないと、皆薄々感じている。
だがそれでも、やらなければならない。皆そう思って、その場を後にした。
そして立ち去る人々の中、最後に残ったファレナたちは、皆真剣な顔をしていた。これで終わると、願って、これで終わって欲しいと願って。
「ファレナ」
「はい?」
深紅のマントを片手に、ジュナシアはセレニアを携えてファレナに話しかける。どこか申し訳なさそうな顔をして。
「悪いが、俺とセレニアは一月、ここを離れる」
「お二人で……? どこに?」
「アルスガンドの村に、帰る。忘れものがあるんだ。最近思い出したんだが」
「村? どこに、あるんですか?」
「ファレナ王国の南方。森の中だ。俺たちなら走れば3日で行ける。なに、作戦開始までには間に合うさ」
「二人だけで……二人っきりで……?」
「まぁ、できればイザリアも。ハルネリア、調整は大丈夫なのか? 前俺が言ったように調整できたのか?」
「ばっちりよ。今中庭でテスタメントと最終調整してるから。連れていくから門の外でちょっと待ってて。ファレナさんの分の荷物袋、リーザさん持ってね」
「え、はい……はい?」
「そうか、よしじゃあ行くぞセレニア。門の外へ行こう。ハルネリアを待って出発だ」
「ああ……ん?」
最後の戦いを前に、最後の忘れ物を。
そして彼らは出発する。最後の前に、最初を終わらせに。7日の時を経て。5人はたどり着く、古の村に、始まりの村に。
「……何で全員でくるんだ。全く」




