第27話 未来への歩み
この場にいることが、どれだけ恐ろしいことか。
自警団の生き残り、少年兵を加えて30名。都より助け出せた兵10名。数十人の兵ではあるが、負傷してなく、且つ戦える者となると数人しかいない。
これより向かう先は、死地。一度死に目にあった場所。
皆震えていた。顔を伏せていた。アラヤの都へ一度でも立ち入った者たちは誰一人顔をあげていなかった。
本音を言えば、逃げ出したいだろう。それを知らない少年たちが笑顔を見せるのに苛立ちを見せる者もいる。
だが前を行く者たちは一人もそんな顔を見せていない。アラヤの刀剣を片手に下げた女が冷たい眼で彼らを見る。その眼は、彼らを情けないと罵倒しているような、憐れんでいるような。
「都まであと少しってところまで来ましたし、そろそろあの木の人形、対応策、考えますか? リーザさん、考えますか?」
「何で私ばっかり……ファレナ様が考えてくださいよ」
「いやそれはぁ、すみません私あまりお勉強は得意じゃなかったので」
「あれだけ本読めるのに何言ってるんですかもう……っていうか何なんでしょうねあの、木の人形。際限なく沸いてきたし。完全に木なのに動く。不思議ですよね」
「心配するな。あれは、ただの死霊魔術だ。問題はそこじゃない」
「えっ?」
「あれは特殊なものじゃない。術式も初歩的なものだ。アラヤの守護者が聞いて呆れるな」
「ええ!?」
大きな声だった。驚いていた。漆黒の彼の言葉に、リーザ・バートナーは驚いていた。
その声に、都へ向かう一団は脚を止める。何が起きたんだと少年たちは眼を丸くする。
「うるさいな女騎士」
セレニアの言葉に我に返ったのか、リーザはキョロキョロと周りを見回す。そこにいた全ての者たちの視線が彼女に注がれている。
恥ずかしさを覚えたのか、リーザは顔を赤らめて地面に眼を落とした。そして小さな声で、前を行くジュナシアの背に話しかける。
「……本当に死霊魔術? うっそでしょ?」
「本当だ。アラヤの樹々を核に、大量の魂が埋めこまれている。一年や二年で集まる量じゃない」
「な、なんて……おぞましい……」
「だから、あれは術者を殺せばそれで終わりだ。周りのやつは俺がやる。お前たちは術者を殺しに行け。セレニアならどこにいるかわかるはずだ。なぁセレニア」
「まぁな」
「わ、わかった……じゃあファレナ様それで」
「はい」
「問題はあの樹自体だ。おいお前、ちょっと来い」
「は、はい!」
沈んでいたアラヤの人々の先頭にいたランドは、ジュナシアに声を掛けられてびくりと反応した。大きな声で返事をして、呼ばれるがまま彼は駆ける。
そして並ぶ、深紅のマントを纏った彼の傍に。背の高さは同じぐらい。だがマントのせいなのか、威圧感のせいなのか、ランドから見たジュナシアは大きく見えた。
「俺はジュナシアと言う名だ。お前、名前は?」
「ランドです」
「そうかランド。幾つか聞きたい。まずはあの木の兵は、いつからあるんだ?」
「それは、僕たちが生まれる前から。少なくとも僕の祖父の代にはあったそうですが……」
「突然人が大量に行方不明になるといったことはあったか?」
「いえ、それは……記憶にある限りでは。少なくとも都の外では聞いたことが無いです。獣に殺されて喰われたりはたまにありますが」
「そうか」
歩く足は少しずつ遅くなっていって。遠くに見える大きな大樹はゆっくりと近づいていて。
何かを考えながら、何かを想いながらジュナシアは歩く。その表情。無表情なようで、しかしどこか怒りが籠っていて。
「……アラヤはどうやってできたんだ?」
「建国の、歴史ってことですか?」
「そうだ」
「文献が少ないのでほとんど口伝ですが、この国は元々は北方のアズガルズが治める農村地だったそうです。小さな農村同士の争いが絶えなかったこの地を、救いの巫女様が説き伏せ、まとめあげたのが始まりと言います」
「古いな」
「ええかなり」
「大樹はいつできた?」
「巫女様がその後に創ったと聞いてます。ですから数千年……他国の方からすれば夢物語かもしれませんが、大樹は数千年の樹齢があります。これは学者の手で証明もされています」
「そうか。なら、そういうことなんだろうな」
「はい?」
「巫女、か」
そして彼らの脚は止まる。アラヤの大樹、その真正面。遠く道の先に、叩き壊された木の扉を直す者達がいる。
アラヤの兵。大樹の尖兵に襲われなかった兵なのだろう。黙々と、10人足らずの男たちが扉を直している。
それを見て、恐怖が蘇ったのか、ランドの後ろにいた者たちが更に震え出した。子供たちもその様子に、ただ事ではないと唾を飲んでいる。
ランドがレーシェルに駆け寄り肩を掴む。如何に戦士として訓練を重ねたレーシェルでも、気の強い彼女でも、それでも彼女は女性だった。震えるのも仕方がなかった。
「あの……子供たちと、負傷者、女性も……あそこに入らなければいけないんですか?」
ランドの言葉は、当然の疑問だった。死地になるかもしれないところに、戦えない者を、怯えてる者を連れて行ってどうなるのかという、疑問だった。
振り返った彼女は笑顔だった。恐れを感じてないかのように、笑顔だった。優しく、ただ美しく微笑むその白き解放者は、ただ静かに彼らに声を掛ける。
「この戦いは、あなたたちの手で終わらせなければなりません。どんな過程であったとしても、最後はあなたたちの手で終わらせなければなりません。ですから」
迎えられる。押し出される。その導きに、震えていた者達は、困惑していた者達は、前へと進まされる。
「皆様は行かねばなりません。行って、自分たちの手で終わらせてください。始めてください。剣を、槍を、弓を、使えない人たちであったとしても、入らねばなりません。戦わなければなりません。だから死んでくださいあそこで。だから死にましょうあそこで。死んでこそあなたたちは生きるのです」
残酷だった。笑顔でいう言葉ではなかった。彼女は言っているのだ。自分たちでやらなければならないと。
辛うじて戦える者を入れても10名足らず。盾になることで戦えると数えても20名。
無謀だった。無意味だった。だがそれでも、彼女は言った。死ぬ気でついてこいと。死ぬ気で行けと。死ねと。
だが、そんなこと、彼女が言うわけがないのだ。笑っていた。そこにいる彼女の仲間たちは、無理やり連れてこられたネーナ・キシリギを除いて笑っていた。
「なんて、ね。言いませんよ。大丈夫です。あなたたちは無人の野を進むように、誰にも何も邪魔されずに奥へ行けます。宮様に会えます。巫女様に会えます。あなたたちの仕事は、そこからです」
「どう、やって?」
「すぐわかります。見た瞬間に安心できますよたぶん。それじゃ行きましょうか」
「あ、ちょっと……!」
その歩みに、逆らうことなどできない。誰も何も言えない。
言われるがまま進むことが染み付いたアラヤの民たち。それが一言でも、疑問を口にした。
それだけで十分だった。ファレナが笑うのは、それだけで十分だった。
歩みは止まることなく、真っ直ぐに進む。アラヤの大樹の中に向かって。
そしてそれは待っていた。大樹の中、無数の魂の中にそれは待っていた。
永遠を強いられて、赤く青く、七色の瞳を輝かせて、それは待っていた。
終わりをもたらす者を、待っていた。




