第25話 革命の行軍
きっと、この一歩はこの国にとって最も大切な一歩なのだろう。
壊れきったこの国が、歪みきったこの国が、腐りきったこの国が、到達したその一歩。赤子が立ち上がり、歩む一歩に等しいその尊さ。後になってわかるだろう。この一歩こそが、未来を創る一歩だったと。
「なんだ、表が騒がしいな。おいお前、外を見て来てくれないか?」
「はいヒュリナスさん」
自警団の長ヒュリナスは、大量の仲間を見捨てたにも関わらず、依然としてそこにいた。大きな屋敷。自警団の本拠地。
もはや戦える者達は全てアラヤの大樹の中に置いて来た。今残っているのは少年兵。彼の思想に共感し、この国を変えたいと願った無垢で、無知な子供たち。
仲間の死を乗り越えて、仲間の分まで生きて、この国を直そう。そうヒュリナスは言った。逃げ帰った先で、無傷の身体を引きずって、彼はそう言った。
嘗ては確かに未来のために戦っていただろう彼が、そう言った。そう言ってしまった。
もはや、救いようなどなく。ヒュリナスという男に、誰かを救う資格はなく。
だから、こうすることに、躊躇する者など誰もいないかった。
「えっ!? 何だお前たちは!」
高い声で、少年兵が叫ぶ。次々と運び込まれていく荷物の列を見て、彼らは叫ぶ。
屋敷の扉は木端微塵に砕け散り、その中に保管してあった村人から奪った大量の食糧は、大量の武具は、大量の資材は、次々と運び込まれていった。
それを運んでいる者は、都の兵だった。そして元自警団の剣士たちだった。
それぞれ争っていたはずの者たちが、手を取り、協力して荷を運んでいく。少年たちはあっけに取られた。見知った顔もその中にはいたが、その者に少年たちは声をかけることができなかった。
立ち尽くす少年たち。黙々と運び続ける大人たち。
そして、日が傾くよりも早く、屋敷いっぱいに、本拠地いっぱいに積み重なっていた物資は無くなった。きれいさっぱりなくなった。
残されたのは空っぽになった屋敷と、数人の少年たち。鳥が鳴く。木が揺れる。日常の音が戻る。
「な、なんなんだこれ……ど、どうしよっか……」
それぞれの顔を見合い、立ち尽くす少年たち。全て奪われた。全て奪い返された。いとも簡単に奪い返された。
一滴の血を流すことなく、人々を味方にするための物を獲得する。
――時は少し戻って。
「何で私……えーっと……こほん。うん、まぁその、いろいろあると思いますが、今はこの国を立て直すために、とにかくちゃんと聞いてください」
並ぶ10人足らずの兵。刀剣を、槍を地面に置いて、その者たちは並んで座っている。
大樹に殺されかけた都の兵、言われるがまま攻め入った自警団。両軍混じって、いくつかの禍根はあれど、それでも彼らは並んで前に立つリーザの顔を見る。
凛とした顔、かつて騎士団の上位騎士だった彼女。声を張り、リーザは皆の前で作戦を説明する。
「私たちの自己紹介はさっき簡単に済ませたけど改めて、リーザ・バートナーです。ファレナ様の護衛騎士をしてます。私から、今回の作戦の概要を説明します」
アラヤの作法に則って頭を下げるリーザ。その場にいた全員が、それに反応して頭を下げた。
「はい、では説明します。まず最初に言っておきますが、私たちは解放者。あなた達の味方ではありますが、あくまでもあなたたちの補助に徹します。この国はあなたたち一人一人が治める国になるんです。民主制っていうんですけどね」
何を言ってるのかわからないという風に、眼を見開いて固まる兵たち。それも当たり前のこと。政治という物がないこの国で、治めるという言葉ほど曖昧な言葉は無くて。
「……あれ? 難しい話? ま、まぁその辺はおいおい、ヴェルーナとロンゴアドから政治に強い人回してもらいますから、その人にお話を聞いてゆっくり慣れていってください。さてでは本題。アラヤの国解放作戦の説明をします。ではこれからいう説明、わすれずに行動してください」
頷く兵たち。命令されれば強いアラヤの住民である。彼らの眼はしっかりと、真っ直ぐにリーザを見ていた。
「では」
――まず外から解放します。皆さんはまず自警団の本部から食料を運び出してください。ついでに武具も
自警団の本拠地から出発した兵たちは、その荷を馬車に積んで運び出していた。その列は長く、いくつもいくつもの馬車の列になって。それは進む。街道の分かれ道まで。
――そこで二班に分かれます。一班は北部の鉱夫たちがいる村へ。もう一班は南部の、鍛冶師たちがいる村へ。まずは各々の労働者にその食料を運び込んでください。
双方の村に到着する馬車。アラヤの兵たちは一斉に食料を降ろしていく。
――何のために食料をって? 当然、食べさせるためです。食糧を調理して、一斉に村人に振る舞ってください。ああ、水は特に多めに。
天へと向かう煙。調理の煙。兵士たちに促されて、労働で疲れ切った村人たちは村の中心に集められた。
そして並べられる。パン一つ、スープ一杯しか一日にもらえなかった村人たちからすれば、それを見ただけで絶頂してしまいそうな、そんな料理の数々。
兵たちの調理である。そこまで味がいいわけではない。だがそれでも、村人たちは飛びついた。次々に彼らは食料を胃袋に押し込んでいった。まさに貪るように。あまりにも押し込み過ぎたせいか吐き出してる者まででる始末。
――うーんと、たぶん間違いなく村の人たちは恨みに恨んでるんですよね。自警団の人たちがファレナ王国の人間に言われるがまま、支配していましたから。だからちょっと殴られる人とかでるかも。そこは何とかしてください。
並ぶ自警団の人間たち。村人の前で、彼らは全力で謝罪する。すまなかったと、大きな声で叫ぶ。そして頭を下げる。深々と下げる。膝をついて、まだ下げる。
――村人たちに説明してください。皆で一緒に、ファレナ騎士団を追い出そうと。そして自警団の倉庫から取って来た武具を装備させてください。屈強な鉱夫と鍛冶師たちです。見た目だけかもしれませんが、それはそれはすごい軍勢ができるはずです。
満足に食事ができていなかったとはいえ、物が違う。鍛え上げられた二の腕は、そうは簡単に細くなったりはしない。
鉱山の村。鍛冶師の村。双方の村に分かれて出立していた兵たちは、街道で合流する。それぞれの村から特に屈強な男たち数十名を引き連れて、武装した者達は合計してもう100人以上。アラヤ解放のための軍が今完成したのだ。
――捉えられてる女性はそこにいるジュナシアさんとセレニアさん。黒い二人が助けに行ってくれます。って何でいちゃついてんの? イザリアさんいないからって何してるのよ? 全く困ったものですねファレナ様……ファレナ様?
女だけを集めた村。村の人間を働かせるため、妻や娘を攫っては集めた村。その村の中心に、全裸にされて全身を縄で縛り上げられている兵たちが10人ほどいた。
その兵たちはファレナ騎士団の兵。女を集めた村を監視するとの名目で、欲望のままに動いていた男たち。彼らはたった二人の黒い男女に叩きのめされて、全裸で村の中央に捨てられていた。
その全裸の兵たちに向かって、恨みの籠った石を投げる女たち。すでに兵の身体で腫れていないところはなく、顔も原型が無い程になっている。
その光景をみて、女は怖いなとジュナシアは小声で言った。彼の肩に寄り添って、セレニアがその言葉を聞いて微笑む。
――集まった兵たちはファレナ様と私、あとあそこで寝ているネーナと一緒にファレナ騎士団が集まっているところへ行きます。数だけならたぶん勝ってるはず。ちょっと強いかもしれないけどそこは数の暴力でいきます。え? どうするのかって? ちょっとえげつないけど……
燃える炎。アラヤの家屋は基本的には木製で。それはファレナ騎士団が駐屯している屋敷も同様で。
火から逃れて、息も絶え絶えででてきた騎士団の兵は、出て来るや否や力の限り木の棒で滅多打ちにされた。屈強な労働者と、アラヤの兵、自警団を離れた戦士。10人一組で、でてきた兵一人一人を叩きのめしていく。
殺すべきだという声もあったが、それでも彼らは殺すことを選ばなかった。殺すのは簡単。ここまで痛めつけられたのだ。返さなければ気が済まない。
だから彼らは、あえて殺傷能力の低い木の棒を選んだ。燃え盛る家屋。命からがら狭い出口から飛び出してみれば、袋叩き。
そして縛り上げられる騎士団の兵たち。屋敷にいた全ての兵が縛り上げられるのに、そうは時間がかからなかった。
ファレナ王国騎士団の侵攻は、あっけなく、実にあっけなくここに終わりを告げた。アラヤの国は終わりかけの国、故に少数の兵で十分だと判断した本国騎士団。その結果がこれである。
「いやぁうまくいくものねぇ。自分でもびっくりだわ。どうよネーナ。やっぱり私やるでしょー?」
「調子に乗らないで」
「ふへへ。さぁて、対外の次は対内。大樹と自警団ね。ファレナ様、ここは少数の兵と村人たちに任せて、アラヤの兵と自警団連れてジュナシアさんたちと合流しましょう」
「はい、やっぱりリーザさん、それなりにやりますよね。ハルネリアさんみたいでしたよ作戦」
「そうでしょうともそうでしょうとも。ふへへ。これでも騎士学校首席、同期で一番最初に聖光騎士になった私ですからね! ねぇネーナ!」
「……く」
リーザの高笑いが周囲に響き渡る。外の敵はあっさりと排除できたが、この国の問題は他のところにある。
この国の歪みを正さねばまたすぐに同じ状況に陥るだろう。彼らは歩き出した。十数人の兵を連れて。全てはこの国を正すために。




