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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第23話 誰もが想像できた結末を

 意味があると信じて、意味のない行動をしている。


 大きな長い弓。遠く木の上からそれを構えて矢を向けるアラヤの自警団たち。10数人のアラヤの戦士たちは、力強く剛弓を引く。


 矢を向ける先にいるのも、同じ国の戦士。アラヤの都を守る兵士。


 それはおかしいと、誰も言わない。誰も思わない。


 自警団たちの後ろには100名近くのファレナ騎士団の兵たち。並び剣を持ち、そして笑っていた。自分たちの国の守護者たちに矢を向ける者達を、笑っていた。


 弓を構える者達の先頭、最初に矢を放ったのは若き自警団の隊長であるランド。アラヤ式の武術を多々納めた彼の矢は、誰よりも正確に目標に向かって飛ぶ。


「うっ!?」


 遠くまで聞こえるうめき声。アラヤの都の扉を守る兵の一人は蹲って倒れる。その胸に大きな矢を突き立てられて。


 そして、他の者達も矢を放った。それは荒く、時に正確に、立っていた数人の兵に突き刺さった。胸を首を、顔を、次々と射られて兵たちは倒されていった。


 都は国を見捨てた者達が住む場所。その場所を守る兵を射ることに躊躇いなどあるはずもなく。


 あるはずもなく。


 震えているはずなど、ありえるはずもなく。


「あっ……ああ……」


 震えていた。


 確実に震えていた。


 矢を放ったものたち全員が震えていた。自分たちの手で、自分たちの仲間を射抜いたことに、震えていた。


 弓を構え、矢を放ち、アラヤの国の兵を殺す。


 自分たちの思想のために、人を殺した。殺してしまった。


 手を伸ばす。腕をつかむ。今にも木から落ちてしまいそうな仲間を掴み、支える。


 震える自分の手を添えて。努めて冷静に。


「レーシェル……落ち着いて、降りよう。て……敵は……排除できた……都に攻め入るんだ……」


 弓を手放す。木からそれは落ちて、地面にあたって折れた。


 アラヤの国の解放を、ファレナ騎士団の助けを借りて行う。それは効率的に思えて、事実行ったことは自国民の殺害。


 この瞬間に、アラヤの国を治める資格を失ったことに、彼らは気づいていない。気づこうともしない。


 ファレナ騎士団の兵、100を超えるその軍勢を外に置き、アラヤの自警団たちは大樹へと入った。射られて死んだ兵たちを踏みにじりながら。


 アラヤの大樹、その中は遥か遠い過去に創られた大空洞。淡く光る内部の壁。樹木に流れる樹液が木の魔力を持って光っているのだ。魔術が発達しなかったこの国にとって、魔力で行われたすべての減少は奇跡にしかならず。


 右を見る。左を見る。前を見る。遠く、なだらかに続く坂道の先。その奥。大きな屋敷が見える。


 目標はあそこ。屋敷の中にいる、宮と呼ばれる老人。


 大樹が揺れる。光が強くなる。誰もそれに気がつかない。


「大樹は、反応しない。よし、騎士団の兵たちを招き入れるんだ。僕らの仲間だと敵意が無ければきっと……」


 ランドは後ろにいた仲間の一人に指示し、走らせた。ファレナ騎士団を招き入れるために。


 アラヤの国の自警団。都の外を守る戦士たち。関所に、村の守備に、若者たちは自らの武力を持って人々を守っていた。


 彼らは若かった。老練な男も中に入るが、殆どが15歳前後の若者だった。


 男女入り混じって、最年少は10歳。最年長は30歳。


 自警団は30人程度の集団だった。その中で戦える者は10人足らず。それだけで都を落とそうと躍起になっている。


 その後のことなど、何も考えていないのに。


「ランド……都の住民がいる……どうする? こ、殺す?」


「馬鹿なことをいうな。レーシェル落ち着くんだ。僕たちが倒すのは宮とその一味だけだ」


「わ、わかった……」


 都の入口近くにいた住民が驚きの表情で彼らを見る。だが、彼らが自分たちに危害を加えないと判断すると、そのままいつも通りの生活に戻っていった。


 その危機感の無さにどこから苛立ちを覚える。都はどこまでも、平和なのだ。外で何があっても平和なのだ。その平和に、住民たちは慣れきってるのだ。


 それが何とも言えず悲しく、なんとも言えず、虚しく。


 遠くから兵たちが走ってくる。アラヤの刀剣を腰に差した者達が走ってくる。軽く数十人。外で何が起こったか知ってか知らずか、兵たちは必死の形相で走ってくる。


「まずい。あの数、僕たちではどうしようもないぞ。ファレナ騎士団の人たちは?」


「大丈夫だ来てるぞランド」


「よし……行くぞ。本番だ。宮の首元まで一気に!」


 ランドたちは剣を抜く。その独特な剣は、アラヤの大樹の光を受け、淡く緑色に輝く。


 彼らの後ろには屈強な兵たち。ファレナ王国騎士団が誇る、アラヤの国を落とすための兵たち。


 坂を駆ける。ランドを先頭に彼らは坂を駆け下りる。遠く走ってくる兵たちに向かって、彼らは走る。この都を、外の村々を見捨てた都を変えるために。都に、復讐するために。


 ――小さい。


「なぁんとも小さいやつらよなぁ。のぉハルト」


「はい宮様」


 湯の蒸気に押されて、カチャカチャと蓋が揺れてる。その蓋を開けて、ゆっくりと葉に湯を注ぐ。


 湯は緑色の茶となる。一度、二度、軽くそれを揺すり男は湯呑にそれを注ぎ入れる。


 都の中心、屋敷の中。宮の目の前に茶が出される。熱い熱い茶が。それを軽く口をつけて、老人は喉へと流し込んでいく。


 遠くから聞こえる雄叫び。そして金属音。争いの音は、宮のいる屋敷の中まで聞こえてきている。だがそれでも老人は茶を飲む。ケラケラと笑いながら、茶を飲む。


「お前も次の宮として覚えておけ。都は平和でなければならん。このような争いは、許されてはならん」


「はい宮様」


「巫女様は願った。平和な世界が欲しい、と。そして成った。平和な世界に。故に我々は守らねばならん。この世界を。アラヤの大樹を。のぉハルト、平和とはどういうことを言うのだろうかな? 答えよ我が孫よ」


「はい。平和とは争いのないことです。何もない日常こそが、平和だと思います」


「然り。さすがは我が孫よ。アラヤの国は世界で最も平和な国。外で何が起ころうともそれは、アラヤの国の外の出来事。我々には関係のないこと。それを否定し、我が国に争いを持ち込む馬鹿者ども。世界に目を向けろと叫ぶだけの小さき者ども。どうすればよいかなハルト」


「子が間違っているのならば、しかりつけるのが正しいかと」


「然り。アラヤの子として生まれた者どもが間違ってしまったのだ。ならばしかりつけねばな。くくく……巫女様も、同じ考えのようじゃな。くくくく……!」


 老人は笑った。醜悪に顔を歪めて笑った。その笑い顔は、この国の歪みのようで。


 平和のためにこもることを選んだ者達。平和のために戦うことを選んだ者達。


 その目的は、正しく。その手段は、間違えていて。


 大樹が光った。アラヤの大空洞の中心、町の中で剣を交わす者達を中心に、光が集まっていった。


 その光に最初に気がついたのはファレナ騎士団の兵。何だこれはと思いながらも、眼の前ですさまじい速度で剣を振るアラヤの兵に意識が持って行かれる。


 地面が盛り上がる。争っている双方を広く広く、囲むように、地面が、地面の中にあった根が盛り上がる。強い光を放ちながら。


「ま、まずい! 双方剣を納めろ! 大樹が反応した!」


 ランドが叫んだ。ファレナ騎士団の兵と、アラヤの兵、双方に向かって叫んだ。


 だが、誰も聞いていない。カンカンと、剣同士がなる音が響き渡る。魔術の塊が右に左に、飛んでいく。


 広い町の中心。二軍入り乱れて戦っている。その周りを、木々が覆っていく。囲むように、包むように。


「レーシェル! どこだレーシェル! くっそ邪魔するな! そんな場合かよ!」


 ランドは剣を振る。大上段に構えて一気に振り下ろす。それは真っ直ぐ敵兵の肩に食い込み、鎧ごと肩口に深々と突き刺さった。


 血が勢いよく飛び出た。その血はランドの鎧を真っ赤に染める。少し血が眼に入ったのか、ランドは思わず眼をつぶった。


 眼に入った血を拭い、パチパチと強く瞬きをする。一瞬のうちに回復した視力。だがその一瞬で、状況は大きく変わっていた。


「そんな……!?」


 アラヤの大樹は、ただ空洞があるだけの大樹ではない。アラヤの大樹はそこにできた瞬間から、平和を守るためだけに存在するもの。


 故に、排除を。思考などなく、ただ排除を。


 救世は争いを治めることでことで成る。それは尖兵。救世の尖兵。


 大樹の兵。本物の、アラヤの兵士。


 それは、木の人形だった。緑色の光を放つ、木の人形だった。精巧な、人の形をしたものだった。


 両手に木の槍を持ち、自由自在にそれを収縮させるその姿は、どこか昆虫的で。シュルシュルと気持ちの悪い音を立てて、それは現れた。


 大量に、大量に。町の中心の広間を囲むようにそれは大量に現れた。大樹の兵。


「そ、そんな!?」


「馬鹿な……私たちにも槍を……!?」


 アラヤの都の兵たちから声が上がる。


「これが、大樹の尖兵か? なんだ、聞いていたよりも弱そうだぞ」


「こんなものにビビるとはなぁ。俺達囚人を使うほどだからよっぽどだと思ったがなぁ」


 ファレナ騎士団の兵たちから声が上がる。


「レーシェル! レーシェルどこだ! こっちへ来るんだ! 来てくれ!」


「ランド隊長、そんな、ヒュリナス様は反応しないって……ランド隊長!」


「くそっ……くそっ!」


 自警団たちから声が上がる。


 誰もが決して言わなかった。どこからも声は聞こえなかった。


 ――本当にそうなのか?


 その一言があれば、あるいは考えたかもしれない。だが、その一言は無かったのだ。


 きっとアラヤの民に大樹の尖兵は襲い掛からない。巫女様はアラヤの民の味方。


 そう言われただけで、そう信じてしまった者達。根拠も何もないのにそう信じ込まされていた者達。


 何も考えずに生きてきた彼らの、結末は結局は――


「うごっ!?」


 伸びた。触手のような木の槍が、真っ直ぐに伸びて刺し貫く。心臓に向かって、真っ直ぐに伸びて。


 貫かれたのはアラヤの兵。自警団ではない。アラヤの都を守るために配備された兵。その兵は、胸を貫く木を握り、プルプルと震えて少しの間耐えていたが、ストンとまるで糸の切れた人形のように力尽きた。


 そして気づく。大樹の尖兵は、ここにいる全ての人間を殺すつもりだということに、気づく。


「そんな馬鹿な! 大樹の尖兵は俺たちを! はぶっ!?」


 頭、延髄から真っ直ぐ口へ、木の槍はまた一人、都の兵士を殺した。


 一歩ずつ、一歩ずつ、大樹の尖兵たちはその方位を狭めながら槍を伸ばす。右に左に不規則に、クネクネと曲がりながら、近くの兵から殺していく。


 それはさながら、樹の中にいる病原体を一つずつ駆逐するようで。一切の感情なく、木の人形は人を殺す。


 屈強なファレナ騎士団の兵たちの中にはその槍に抵抗で来ている者もいる。迫りくる槍を剣で払って、火の魔術でそれを焼き払って。槍を突っ切って人形を壊す者もいる。


 だが、それだけ。一つや二つ壊したところで、敵は周囲木々すべて。そんなものに、抵抗など何の意味があろうか。


 結局、思想の果てに、間違った行動をした自警団たちの末路は、自浄。樹の自浄作用による排他。命を引き換えに、自分たちの行動の無意味さを教え込まれる。


 大樹の尖兵たちの輪は、どんどん小さくなっていって。ついには、周りが樹の人形以外みえなくなって。


「そんな馬鹿な……レーシェル……こんな……僕たちはこの国を守ろうと……そんな……」


 ランドはその人形たちの中心で、剣を片手に絶望していた。共に剣を学び、共に成長して、共に歩んで来た想い人が見つからない。そして信じていた大樹が今まさに自分たちを殺さんと迫ってくる。


 目の前に広がるその事実。彼はただ、絶望してた。


 死んでいく。次々に仲間が、敵が、死んでいく。人が死んでいく。人形に殺されていく。


「ヒュリナスさん……は……大樹に入らなかった……? そうだ、見てないぞ。ヒュリナスさん……見てないぞ最初から……見てないぞ……」


 飛び散る血に、思考が鈍る。アラヤの国の青年、ランドはただ、立ち尽くした。迫りくる死に、ただ立つことしかできなかった。


「どうして……こんなことが成功するって、思ったんだ……? 平和って、なんなんだ……? 結局、宮たちが正しいのか……?」


 止まる思考。考えを放棄する頭。何故と自分に問いかけても、それを考えてはいない。ただただ、立ってるだけ。


 迫る木の槍。ランドのすぐ右を槍は通って行った。その先にいたのは、アラヤの刀剣を眼にも止まらない速度で鞘から抜き放つ女。細切れになった木の槍が、ランドのすぐ右にポトリと落ちる。


「……屑め」


「え?」


 冷たい声だった。ランドは思わずその声の方向を見た。


 鉄の首輪をつけた、一人の女騎士がアラヤの刀剣を持って立っていた。冷たい眼だった。冷たい顔だった。まるで、道端に落ちる石を見るかのような、感情の無い眼だった。


 影、唐突にランドの上に影ができた。影は揺れて、その影を創った何かはバサバサと音を立てていた。


 ランドは見上げる。そして見る。赤色の旗を。純白の翼を。


「離れないでください。あまり範囲は広くないんです。退物、退魔を三つ重ねた魔法障壁です。木の枝ぐらいじゃびくともしません。たぶん」


「えっ!?」


 声の方向を見る。赤い旗の柄、白い手。アラヤの自警団の制服を着た黄金色の髪の女がいた。よく見ると旗の傍すぐ近くに七色の光の壁ができていた。


 木の槍はその壁に触れた瞬間に粉々になる。赤色の旗の下は、全てを退ける魔法の領域。


「すみません。あなたたちの仲間と、アラヤの兵。ある程度は救えてるはずです。どうか、そのまま、安心してそのまま、どうか動かないで。彼の邪魔になります」


「彼……?」


 ランドは見る。旗を持つ女の視線の先を見る。


 そこには、深紅のマントを羽織った男が赤と青の剣を握って、立っていた。無数の樹の人形を踏みにじりながら、立っていた。

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