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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第21話 未来のための犠牲者たち

 土と、石。そして熱。


 甲高い音が鳴り響く。金属を叩く音が鳴り響く。


 人々は並んで鋼を打つ。やせ細り、眼に隈を浮かべ、それでも人々は鋼を打つ。


 熱い鋼を水に沈め、打ち鳴らす。火花を散らして、鋼は精錬されていく。


 アラヤの国の鍛冶師は、世界でも有数の剣職人。その独特の製法で作りだされる剣は、固さとしなやかさを両立させる。


 鍛冶師たちの脚には鎖。鍛冶場から鍛冶師たちは出ることは許されない。


 彼らが作る大量の武具は遠くファレナ王国が騎士団の武具。彼らは打ち続ける。自らの命を削って打ち続ける。


 ここは売られた村。アラヤの国の変革を求める者達が他国に売った村。アラヤの国最大の鉱山、その麓にある鍛冶師たちの村。


 男たちは皆、鎖で繋がれ武器を創らされ続けている。正しくそれは奴隷。自らの意思に関わらず、ただ働くことを強制された奴隷。女子供を人質に、強制され続ける奴隷。


 その村で最も大きな屋敷に、一人の騎士と、その騎士の前に並ぶ男たちがいた。男たちの腰にはアラヤの刀剣。男たちは、アラヤの兵だった。


「どうにも生産力が落ちているんだが……心当たりはあるかなランド君」


「はい、その、やはり鍛冶師たちが……また今日も二人死にました」


「おやおや、屈強なアラヤの鍛冶師でも、やはり一日一食、パン一つであそこまでこき使えばこうなるかな」


「はい……」


 騎士の男は笑っていた。人が死んだというのに、笑っていた。他国の、支配階級の人間が何人死のうとも騎士の男には関係が無いからだ。


 アラヤの兵士の小隊長であるランドは、若かった。20そこそこ、若く、真っ直ぐな眼をしていた。ランドは笑う騎士にどこか不満を感じながら、歯を食いしばって立っていた。


 他のアラヤの兵たちも若かった。少年のような、いや、少年だった。10半ばにすらなっていない少年だった。


 少年の兵、そして青年の長。騎士の男に逆らえるはずもなく。


「鉱山の方はどうかなランド君」


「はい、鉱夫たちが必死に掘り進んでいます。新しい鉱脈ですから、さすがに安全性を確保してからですが今まで以上に鉱物はとれるかと。来月には精錬も完了するかと」


「来月? 話が違うな。昨日出た輸送隊は10日ほどで帰ってくるんだ。すぐに積み荷で一杯にして送り出さないと輸送兵たちが暇になってしまう」


「し、しかし……時間は……どうにも……」


「ふぅ……これじゃヒュリナスさんの頼みも考え直さないとなァ……君たち、国を正したいんだろう? そんなことでアラヤの国を解放なんかできるのかな?」


「う……わ、わかりました……作業時間を増やして……なんとか10日で……」


「それでいい。ああ、今日は南方の村から食料が届く。女たちに今日の食事を作らせておけ。そうだな……今日はあれがいい。アラヤの乳を使った料理。僕の部下が好きでね」


「はい……あの、鍛冶師と、鉱夫たちの分は今回も……」


「余ったら持って行くといい」


「ありがとう……ございます」


 頭を下げるアラヤの兵たち。笑みを浮かべながら、騎士の男は出て行けと手で合図した。


 屋敷の中はファレナ王国の騎士団で一杯だった。騎士とは誇り高い者。清純で正しい者。だがここにいる騎士たちは、山賊のなりと変わりなかった。


 ランドは少年兵たちを連れて屋敷を後にする。歯を食いしばりながら、唇を嚙みしめながら。


 少年兵の一人がそのランドの顔をみて、悔しそうに肩を震わせている。彼は、彼らは自分の国が蹂躙されるのを黙って見ていることしかできないその無力感に押しつぶされそうになっていた。


「ランドさん……僕……」


「……大丈夫。大丈夫だよ。ヒュリナスさんも言ってたんだ。今は我慢しろって。僕たちだけじゃ都をとるなんてできやしない。力がいるんだ。力が」


「しかし……これじゃ都をとったとしても……」


「駄目だ……ヒュリナスさんの言う通り、都を奪わないといけないんだ。巫女様は……宮は……国を亡ぼそうとしてるんだ。僕たちがこの国を正さないといけないんだ」


「でも、ファレナ王国の人たちが本当に、僕らの助けになんかなってくれるんですかランドさん……」


「ヒュリナスさんはなってくれるって言ったんだ……アラヤ式の法まであの国に渡したんだ……きっと、大丈夫さ……あの国も僕らに感謝してるさ……きっと……」


「はい……」


「さぁ、仕事に行こう。君たちは積み荷を女性たちに運んでやってくれ。騎士団たちに料理を振る舞うんだ。もしかしたら分けてもらえるかもしれないぞ」


「はい」


 少年兵たちは頭を下げ、駆けていく。どこか無理をして、子供たちは剣を片手に走っていく。


 それを見るランドの顔はどこか暗く、本当にこれでいいのかと自問自答し続ける彼は、上を向くことはなく。


 足取り重く、彼は歩く。剣を腰から外して右手に持ち替えて。彼は歩く。


 行きかう人々はどこか恨みの籠った眼で彼を見ている。自分たちを売り渡した彼を見ている。足を、足の鎖を、彼に見せつける様に足を前に出している者もいる。


 支配されている。ここは支配されている。隣の村も同じように、その隣の村も同じように、アラヤの国は都以外全土を支配されている。


 人々は村からでることはできない。さすがに全員が全員鎖に繋がれているわけではないが、それでも彼らは拘束されている。村に拘束されている。


 拘束しているのはファレナ王国ではない。確かにかの国の命令ではあるが、実際拘束しているのは――


「ランド! やっと見つけた!」


 鉄の額当てを輝かせて、少女が一人駆け寄ってくる。彼女の顔は嬉しそうで、ランドは彼女に向かって軽く手を挙げて彼女を迎えた。


「レーシェル? どうしたんだ?」


「やっと……やっと準備が整ったんだ! ついに私たちの戦いが始まるぞ! 解放だ! ヒュリナスさんが兵を集めているんだ! 急げ!」


「何だって……!? そんな、急に。待ってくれ戦える兵なんて10人もいないんだぞ。準備が整ったって、もしかしてファレナ王国騎士団の人たちが兵を?」


「ああ! やっと……やっとだ! 宮を倒してやっと巫女様をお救いできるんだぞ!」


「あ、ああそうか……そうか……これで、やっとアラヤの国は、宮の手から……」


「私は他の皆を集めないといけないからな! 早く宿舎に帰るんだぞランド!」


「うん……わかった」


 そして去っていく彼女の背。小さな身体を左右に揺らして、人々の恨みの眼も気にせずに彼女は走っていく。その姿を、どこか悲しそうに見ているランド。


 他国の助けがなければ、自分たちの望みを叶えることができない。それどころか、言われるがまま、自分たちが守らねばならない人々を犠牲にしなければ得られない望み。


 それでいいのかどうか、彼は疑問に思っていた。


「……あれ」


 気がつけば、周りに人はいなくなっていた。村の中心に、ランドは一人。身体の中心に何か、冷たいものを突き刺されたかのようで、彼の身体が震え出した。


 正面を見る。目に飛び込んで来たのは赤い色。それは一人立っていた。


 光の無い漆黒の瞳、どこまでも黒い髪、そして深紅のマント。


 見られただけで、身体が凍りつく。彼は立っていた。ランドの目の前に立っていた。


 お前は誰だと聞きたい。だが口が動かない。ランドは固まっていた。その男の前で、固まっていた。


「聞きたいことがある」


 彼の声は人の声だった。冷たく言い放ったその言葉は、不思議なことに、どこか暖かさも感じて。


「何故、お前たちは自分たちの手で自国の民を痛めつける?」


 彼は、その深紅のマントの下に赤い剣を握っていた。答え次第で、一瞬で斬り殺されるだろうその予感。ランドはアラヤ式剣術を会得してはいるが、それでも一般の兵と変わりはない。


 震えた。身体が震えた。芯から震えた。


 答えなければ、殺される。目の前の人は、人ではない。早く答えなければ。


 口が動く。だが喉が動かない。ランドは声を発することができない。


「答えろ」


 一歩、深紅のマントを纏った男は一歩足を前に出した。それだけで、心臓が張り裂けそうになる。ランドは目の前の男の持つ空気だけで、威圧感だけで、失神しそうになっていた。


 彼の言ってることが、わからない。


 自分はただの兵士。言われたことをやるだけの、ただの兵士。民を痛めつけるつもりなどはない。ただ少し、我慢してもらってるだけで、この国が正常になれば――


 自分勝手だと、ランドは思った。自分のその思考は何とも自分勝手だと。


 彼の求める答えではないのはわかっていたが、それでもランドは言葉を絞り出した。一言だけ、いうために。


「アラヤを……助けたいんだ……僕は……」


 外の世界に目を向けず、ただ中に居続ける都。民を守ることもせず、ただ自分たちだけを守ることを選んだ都の長。そして簡単に外の世界に飲み込まれて、苦しめられてるその他の村々。


 外の兵たちはただの自警団。国が有する軍勢は、全て都の中。


「本当に……こんなんで助けれるのかなこの国……」


 初めて会った漆黒の男に、ランドは言った。自分の胸の内に隠していた思いを。


 冷たい眼を閉じて、漆黒の男は赤い剣を腰に差す。カチリと大きな音が周囲に響き渡る。


「……大体わかった。邪魔したな」


「あ……」


 そして彼は消えた。一瞬で。瞬きの瞬間に消えた。しばらくして、聞こえてくる周囲の音。


 止まった時の中に引きずり込まれたようなその感覚。ランドは少しの間立ち尽くした後、今のは夢だと思って、彼は歩き出した。


 国を救うために、国を陥れる。その矛盾。ランドは下を見ながら、それでも剣を手放さない。


 考えたらもうまともではいられない。彼は剣を握りしめ、走った。アラヤの国を正すために、彼は走った。


 脆弱な力で正せるものなどないことを彼はまだ、知らなかった。

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