第11話 ロンゴアド国にて
その国は、大きな大きな城を持つ国。その城を中心に城下町が広がっている。
普段は人の往来が多いその町は、ピリピリとした緊張感の中に今あった。
ロンゴアド国。そこは巨大な鉱山を多数持つ資源の国、それ故に、古来より攻め入られることが多かったその国は、ロンゴアド兵団と呼ばれる大きな大きな軍隊を持っていた。
城下町はその兵団の兵士がそこら中におり、一般市民は自然と皆外出を控えるようになる。
その兵士たちを掻い潜って、彼らはこの国の冒険者ギルドの中にある魔法機関へと赴いていた。
「はい、では残りの金貨400枚、ここに用意しておきました。いやはや、オーダーナンバー14ですら簡単に仕留めるとは、噂通りですねアルスガンドの一族は」
深くフードを被った男が大きな袋をテーブルの上に置いた。それをセレニアが開けて確認する。数えるのが億劫になるほどの金貨の数。数枚数えて、彼女はその袋の口を縛って床へと置く。
「ついでに次のオーダーを受けておきますか? できれば、そろそろ10以内の魔術師を仕留めてもらいたいのですが」
「しばらくはいい。私たちは機関専門ではないからな。忙しいんだ」
「そうですか。では、またの機会に」
床に置かれた金貨の詰まった袋に、セレニアはどこからか取り出したのか、瓶を近づける。口を指で二度弾くと、あっという間にその袋は小さな瓶に吸い込まれていった。
瓶を後ろにいたジュナシアに渡す。彼は無言でそれを受け取り、腰の物入れにしまった。
「セレニア」
「ああわかってる。あと薬を貰えるか? 魔力回復の霊薬も欲しい」
「はい、ありがとうございます」
さらに机に置かれる鞄、その中には大量の瓶と薬草、確認すると、セレニアはそれを背に背負った。
軽くうなずいて、セレニアは背にいたジュナシアの方向を見る。彼はその視線を受けて、背を向けその場を後にした。他の二人を連れて。
そして彼らは外へ出る。町には兵士が溢れ、全ての人は監視されているかのようで。
少し不安に思ったのだろうか、ファレナがジュナシアの顔を見る。彼は何も言わない。ただ一つ、眼を瞑り軽く微笑んで彼女に返した。
「さぁて、どこへ行くか。宿を取るか? それとも出立するか? まだ日は高い」
セレニアが手を組んで呟く。どこへでも行ける資金が手に入った。次は目的地だけ。
「しかし、この兵士の数。全く、仰々しいな」
「あっち、何だか人多いですよセレニアさん」
「待て、行くな勝手に。しょうがないやつだな……」
中央の通りには人、より多くの人、彼らはその人混みの後ろからその通りを見る。
ファレナが前へ行こうとゆっくりと人をかき分けて進んでいく。それを追うように、スルスルとセレニアは着いていく。
人込みに入るのを嫌ったのか、ジュナシアはただ一人進むのをやめ、人混みから離れて遠くにいる。
人々は口を開くことなく、静寂をもって、その通りに立つ男を見ていた。
立派な髭を蓄え、強靭な肉体を持つ鎧姿の男は、人々を見回すと大きな声で話し始める。
「民よ! そして旅人よ! よくぞ集まってくれた! 私がロンゴアド兵団副団長のベルクスだ!」
その大きな声は、通りどころか町中に響くかのような大きな声は、周囲の人々を怯ませるほどだった。その声に子供が驚き、泣きそうな顔を見せる。
その子供の顔をみて、ロンゴアド兵団副団長のベルクスは困ったような顔を見せた。子供の親がそれをみて申し訳なさそうにする。
「いやすまん! だが、聞いて欲しい! 今、ロンゴアド兵団団長である我が弟ボルクスより連絡があった! ファレナ姫の身柄さえ確保できればそれでよいとのファレナ王国側の言葉だ!」
人々は皆、小さな声で話し始める。その声は重なり、ざわざわと大きな声となった。
「当然! 我が国に来てない可能性もある! よって、ファレナ王国騎士団の騎士団員を、我が国に招き入れ探索をすることとなった! 転移魔術ですでに呼んである! 紹介しよう! 王国騎士団が最高位! 聖光騎士リーザ・バートナーとラーズ・バートナーの二人だ!」
ベルクスの後ろに立っていた真っ白の鎧を着た二人の男女が一礼する。二人は真っ赤な髪と黄金色の瞳を持ち、その端整な顔立ちはさわやさを感じさせた。
「この二名! しばし我が国の客将となる! さぁ、市民に言葉を! 友好のために!」
ベルクスは下がる。二人の男女はベルクスに一礼すると前へと歩き出した。
白い騎士の女性、リーザは両手を上げ、騒ぐ人々を静める。しばしあと、市民たちは口をつぐんだ。
「ご協力感謝いたします。紹介にあがりました、ファレナ王国騎士団、聖光騎士リーザ・バートナーです。こちらは同じく聖光騎士であり、我が弟のラーズ・バートナーです」
ラーズが頭を下げる。その仕草は優雅で、まさしく騎士であるという面持ちで。市民たちは二人から目が離せなくなった。
「まず、我が国がロンゴアドの国に攻め入るなどと、誤解を与えるような噂を流してしまったことを謝ります。我々はただ、周辺国に対しファレナ姫の安否を確認したかっただけなのです。彼女は今、大胆にも城に忍び込んだ賊に攫われ、行方がわからなくなっております」
その言葉に、市民たちは安心を覚えたのか、緊張した面持ちだった市民たちはほっとしたような顔をみせた。町を警備していたロンゴアドの兵士たちも笑顔を見せ始める。
「盲目であったため、姫様は城より出たことがありません。その顔を知っている者も少ないでしょう。それで、これより似顔絵を描いた紙を貼らせていただきます。見つけてくださった方には、ファレナ王国より一万の金貨を用意いたします。捕まえたりする必要はございません」
市民たちはその言葉にざわめく、金貨一万枚、それは、人々にとっては十年は遊んで暮らせるほどの大金。それを見つけるだけでくれるというのだから、ざわめくのも無理はない。
「セレニアさん! 一万枚ですって! 私見つけるだけで一万枚ですよ! 美味しいもの一杯食べれますよ! 貰っときましょうよ!」
当然のように、それを聞いていたファレナも声を上げた。信じられないものをみたというような顔をセレニアは見せる。人混みの後ろで見ていたジュナシアも、思わず眼を見開いた。
「いや、そこのお方ではなくて、ファレナ姫だが……」
リーザは困った者がいると思い、苦笑してその発言をした者の顔を見る。
そして固まった。一瞬彼女の時が止まる。
「いるぅぅぅ! いるわファレナ姫! 何でいるの!? ラーズ! あそこみてあそこ!」
「何言ってるんだ姉さん、そんな簡単にみつかってたまるかって、いる! 本当だ! あの金髪と青い眼! ついでにふくよかな身体! 間違いない姫様だ!」
「ええ!? うっそでしょ! いきなり!? ラーズ! 連絡!」
「馬鹿言うなよ通信術は明日にならないと術式が完成しないんだぞ! でもラッキー! これで国に帰れるぞ!」
リーザとラーズは、互いに手を取り合ってぴょんぴょんと跳びながら喜んでいた。そこには厳粛で、高貴な騎士の姿はどこにもない。ただ二人の若い兄弟が手を取り合って喜んでいた。
いつの間にか、人混みの中にいたファレナの周りには空間ができていた。市民たちがファレナの周りから離れたのだ。
セレニアが手で顔を押さえる。何かまずいことを言ってしまったのかとファレナはキョロキョロと周りを見る。
「ひ、姫様! 本当にロンゴアドにいたのですか!? どうせあの腐れ魔術師の狂言だろうと聞き流してましたけど、ああご無事で……!」
白い鎧をまとったリーザがファレナに駆け寄り、ファレナの手を取った。その眼は心配していたという眼で。涙すら浮かべていた。
「え、えーっと、あの、人違い、ですよ?」
咄嗟に、ファレナはそう口にした。人混みの中にいたセレニアの顔をみて、とにかく誤魔化そうと思ったから。
「何をおっしゃいますか! 姫様は眼が見えなかったので、あまり覚えていないと思いますが、私姫様に何度もお会いしたことがあるんですよ! ああ、国王陛下に続いて姫様もとなると、王妃様はいかように悲しまれるかと……ご無事でなによりです」
「あ……えっと」
「さぁそうと決まれば、ラーズ。転移陣は準備できてる?」
「いんや、とりあえず行きだけって言ったろ。こっち側の術式は明日にならないと完成しないんだって」
「そう、それは残念ね……ベルクス殿、申し訳ございませんが、城の一室、お借りしてもよろしいですか?」
「え、ええ」
「では参りましょう姫様。昼食はとられましたか? まだでしたらそれも城の者に、いやぁ、今日はいい日ですね」
「す、すみません、ちょっと、セレニアさん。どうしましょう?」
「なっ」
セレニアは言葉を失った。ファレナは悪気なく、彼女を連れていた者の名を呼んだからだ。
さっと人々がセレニアから離れる。その黒髪を風に揺らせて、固まったままのセレニアは人混みから燻りだされるように人々の前に姿を現した。
「あ、ごめんなさい。セレニアさん……まずかったです?」
「ふ、ふざけ」
ロンゴアド兵団の兵士たちが一瞬でセレニアを囲み、そして彼女に槍を向ける。ファレナの連れと言うことは、攫った賊ということ。
冷たい眼でリーザとラーズはセレニアを見る。そして二人は剣を抜いた。
「賊、女の賊か。偶然かもしれないが、これで事件が解決したわね」
「動くなよ女。僕たちは、賊に手加減するほどやさしくは無いぞ」
聖光騎士、その称号はファレナ王国騎士団において魔術師狩り専門の戦闘に特化した騎士が持つ称号。セレニアは二人を相手しようかと思ったが、それはかなりの犠牲を払うことになると思い、思いとどまった。
「ちっ……くそっ」
セレニアは手を上げ、頭の後ろで組んだ。戦う気はないと、その意思表示。
「せ、セレニアさん……ごめんなさい」
謝罪の言葉を、セレニアは睨むことで返した。兵士たちの手によってセレニアは縛り付けられる。
「国家に対する逆賊だ。本国で処刑するわ。ベルクス殿、一日牢屋をお借りしてもよろしいですか?」
「うむ、当然お貸ししましょう」
「ありがとうございます。ラーズ、魔術師の可能性もあるわ。牢屋に魔力封印の術式を組んで一晩番をなさい」
「わかった姉さん」
「あ、あの、セレニアさんは」
「姫様はもうご心配なさらずに、恐ろしい目にあいましたね。では城に向かいましょう」
「あ、あ……ジュ」
ファレナは彼の名を呼ぼうとして、思いとどまった。同じことになる。同じことに。
セレニアは口に布を巻かれ、舌を固定される。そして、兵士に引かれ彼女は城の方へと連れられて行く。
ファレナはリーザに手を引かれ、その兵士たちの後ろから城へと連れていかれる。
人々はその様子を見届けると、思い思いに解散していった。残ったのは混みから離れたところからそれを見ていたジュナシアのみ。
彼はもたれかかっていた壁から身体を起こすと、城の方をみた。一呼吸、小さくため息をつくと、彼はそこから消え去った。眼に冷たいものを宿らせて。
そして、ロンゴアドの通りはあっという間にいつもの人々が行きかう通りに戻っていった。




