第20話 孤立を選んだ人々
遠く、どこかの山奥。洞窟の中。
倒れる一人の男。黒いローブを身に纏い、うつ伏せに男は倒れている。
周囲に転がるは骨。人の骨。土だらけの骨。そして鉄のスコップ。
墓を荒らして、人の身体を得る。男は人形師。人の肉を使って物を創る魔術師。
漂う匂いは、正しく死臭。机の上には人の皮でできた本。人の頭蓋骨でできたランプ。人の手足でできた机。
「オーダー28、完了っと……」
小さな紙を空に浮かべて、筆を持った男がそれに文字を書き込む。文字が書かれた紙はその場から燃え上がり、消えていく。
燃える紙に照らされて、薄暗い洞窟の中で男の顔が浮かび上がる。埋葬者ショーンド、筆の魔道具を使う魔法師。
その隣には輪の魔法師ギャラルド。二人は魔法機関の仕事で、人に害を成す魔術師を狩りに来ていた。
「アラヤはさ。外から閉鎖された国だ。逆に言えば、外とは違う世界なんだよ。だから苦労するぜ。あれはちょっとやそっとじゃ外に出てこねぇ」
「へぇ……そりゃ大変だね」
手を動かしながら、ショーンドたちは会話をする。洞窟の片隅に火がついた。
「ああ、大変だ。都の人間は外の町や村に目を向けない。都から離れて暮らす人に目を向けない。だからさ、きっと知らねぇんだ。外の人間が、外の世界がどうなっているかなんて、きっと知らねぇ」
「とんだ引きこもりだなぁ」
火はそこにあった人だったモノを焼き払っていく。洞窟の奥に、まだ人の形をしたものが大量に積み重なっていたが、火は容赦なくそれも燃やしていく。
「だから自国にオーダーに載るような魔術師の屋敷なんてもんが簡単に出来ちまうのさ。あの国に政治なんてもんは無い。自警だなんだと躍起になってる馬鹿どもが力で民を抑えつけてるんだ。ファレナ王国の要求も、それを利用しようと考える馬鹿どものせいでほとんどそのまま飲んでいる」
「道理で、あの国が抵抗してるそぶりも無いわけだ」
「笑っちまうぜ。利用してる気になってる馬鹿どもはさ。知らねぇんだよ世界を。ファレナ王国が本当に自分たちの後ろ盾になって、あわよくば都もとれると思ってるんだ。んなわけねぇのに」
「自分が賢いと思ってる人間によくある勘違いだ。ショーンド君は幼少期に魔法師になるべくこの国に来たんだっけ。よく知ってるね今を」
燃え盛る炎が臭いを変えていく。漂うのは肉の臭い、炭の臭い。
「あんな国でも故郷だからさ。あの国の仕事があれば優先して行ってたんだ。まぁ……なんというかさ。出てよかったぜ。あんなところにいたら、腐っちまう」
「都の人間はどうなんだい?」
「都の人間は全員余すことなく信者だ。アラヤの大樹を創った巫女様を信仰する民だ。宮とかいうやつが、巫女様の代理として民を導いているが……あんなもん、私欲の塊さ。宮が気に入らない人間はあっという間に樹の養分だぜ。あんなところで、人が人として生きれるかよ」
「へぇ……そりゃまた、面倒そうな国だ」
二人は友人だった。戦闘力が高く、魔術師狩りの経験も豊富な二人は、ハルネリアによく使われていたのだ。
だから、仕事に関係のない話をしていたとしても二人の手に狂いは生じない。次々と、次々と犠牲者を埋葬していく。
死を弄ぶ者を殺し、犠牲者を埋葬するからこそ、埋葬者。魔法機関が持つ人類を救う者達の称号。
「ほっとけばいいんだよあんな国。解放なんか誰も求めていない。そもそも解放という物を誰も知らない。全く……誰が言い出したのかねぇ」
「何でもハルネリアさんのお子さんが言い出したとか。何を考えてるのかはよくわからないけど、まぁ何かあるんだろうね」
「あいつかぁ……あんまり話さないからよくわからんやつだよなぁ……ヴェルーナだと人気あるけど実際どうなだろうなぁ……はぁ……ハルネリアさんに隠し子かぁ……」
彼らは歩き出した。話しながら、洞窟の外に向かって。すでに洞窟には人の形を残すものはない。全て灰。灰は灰に還る。
「なんだいため息なんてさ。ハルネリアさんもああ見えて妙齢の女性だ。子がいてもおかしくはないだろう?」
「ハルネリアさんはいいんだよ……じゃなくてさぁ……同期のハルネリアさんはあんなでかい子供いるのにさぁ……あの人はさぁ……」
「……ああ」
「ちくしょう……行方不明になって10年以上だぜ……やっと帰ってきたと思ったら娼婦ってなんだよ……ちくしょう……はぁぁぁ……自分の母親みたいな人がさぁ……そりゃ帰ってきたのはうれしいぜ……でもさ……きついぜ……」
「今日は僕がお金を出そう。一杯いこうかショーンド君」
「はぁ……くそだぜ世の中……」
洞窟の外は朝だった。急激に光が二人を照らす。見上げた空は青く、それは遥か遠くアラヤの国までつながっている。
彼らが一人の魔術師を葬っていた頃、彼女たちは屋敷の中にいた。アラヤの国の、大空洞の中。大きな大きな屋敷。アラヤの都を治める老人の屋敷。
老人は茶をすすり、ファレナの話を聞いていた。ファレナ王国の悪行、ロンゴアドの解放、アラヤの国の解放。
貴国の支配からの解放をさせてほしい。
その言葉は、世界中の全ての王が、長が、民が求めるものだろう。ありとあらゆる搾取を強要させられている者達にとって、最も聞きたい言葉の一つだろう。
だが老人は言った。アラヤの国の長の代理は言ってのけた。
「我が国には不要です。帰ってくだされファレナ嬢」
笑っていた。その深い皺の入った顔を歪ませて、老人は笑っていた。馬鹿にしたように笑っていた。
「そんな……いや、たしかに、私たちはあなたたちの国の現状をみたわけじゃありません。ですが、ファレナ王国の要求に苦しめられているということは知っています。この国から奪われた食料や金がロンゴアド経由で流れていたのですから」
「そんな事実は、ありませんな」
薄ら笑いを浮かべて、老人はそう告げる。その言葉に、ファレナは一瞬あっけに取られて固まった。
「そんな。もしかして私たちを疑って? その、怪しく思うのは十分に理解できます。ですが私はあの国がすることは間違いで、私は、あの人を」
「ふぅ……まぁ落ち着きなさいファレナ嬢。まぁまぁ、茶を飲んでほら」
「あ、ありがとうございます……いや、あの、でも」
「いやはや立派だ。お若いのに、本当に。ですが……求めてないのです。わかるでしょう? 我が国には、困っていないのです。かかか」
「……ぐっ」
「我が国は静けさの中にあります。どうか、動乱を持ち込まないでいただきたい。ただでさえ外の連中はこの地を明け渡せと何度も押しかけてくるのです。争いは、外で。どうか外でしてください」
「私が動乱を……?」
「ファレナ嬢。我が国に、魔は必要ありません。巫女様もこの国で争うのはよしとしません。今日は我が屋敷にお泊りください。そしてどうか、明日の朝一番でこの地を去ってください。お願いします」
「……巫女様、巫女様に会いたいのですが、どこに?」
「巫女様はご病気です。会わせるわけにはいきませんな。さぁ、今夜はアラヤの料理でもてなして差し上げましょう。夜まではこの国を観光していくといい。アラヤの工房は見事な剣を打ちます。どうですか、あなたの振りまく戦争に、必要な物でしょう?」
「…………わかりました。甘えさせていただきます」
「うむ。おいこの者たちを客室に案内せい!」
「はい」
立ち上がるファレナたち。それを薄ら笑みで送る老人。
誰が見ても、それはファレナたちを、子供だと一蹴しているのがわかる。老人は、まともに相手などしていないというのがわかる。
老人は自分が偉いと、賢いと思って疑わないからこそ、そう態度に出す。
それが遠く自分の村の、老人たちの顔に重なって。ジュナシア・アルスガンドは何とも言えない感覚を覚えた。
「ちっ」
同様にセレニアも。案内の男に聞こえるように強く彼女は舌打ちをする。苛立ちを隠すこともせず。
案内人に連れられて、ファレナたちは屋敷の奥の部屋へと入った。そこはだだっ広く、机が一つ中心にあるだけの、なんとも言えず殺風景な部屋だった。
部屋に入るや否や、セレニアが短剣を投げた。その数三本。部屋の隅三か所にそれは刺さる。
「ふざけるなよあのじじいめ……何が魔から遠いだ。こんな初歩的な術式で盗み聞きだと? ちっ、イライラする……」
そして彼女は靴を部屋の隅に投げて、寝転がった。ファレナたちもそれに続いて部屋に入り、そして床に座る。
靴を脱いで、床に直接座るということは彼女たちには慣れないこと。何とも心地の悪そうに、足を抱えてファレナは座る。
他の者達も、思い思いに腰を下ろす。ただ一人、ジュナシアだけが座らず。部屋の窓の傍へと向かっていった。
確かに、どこであろうとも歓迎されるとは思っていなかった。誰も思ってはいなかった。
だが拒絶させることは想像していなかった。誰も考えてすらいなかった。
「ファレナ様、どうします……?」
リーザが鎧を脱ぎながらファレナに問いかける。長に拒絶されたのだ。目的の一つは、確かにこの国の解放なのだが、これではもはやどうしようもない。
ただ暴れるわけにもいかず、途方に暮れる。ファレナはリーザの言葉に答えることができなかった。
「すみません。私はその……確かに苦しんでいる人はいるはずなんです。その人を助ければそれでいいって思っていたのに……いないって言われたら……あのジュナシアさん、ど、どうしましょう?」
「まず落ち着けファレナ。セレニアもだ。年寄りの戯言をまともに聞くな」
「はい……」
「あの老人は自分が正しいと思い込んでいる。俺達など何の問題でもないと思い込んでいる。だからああやってぐずぐずと、汚く笑える」
ジュナシアは窓を開けた。屋敷から見える大空洞。光る壁。光る天井。流れてくる風は、どこか生暖かい。
「今はあの老人の相手をしないことが正解だ。巫女とやらがどこにいるかはわからないが、確かなことが一つある。アラヤの、積み荷だ」
「はい、アラヤの国はロンゴアド経由でファレナ王国に莫大な資源を送っていました。ロンゴアドが解放された今、それはもう来てません」
「そうだファレナ。だがあれだけの物資だ。ロンゴアドへの経路がなくなったからといって、もう不要だと捨てるか? あれだけの鉄、あれだけの鋼、あれだけの黄金だ。世界中から兵士を集めて膨大な戦力を有するファレナ王国にとってあれは、必要不可欠な物のはずだ」
「はい……そうですね。では……」
「別経路で必ず運んでいるはずだ。定期的にな」
「アラヤから、ファレナ王国への経路……もう一つあるんですかね。馬車が通れるような、大きな街道。地図持ってくればよかったですね私……」
「ネーナ、知らないか」
カチンと、鍔が鞘に打ち付けられる音がした。ネーナ・キシリギ。ファレナ王国の騎士の一人。拘束の魔道具を首に嵌め、彼女は彼の言葉を受けて、彼に視線を向けた。
その眼は冷たく、気安く呼ぶなと言うようで。だが構わず彼はネーナの眼を見続ける。光の無い漆黒の瞳で見続ける。
根負けしたのか、小さくネーナは息を吐いて答えた。
「……北、アズガルズへの街道、周り込めばファレナ王国」
「そうか」
「一応言っておく。私は今でも聖皇騎士。この首輪が外れれば、お前たちを必ず殺す。なれ合いは、しない」
「好きにしろ。だが外れないぞそれは。埋葬者が首席ラナ・レタリアの特製だからな」
「……くっ」
「ファレナ。北だ」
「はい、では明日朝、北のその街道に向かって出発します。物資を確認して、その出した元を割り出します。今度は物資の運び人が大事ですから、ファレナ王国の兵士は殺さないようにお願いします。いいですねそれで」
「ああ、それでいい」
彼は窓を閉じた。どこか満足げに微笑んで。深紅のマントを身体に巻いて窓の傍に座り込む。
アラヤの都の高い湿度はあっという間に窓を湿らせる。ネーナの鍔と鞘が打ち付けられる音が響く。拘束のための首輪が揺れる。
その姿を、彼女の同期であるリーザはじっと見ていた。どこか哀れみを感じながら。




