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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第19話 大自然の国

 右を見る。大きな樹の壁がある。


 左を見る。大きな樹の壁がある。


 上を見る。遥か高く、巨大な巨大な樹が伸びている。


 アラヤの大樹。幾多の樹を巻き込んで、樹齢は万年以上、現存する最古の樹。


 旅人の姿をして、彼らはその樹に近づく。近づけば近づくほど、その大きさに飲み込まれそうになる。


 道などない。ただ自然のままに。アラヤの国は、自然のままに。


 世界に魔術が広まった時、この国だけは魔術を否定した。人は人のままに。人の魂の力は人の身体のままに。


「村の、匂いがするな」


 セレニアがそう呟いた。彼女の顔は、どこか悲しそうに、どこか嬉しそうに、今では遠くなってしまった故郷を思い出して、遠くを見て。


「なぁ、どう思うお前……?」


「……悪くないな」


 セレニアの問いかけに、微笑みながら答える彼。深い深い緑と、漂う古き樹の香り。それは、深い山奥にあった故郷のそれとよく似ていて。


 時は朝。しかしながら周囲は暗い。差し込む木漏れ日が、辛うじて周囲を照らしている。


 きっと夜になれば何一つ見えなくなるだろう。そんな深い深い緑の底に、大きな扉があった。


 樹の根の間にある巨大な木の扉。扉の前には特徴的なアラヤの服装をした剣士が二人。腰の剣は、ネーナの剣と同じような曲剣だった。


 道の案内人として連れてこられたネーナ・キシリギは顎でついてこいと合図をした。彼らはその指示に従い、ネーナの後をついて行く。


 扉の前に立っていた二人の剣士は、一瞬驚いた表情をしたが、すぐさま表情を戻して頭を下げる。彼らの眼はネーナの剣を見ていた。


 扉が開く。音を立てて。メキメキと何かを割りながら。


 そして入った。五人は縦に並んで。大樹の中へと入った。


 そして見る。その世界を見る。見たこともないような、その世界を見る。


「うわ……」


 ファレナの口から思わず声が漏れる。その場にいた全員が、あまりの光景に固まる。




 ――そこは巨大な空間だった。




 樹の中とは思えない、巨大な巨大な空間。遥か遠く、地平まで続いているその空間。正しく、大空洞。


 ファレナたちは長い長い階段の坂の上にいた。道は遥か遠く、下へ、下へと通じている。


 見下ろす先、木で作られた町が足元に広がっている。遠くに建つ塔。木造の、独特の雰囲気を持つ塔。


 地の下の世界。決して太陽が降り注がないはずのこの世界は、何故か明るくて。よく見ると壁が全て光り輝いている。


 巨大な樹の下に広がる大都市。自然の中に文字通り溶け込むアラヤの国。その都が今、彼らの眼の前に広がっていた。


 高い湿度。肌に触れる空気が水気を帯びているのが理解できるほどの湿度。少し寒いこの空気。


 流れる音は、水の音。木の音。草の音。


 彼らは歩いた。その坂を歩いて進んだ。道の傍に立つ木々には苔が生え、触れるとぬるりとしたものが手に着く。


 坂を下りていくにつれて上がっていく気温。大空洞の下は、温かさを持っていた。太陽の暖かさではない。これは、星の暖かさ。


 誰よりも、どこよりも、星に近い民が住まう国。星を敬い続ける者たちの国。正しくそこは、別世界。


「すごい、ところですね。何というか、えっと、どういったらいいんですかね。うまく言えないんですけど、すごいです」


 物珍しさに、子供のような顔でキョロキョロと周りを見回すファレナ。彼女の眼は、そこにある全てを見ようと必死に動いている。


 その姿を微笑ましく思いながらジュナシアは見ていた。ファレナの姿に、ヒビだらけの自分の心が少しだけ癒される気がして。


「アラヤの国は星の国。ここは、世界で一番、魔に侵されなかった国」


 それは、抑揚のない淡々とした声だった。先頭を行くネーナ・キシリギが、ゆっくりと、ひっそりと、誰に聞かせることなく言葉を口にする。


「…………こんなものがあるから」


 彼女たちは坂を下り続けた。ちらほらと、坂を下りるたびに家が見えてくる。


 家は木でできていて、扉は板。窓は紙。住民だろうか、薪を片手に、男が苔だらの切り株の上に座っている。


 男の服装は外の世界のどんな国の服装とも違っていて。植物と布、そして樹液から作られたのだろうゴム質の紐。高い湿度に対応できるよう通気性と速乾性を兼ねた服装。


 男はじっと見ていた。歩くファレナたちをじっと見ていた。ボーっとした顔で、じっと見ていた。


 坂は、いつの間にか道に。並ぶ木造りの家。家々の住民たちは外から訪れたファレナたちをただじっと見ていた。


 町の人は多い。家が無数に立ち並び、その一軒一軒に住民たちはいる。だが賑やかさがない。ところどころ確かに話し声は聞こえるが、騒がしさを持つほどではない。


 その何ともいえない違和感を感じながら、ファレナたちは町を進んでいった。


 そしてたどり着く。大きな大きな屋敷。この町で、この国で、きっと一番大きい建物。


 一人の男が歩いて来た。髪を後頭部で結って、腰に曲剣を差していた男は軽く会釈をして、ファレナたちに話しかけてきた。


「おお、これは珍しい。異国の方ですな。どうやってここに? この地は、アラヤの民以外には決してたどり着けないはずなのですが」


「あ、いや、それは……そこの、ネーナさんに案内を……」


「ほぅ? ふむ……それで何用ですかな?」


「……手紙が届いているはずです。魔法機関の手で手紙が届いているはずです。私はファレナ・ジル・ファレナ。あなた方の国を、ファレナ王国の手から解放しに来ました」


「手紙? 解放? ファレナ王国? う、むむ?」


「この国の、アラヤの国の長に合わせてください。巫女様に合わせてください。私たちは、苦しむ人々のために世界の国々を……」


「苦しむ人々? うむむ……すみません。しばらくお待ちいただけますか。宮様の方に話してきますので」


「はい。お願いします」


 男は頭を下げると、駆け足で屋敷の中へと入っていった。男の顔は、何かに困惑しているようで。


 残される五人。屋敷の外。どうにも歯切れの悪い男の態度に、浮かぶ疑問。


「なんだか……あんまり困ってないっぽいですけど……ねぇファレナ様」


「そ、そうですね……どういうことでしょう。ハルネリア様やランフィード様は、ロンゴアド程じゃないにしろこの国もかなりファレナ王国に脅されてるって言ってましたのに」


「町の人々も何か普通だし。まぁちょっと暗いですけど」


「うーん……」


 考え込むファレナとリーザ。いつの間にか屋敷の柱に身体を預けて、曲刀を持って座り込むネーナ。


 彼女たちから離れて一歩。上を見上げるジュナシアと、セレニア。


「セレニア」


「ああわかってる。気持ち悪いな。こんなものがまさか存在していたとはな。前言撤回だ。ここはあまりいいところじゃない」


「動いたりするかな」


「やめろ。ぞわっと来たぞ。私はそういうの嫌いなの知ってるだろうが、全く」


「ふ……」


 身体を抱え、身を擦るセレニアの背に手をあてて、ジュナシアは微笑んだ。魔力の脈を見上げながら。


 そしてしばらく後、ファレナが小さくあくびをした瞬間に屋敷の扉が開いた。


「お待たせしました。宮様がお会いになられます。くれぐれも失礼の無いようお願いいたします。我が国の長の代理ですので」


「あ、はい。行きましょう皆さん」


 男が屋敷の扉の前で頭を下げ、ファレナたちを迎え入れた。男に連れられ、ファレナたちは一人、また一人と屋敷へと入っていく。


 木の廊下、木の壁、木の天井。石造りの家が多い世界において、何もかも木で作られているこの家はファレナにとってどこか新鮮だった。


 銀色の置き物。黒一色の絵。黄金の花瓶。


 屋敷の奥へ進むにつれて、豪華な小物が増えていく。


 そしてある部屋の前で男は立ち止まった。男は小さく息を吸うと、一息に告げた。


「宮様お連れしました」


「入れ」


 焼けた声だった。掠れて、それでも力強い声だった。


 男は白い紙の扉を引く。すると扉は横にスライドして、音もなく開かれた。


 男は手でどうぞお入りくださいと言わんばかりに頭を下げてファレナたちを促した。男の仕草に従って、ファレナたちは部屋に入る。


 広い部屋。物がほとんどない。だだっ広い部屋。その奥。赤い敷物の上に座る白と赤の服を纏った老人。


 険しく、厳しく、老人はただ広い部屋の奥に座っていた。


「よくぞ来ました。まぁ、座ってくだされ」


 老人は自分の目の前を指さした。そこに座れと、そこの地面に座れと言うように。


 ファレナは元は一国の王女である。その王女が床に座れと言われているのだ。リーザの顔が、少しムッとなった。


 そのようなことを気にするファレナではないが。ファレナは言われるがままに老人の目の前に座る。他の者達も、次々に彼女の横に並んで座っていく。


 全員座った後に、老人は彼らを見回してゆっくりと話し始めた。


「ふぅ……私が巫女様をお守りする宮、ユーリュト・ミナキである。以後お見知りおきを」


「あ、はい、私はファレナ・ジル・ファレナです。あとこっちが」


「ああ、いい、いいです。悪いですが記憶力が。一人で限界です」


「そう、ですか」


「さて……では、お話をしましょうか。少し長くなるかもしれませんが。なぁに、時間は沢山あります。この国に、時間は沢山あります。かかか、おい茶を持て茶を!」


「はい」


「くかかかかか!」


 老人はケタケタと笑いながら、手を二度叩き茶を要求する。入口に立っていた男がそれに応えドタドタと足音を立てて去っていった。


 笑う。老人は笑う。道化を見る子供のように、愉快そうに、笑い続ける。


 その笑い声は巨大な屋敷を包み込んでいく。朝も昼も無い樹の下で老人はただただ馬鹿にしたように、笑っていた。

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