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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第18話 新天地へ

「国王陛下、昨夜の分です」


「寝て起きたらこれか……よし一つずつ頼むベルクス」


「はい」


 朝日が昇るや否や動き出す一日。空は青く、高く。


 ロンゴアド国が王城の中、執務室。焦げた壁を布で覆い、真新しい机に並べられる大量の紙。一枚一枚に対処すべきことが書かれている。


 真新しい装束に身を包み、大柄な身体を小さく畳んで、ロンゴアド国が執政官に就任したベルクスが紙の束を取る。


 机に付き、小さな溜息。ランフィード国王陛下の長い一日が始まる。


「まずはヴェルーナからの返答ですな。かの国に頼んでおりました宝物の換金ですが、総額が出ております。これでよいならばご返答いたしますがいかがいたしましょうか陛下」


「ああ、昨夜のヴェルーナの使者はそれだったのか。しまったな、直接会うべきだった。どれ……ああ、思ったよりもいいね。そのままの額で返答してくれ」


「はい」


「ジュナシアが宝物を取り戻してくれて助かったよ。何よりもこの国はお金がないからね。これで交易も進めれる。まぁ世界がこんなんだからまともに交易できるのはヴェルーナとランディット島ぐらいだけどね」


「では次に、アズリッド公からですが、大農場への増員を求めています。やはり一気に開拓させたのが影響しましたな。農夫たちは休みなく働いているようです」


「人手か……参ったな。ボルクスに言って兵団から100名ほど派遣できないか?」


「100名ですか……ふむ、話してみましょう。ボルクスの事です、かなり渋るとは思いますが」


「防衛も大事だが、何よりも食料だ。今の農作物の量では冬が苦しい。ヴェルーナから買いつづけてはいるが、向こうも復興中だ。いつか限界がくる」


「さように。次は橋の防衛ですが。魔法機関総出で創っていただいた魔法障壁、順調なようです。魔法師様たちは作業終了後速やかに帰還いたしました」


「ああ、ありがたいね。やはり世界の救世主だよ魔法師様たちは。ところでハルネリア様に言われていた魔道具を整備するための作業場はどこになったんだい?」


「監獄塔をそのまま使用するとのことです。あまりいい環境ではありませんが、広さは十分ですからそれでよいと」


「あそこかぁ……確かに城から近いけど。まぁ……本人がいいならいいか」


「では次に」


 次々と、次々と、ランフィードたちは対処していく。荒れてしまったロンゴアド国を立て直すために。ロンゴアドの人々を一日でも早く嘗ての暮らしに戻すために。


 すでにロンゴアド国解放から半月。休むことなく働き続けた甲斐があったのか。それとも元々地力があったのか。すでにロンゴアド国の混乱は収まりつつあった。


 人々はランフィード国王の手腕に感嘆の声を上げていて、町を行く人の数もだんだんと増えていて。元のロンゴアド国に戻るのも時間の問題だろうと、人々は皆言っていた。


 太陽が昇り、影が動く。あっという間に朝は終わりをつげ、昼が訪れた。


「ふぅ……ベルクス。少し休憩だ」


「はい」


 机の上にあった紙の束は昼になろうとも少しも減ってはいない。むしろ増えてさえいる。国の為政者がほとんど殺され、国が解体寸前になっていたのだ。当然のように、国政に関わる仕事は多く。


 侍女たちの手で運び込まれた暖かいお茶の入ったカップを手に取り、ランフィードは一口それを飲んだ。小さな息が漏れる。


「しかし、今更だがよく生きてたねベルクス。僕のせいとは言え監獄の中は大変だったろ?」


「何の何の。鍛えておりますからな。それに国王陛下のせいではございません。主にボルクスめのせいでございますからな」


「ははは、やっぱりボルクス連れていったのはまずかったかい?」


「いやぁ……ははは」


 苦笑するベルクス。濁してはいるが、その痩せた顔は監獄生活の苦しさを十二分に伝えていた。


 茶を一口、二口。ランフィードは小さな溜息をついて、椅子に浅く腰掛けた。そして見た。窓から外を。


 城の執務室からは王都の一部しか見えないが、それでもわかる。人々が笑顔で働いているのがわかる。


 下を向いて項垂れる人は一人もいない。皆苦しいながらも、必死に生きている。


 それが嬉しくて。ランフィードは思わず笑みをこぼした。


「ロンゴアドは、ファレナ王国に抵抗した国だ。だから、他国よりも強く支配されていた」


「はい、その通りです国王陛下」


「だが、遠くない未来。全ての国がああなっていく。今は金を、食料を、技術を渡すだけで許されていてもいつかは」


「はい」


「……ファレナ王国は何故攻めてこないんだろう。聞いたかい? 魔法機関のファレナ王国支部。ファレナ王国城下町にある冒険者ギルドのこと」


「はい、聞きました」


「そうだ、何もされてないんだ。もうすでに魔法機関はファレナ王国に対して決別の意を示しているし、ヴェルーナ防衛戦では完全に敵対してたんだ。でも、ファレナ王国は魔法機関に対して一切何もしていない。これはどういうことだろう」


「全くわかりませんな……冒険者ギルドも機能してるようですし。あれだけ国中を荒らされたロンゴアドも何故か魔法機関の支部はそのままでした。まぁ流石に、転移の式は壊されてましたが」


「わからないな……ファレナ王国、何がしたいんだ。取り戻してみて思う。かの国がやってることは、侵略ではない。ただの消費だ。国を、人を、ただいたずらに消費させている。そんなことをしても結局は荒野が生まれるだけだ」


「……領土を広げるにしては、非効率的ですな」


「ああ、てっきり世界征服が目的だと思っていたが、それにしては意味不明な動きをしている。これは一筋縄ではいかないかもしれないな」


「ですな……ああ、言い忘れておりましたが、ファレナ様たちは無事にアラヤの国に入ったそうです」


「そうか。まぁそこは簡単だろう。アラヤの国は比較的支配が緩いらしいからね」


「ですな。しかしまさか案内人としてかの者を連れていくとは。大丈夫なのですか?」


「どうだろうね。だけどやむを得ないだろう。アラヤの国がまさかああなってるなんてさ。驚いたよ。まぁメリナの歳を聞いた時ほどの驚きじゃないけどさ」


「ははは」


 窓を見る。外を見る。空を見る。青く澄んだ空は、北へ北へ、遠くまで広がっている。


 一時の平和を取り戻したロンゴアド国は、新王の下で復興に向けて舵をきっている。


 赤い橋は魔法障壁で覆われ、その障壁は国境沿いに遥か彼方まで走っていて。


 光る川を右手に、深い森の中の道を行く馬車。ガラガラと車輪は回り、石を弾き、走っていく。


 馬車を操るは漆黒の男。ボロ布を身に纏って、彼は手綱を引く。


「……次、左」


 言われるがまま、彼は馬車を操る。深い森の中、指示された道の先は行き止まり。構わず彼は馬を突っ込ませる。


 馬が木に足を乗せようとした瞬間に、その木は消え去り道ができた。その道をジュナシアの操る馬は突き進む。石を弾いて、木を弾いて。


「ネーナ本当にこっちでいいんでしょうね? アラヤの都に着かなかったら、その首輪ボカンよ?」


 馬車の中、独特な曲剣を肩に持って座る女騎士。ファレナ王国騎士団聖皇騎士筆頭ネーナ・キシリギ。


 大きな大きな鉄の首輪をした彼女は、無言でリーザを見る。その眼は冷たく、何かを責めるかのように。


「な、なによ……変なこと考えないでよ」


 少し怯えて、剣に手を掛けるリーザの姿を見て、興味なさげに彼女は馬車から外を見た。流れる森。漂う空気。アラヤの国の独特な匂い。


「全くもう……アラヤの国が……アラヤの国の都がまさかこんなになってるだなんて。下手したら世界中誰も知りませんよこれ。ねぇファレナ様」


「ええ、魔法機関のショーンド様が教えてくれなかったら私たちも来れませんでしたね。ふふふ」


「そのおかげで奥地は平和だっていうけど……はぁ、大丈夫かなぁ。イザリアさん義体の修理でついてこれなかったし。実質四人だけですよ。私と、ファレナ様と、セレニアさんと、ジュナシアさん。これで国の解放って……」


「兵力で攻め落とすだけが手段じゃないってハルネリア様も言ってたじゃないですか。とにかく国の長に、巫女様に会いましょう」


「うーん……セレニアさんは馬車の片隅でずーーっと寝てるし、ネーナは相変わらず根暗だし……不安だなァ……」


 森を進む。馬車は薄暗い森を進む。隠された道を進む。


 何度めかになる幻の木をすり抜けて進んだ先に、それは見えてきた。巨大な巨大な一本の樹が見えてきた。


 山のように巨大な樹。よく見ると、無数の木々が絡まって一本の樹になっている。


 アラヤの国の都、アラヤ大樹。そこへの道はアラヤの国出身者でしか知らない。世界で最もたどり着くことが困難な都。


「ここからは、歩く」


 馬車から降りる四人。ネーナ・キシリギの先導の下、彼らは大樹に向かって歩き出した。緑生い茂る大樹から星の体内へ。彼らは足を踏み入れた。

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