第13話 全ては儚き自由の為に
嘗てこの地には大小様々な国があった。大小様々な国の、王がいた。
そこにあったのは、終わることのない戦争。ただひたすらに、がむしゃらに、王たちは争った。この地を手に入れるために。自分こそが、この地で唯一の王であると証明するために。
終わっては始まり、始まっては終わる戦争。いつまでもいつまでも続く戦争。人々は疲れ切っていた。人々は苦しみ切っていた。
その暗黒の時代に、現れたのは一人の少女。美しい白い少女。
圧倒的だった。
どんな攻城兵器でも落とせないとされていた城を、その少女はたった一人で落とした。
どんな強者でも敵わないと言われていた王を、その少女はたった一人で殺した。
その姿、その美しさ、まさに英雄。
壊れきった世界を、たった一人で破壊する少女。誰が読んだか戦皇女。戦争を終わらす女の皇。
いくつもいくつもあった国を、全て支配して、全ての王を殺して、全てを一つにまとめて、皇が王となって、築かれたのはファレナ王国。人々が賛美した英雄の国。
「動いた。ついに、ついに動いた。ふ、ふふふ……く、ふふ……」
純白のドレスを身に纏って、戦皇女は自らの城の窓から見ていた。遥か遠くの西方の国を、遥か遠くのロンゴアド国を。
あまりの喜びからか、彼女は笑っていた。遠くを見たまま、腹部を手で抑えて、笑っていた。
「見て。誰か、見て。あれを見て。人が、まるで赤い水袋のように、触れるだけ、彼が触れるだけでどんどん死んでいっている。ああ、なんて、なんて惨い。なんて酷い。なんて、なんて」
嘆きの声。惨状を嘆く声。その声と裏腹に、彼女の顔は赤く、恍惚としている。
「はぁ……あなた、あなたは、そんなに偉いの? あなたは、選んでいる。選んで殺している。それって、すごく、すごく……はぁ……ああ……」
純白のドレスを乱れさせて、彼女は一人、黒い魔者を見て一人よがる。身体が震えるほどに、どうしようもないほどの昂ぶりを抑えきれないほどに、彼女は一人、よがり狂う。
「ああ……なんて、なんて素敵なの……嫌なんでしょう……? 殺したくないんでしょう……? その腕を振り下ろすたびに、その剣を突き刺すたびに、あなたは泣いているのでしょう……? なんで、なんでできるの……? なんでしちゃうの……? ああ……ああ……っ」
その姿、一人惨劇を見て悦に浸るその姿。黄金色の髪を揺らして、純白のドレスを汚して、悶える生々しいその姿。
「ふ……ふふふ、くふふふ……くひひ……」
落ちる涙。堕ちる肉体。それは、どうしようもなく、どうしようもなく
「綺麗……綺麗よ……どうしようもなく、綺麗……ああ、ファレナ……あなたも、絶対に、感じている……私と同じなんだから、私なんだから、絶対に、絶対に……ああ……っ」
崩れ落ちても尚、彼女は眼を離さない。血の海でもがく黒い魔者から眼を離さない。
彼女は泣いていた。彼女は彼を見て、泣いていた。彼女は――
「はぁ……さぁ、やってみせなさい。私にみせてみなさいファレナ。見てるから。見てるからね私が。ふふふ、く、くく……ひひひひ……あははははは!」
――自分をみて、泣いていた。
そこに踏み入れた時、彼女が最初に抱いた感情は、懐かしさだった。
変わっていない。一か月以上世話になったロンゴアド国の、王都。
全てに見覚えがあった。城門のすぐ傍にある、仕立て屋。服がきついと愚痴っていた彼女は、そこで自分の身体に合う服を買った。
その向かい側、小さな料理屋。そこで食べた食事は、忘れられない味だった。
そして仲間たちを歩いた町。全てが初めてだったこの国での暮らし。
その瞬間は、確かに彼女たちは仲間だった。家族だった。
生まれて17年。城から出たことがなかった彼女にとってその暮らしは、楽しかった。
だからこそ、それがこうなってしまったことに、悲しみを覚えた。
町の住民を逃がす兵など一人もいないのだろう。誰も町の人々を逃がすことなど考えてなかったのだろう。
広場の片隅で、大勢の人々が固まって震えていた。男も女も子供も老人も、みんながみんな抱き合って、震えていた。
その誰も彼もが瘦せていて。その姿に、彼女は、ファレナは何とも言えない悔しさを感じた。
ファレナは一瞬泣きそうな顔を見せたが、直ぐに力強く前を向く。悲しみを感じてる暇など、ない。
そして掲げる赤色の旗。ファレナが握る旗印。
「ボルクスさん。そちらは終わりましたか?」
「おうファレナ様。門番は全部排除しましたぜ。まぁうちの兵士たちも結構やられちまったが……」
「わかりました。すみませんがボルクスさん、兵の方に住民を守るように言ってもらえますか」
「分かりました。おいお前ら! 家一軒一軒見て回れ! 隠れてる人がいたら集めて逃がすんだ! 広場に集まってる人は俺がいったん外へ逃がす!」
「はい!」
ボルクスの檄が飛ぶ。ロンゴアド兵団の兵士たちはその声に従って、統率された動きで町の中へと散らばっていった。
1000騎いたボルクスについて来た兵士たちも、すでにその三分の一がなくなっていた。だがそれでも、彼らの士気は落ちることはない。
それほどに、彼らは強い意志を持っていた。この国を解放するという強い意志を。
「リーザさん、すごいですよね皆さん。私……本当に……」
「え? 何ですか?」
「あ……何でもないです。セレニアさんたち、大丈夫でしょうかね。まだ城は何ともないみたいですけど」
「そりゃあ余裕でしょう。だってセレニアさんたち、強いですもの。あの人たちに勝てる人、ちょっと知りませんよ」
「確かに、そうなんですけど」
「さぁ行きましょうファレナ様。ハルネリア様たちも準備に入ってますし、仕上げ、いっちゃいましょ? 敵は私が全部倒しちゃいますから」
「……はい」
ファレナは、ゆっくりと旗を掲げたまま進む。ロンゴアド王都の大通りを、まるで自らがすすむべき道であるかのように、悠々と、堂々と、進む。
逃げ惑う人々、死んでいく兵士たち。彼女の傍で、近くで、惨劇が繰り広げられている。
彼女は進む。真っ直ぐ、真っ直ぐ進む。血のように赤い旗を掲げて、血が飛び散る戦場の中を彼女は進む。
そして――
「セレニアさん避けて!」
「ちっ!」
雷光。それは地面を走る雷光。
セレニアが大きく背を反らす。彼女の寸前、目と鼻の先を雷光が走る。
雷光は大きな音を発して、地面を削って、ファレナの真横を通って、遥か後方の壁にぶつかり弾けた。
チリチリとした音が耳に残る。ファレナは見た。セレニアが短剣を握り直し、大きく下がるのを。イザリアが双剣を回しそれに駆けるのを。
それは――
「もう、二人。ふふふ、素晴らしい。今夜は素晴らしい夜だ。妻を亡くし早5年。このような美しい女性に囲まれる日が来るとは。いやはや、いやはや、いい土産になる」
眼にも止まらないイザリアの剣。苦も無く受け止めるは、巨大な銀色の剣。
儀礼用の剣と見間違うほど、煌びやかな装飾が施された銀色の剣。イザリアの双剣の連撃を、器用に一本の剣を捻り回すことで受け止めていく。
赤色のマント。黄金の鎧。それは――――
「国王……陛下……!?」
――ロンゴアド国現国王ロンデルト・ロンゴアドその人だった。
思わずファレナは声を出して、固まった。ロンゴアド国王が黄金の鎧を着て、銀色の剣を握って、雷鳴を発して戦っているのだ。
戦ってる相手は、漆黒の髪と眼を持つ二人。セレニアとイザリア。
「せ、セレニアさんこれは!?」
「くっそ……こんなに強いなんて聞いてないぞ……この威圧感師父並みだ……!」
「セレニアさん!? どういうことなんですか!?」
「知るか! 気になるなら自分で王様に聞いてみろファレナ!」
響く音。金属がぶつかる音。
イザリアと王の剣は、すさまじい音を立てていた。すでに何合打ち合ったのか。大きく王は踏み込み、剣を横へと薙ぎ払った。
両の双剣を眼の前に突き出して、辛うじてイザリアはそれを受け止める。だが体重差があるのか、イザリアの身体は大きく飛び、王から距離を取る。
戦っている。間違いなく。王が戦っている。
「いいな……よい。実に20年、いやそれ以上か。まさか余が再び剣を取るとは。久々に、滾る……!」
雷鳴の下に、ロンゴアド国王が一人、剣を地面に突き刺して立っている。
その佇まい。その威圧感。正しく国王。正しく王。
「かかってくるがいい! 我が国! 簡単にとれると思ったら大間違いだ! ふはははは!」




