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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第12話 自由への反逆

 容易い。


 どこかそう思っていたのかもしれない。実際、彼らについてくる兵士たちの中には、負けるはずはないと楽観視していた者もいた。


 それもこれも、彼がいるから。深紅のマントを広げて、迫りくるありとあらゆる敵を叩き潰す彼がいるから。


 黒衣の男の前には、どんな敵も勝てるわけがない。


 高を括っていた。英雄の背を追いかけるだけで、それは叶うと高を括っていた。


 それは誰もが思いつく英雄譚。世界最高の尊さ。解放という願い。支配を打ち砕く最高の力。


 負けるはずがない。


 負ける物語など、ありえない。


 当然のように、皆が生きて。当然のように、敵は全て打ち倒して。当然のように、平和を手に入れることができる。


 そう信じ込ませる人間こそが、英雄であり、王である。そのことから考えれば、彼は、そして彼女は、間違いなく王。人を死へと誘える者。


 その蛮勇、ついてこれる者など、本当にいるのだろうか。


 見ていた。彼は見ていた。ただ一人、大きな橋の中央で、ただ川の向こう岸を見ていた。


 ロンゴアド国とファレナ王国との国境。それを隔てる巨大な川に掛かる大橋。その中心で、深紅のマントを風に揺らして向こう岸を見ていた。


 足音がする。いくつもの足音がする。動いている。人の塊が動いている。川の向こうで人が動いている。


 その光景を彼はただ一人立って見ている。ただ一人、彼以外は誰もいない。ロンゴアド国とファレナ王国、橋の両端、その両国、隔てる関所は、すでに双方とも壊滅済。


 関所は真っ黒に、真っ黒に染まっていた。その黒い塊は、血。赤い血は、空気に触れて、黒い塊に変わっている。


 その血の持ち主はすでにこの世界にいない。関所を守る兵士たちは皆、敵味方の区別なく殺されたのだ。


 余裕はない。余裕があってはいけない。彼は、無人の橋に一人、立っている。深紅のマントを揺らして立っている。


 笑っている。彼は笑っている。ひたすらに凶悪に。魔を超えた人間として、人として人ではいられない領域に足を踏み入れた者として、笑っている。


 全ては――――


「通れるか? 誰か一人でもここを通れるのか? やってみろ。やってみせろ。助けたいか? 失いたくないか? お前らが手にした国が惜しいか? 人の国が欲しいか? なら来るがいいさ。団体で、集団で、個人で、来るがいいさ。そして――死んでいくがいいさ」


 赤衣の王は告げる。黒衣の暗殺者は告げる。迫りくる軍勢に告げる。


 きっと、誰も通れはしないだろう。きっと、誰も生かして返しはしないだろう。


 冷たく笑う彼は、事実、誰が相手であっても殺せる。だが、彼の心は誰も殺したくはない。


 だがそれでも、彼は殺せる。誰であっても殺せる。


 赤色のマントが風に揺れる。彼が最も嫌いな色が、風に揺れる。


「さぁお姫様。お前の初めての侵略だ。見せつけてやれ。遠くで高笑いしてる母親に魅せつけてやれ。さぁ、親離れしてみせろ」


 現れる漆黒のエリュシオン。背に赤色の翼を四枚。世界で唯一の心のある魔物。エリュシオンの門を叩き壊した魔者。


 その時が来た。ロンゴアド王国解放の時が。


 その時が来た。人々が解放される時が。


 ――待ちかねた、その時が来た。


「ボルクス団長! 先頭が城門に到達しました!」


「よぉしよくやった!」


 ロンゴアド国は、世界で屈指の戦争国家。周辺の蛮族全てを剣一つで黙らせた王が創り上げた国家である。敵国への侵略。自国への侵略。その両方を繰り返し、築いた王国である。


 長い年月の末、あらそって来た周囲全ての小国を滅ぼし築いた巨大な国家。その国家が中心、ロンゴアド国の王都が、強固でないわけがない。


 高い城壁、沢山の戦略兵器、門の傍を掘り抜かれた川の如き堀。


 それを攻め落とすためにボルクスはロンゴアド国の小さな都市を回り兵士たちを集めた。皆この国の解放を求めて、この国の平和を求めて、この国の未来を求めて、この国の王城へ攻め入らんとしていた。


 すでに半日、日は沈み、堀は兵たちの死体で埋まっている。集めた兵士約1000名。すでに100人以上が堀に浮かんでいる。


 だがそれでも、戦意は一つも落ちることはない。負ければ待っているのは、支配。終わることのない支配。家族も、友人も、全てが支配される。その命すらも。


 それに比べれば死ぬことなど。


「俺達も行くぞ! 敵魔術師の攻撃は効かねぇんだ! 思い切って行け! 道を開け! ついてこい!」


「はい!」


「ランフィード王子殿下! 突破しますぜ! 続いてくださいよ!」


「ああ! 行ってくれ!」


「ボルクス団長! 先行きますよ!」


「馬鹿野郎俺が先だ!」


 王城に攻め入らんとする自国兵。その光景は、反逆そのもの。反逆者は、それが叶わない場合は、ただただ首を並べられるもの。


 城門より出たファレナ王国騎士団の兵並びに、他の国々の兵。総数は1万程。決して多くはないが、その悉くが魔術で創られた武具で武装している。即ち、魔術兵装。


 物そのものを魔法の依代とする魔道具と同じ原理で創られた武具。強固で、強靭な武具。


 魔道具で武装されたボルクス率いるロンゴアド国解放軍。対峙するは、魔術兵装で武装された軍勢。


 同等の装備ならば、もう魔術も魔法も不要。この戦いは、極々単純な、力と力の戦い。


 ロンゴアド王都にいる精鋭たち、そしてボルクスが率いるロンゴアド兵団の寄せ集め。


 勝敗は火を見るよりも明らか。魔術も魔法も不要となった今、その差は顕著にでるのだろう。


 だが、戦意に差がある。戦う意志に差がある。


 片や他国に派兵され、その国を弄ぶ日々を送っていた堕落した兵士たち。


 片や自国のために命を投げ出さんとしている兵士たち。


 その差は、踏み込みに現れる。殺意に現れる。


 最初こそ、城門に備えられていたバリスタ始めとする兵器の数々で押されはしたものの、一度城門に張り付きさえすれば、一度肉薄すれば、決して負けはしない。


 ボルクスは剣を振り下ろす。ボルクス率いる兵士たちは全力で剣を、槍を振り下ろす。


 贅の限りを尽くしてきたファレナ王国騎士団の面々に、それを受け止める力などない。敵は次々と倒されていく。


「門を……閉じろ」


「は? いや、仲間がまだ外で」


「門を閉じろ! 俺は聖光騎士だぞ! 命令を聞け!」


「は、はい……!」


 それに焦りを感じたのか、それとも元々余裕などなかったのか。城門に繋がれた鎖が音を立てて巻き取られていく。外に仲間の兵を残して、ロンゴアド王都の門はゆっくりと閉じられていく。


 もちろん、当然に、そんなことを許すはずなどない。


「ハルネリアさん。やっちゃってください」


「わかりましたファレナ様。マディーネ、右ね」


「はい、詠唱は合わせます?」


「いいわ別に。そこまで大きいの出すつもりないから」


「わかりました」


 掲げられる赤色の旗の下、純白の王女が手を前に突き出す。その指示を受けて、空に大量の本を浮かべたハルネリアが、空に大量の紙を浮かべたマディーネが手を挙げる。


 魔法師二人、腕を挙げて、降ろす。全く同時に。


 そして降り注ぐ巨大な柱。光の柱。それが二本。空から落ちてくる。城門を真上から押し付けるように、堕ちてくる。


 それは城門の鎖を千切り、叩き付けるように門を縛り付ける。開いたままの状態に、縛り付ける。


 その柱は、この国を、人々をもう二度と、閉じ込めさせないと言っているようで。


 赤色の旗を握り、ファレナは歩き出す。純白のドレスに、純白の鎧を纏って、彼女は歩き出す。


 戦場に咲く白百合のように。純粋で、純潔で。


「私たちは解放者。世界を解放する者たち。明日のために、私たちは血を流します。流させます。私たちは解放者。聖皇女ヴァルキュリエの使徒」


 歩く。歩く。歩く。戦場を歩く。白い女が歩く。二人の魔法師を傍らに、一人の騎士を傍らに、歩く。歩く。歩く。


 燃え盛る城を見上げて、戦う兵たちを見下げて、白百合の聖皇女は歩く。世界を解放するために。


「さぁ、お待たせしました皆さん。私たちがあなた達を救ってみせます」

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