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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
最終章 白百合の中で空を仰げば
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第5話 純白の救世主

「狼煙の色は青……と。今日も暇だな。なぁお前、今夜はどこで世話になるよ?」


「決まってるだろ。領主様もご用達のところだよ。でかいのから小さいのから、ガキまでいるんだ。あそこ以外あるかよ」


「あそこなぁ。多すぎてなぁ。いっつも選ぶのに時間がかかるんだ。まぁどれだけやってもタダだけどさ俺たち騎士団の人間は」


「世の中には選べないところもあるんだぞ。贅沢言うなよ。どうだ今夜はとびきり若いのいってみるか?」


「そうだな」


 立ち上る青い煙。遠く、木々の向こうから立ち上る煙を、ロングレイズの町を守る門番たちは見上げた。


 狼煙の色はその煙の元の状態を知らせる。赤は敵接近、青は異常なし。そして煙が昇らない場合は、陥落。


 単純な連絡方法ながら、それだけに確実。色の意味を定期的に変えてしまえば真似ることもできない。


 ただ煙があがるだけのこの連絡手段を、必要以上に兵士たちは信頼していた。


 故に、狼煙の元、ロングレイズ近郊の砦がすでに落ちているということに、誰も気づいていなかった。


「色の更新は15日毎、か。ロンゴアド兵団が使ってた頃は3日だったのに、随分と慢心してるなぁ……ったく、情けないぜ」


 思うところがあったのだろうか、元ロンゴアド兵団団長のボルクスはその鋼鉄の右腕で頭を掻きながら嘆いていた。


 青い煙の近くにいるのは彼ボルクスと、ロンゴアド兵団の鎧を着た数十名の兵士たち。結局、昨夜捕らえられたロンゴアド兵団の者たちは全員ファレナ一行に降ったのだ。


 ロングレイズの砦は数千人が滞在できる巨大な砦。食糧庫には大量の食糧、兵たちの居住区の他に指揮官が滞在するための豪華な個室すらある。


 今その個室に、深紅のマントを纏ったジュナシア・アルスガンドと、彼の肩に寄りかかるように顔を沈めているファレナがいた。


 ファレナは静かに、眼を潤ませながら彼の肩に腕を回す。彼は正面を見たまま、何も言わない。何も反応しない。


「強さを……ください……もっとください……もっと……」


 世界を解放するために。ファレナは宣戦布告した。世界を征服したファレナ王国に、宣戦布告をした。


 それは世界に宣戦布告するに等しい行為。兵力差は圧倒的。如何に強力な個を有しているとは言え、群を滅ぼすことはできない。


 だからこそ、彼女は決意していた。どんなに犠牲を出したとしても、人々を救い出すと、決意していた。


 だがそれでも、現実を目にしてしまうとそんな決意は簡単に揺れるのだ。目に飛び込んでくる光とはそれほど衝撃的なのだ。


 ファレナは赤色の旗を掲げて彼に人を殺させた。その事実、その光景。それが、ファレナの心を抉っていた。


 彼女は、心優しい人なのだ。どこまでいっても、どれだけ決意しても。だからこそ、彼女は彼に抱き付いている。壊れそうな自分を繋ぎとめるために。


 ジュナシアは眼を瞑り、抱き付くファレナの肩に触れた。優しく、そっと、触れた。


 彼は何も言わなかった。ただ優しく、ファレナに触れていた。


 どれほどの時間を二人はそうしていただろうか。ファレナの身体が、すっと彼から離れた。立ち上がったファレナは、笑顔だった。


「さっ! これで第一歩です! 次行きましょう次! 次何するんでしたっけ? ふふふ」


 いつもの彼女がそうしていたように、ファレナは元気に、笑顔でそう言った。誰がどうみても強がっていることがわかるような彼女の態度だったが、ジュナシアは決してそれを指摘することはなかった。


 彼は深紅のマントを払いながら立ち上がり、ファレナの正面に立って微笑んだ。その顔が、ファレナにとってどれほどの救いになったか。


「私……今こんなこと言っていいのかって……あの、変なこと言っていると思って、流して欲しいんですけど……あの……私……私は……!」


「ファレナ様ぁ!」


 頬を赤らめて、何かを言おうとするファレナの言葉は、壁に叩き付けられた扉の音と、大きな声で止められた。


 その開かれた扉から飛び込んで来たのはファレナの護衛騎士リーザ。何故か鎧を半分脱がされた彼女は、人間離れした俊敏さでファレナの膝に縋りついた。


「りっリーザさん!? 敵襲ですか!?」


「ファレナ様助けて売られちゃいます私!」


「え、はいどういうことです? リーザさん?」


「んもおおお何で私ばっかり! セレニアさんが行けばいいんですよセレニアさんがぁ!」


「う、ううん?」


 膝に縋りついて喚くリーザを、困惑した顔で見下ろすファレナ。助けを求めて彼女はジュナシアの方を見る。


 困ったやつだと苦笑して、ジュナシアはファレナに手で話を聞いてやれと合図をした。ファレナは頷き、膝からリーザを引きはがす。


「あの……リーザさん、何があったんですか? 聞かせてくださいよ」


「あああ……その……ハルネリアさんが、ロングレイズの領主は女好きだからって、暗殺してしまった方が確実だからって、それ聞いてセレニアさんとイザリアさんが私を娼館に売るって」


「え、ええ? 全然わからないです。落ち着いてリーザさん……えっと、ジュナシアさんわかります?」


「わからん。セレニアどういうことだ」


「間をほとんどすっ飛ばしているが、大体女騎士の言うとおりだ」


「ひぃ!」


 びくっと跳ねるリーザ。彼女の真後ろには、いつの間にかセレニアとイザリアが立っていた。


 セレニアたち二人は全く同じ動きで、左右対称にリーザの肩に手を置く。リーザの表情は見る見るうちに絶望に染まっていく。まるでこの世の終わりがきた時のように。


「私たちが綺麗に飾り付けてやろうというんだ。顔だけはいいんだ。身体は残念だが、それも飾り方次第。アルスガンドの扮装術を見せてやろう」


「大丈夫ですリーザさん、私とセレニアさんにかかれば、間違いなく領主に選ばれる美女になります。胸囲がもう少しあれば自由度があがるんですが、そこは仕方がありません」


「い、嫌! 嫌よ! 大体何で暗殺するのに娼館なのよ! あんな豚に触れられたくない! っていうか娼館とか……私バートナーの長女なんですけどぉ!?」


「触れられる前に殺せ。暗器は用意してやる」


「うう……ううう……セレニアさんが……セレニアさんがやればいいんじゃ……!」


「私とイザリアはロンゴアド城と城下町へ先行して進入して、情報収集だと言っただろう?」


「だったら、ハルネリア様とかマディーネさんとか……」


「二人は降った兵たちのために魔道具の調整中だ。お前だけだろ手が空いてるの」


「う、ぐぐぐ……」


 涙目になって訴えるリーザの両肩を、セレニアとイザリアはがっちりと掴んで離さない。抵抗しても無駄だと悟ったのか、リーザは交互に二人を見上げて声にならない声を出した。


「何をする気だセレニア」


「何、ロングレイズの領主は毎日毎日高級娼館へ行くらしくてな。気に入った女は娼館から自分の屋敷に連れ帰り、飽きるまで抱いて、飽きたら部下にくれてやるそうだ。どうだ? わかるだろう?」


「なるほど。だが、リーザでうまくいくか? 面倒かもしれないが、俺がやつの屋敷に忍び込んで殺そうか?」


「お前は外だ。屋敷の外。オートマタを連れて、町にいるファレナ王国騎士団のやつらを全部排除してもらう。ロンゴアド兵団の者は生かすんだぞ」


「そっちか。仕方がないな。任せろ」


「うん、任せる。ほら女騎士立て。今夜にはロンゴアド兵団の者たちと共にロングレイズに出立するんだぞ」


「うううう……娼婦……娼婦とか無理ぃ……」


「ちっ……イザリア左腕を持ってくれ」


「はい、では。若様、ファレナ様、失礼します。リーザさん行きましょう。最悪の場合に貞操を守れる方法を教えてあげます。できるかはわかりませんが。無理なら潔く散らしてください」


「い、嫌ぁぁぁぁ! 姫様ぁぁぁぁ!」


「姫様じゃないですってリーザさん。お気をつけて行ってらしてくださいね」


「いやぁぁぁ!」


 まるで大きな人形のように、リーザはセレニアとイザリアに抱えられて運ばれていった。絶望した顔で彼女は引きずられていった。


 リーザは廊下へと連れ出され、そしてその声がファレナたちからどんどん離れていった。


 慌ただしく表れて、慌ただしく消えていったリーザたち。そのあまりにも慌ただしく、賑やかだったために、残されたファレナとジュナシアは互いに眼を見合って、互いに微笑んだ。


 肩を揺らして二人は笑う。微笑みは次第に笑みに、二人は砦の一室で笑った。


 いつの間にかファレナの暗い気持ちも消え去っていた。彼女の壊れそうな心を支えたのは大切な仲間たち、大切な人たち。


「私、皆大好きです。こんな、人かどうかも怪しい私が考えた夢物語に、皆さん本気でついて来てくれる。大好きです。皆さん、大好きです」


 そういうファレナの表情は、いつも通りの笑顔だった。人としての感情がいくつか抜けていた彼女のかつての姿は、もうどこにもなかった。


 ファレナは自分の感情で、自分の意思でその言葉を発していた。そのことが、何故かジュナシアにはたまらなくうれしくて。


 自分が生まれて初めて救った人がこうして力強く、優しく笑っている。そのことがたまらなくうれしくて。


「私……大好きです。あなたが、大好きです」


「そうだな。俺も、皆が好きだ。誰一人失いたくはない」


「……うん。そうですね。あの、最後、最後もう一回」


「かまわない。こんな胸なら好きに使え」


 ファレナは改めてジュナシアに抱き付いた。そうすることで、彼というものを手に包めから。そうすることで、強さを得られるから。


「その通りなんですけど……でも、そうじゃないんですよね……」


 誰にも聞こえないように、口の中でそうつぶやいたファレナの顔は、赤らんでいた。

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