08話 サクラモリへ
ソルリーブラの本来の序盤はこんな話だった。
半導体研究所を襲撃してきたバッシュノードとブラック・ゾディアックの獣人たち。そこに居合わせた暁斗とレイラ。ラスボス少女のゾディファナーザと邂逅する。
混乱する研究所の中、暁斗とレイラは、新理論で創られた半導体を組み込んだAIロボを守っての脱出を依頼される。
しかし襲い来る獣人らに追い詰められ、これまでかと思われた瞬間、暁斗が持つ天秤宮の星宮石が反応。AIロボと星宮獣が融合し、主役ロボ【ソルリーブラ】が誕生する。
さすがにバッシュノードには苦戦するが、バッシュノードは暴走状態になりかけたため撤退。撤退支援に現れた白羊宮のアリアードネと連戦する、といった流れだ。
「あーあ。どうなっちゃうんだろ」
提供された一室の小さな窓から見える空を見ながら、ため息をつく。
主人公が倒れたいま、ブラック・ゾディアックに対抗する方法が消え去ってしまったし。
この夢ともつかないアニメ設定の世界に、女の子の姿でとどまったままだし。
ボクはあの後、レイラさんの連絡したサクラモリの応援によって暁斗とともに保護を受け、とある支部に招待された。窓の向こうには高層ビルが立ち並んでいるが、ここはその都会から少し離れた郊外といったところか。
「そういや、こんな景色もアニメにあった気がする。本当にここはアニメにあった対特殊能力犯罪防衛組織【サクラモリ】なのか。ハァ……」
いまのボクは、その専任にあたっているテロ組織ブラック・ゾディアックの幹部とみなされているんだよね。これからどんな扱いを受けるやら。
コンコン
ふいにドアからノックの音がした。そしてドアが開くと、そこには憔悴した顔のレイラさんがいた。こんな彼女を見るのはちょっと切ない。
「暁斗さんは、どうなりました?」
「生きているわ。でも、意識がもどらない」
「そうですか……」
少し落ち込むボクをレイラさんは不思議そうな目で見ている。
「ゾディファナーザ。前とずいぶん変わったわね。あの頃は他人のことを気にかけるような子じゃなかった」
なにしろ中身は別人だからね。
「人は変わるものです。いまのボクは、関わった人のことを心配するくらいの情はありますよ」
「なら、父は?」
「え?」
「私は今まで、あなたが父をそそのかして、異世界の使役魔獣を使ったテロ組織なんて作らせたと思っていたわ。でも、そのあなたは組織を抜けてここに居る。どうしてかしらね」
「あー」
それはなんとも悦明のしようがないな。
なんでボクがテロ組織大幹部のゾディファナーザになっちゃってるのか、ボクにもわからないし。
レイラさんは吹っ切るように頭をふった。
「やめましょう。この話は長くなりそうだわ。管理教官がおよびよ。ついてきて」
レイラさんは「くるり」クールビューティーに背を向ける。
「ぶひっ!?」
お尻が近い!? 背丈が子供だから、今までに見ない目線で見えてしまうんだ!
ああ、憧れのこの女性のファンタスティックなアンダーボディを、こんな歪んだ形で見るなんて。なんて狂った運命なんだ!
転んだフリしておさわりしちゃおっかな? 今なら許される気がする。
いたいけな女の子の可愛いドジとして!
「……どうしたの? そのワキワキした手はなに?」
「いいえ! ぜんぜん、なんでもないです!」
「そう。なら、ふざけないで付いてきて。あなたの処遇は今の最重要事項なんだから」
釘をさされた。やっぱり子供の立場を利用して悪事なんて良くないね。悪の組織の大幹部とはいえ。
――やっぱりこの人か。
応接間に通され、そこに座る大柄どっしりとした筋肉質なおっさんを見てそう思った。
アニメではおなじみ、暁斗とレイラさん直接の上司。
サクラモリは表向き特殊能力研究機関で、彼はその人材を育成する教官という立場である。なので彼の肩書は管理教官なのだ。
「ようこそ、ゾディファナーザ。このたびの協力感謝する。私はこのサクラモリの管理教官【桜庭光太郎】」
はい、知っています。
「メンバーのひとりが任務中に重大な負傷を負ったことは痛恨の極みである。暁斗くんとレイラくんは重要な任務の最中だったが、それも難航しかけている」
「ブラック・ゾディアックに対抗するためのAIロボも、使えなくなっちゃいましたしね。暁斗の星宮獣の欠損した部分を補うのが目的でしたか」
「なぜ、それを!? ……そうか、ブラック・ゾディアックにこちらの計画を知られていたのか」
いいえ、アニメ知識です。
「こちらの事情を知られているなら、話が早い。君がもたらしたという星宮獣は、現行の兵器がまるで通用しない。機銃の一斉掃射はもちろん、ミサイルの直撃にすら無傷だったという報告がある。なにか弱点はないのかね?」
「同じ星宮獣の攻撃は通用します。また、星宮獣にはそれを召喚したマスターがいるはずなので、その人物を倒せば消えます」
「それはレイラくんから聞いている。それ以上の情報が聞きたいのだがね」
「ないです。星宮獣があらわれたら、どちらかで対抗するしかありません」
「……そうか。では、ブラック・ゾディアックの内情についてはどうだね。教えていただけるかね」
「上層部の石持ちのキャラと能力くらいしか知りません。起こしているテロの実行犯や計画については何も」
アニメで映らない部分は、まったく知らないからね。
「そうか。だが、一番の問題になっている星宮獣について聞かせてくれるだけでもありがたい」
あ、そうだ。そういや中盤で大規模な作戦回があったっけ。あれはたしか、組織の急所に直撃させる重要な作戦だったはずだ。
「あと、組織の弱点になりうる情報を知っています。それをお教えしましょう」
「ほほう、どんな情報だね」
「資金源です。ブラック・ゾディアックは、とあるブツを売りさばくことで活動費にしています。それを潰せば相当苦しくなるでしょう」
「フム、そのブツとは? 定番の麻薬などかね」
「はい、麻薬です。いえ、魔の薬と書いて魔薬と呼ぶのが正しいかもしれません。それを摂取したものは、獣人化や特殊能力を得るのです」
「それは……まさか、最近の犯罪者が異常な能力を持っている人間が増えているというのは!」
「そうです。ブラック・ゾディアックが卸している魔薬のせいです」
「たいへんな情報だな。その件については、詳しく教えてくれるのだろうね?」
「ええ。製造場所も製作者もわかっています」
なにしろ三話を使って調査と突入作戦をやっていたからね。
さすがに、そのことについては詳しく知っている。
「場所は東南アジア某国のマーチャイオという街。そこに天蠍宮のマスターがいます。その女こそが、その魔薬を製造しているんです」
「ふむ、石持ちか。その星宮獣はどのようなものだ?」
「全身甲殻におおわれた二足歩行の虫人間のようなヤツです。ただ尻尾は蠍のもので毒持ち。しかも尻尾はおそろしく速く、ムチのような攻撃をしかけてきます。大きさも三十メートルくらい解放しても制御できます」
「三十メートルか。やはりそいつと直接戦うのは危険だな。召喚されないうちに、そのマスターを狙うべきか」
「まぁ、星宮獣と戦うよりはマシなんですが……そのマスターというのも能力持ちで、残忍サディストで、おそろしく強いです。しかも、そいつと戦って負けたヤツは毒で異形の怪物にされてしまい、死ぬまで暴れ続ける哀しきモンスターにされてしまいます」
「ううむ、そいつを避けて製造元だけ潰すというのは可能か?」
「可能じゃありません。その魔薬というのは、天蠍宮の毒を希釈したものをアヘンなどに混ぜたものなんです。そいつが居る限り、凶悪能力者は次々に生み出されます」
はたと気がついた。主人公がいない今、どうやってそいつと戦えばいいのだろう。バッシュノードは制御に問題があるし、マスターであるボクが天蠍宮マスターに狙われたら、防御する手段はない。
「そうか……とにかく情報感謝する。また呼び出すかもしれないので、しばらく休んでくれたまえ」
「はい、それでは」
ああ。サクラモリに来ても、見通し暗いなぁ。
いっそ引きこもって、レイラさんの胸でバブバブしていたいよ。




